第32話 勇者から奪ったスキル
「……終わった、のか」
魔剣ラグナロストを魔法鞄に収めた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。
急激に右目の奥が、焼けた鉄を押し当てられたように熱く脈打つ。
格上である九条から、無理な『強奪』を繰り返した代償だ。
視界がチカチカと火花を散らし、思わず膝をつきそうになった俺の背中に、温かい手のひらが添えられた。
「依人、怪我は……?無理しすぎよ」
エリナの声が、ひどく遠く、それでいて優しく響く。
「ああ、なんとか無事だ。それより……あっちを見てやってくれ」
俺が顎で示した先には、こちらと同じような光景が広がっていた。
痛みに疼く老人と、その背中を優しく撫でるティルメアだ。
「おじいちゃん……いたい、の……?」
「……ああ、大丈夫だ。大丈夫だよ、ティルメア。……ゲホッゲホッ!!」
強がりの言葉と共に、老人の口から鮮血が溢れる。
散々蹴り飛ばされていたのだ、内臓も無事では済んでいないだろう。
俺はふらつく足取りで二人の元へ歩み寄ると、右目の痛みを無視して魔力を練った。
──ようやく、治癒魔法の出番が来たな。
「『ヒール』」
柔らかな光が老人を包み込み、傷を塞いでいく。
最後に、傷ついたティルメアの喉元にも、魔力を流し込んでやった。
やがて呼吸を整えた老人は、涙で汚れた顔を上げると、俺たちに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……。なんと御礼を申し上げればよいか。儂はバザルトで薬草商を営んでおります、シャッテンと申します。そしてこの子は、孫のティルメア。……お二人がいなければ、今頃儂らの命はありませんでした……」
「礼なんていいさ。あいつのツラが気に入らなかっただけだ」
俺は素っ気なく言って月光草の入った麻袋を差し出すと、シャッテンはそれを宝物のように、震える手で抱きしめた。
「……そうもいきませぬ。ぜひ一度、儂の店へ足を運んでくだされ。大した礼はできませぬが、出来得る限りの力になりたいのです。これでもバザルトの情報に、少しばかり通じておりますれば……」
「情報、か。実はこの街に来たばかりなんだ。助かるよ。明日、伺わせてもらう」
そう答え、薬屋の場所と、ついでに騎士団の目が届かない安宿を教えてもらい、俺たちは別れた。
小さく、何度も手を振るティルメアの姿が見えなくなるまで、俺は無意識にその背中を見送っていた。
────
紹介された宿の、受付にきた。
「二人なんだが、今晩泊まれるか?」
「ええ、空いてますよ。お部屋はおひとつでよろしいですか?」
受付の女性の何気ない問いに、心臓が跳ねた。
「い、いや!! 二つだ。二つで頼む!」
焦って早口になってしまう。
隣に立つエリナが、何か言いたげにこちらをジト目で見ているが、俺はあえて目を合わせず、淡々と、事務的に手続きを済ませた。
「……私は別に、一緒でもよかったのに」
鍵を受け取る際、隣から吐息のような小声が聞こえた。
それを聞こえないフリをして、俺たちは別々の部屋へ向かった。
────
宿の一室。一人きりになり、俺は自身のステータスを展開した。
九条廻――あの化物から、俺は何を奪い取ったのか。
「……よし、見てみるか」
【レベル】30
【職業】鑑定士
【HP】671/920
【MP】56/480
【筋力】138
【防御】185
【敏捷】220
【魔力】192
【精神】299
スキル
『突進Lv3』『棍棒術Lv4』『剣術Lv1』『斧技Lv1』『不意打ちLv2』『水属性魔法Lv6』『土属性魔法Lv5』『風属性魔法Lv3』『妨害魔法Lv2』『魔力吸収(小)』『鑑定Lv10』『観測者Lv1』『物理耐性Lv7』『魔法耐性Lv5』『擬態Lv5』『気配察知Lv5』『魔力感知Lv6』『逃走Lv3』『硬化Lv4』『粘液Lv2』『指揮Lv1』『状態異常耐性Lv2』『隠密Lv5』『重装歩兵Lv1』『跳躍Lv4』『反射Lv1』『使役Lv1』『蛮力の咆哮』『野蛮な生命力』『生命の加護』『泡沫足場』『粘体分身』『解読者』『絶対威圧』『加速領域』
(また強くなってしまった)
Dランクパーティの平均を大きく突き放している自覚はある。Cランクパーティにも匹敵すると思っているが──Cランクの人ってどれくらいなんだろうか。
ちなみに、麻痺毒・毒牙・催眠魔法は、妨害魔法として統合されたようだ。
他にも統合されているスキルがいくつかあるようだった。
そして、やはり同じスキルを何度も奪っているせいで、そのスキルレベルばかりが上がるな。
(どこかに剣術スキル持ってる魔物でもいないかな……)
【『絶対威圧』:自身よりレベルの低い相手を恐怖させ、全ステータスを10%下げる。】
【『加速領域』:指定範囲内の時間軸に干渉し、自身の行動速度を数倍に引き上げる。】
ちなみに九条から奪った二つのスキルはこんな感じだった。
絶対威圧はアクティブスキルのようで、試しに使ってみたがこれもやはりMP消費が大きく、長時間使用には向いていないようだ。
(九条は平気で使っていた気がするんだけどな。検証の余地がありそうだ)
────
その後、一階の食堂で合流した俺たちは、名物の岩塩プレートステーキを囲んでいた。
ジューという景気のいい音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
少し落ち着いたところで、俺はエリナを鑑定させてもらった。
【名前】 エリナ
【種族】 人間
【職業】 調律師
【レベル】 24
基本ステータス
【HP】620/620
【MP】170/170(17000/17000)
【筋力】99
【防御】84
【敏捷】100
【魔力】240
【精神】162
スキル
『火属性魔法Lv7』『風属性魔法Lv9』『水属性魔法Lv5』『並列詠唱Lv5』『魔力障壁Lv5』『不確定未来』
「風属性魔法がもうLv9じゃないか。Lv10になれば、上級魔法を習得できるんだろ?」
俺の言葉に、エリナはステーキを口に運ぶ手を止め、少し誇らしげに胸を張った。
「ええ、そうなれば王国の魔導師団の中でもエリートクラスね」
「魔導師団、か……」
サイラス魔導師長の顔が浮かぶ。相変わらず、王国で勇者パーティ【レゾナンス】の指導をしているんだろうか。
最後にあったのがずいぶん昔に思える。
それに、サイラス魔導師長がよこしたカイトの伝言……最後に、彼はなんと言っていたか。
(……いかんいかん。今はそんな事考えている場合じゃない)
今はまだ、岩塩で焼かれた肉の旨味に浸っていよう。
明日、シャッテンの店を訪ねた際に、この街に来ている勇者パーティの事など聞いてみればいい。
俺は冷えたエールを飲み干し、夜の静寂の中に身を委ねた。




