110 上書きされる魂、二重の呪いを解析せよ
「ヒッ……あ、ああ……っ……!」
枷で吊るされた中、禍津陽向が濁った瞳を大きく見開いてこちらを見つめていた。
かつて街で出会った際、プライドをかなぐり捨てて「助けてくれ」と俺に不格好に縋り付いてきた男だ。
「よ、依人……!来てくれたのか……!助け……助けてくれぇっ……!頭が……俺の記憶が、書き換えられていくんだよぉっ……!」
陽向が涙と鼻水を撒き散らしながら絶叫し、必死に手を伸ばそうとする。
だが、その微かな動作だけで『深銀の鎖』が蒼白く発光し、全身を強烈な激痛が襲う。
「ガアぁぁぁぁぁッ……!?」
「陽向……ッ?!待て、軽率に動くな!」
「ダメだ、来るなッ……ッ!」
月読灯矢が声を絞り出す。
どうやら、この二人以外は気を失っているようだった。
「逃げろ……僕たちに……この腕輪と鎖に触るな……!奴らは今……奴隷の腕輪の支配コードを……深銀の呪いで強引に上書きしている……」
「支配コード……?」
「そうだ……王国の絶対服従を潰し……ゾディアスの完全な傀儡にするための措置だ……!上書きの途中で無理に腕輪や鎖を壊せば……両方のシステムコードが衝突を起こして……俺たちの魂ごと爆発する……ッ!」
「衝突による爆発……!?」
「システムを解体する手間を惜しみ、権限ごと深銀の呪いで塗りつぶしている最中……ということですわね。理にはかなっておりますけれど……」
ベネディクトは低く唸り、その横でクロニカが、冷静に分析する。
「チッ、上書きの最中ってことか……!」
「依人さん、どうにか出来そうでして?」
「今やってみる!」
俺は右眼に意識を集中させ、『観測者』の視界を全開にした──。
世界から色が抜け落ち、白黒の反転世界が広がる。
九条たちの体を縛る二重の結縛――そこには、吐き気がするほど複雑なラインが形成されていた。
これが因果を書き換えているのだろう。
しかしそれは、今まで見た単純な黄金の糸ではなく、隷属の腕輪から伸びる何本もの太い糸であったり、更には深銀の呪いによるぐにゃぐにゃとして定まらない糸であったりが複雑に絡み合っていた。
無闇やたらに切っていいものではないはずだ。スキルであれば、鑑定から辿れるのだが、命令違反や強制解除によるペナルティの糸がどれなのかは皆目見当がつかない。
(いったん鑑定してみるか。なにか手がかりがつかめるかもしれない)
依人はそう思い、観測者を維持したまま鑑定を試みる。
(──説明や性能は無視だ。俺がみたいのは、どの糸がどういう意味をなしているのか、それだけ──)『鑑定』!)
その思いに答えるかのように、鑑定結果は都合よく必要な情報のみを提示してくれた。
脳内に激しいノイズ音とともに、システムログのような幾重ものテキストが展開される──。
【隷属の腕輪(プロテクト呪導線)】
【ステータス:外部アクセスにより権限書き換え中】
構成コード:
[糸A:生命維持直結線]
[糸B:絶対命令受動線]
[糸C:防呪・自爆トリガー線]
【深銀の鎖】
【ステータス:外部アクセスにより権限書き換え中】
構成コード:
[糸α:深銀データ注入線]
[糸β:腕輪システム侵食・上書き線]
[糸γ:魂構造書き換え線]
────
(見えた……!そういう構造かよ……ッ!)
視界の中で、絡み合っていた無数の糸が『鑑定』のログと同期し、それぞれの役割ごとにくっきりと色分けされて浮き上がった。
王国の自爆トリガーである[糸C]は、まるで地雷の導火線のように九条の心臓へ深く突き刺さっている。
(まずは、この厄介な糸Cを切断するか……『因果の解縫』!)
俺は隷属の腕輪から伸びる一本の線に狙いを定め、スキルを発動しようとする。
すると、頭上にシステムログが流れた。
【[糸C]を単体で解除した場合、[糸C]と[糸α]が相互エラーを起こし、魂が即座に消滅します。実行しますか?】
(なっ……!?魂が破壊……止めだ止め!実行しない!)
慌ててスキルの発動を停止する。
「どう……どうなの、依人……!?解けないの……!?」
エリナがこちらを心配そうに見つめてくる。
「もう少し待ってくれ……構造が複雑で糸口が見えないんだ」




