117 理を欺く花火
彼女は黒煙と炎に紛れるように素早く懐から幾つかの特殊な道具を取り出す。
クロニカが投げたのは、自家製の『閃光式・幻惑魔導工芸品』だった。
わかりやすく言えば、花火である。
カプセルが床に叩きつけられた瞬間、眩いばかりの極彩色の光を放つ無数の擬似花火が、けたたましい炸裂音と共に通路のあちこちへ向けて縦横無尽に飛び交い始めた。
「え、花火!?そんなのまで持ってるのかよ……」
「こんなこともあろうかと。私が先導しますわ!」
さらに、熱反応を撹乱する魔導ペレットが同時に破裂し、この場にいる全員の思考回路をを完全に錯乱させる。
視覚、魔力感知、そして空間の座標把握のすべてが、炎と花火の乱舞によってズタズタにかき乱された。
「幻影と爆音の合わせ技か……!やるじゃねぇか、クロニカ!」
灯矢と陽向が三人の仲間を背負ったまま、猛火の中を駆け抜けるために低い姿勢で駆け寄ってくる。
視界が奪われる中、依人たちは体を密着させながらクロニカの後を追う。
「困った方たちですねぇ。まあ、例え逃げられたとしても、私は構わないのですが」
どうやら、ゾディアスは本気で依人たちを殺そうとはしていないようだった。
しかし、ただ余裕綽々としているわけではなく、その声には完璧な計算を狂らされたことへのわずかな苛立ちが混じっていた。
「逃げるぞ、全員迷うな……っ!混乱に乗じてここを脱出する!」
依人は血走った右眼をかすかに開けつつ、崩落と爆炎に包まれるアイゼンガルド要塞の最深部から、一斉に全速力で駆け抜けたのだった。
エリナが放った『フレアストーム』の紅蓮の炎と、クロニカがばらまいた極彩色の花火が混ざり合い、崩壊しつつある地下監獄は一瞬にして視界を奪うほどのカオスの海へと変貌した。
熱風が吹き荒れ、魔導ペレットの放つ撹乱粒子が魔力感知を狂わせる。
「逃げるぞ、駆け抜けろ……っ!この混乱に乗じてここを脱出する!」
依人たちは周囲の警戒を怠らないまま、全速力で駆け出した。
背後からは、気を失ったままの三人を背負う禍津陽向がその巨体を必死に支えながら後に続く。
灯矢もその隣を並走している。
クロニカが先頭に立って通路の安全を確保し、エリナがしんがりを務めながら退路を固める完璧な陣形だった。
だが、どうやら高次元の理をその身に宿す男を相手に、ただの煙幕や炎ごときがいつまでも通用するはずがなかった。
「――見事な小細工ですね。ですが、道化の踊りはそこまでです」
猛火と黒煙の向こう側から、冷徹で悠揚とした声が響いた。
依人たちの背後で置き去りにされていたはずのゾディアスは、その手にした銀の杖を軽く一振りすると、その場にゲートが形成されその姿を空間の向こう側へと消した。
ゲートへ姿を消す瞬間、ゾディアスの横をすり抜けるようにして背後の石段を一気に駆け上がっていた依人たちを、まるで見えているかのように捉えていた。
視界は悪く、その姿は捉えようもなかったはずなのに。
「行き先をわかっていながら見過ごすほど、私は優しくないのです。根は意地悪なほうでしてね」
────
「こっちですわ!」
数分前までの死闘の気配を振り切るように、全員が全速力で階段を駆け上がると、目の前の景色が一変した。
パッと冷たく重い空気が変わる。
地下の湿った空気から、痛々しく朽ち果てた城のへと飛び出したのだ。
かつては磨き上げられていたであろう大理石の床はひび割れ、壁際に並ぶ豪奢な彫刻や装飾も埃と剥げ落ちた金箔にまみれている。
ここは、人気のない大平原にポツリとそびえ立つ、忘れ去られた孤立監獄アイゼンガルドの中枢だった。
「地下を抜けたのか……!外に出るには、この大広間を突っ切るしかないけど……」
「何者だ!?」




