106 勇者だったもの
「ガハハハハ……!勇者どもは間もなく我らの偉大な導き手、ゾディアス様の手により生まれ変わるのだ! 貴様ら如きハエども命など、新たなる世界の礎にすらならんわッ!」
狂信的な笑みを浮かべる元勇者・ヒビキの叫びが、重々しい地下監獄の回廊にこだまする。
その身体を覆うのは、漆黒の甲冑と完全に融合した重厚な黒銀の生体金属。
見た目はただのごつい人間。
しかし、銀色の煙が湯気のように立ち込めている。
「嘘だろ……深銀を纏って、どうしてこうも安定しているんだ……!?」
俺は驚愕する。
今まで出会った奴らは、往々にして一時的な力を爆発させるのみで、どこか狂乱じみていた。
「チッ、今までの雑魚兵みたいにその場限りの暴走じゃねぇな。完全に馴染んでやがる!」
ベネディクトが苦々しく吐き捨てた。
「あの凄まじい深銀の呪いに耐え切り、完全に同化を果たした『完成形』とでも言うべきかしら……勇者の魂の強さが、裏目に出ていますわ」
クロニカが額に汗を滲ませ、鋭い視線でガロンを睨み据える。
「正気を失ってまで、ゾディアスの狗に成り下がりやがったか……ッ!」
俺はすぐさま右眼に意識を集中させ、ヒビキの数値を引き出そうと『鑑定』を仕掛けた。
「『鑑定』――!」
【黒崎 響】
【種族】元人間(勇者)
【職業】近衛騎士団長
【レベル】エラー:アクセス権限が拒絶されました
【ステータス】エラー:アクセス権限が拒絶されました
【保有スキル】
『深銀の瞬動』『深銀の覇王剣』『深銀の波状剣』『深銀の拒絶殻』『深銀の狂乱』
(チッ……! アルマの時と同じだ。ステータスはシステムエラーが出やがる!だが、放たれる異次元の気配でわかる……こいつはLv60以上の強敵だ!)
「ゾディアス様に命じられてここで待てと言われたが、まさか本当に敵が来るとはな。……死ねぇッ!!」
ヒビキが身の丈を超える巨大な両手剣を力任せに横一文字へ振り抜いた。
その瞬間、大気が悲鳴を上げる。
振り下ろされた刃の軌道に沿って空間そのものが歪み、銀色の多重衝撃波が刃の嵐となって俺たちへ押し寄せてきた。
――スキル『深銀の波状剣』。
単なる飛ぶ斬撃ではない。
空間の座標を直接切り裂いて広範囲に衝撃波を発生させる、凶悪な遠距離技だ。
「させねぇよッ!『金剛・剛体』!!」
ベネディクトが、身体を強固な気功の壁で包み込んで正面から衝撃波を受け止めた。
ガギギギギギィィィンッ!!
激しい火花と金属擦過音が回廊に爆破音となって響き渡る。
石畳の床がめりめりと砕け散り、ベネディクトの足が数メートルほど後ろへ滑った。
「くっ……重ぇなオイ!だが、お返しだッ! 『金剛・衝破』!!」
ベネディクトは間髪入れずに踏み込み、ヒビキのがら空きの胸元めがけて、威力全振りの破砕パンチを叩き込んだ。爆発的な空気弾が、ガロンの胸甲へと正確に着弾する。
――トスン
しかし、手応えは鈍かった。
ヒビキの巨体は微動だにせず、ただその歪んだ笑みを深めるだけだった。
「何っ……!?」
「ハハハハッ!無駄だ、無駄なのだよッ!」
ヒビキの体表には『深銀の拒絶殻』が展開されていた。
ベネディクトの放った渾身の打撃エネルギーが、その薄膜に触れた瞬間、波紋のように霧散してしまったのだ。
果たして、深銀の拒絶殻がなくてもダメージが通ったかは不明だが。
「深銀の拒絶殻か!俺があのスキルを剥ぎ取るからその間耐えてくれ!『因果の解縫』──」
「小賢しい!!」
俺が言いきる前に、ヒビキが動き出す。
『深銀の拒絶殻』の糸に照準を合わせ、ハサミのようにパツンと断ち切る前に──。
ヒビキのスキル『深銀の瞬動』が発動された。
「なっ――!?」
直前までベネディクトの眼前にいたはずのガロンの巨体が、残像だけを残して一瞬で消失した。
爆発的な神速の踏み込み。
ヒビキのスキル『深銀の瞬動』が発動された。
(クソッ!因果の糸が見えなくなった!どこだ!?いや、残渣が見える……こっちか!)
ベネディクトの周囲を高速でぐるぐると移動していたヒビキが、天井高く飛び上がる。
「ベネディクト、上だッ!!」
俺の叫びと同時に、ベネディクトの真上へ跳躍したたヒビキが、巨剣を両手で構えて振り下ろす。
――スキル『深銀の覇王剣』




