後日談 魔王様は、幸せ聖女に、出くわした!後編
「ガイゼル様。それで、お話とは?」
そうして、約一ヵ月が経ったころ、魔王ガイゼルは、"魔王の間"で人類の領地から戻ってきた聖女と向かい合っていた。
「クックック……さて、聖女よ。後ろを向いてもらうか。なあに、悪いようにはせんぞ」
「はあ」
そうして聖女の背後に回ったガイゼルは、舌舐めずりをした。
ちなみに、色々と捻ってみたが、最終的に聖女に対してダメージを与えられそうな『バックハグしながら、好きと告白する』という方法を採用することにした。
魔王ガイゼルは、王道がお好きなのである。
聖女のうなじを見ながら、ガイゼルは思った。
綺麗な首筋だ――じゃない。
貴様もこの呪いを味わうがいい!!!
「余は貴様のことが……」
そして、魔王ガイゼルは後ろからガバっと抱きつき、「好きだ」と囁こうとした――が、
――あれ、待てよ。
ほんの一瞬にも満たない時間に、ふと、ガイゼルの心にある感情が芽生えた。
これってもしかして、身長足りなくないか、という疑問である。
「ガイゼル様? どうかしたのですか?」と後ろを向いたままの聖女が不思議そうに言うが、抱きつこうとした態勢のまま見事固まったガイゼルは、混乱の真っ最中だった。
「すっすっすっすっすっすっす……」
「酢……、ですか??」
「ち、違う!! あ、いやあの、そうではなく……!!」
た、たしかに……とガイゼルは思い返していた。
冷静に考えれば、ガイゼルが読んだ恋愛小説は、すべて身長差カップルものだった。
男たちはそろいもそろって、高身長な輩たちで、みな女性を包むようにしてハグをしていたのである。
「う、嘘だ……もしかして……吾輩……身長が足りていない……???」
そうだ。
聖女に身長が追い付いたとはいえ、リンリルネには追いつく気配もない。
しかも、混乱するガイゼルは、さらに最悪の可能性に思い至ってしまった。
そう言えば、リンリルネはこうも言っていたのである。
『これは、聖女様が好きな書物です』と。
つまり、聖女は身長の高い男が好きなのではないか。
だとすると……自分は?????????
この身長差がほとんどない自分はどうなのだ?????
「そ、そんな……! 吾輩は……ふさわしくない!?」
結果、あまりのショックに頭がパンクした恐怖と絶望の魔王――ガイゼルは、「吾輩では……役者不足なのか……??」と言い残してぶっ倒れた。
「が、ガイゼル様!? 大丈夫ですか〜!?!?!」という聖女の声を聴きながら。
「で、私にバックハグをして、胸を苦しくさせる呪いをかけようとしていたら」
聖女は頭を押さえながら、整理をしていた。
「私が身長高い方が好きだと思って、パニックになってしまった、と」
「そうである……」
「いったい何をしようとしていたんですか」とあきれ声で、ベッドに寝込むガイゼルを半目で見つめる。
気絶したガイゼルは、"魔王の間"から自室へと移されていた。
そうしてやっとのことで意識を取り戻した魔王の話を聞いていたのだが、話を聞くたびに、聖女は、全くこの人は――ではなく、全くこの魔族は……と言いたい気分になっていた。
前々から純粋でまっすぐだとは思っていたが、いくらなんでも、まっすぐ過ぎである。
前にも、配下一同が揃う前で、
「聖女のことを思うと胸が苦しい。威風堂々たる魔王がこれでは困る。誰か吾輩に方策を述べてみよ」と言ったり。
しかも、聖女もいる前で、である。
その会議中の皆の視線は、忘れられない。皆が生暖かい目で、聖女とガイゼルを交互に見てくるのである。
ちなみに、リンリルネだけは、後ろの方で爆笑していた。
聖女は思う。
まあ、それに比べたら、今回、身長差に気が付いただけでもマシなのかな、と。
「だいたい、その小説は確かに読みましたけど、好きだと言ったのは作品としてであって、
背の高い男性が好きだとか、そういうわけではありませんよ」
そう言ってみると、途端にガイゼルが跳ね起きた。
「ほ、本当か聖女よ! 吾輩でも貴様にふさわしいか?」
ほんと単純だなあ、と思いつつ、聖女は「でも無理ですよ」と続けた。
「えっ」
「ですから、ガイゼル様がどれほど頑張っても、私はその呪いにかかることはありません」
「な、なぜなのだ??」
「だってもう――」と聖女は微笑んだ。
「とっくにその呪いにはかかってますから」
「なッ……! 聖女よ。ということは、まさか貴様もこの忌々しき呪いに耐えていたのか!?」
「ええ。たしかに、その人のことを思うと胸が苦しくなります」
でも、と聖女は首を振った。
「それ以上に、その人と話したり、その人が頑張っているところを見ていると、楽しいこともあるのです。ですから、呪いなどではありません。少なくとも、私にとっては」
「そ、そうなのか……我輩に相談でもしてくれれば……!
というか聖女よ。その呪いはいつからなのだ!?
まさか、吾輩と同じく……あごクイの後遺症か……!?」
一生懸命に尋ねてくるガイゼルに、聖女は笑いを隠せなかった。
――まったくもう……本当に鈍いんだから
「もっと前ですよ、魔王様」
聖女は、真っ赤な顔で考え込む魔王に、やさしく微笑んだ。
「ふぅ……またお二人を救ってしまったわね……」
「いやあの、渋い感じで仰っていますけど、全部リンリルネ様が仕組んだことですよね?」
同時刻。
魔王の寝室からちょっと離れた場所にリンリルネと部下のメイドは暇つぶしをしていた。
部下のメイドは、ドヤ顔で意味深なことをつぶやく上司のリンリルネを、信じられないものを見るような目で見つめる。
「あら、知ってたの?」
「だって、わざわざ身長差のあるカップルの恋愛小説を聖女様にお勧めして、わざわざその感想を聞いたりしたのは、全部リンリルネ様ですし……」
なんで、わざわざそんなことをしたんですか、とメイドは一応聞いてみた。
まともな返答がもらえるかな、とちょっとは期待したのである。
「決まってるじゃない」
リンリルネがニヤリと笑う。
「――だって楽しいからよ」
「聞いた私が馬鹿でした」
それを聞いた部下のメイドは、ドヤ顔を披露する上司を横目に誓った。
――とりあえず、今後この人には何かあっても相談しないようにしよう、と。
「あなた気になる相手とかいないの?」
「いません、知りません、存在しません」
――魔王城は今日も平常運転であった。
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