第78話 襲われた研究者達
最高位魔術院の研究者の一人が気付いた。
「見てください! 空が割れています!」
「何っ!」
「こんな事が……」
皆が驚いて口々に叫ぶ。
「まさか……」
パトラクトラが目を見開いて見たその時だった。
オオオオオオオオ……!!
世界に響くかの様な咆哮と共に『次元黒碧竜』がその割れ目から現れた。
黒く巨大な体躯は上半身から下は空に飲み込まれたかの様に透けているが、自在にうねり、こちらに向かって来る。
「次元黒碧竜!! 何故だ、私は呼んではいないぞ?!」
しかし、彼女の言葉など聞かずにその竜は場を悪夢に変えた。
「なんだこいつは! う、うわああああ!」
「や、やめてくれ!」
「何をするんだ!!」
パトラクトラの戸惑いをよそに、かの竜は瞬く間に次々とタイカーシアの最高位魔術院の研究者達と紫炎竜を飲み込んで行く。
透けている筈の体躯に飲まれた姿は見えては来ない。
そのまま違う空間へと送り込まれて行っているのだ。
「次元黒碧竜! やめろ! 何をしている!!」
彼女が青ざめて叫ぶ。
握り締めている手綱がワナワナと震えた。
【力ヲ……我ハ力ヲ求メテイル……】
「力?」
その間にもゴオゥと言う音と共に、八人の研究者達が全て飲み込まれてしまった。
もう戻る事は出来ない……彼らは次元黒碧竜の内部空間、即ち宇宙の藻屑と消えたのだ。
「ああ……なんという事だ」
パトラクトラが呆然とする。
「お前は何故力を求める……お前の目的はなんだ?」
瞳に涙を溜め、彼女は問い掛けた。
【我ハ力ヲ星ニ変エル……】
「力を星に変える? そもそも我々も竜も惑星の中に住む小さな生き物に過ぎないだろう。そんな物を集めて星になど……」
【砂粒ノヨウナ小サナ欠片ガ集マリ……ヤガテ渦トナリ星ヲ作ル……我ハ強キ力ヲ求メテイル】
「なんだと? ……我々はお前の星を製作する為の材料だったのか」
[主。コイツは道理が効く相手ではない]
ラタウスが警戒しながら言う。
「うむ。私はなんというものを呼び出す存在なのだ……この竜はただの『私が使える力』なのだと思っていた……」
パトラクトラはそう言うと唇を噛んだ。
次元黒碧竜は尚も話す。
【強キ者……ふぃすふぁーなヲ我ニ差シ出セ】
「フィスファーナだと?」
思いがけず聞く姉の名前に驚く。
「フィスファーナなど……数百年前に死んでいる。そんな者の為にお前は出現してしまったのか? 私が320年ぶりに呼び出したのがいけなかったのか?」
【ふぃすふぁーなハ存在シテイル……感ジル。『時空ノ魔女』の力ヲ我ニ差シ出スノダ】
「嘘だ!! ……あっ!」
かの竜は再び咆哮すると、パトラクトラと乗っている黒竜ラタウスに襲い掛かってきた。
バサリと音をさせて翼を翻し、ラタウスがギリギリで巨大な竜の牙を避けた。
[主!!]
「ラタウス!タイカーシアに向けて出来るだけ速く飛べ!ここは鬼族の地で私の魔法が効かない!!」
[なんだって?!]
「いや、ラキシャ語に変換して唱えるのか……待て待て待て……ええと……」
パトラクトラが記憶を辿り、魔法陣を目の前に出現させた。
今まで人前では出したことがない彼女のそれは、現在の魔法が使える者達の陣とは全く形が違っていた。
そこに数百年前にリヒトに教わっていたラキシャ語で、詠唱文を翻訳して入力して行く。
キュルキュルと微かな音を立て、古代エルフ語から置き換わった詠唱文が、超高速で再読込されて行った。
次元黒碧竜が背後に迫って噛みついて来た。
「防御、同義、防御!!」
彼女の詠唱でラキシャ語が書かれた帯の様な細長い幕が現れ空中を舞うと、防御壁が形成されて牙を防いだ。
[おお。これがラキシャ語での魔法……]
ラタウスが驚く。
更に詠唱する。
「再読込以下、同義!
星の力よ我に寄りて虚空を圧とせよ――重力鋼大球!!」
またしてもラキシャ語が書かれた大量の帯の幕が現れ、巨大な重力の球体となって次元黒碧竜の見えている部分の半分を襲い、ズガンとその存在を丸く押し潰した。
ヴェイルと同じく重力を扱う彼女の魔法だ。
「う……」
攻撃には成功したが、同時に体の力が抜けていくのを感じた。
[やったか?!]
「……いや……どうやら……物理攻撃は程なく元に戻るらしいな……」
慣れないラキシャ語での詠唱で体力と魔力を奪われたパトラクトラが息を切らせながら言う。
見ると既に巨竜の欠けた部分が再形成されてきていた。
「ダメだ! 逃げろラタウス!」
[おう!]
彼は全力で羽ばたく。
しかしその努力も虚しく追い付かれてしまう。
「異次元反転!!」
ギリギリでパトラクトラが詠唱するが、既に牙でガブリと噛み付かれてしまっていた。
[うお?!]
「あ!!」
ラタウスとパトラクトラが同時に叫ぶ。
僅かな時間だけ自分達の次元を変える事に成功したので、外傷は避ける事が出来たが、力は掠め取られてしまった。
世界最高速王機竜『黒竜』とは言え、必死に羽ばたこうとしつつも意識が遠のき、翼の動きが止まる……
【オオオオ?!】
その時、噛み付いた方の次元黒碧竜が苦しげに叫んだ。
迷った様に顔を上げ、ゆっくりと空間の切れ目に消えて行く。
「……愚か者め……この世界に干渉する為の窓口である私、『次元の魔女』を襲うからそうなるの……だ……」
パトラクトラは不敵に笑って呟いたが、力を奪われたせいかそれきり意識が飛んでしまった。
翼を広げたままのラタウスは暫く滑空していたが、頭が下がった為に海上に向けて巨大な木の葉のようにブワリと大きく回って墜ちだした。
騎手であるパトラクトラも手綱を握る力を失い、放り出されて海に向けて落下して行く。
その時、高速で急降下する鳥の様なものが現れた。
それは漆黒の翼を持った少年だった。
彼はパトラクトラの腕をパシリと掴み、引き上げて身体をしっかりと抱き抱えた。
その手から離れてしまった花籠から薔薇の花がハラハラと空中に散って行く。
一方、ラタウスはそのまま大きな水飛沫を上げて海上に堕ちてしまった。
跳ね上がった海水から守る様に背を向け更に彼女を強く抱き締める。
休まず羽ばたく漆黒の翼に、少しの水滴がパラパラと音を立てて掛かった。
その翼の主、少年ロイが必死になって叫ぶ。
「リヒト助けて! 重くて僕、堕ちちゃうよ!!」
11歳の彼の体格は、大人の女性を抱えるにはまだ小さすぎるのだ。
気を失ったパトラクトラを抱えたまま、それでも少しずつ上昇するロイの元に、応えるように読経の様な詠唱文が聞こえ始めた。
空中に、詠唱文字がラキシャ語で書かれた大量の細長い帯が現れる。
その帯はぐるぐると彼の周りを飛び回り、やがて長い包帯が巻き付く様に固まって行き、4体の人型を形成した。
その人型は集まって、四方から長い腕で担架の様に二人を支える。
そしてそのまま運んで、彼らを浮遊城へと連れて行った……




