第91話 命を狙い続けて来た者
フィスファーナが口を開いた。
「お待ちください。『今までずっと陛下のお命を狙い続けて来た主犯者はリヒト』とは……どういうことなのですか?」
彼女の言葉で場が静まり返る。
「どうやらワタシとラザル、フィスファーナが知らない事件が前にあったようですね」
アウドラが言った。
「そうですね、私から説明しましょう」
リュークがそう言って、トラフェリア出張以降に起こった事件を、その場の全員に向けて語り始めた。
「アリア姫を陥れて魔王陛下を殺害しようとしたウーヴルのツガンニアに、それを指示したルガリエルのシュダークもまた、リヒトに魔王陛下を殺害するよう指示をされていたということなのですね。
しかも魔力を集めることができる古代遺跡から見つけたユガドの木の種を渡されて……」
説明を聞いたフィスファーナが、かすかに声を震わせながら言った。
「フィスファーナは……俺の、いや、人間の死体を使った何かの呪術に心当たりはあるだろうか」
ヴェイルが問う。
「いえ、そのような禍々しい呪術には覚えがありません」
「リヒトとあなたはご婚約をされていましたよね?」
リュークが口を開く。
「……はい」
「彼はもしかして、何かの禁術を使って……愛するあなたを蘇らせようとしているのではないでしょうか」
その言葉が落ちた瞬間、場の空気が凍りついた。
「……まさか」
フィスファーナが目を見開いて呟いた。
皆が互いの顔を見合わせ、不安を隠しきれない表情を浮かべている。
ただ一人、リュークだけが淡々と続けた。
「あなたは私の弟を見て、『リヒトの蘇生術かもしれない』と言いましたよね。それほどの力を持っている鬼ならば、320年前から何らかの方法であなたの身体を維持、保存している可能性がある。魂さえ本来の器へ戻すことができれば……あなたは、元の身体で再び生きられるのではないですか?」
「そんなこと……」
フィスファーナが震える声で言い、戸惑ったように視線を落とす。
——本当に、そうなのだろうか。
彼は、自分への強すぎる愛ゆえに、死者の領域にまで手を伸ばそうとしているのか。
なんという恐ろしい事を……
そう思うと胸の奥が焼けるように痛い。呼吸さえ苦しくなる。
リュークの声が、遠くかすんで聞こえた。
「そしてその禁術とも言える呪術を完成させるため、媒介として強力な魔力を持つ陛下のお身体が必要だった、と考えれば辻褄が合いませんか。だから力をやると言ってシュダークをそそのかし、陛下のお命を狙った。
ロイの遺体を攫った時に加え、国葬偽装の後にもまた墓を暴きに来ている。我らの王墓への冒涜が過ぎる行為だ。
しかしリヒトは今回は陛下のご遺体を手に入れられなかったので、『次は必ず』とメモを残したのでしょう」
そこまで言うとクッと息を詰め、吐き捨てるように呟いた。
「陛下を……挑発するとは……」
どうしようもない怒りが漏れ出てしまう。
「リューク。少し言葉を慎め」
ヴェイルが彼の発言を制した。
「フィスファーナもいわば被害者なんだ。彼女たちの城が襲撃さえ受けなければ、このような事態にはならなかっただろう?
……だが、恐ろしい発想ではあるが、否定はできない。おそらく、それが真実なのだろう」
彼の声が、フィスファーナの震えを包み込むように静かに響く。
そして、落ち着いた口調で次の問いを投げかけた。
「父上、古代遺跡にはそのような禁術などを記した何かがあるのですか?」
その問いにグラディスが答える。
「古代遺跡は、ナザガラン側にある洞窟からカトル山脈最高峰ウーアザーガの西に広がり、鬼族の地まで続いている。
ナザガランの地にある部分は大方探索済みで、約四千年前の人々の生活様式が刻まれた遺跡であることは分かっている。
その部分に、例のユガドの樹の種に関するものは何もなかった」
皆が頷きながら聞き入る。
「さらに奥、鬼族の地へと繋がる遺跡には門があるのだが──」
彼が記憶の中の報告を辿って説明する。
「その門をくぐった者は、必ずナザガラン側へ戻される。まるで遺跡そのものが意思を持ち、『お前ではない』と告げているかのようにな。
そこから先は鬼族の地に入ってしまうせいかもしれない。土地的に古代エルフ文字の詠唱列は発動しないのだが……それだけでは説明できぬ。まるで『誰か』が入る者を選んでいるのだ」
「だから今まで調査が進まなかったのですね。弾かれてしまう要因は何なのでしょう」
ヴェイルが言う。
「分からない」
「今まではどのような人員で調査に行かれましたか?」
「学者クラスの者たちだ。主にタイカーシアのダークエルフ達だが」
「……戦士は誰も行ったことがないのですね?」
グラディスが意外そうな顔で言う。
「考古学の分野に入るからな。多少の護衛はつけても、戦士までは同行させたことはない」
ヴェイルが考え込んだ。
「……もしかしたら、その遺跡に入るには『力』が関係しているのではありませんか? やはり、我ら戦士クラスが行ってみるべきでしょう」
そして控えめにフィスファーナへと視線を向ける。
「フィスファーナ、君は今、その……アリアの身体で使える魔法はあるのか? それに戦士としての力量は?」
「アリア様のこのお身体で、ですか? 武術は私は得意ではありませんでした。魔法は……魔力回路と魔法陣を開いてみてもよろしいでしょうか」
彼女が答える。
彼が頷くと、フィスファーナは開いて確かめようとした。
「……どちらも開きません……」
「何?」
フィスファーナの何度も試す動作に、魔力回路も魔法陣も反応はない。
「……魔法関係はアリアの意志に連動しているのか……」
ヴェイルが彼女の様子を見て呟く。
「あの……私、今はアリア様のお身体をお借りしているだけのただの非力な人間の様です。お役に立てず申し訳ありません」
フィスファーナが縮こまって謝る。
「いや、かえって安心した」
「はい? 何故ですか?」
「アリアは……やはりアリアのままその身体の中に眠っているのだな、と思えたから……」
彼は俯いてそう言ったが、その表情には静かな安堵が滲んでいた。
「魔王陛下……」
フィスファーナが呟く。
アウドラがそっと目元を拭った。
ヴェイルが続けて、静かに宣言した。
「フィスファーナは失礼ながら、アリアを押し退けるほどの魔法力を持った魂だ。だからこそ、彼女はきっとこの試練を突破できるはずだ。一度、戦士のみで探索に行こう。人員は危険性も鑑み、この場にいるリューク、ラザル、姉上、フィスファーナ、そして俺とする。
父上と叔母上様は、万一の時のために城でお待ちください」
更に付け加える。
「緊急回避用の魔法道具を用意するのに2日程掛かる。探索は3日後とする」
そこまで言うと、彼はゆっくりと深く息を吐いた。
その息遣いにはもはや探索ではなく決戦へと向かう者の決意が込められていた。




