第92話 リューク、怒る
特別戦略会議室での会議を終え、解散となった後。
ヴェイルはリュークに声を掛けた。
「少し話したいのだが、いいだろうか」
「……分かりました。王宮のテラスでいいですか」
「ああ」
彼の素っ気ない返事にヴェイルはいつもとは違う感覚を覚えた。
よく話し込むテラスに二人で行く。
ヴェイルは思い切って尋ねた。
「……怒っているのか、リューク」
「……」
リュークは言葉を止めたまま黙っている。
「リヒトが許せないからか」
彼は大きくため息をつくと答えた。
「ああ、そうだよ。アイツがロイを化け物にして復活させたんだ。ロイの墓が空だったと知って、母がどれだけ泣いたか……
それにお前の事も殺そうとしているんだ、腹も立つさ」
「だからと言って、あまりフィスファーナを責める様な口ぶりはよせ」
ヴェイルの嗜めに、リュークは顔を背けた。
「お前はアリアを失ったのによくそんな風に言えるな。確かに、少し責め気味に言った事は反省する……」
彼がそのまま続ける。
「……でも、ロイが生かされているなら、お前があの時『悪魔』になってしまった意味はなんなんだ。
復讐に駆られ、国の為とは言え今まで一体どれだけの……」
そう言うと口惜しげに唇を噛み、目を伏せた。
ヴェイルが言う。
「俺は例えロイが殺されていなくても、自分達を護る為に敵を殲滅していたと思う。そうでなくとも、あの場でお前と俺が生き残れた事は後悔していない。仮にお前が俺だったとしても、きっと同じ事をしていただろう?」
「……」
「それにアリアは完全に居なくなった訳じゃない。身体の奥底に眠っているんだ。俺が必ず助け出すって……約束したから、待っている筈なんだ」
悲し気に言葉を沈ませる彼を見て、リュークはハッとした顔になった。
「そうだったな。すまない」
「ううん……」
「でも、フィスファーナが蘇ったら、本当にアリアは戻れると思うか」
リュークが不安げに聞く。
「彼女達は意識が混同していない。フィスファーナが本来の体に戻れたなら、アリアの意識も元に戻る……と思う」
「その為にお前が殺されるのなら意味がないだろう?」
彼はヴェイルを覗き込む様にして訴えた。
「それは、遺跡を探ってみないと分からないじゃないか。俺の命が必要だったのに、シュダークの失敗後に何故リヒトは動かない? 何かの計画が頓挫したんじゃないのか?」
リュークの視線が鋭くなる。
「……それとも、別の計画を進めているとか? オレたちの知らない『鍵となる者』を手に入れて……」
「鍵となる者?」
「お前と同等か、それ以上の力を持つ――パトラクトラ様とか……」
ヴェイルが目を丸くした。
「母が……リヒトに捕まっている、と言う事か?」
「その可能性はある」
「だが、母はフィスファーナの妹だ。妹の命を使って復活したとなったら、彼女がリヒトを許さないのでは?」
リュークがスッと姿勢を直した。
「ヴェイル……アイツは人間じゃない。『鬼』なんだよ。何を考えているかなんて分からないじゃないか」
「リューク……」
「探索に行く予定の古代遺跡だって、どう考えてもアイツの罠だ。オレ達を八方塞がりにして遺跡に向かわさざるを得ない状況に追い込んで来ている。ヤツは必ず何か仕込んでいるぞ」
「それでも……行って謎を解かない事には、アリアもロイも取り返せないだろう?」
彼がじっとヴェイルを見つめて来た。
そして心配した様子で言う。
「罠だと分かっていてもノコノコ出向くのがお前だったな……今回はパトラクトラ様もいない。勝算はあるのか」
ヴェイルが考えながら答える。
「ないけど……俺だってみすみす殺されるつもりはない。
それに、皆の前では言わなかったが、俺だけが狙われているとは限らない。
意図的ではないにせよ、ロイをあんな姿にしてリュークが怒らない訳がないだろう?
リヒトはお前が前線に出て来る事も見越して、お前をも殺そうとしているんじゃないか?」
「な……?!」
リュークが驚いた顔をした。
「まさか……それなら、もしかしたら『二人同時に殺せる方法』を考えている、とか……なんらかの都合でヴェイルの遺体だけでは済まなくなった、という事も……」
呟く様に、考える様に独り言を言う。
しかしすぐに険しい顔になった。
「だが、もしも遺跡でリヒトを見つけたなら、お前が殺される前にオレが必ずヤツを殺す」
「しかし彼は『不死』だろう? 一体どうやって……」
彼の剣幕に押される様にヴェイルが言う。
「『不死』だろうが、年齢と同じ数だけ命があろうが関係ない。何十回でも何百回でも、完全に死ぬまで殺してやる。
お前を失うぐらいなら、オレは相手が鬼でも神でも殺す!」
リュークは鋭くそう言い放つと、言葉が出ないまま突っ立っている彼を残し、その場から立ち去って行った。
足音が遠ざかっていく。肌を刺すような夜風が吹き抜け、静けさだけがその場に残る。
「……俺だって……兄上を失いたくはないんだよ……」
聞こえないであろう距離になった時、彼は小さくそう呟いた。
するとリュークと入れ替わるかの様に、静かな足音を立てて誰かが近付いて来た。
それはフィスファーナだった。
「ヴェイル……リュークと何かあったの?」
「フィスファーナ。先程はすまなかった。彼が怒ってしまっていた様で……」
ヴェイルが謝る。
「いいえ。彼が腹を立てるのも分かるわ。リヒトのやっている事は完全に私欲の為の行動に見えるもの」
「俺はどうしたらいいんだろうな……君を復活させる為に俺が命を奪われる事になるなら納得出来ない、と彼は言っていた」
「そうでしょうね。私だってそんな風に復活させられるのなら嫌だもの。でも私がこの体から出て行けない限り、アリアは元に戻れないのでしょう?」
「それはそうなんだけど……」
「いずれにせよ、今度の遺跡調査で何か分かるかも知れないわね。頑張りましょう」
フィスファーナは月明かりに照らされながら、そっと微笑んだ。
その笑みには、決意と覚悟が滲んでいた。
ヴェイルがその姿を切な気に見つめている。
その指は柔らかな髪に触れたいが、動く事はない。
彼女はもう、アリアではないのだから——
——部屋に戻る為に廊下を歩いていたリュークは、ふと立ち止まった。
吹き抜けの間から夜空に浮かぶ双月が見える。
「ロイ。オレがリヒトを殺したなら、お前はまた骸に戻るのか……?
オレの事が誰か分からないまま、永遠の眠りに着くのだろうか……」
月を見上げながら独りごちる。
彼とタイカーシアで出会ってしまった時の事を思い出していた。
「何故オレの前に現れたんだ——」
そう言うとグッと目を瞑って顔を背ける。
握り締めた拳が、キリリと音を立てた。




