113 絶体絶命の対峙
「その思い、尊重しよう」
ベネディクトは、陽向を手伝うという判断を捨てたようだ。
「いや、僕は大丈夫……自力で歩けるよ」
陽向が掲げようとしたところで意識朦朧としていた灯矢が目を覚まし、「僕たちを助けてくれたみたいだね、ありがとう」と依人に一言礼を言って、立ち上がった。
これで、陽向は背中に一人を括り付け、両腕に二人抱きかかえて運ぶ格好となった。
「ねえ、早く移動したほうがよくない?出口はどっちなの?」
「来た道を戻る、というのが一番でしょうけど、そうもいかなそうね」
クロニカが、瓦礫に埋もれた背後の道を見ながら言う。
俺は飲み干した回復薬を投げ捨て、代わりに黒鼠から預かった魔力水晶を手に取る。
「こっちのルートはどうだ?」
俺は空間に浮かび上がった、地上へと通じる一本の道を指し示した。
地上に出るまでは正規ルートだが、そこから脇道にそれ、外に出る事が出来そうだった。
「……この道なら正門までは通る必要がない……今はこのルートしかなさそうね。私が地図を見ながら先頭をいくわ」
クロニカは、俺の手から水晶を受け取った。
「了解した。お前は四人を抱えていて大変だろう、俺のすぐ後ろに続け」
ベネディクトが声を張り上げる。
「あぁ、分かってる!……重いが、足を止める気はないさ!」
陽向は歯を食いしばり、九条たち四人を背負い直して気合を入れ直す。
要塞全体を揺るがす地鳴りと崩壊のカウントダウンが響き渡る中、俺たちは崩れゆく地下監獄を抜け出すため、地上へと向けて一気に駆け出した──。
――だが、その脱出の試みは、予想外の脅威によって冷酷に断ち切られることになる。
ズズズズズズ……ッ!
突如として、アイゼンガルド要塞の地下監獄全体が、地割れを起こすような凄まじい地鳴りを立てて激しく揺れ始めた。
空間全体の気圧が異常なほど跳ね上がり、呼吸をするだけでも肺が焼き切れるような圧迫感が一同を襲う。
監獄の頑丈な石壁の端が、砂となって音もなく崩れ去っていく。
「なに、この揺れ!?」
「なっ……なんだ、地震か……いや、それにしては不自然だ……」
エリナが悲鳴を上げ、ベネディクトが身構える。
崩れる、というよりは壁そのものが溶けていくような感覚だった。
溶けた空間の裂け目から、歪んだノイズ音と共に一人の男が足音もなく姿を現した。
「――素晴らしい。実に見事な因果の書き換えだ。まさか、私が用意した二重の呪縛を、こうもあっさり解いてしまうとはね」
静かで、しかし底知れぬ冷気を孕んだ声。
暗闇の奥から現れたのは、不気味な仮面をつけ、白銀のローブを纏った男――ゾディアスだった。
その背後では、異次元の気配を放つの銀色の空間の亀裂が、まるで生き物のように禍々しく脈打っている。
「このゲート……見たことある……」
クロニカの兄を死に追いやった元凶の登場に、クロニカの全身から殺気が溢れ出した。
「ゾディアス……ッ!!」
いつも冷静な彼女にしては珍しく、顔を歪ませ、その手が白くなるほど強く拳を握りしめている。
「このタイミングかよ……」
依人は荒い息を吐きながら、血に染まった右眼を細めて目の前の男を見据えた。
回復薬でステータスは回復しているものの、極度の疲労状態であることは否めなかった。
ゆっくり崩壊していく要塞からパラパラと砂が零れ落ちる中、仮面の男は静かに佇み、周囲の空間そのものを自らの支配下に置くかのように圧倒的な威圧感を放ち続けている。
逃げ場のない地下監獄の最果てで、世界の理を書き換える者と、それを解きほぐす者の対峙が始まろうとしていた。




