108 邪の道
脳内で透明なハサミが空間を切り裂くような高い音が響いた。
俺の右眼から放たれた光の刃が、ヒビキを覆っていた『深銀の拒絶殻』の因果の結び目を――チョキン、と音を立てて完璧に切り裂いた。
パリィィィィィン……ッ!!
ガラスが粉々に砕け散るような高い音が回廊に響き渡り、ヒビキを無敵たらしめていた銀色の薄膜が虚空へと霧散していく。
「な……ッ!?我の……我の絶対防御が……消えた……!?」
「ベネディクト!エリナ!畳み掛けろッ!!」
「おうよッ!!借りを返すぜ!『金剛・滅殺拳』!!」
ベネディクトが崩落する瓦礫を蹴り飛ばして跳躍し、無防備になったヒビキの胸元へ怒涛の連続拳を叩き込む。
ドガガガガガガガガッ!!
「ぐ、おっ……!?」
一瞬、体勢が崩れたように見えた。だが、手応えがあまりにも浅い。
ヒビキの底知れないステータスの高さが、攻撃を防いだのだ。
「ハッ……ハハハッ!効かんなぁッ!防御スキルなど無くとも、元勇者たる我が肉体と深銀の融合に死角などないわ!!」
ヒビキは狂気の笑みを浮かべたまま、両手剣を振るう。
ベネディクトはかわし切れず、後方に飛び跳ねた。
「ちっ、硬ぇ上に速い……やりにくいぜ」
「絶望しろ!ゾディアス様より授かりしこの我が力は、立ち塞がる全てを砕く!!」
ヒビキは、追撃をしようと一瞬でベネディクトとの距離を詰める。
両手剣を低く構え、再び爆発的な加速『深銀の瞬動』で肉薄しようと踏み込んだ。
「ッ!!」
俺は『深銀の瞬動』を奪い取るべく、必死に集中していた。
が、素早く動くヒビキに対して狙いが定まらない。
(クソッ、このスキルを先に消しておくべきだったか!?)
そこで動いたのは、クロニカだった。
「かかりましたわね!」
クロニカがこっそり設置していた、魔力が編み込まれた鋼糸が回廊に網のように張り巡らされ、神速で突き進むヒビキの体に強引に絡みついた。
「なにっ……不快な糸めッ!このような罠、力任せに千切り飛ばしてくれるわ!!」
だが、粘着質なそれは、力任せに引きちぎろうとしても別のところにくっついてしまい、予想外に苦戦する。
――その致命的な秒数こそ好機。
「今だ!『因果の解縫』ッ!!」
右目に激痛が走る。二度の連続使用だ、無理もなかった。
消すのはもちろん、『深銀の瞬動』。
「よし、成功だ!」
「ハッ!お前、まさか!」
両手剣を器用に使って糸を綺麗に切断したヒビキは、驚愕の表情を浮かべる。
「『瞬動』が……不発だと……!?貴様、貴様ァッ!我がスキルを、我が力をどれだけ奪えば気が済むんだァァァ!!」
自分の誇る圧倒的な機動力が、理由も分からず理不尽に潰されたのだ。
ヒビキの冷徹だった狂信の面構えが激昂に歪み、血走った両目で俺を睨みつけながら、血管を浮き上がらせて咆哮する。
「おのれ……おのれ、虫ケラがぁぁッ!!ふざけた真似を……我の力を邪道で汚すかァァッ!!」
「どっちが邪道なんだか」
俺は痛む右目を抑えながら、仲間の様子を確認する。
後方のベネディクトはすでに体制を整えいつでも動ける状態、クロニカはその横でいつでもサポートにまわれる位置にいる。
エリナは右で、魔力を杖に集中しいつでも魔法を放てる体制だ。
ヒビキが、血走った眼光で俺を睨みつける。
怒りの矛先は、理不尽にスキルを無効化させた俺に向けられている。
「まだだ……!我はまだ戦える!この一閃で……全て細切れになれぇぇッ!!」
ヒビキは自慢の『瞬動』による肉薄を諦め、その場から怒号と共に巨大な両手剣を振りかぶった。
空間ごと切り裂く広域斬撃――『深銀の波状剣』。
だが、右目を限界まで酷使し、激痛に耐えながらその絶望的な圧迫感を真っ向から見据える俺の視界には、すでに勝利への「因果の道筋」がハッキリと見えていた。
「させねぇよ……ッ!『金剛・衝破』ぁぁッ!!」
ヒビキが刃を振り抜く直前、体制を完全に整えていたベネディクトが瓦礫を蹴って飛び出した。
超至近距離からの爆発的な発勁打撃。
ダメージを与えるためではない。ヒビキの巨剣の柄頭へ正確に叩き込まれた渾身の衝撃が、斬撃の刃筋を強引に天井方向へと跳ね上げる!




