116 エリナの機転
その直ぐ傍で、禍津陽向が激しく歯を噛み締めていた。
彼の背中と両腕には、先ほどの戦いで負傷し意識を失った『ヘヴンウィングス』の三名がしっかりと括り付けられている。
三人分の重みと全身を縛り付ける理不尽な重圧が同時にかかり、その負荷は相当なものであろう。
「くそっ……!動けねぇ……今狙われたら、おしまいだ……む?なんだあれは?」
陽向が力んで筋張った顔つきで、遠くをみた。
――ゴォォォォォォッ!!
すさまじい爆風と圧倒的な風圧が、崩れかけた地下監獄の通路を突如として逆巻くように吹き荒れた。
それは、数秒前にエリナが詠唱し、発動のタイミングを緻密にずらして空間の死角に仕込んでおいた上級風魔法――『ジェネシスストーム』。
高密度の乱気流が幾重もの竜巻となって交差し、この空間全体に吹き荒れた。
「――っ!?」
ゾディアスが初めて、その仮面の下でわずかに身体を揺らした。
高次元の理によってガチガチに固定されていたはずの位置情報の座標を乱すように、破壊するように、ジェネシスストームが空間の歪みと気圧の変動を激しく引き起こす。
あまりの暴風にゾディアスは技を維持することが出来なくなった。
「なんですか……?まさか、ただの人間が、私の構築した理に介入できるというのですか?いや、それともただの力技でしょうか……」
ゾディアスが動揺の色を滲ませ、依人たちの足を床に縫い付けていた座標固定の魔法を一時的に解除せざるを得なくなった。
その瞬間、――バチン、と空間の枷が弾けるような音が響く。
「動ける……っ!」
ベネディクトが即座に踏み込み、巨体を揺らしながら叫ぶ。
足の固定が解かれたことで、依人たちは一斉に自由を取り戻した。
だが、ゾディアスほどの存在を相手に、ただ逃げるだけの隙など本来なら生まれない。
その絶妙な隙間を、エリナは見逃さなかった。
彼女はすぐさま杖を持ち替え、休む間もなく次の魔法を詠唱する。
「――我が魔力を糧に、熱の奔流よ業火を紡げ――『フレアストーム』!!」
ズドオオオオオッ!!
エリナが放った紅蓮の炎の竜巻が、ジェネシスストームの暴風と混ざり合い、瞬く間に地下監獄の通路全体を爆炎と猛火の海へと変えた。
視界は完全に濃溝な黒煙と灼熱の炎に遮られ、敵も味方も区別がつかないほどの完全な混沌状態が作り出される。
「ちょっ……エリナ、なにしてんだよ!?俺たちまで丸焼きになるぞっ!」
依人は思わず声を荒らげ、驚愕してエリナを見つめた。
普段のおっとりとした彼女からは想像もつかない、あまりに大胆すぎる自爆すれすれの戦術。
しかし、その瞳には恐怖の色は一切なく、土壇場で仲間の命を守るための鋼のような芯が通っていた。
エリナは激しい熱風に髪を揺らしながら、叫ぶように言い放つ。
「ぼんやりしていては生き残れないわ!今はこの圧倒的な混乱に乗じて、ここから逃げ出すのが最善の選択肢よ!」
「……っ!なるほど、そういうことですか」
そのエリナの機転を、誰よりも早く察知したのはクロニカだった。
依人が思考の中でゲームの世界か・・・?と疑っていますが、ここはゲームの世界ではありません。




