112 呪いを解きほぐす者
相変わらずたくさんの線が体内と繋がっている。
しかし、先ほどとは表示が変わっていて、どうやら深銀による上書きは停止したようだった。
(深銀の横槍が消えた今、この[糸C]がすんなり切断されてくれるといいが)
深銀の呪いによる上書きは停止され、相互エラーによる強制的な衝突はもう起きないはずだ。
今なら、単純にスキルを放つだけでいい。
俺は息を整え、右眼の焦点を陽向の首元に巻き付く呪導コードの結び目に合わせる。
「陽向、動くなよ……一瞬で終わらせる」
「……あ、あぁ……頼む……!」
陽向が恐怖に引きつった顔で小さく頷く。
俺の右眼から、ポタリと一筋の血が頬を伝って流れ落ちた。
慣れないスキルの連続使用の代償だ。
視界が赤く染まりかける中、俺は歯を喰いしばり、魂の底からハサミと針を同時に起動させた。
狙うのは、[糸A](生命維持)と[糸B](命令受動)を束ねている基点、そしてそこに寄り添う[糸C](自爆回路)の根本だ。
(残り三本だ。耐えろ、俺の意識)
激しい頭痛に耐えながら、無理やり目をかっ開く。
「まずは、腕輪から心臓へと伸びる[糸C]を『因果の解縫』でそっと切り離す……!」
チョキン、と静かな手応えとともに、自爆トリガーのラインがフッと消えていく。
(よし、あと二本だ……!)
不安定になった[糸A]と[糸B]が不自然に振動を始めている。
急いだほうがいいだろう。
「間髪入れず、『因果の解縫』――っ!!」
[糸B]が宙に散った。
「よし……!これで完全に……『解縫』ッ!!」
最後のハサミが、完全に孤立した[糸A]の根元を鮮やかに断ち切った。
パキィィィン……!
まるでガラス細工が粉々に砕け散るような澄んだ音が響き渡る。
それと同時に、陽向の首に食い込んでいた漆黒の『隷属の腕輪』が、パカリと音を立てて自壊し、重力に従って床へと綺麗に脱落した。
「はぁ……はぁ……っ……!」
拘束を解かれた陽向は、その場に崩れ落ちるように膝をつき、自身の左腕に震える右手を重ねた。
血は一滴も流れていない。魂への負荷もゼロだ。
陽向は、信じられないといった表情で、左腕を撫でまわす。
「ば、馬鹿な……本当に、あの呪われた腕輪を外してくれたのか……!?」
「まさか、これを無力化できる人が現れるなんて……」
クロニカやベネディクトたちも目を見開き、言葉を失って俺を見つめている。
俺は右目から滴る血を拭い、荒い息を吐きながら不敵に笑ってみせた。
「今回は、少しばかり手こずったけどな」
すべての隷属の腕輪へ繋がっていたネットワーク――帝国の『深銀の鎖』の核心を断ち切ったことで、五人全員を蝕んでいた「上書き(オーバーライド)」の進行は完全に停止した。
しかし、個別の『隷属の腕輪』自体の自爆回路や絶対命令の呪縛をすべて外すには、依人の魔力と脳の容量はあまりにも限界を超えていた。
「すまない……っ……俺の集中力じゃ、一度に全員の腕輪までは……外せなかった……っ……!」
依人は右眼から鮮血を流し、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
何とか魔法鞄から回復薬を取り出し、MPを補給するが、全身の疲労や頭痛はぬぐえない。
そんな俺の様子を見て、唯一腕輪を外された禍津陽向がガタガタと震えながらも立ち上がった。
彼のほうこそ体力の限界だろうに、恐るべき精神力だ。
「――おい、大丈夫か?」
ベネディクトが駆け寄り、崩れ落ちそうになる陽向の体を支える。
しかし陽向は制止を振り払い、まだ意識を失ったまま左腕に黒い腕輪を嵌めている九条、鏡花、灯矢、未来の四人を見据えた。
「あの時、俺は子供みたいに泣きじゃくって縋り付いた。まさか、本当に助けてくれるとはな……。深銀の上書きが消えた今、この四人の腕輪を外すのは後で落ち着いてからでも間に合う……!だが、ここはもうすぐ崩壊する。俺がこいつらを抱えて脱出してやる……っ!」
「その思い、尊重しよう」




