36 遊びの達人
リュグナードとアルフェリアの2人は
公園の入り口付近で戯れる子供たちとセラを眺めていた。
勿論、常に辺りに気を配り護衛としての責務を果たしながら。
そんな2人は時折ぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
その内容は主に「姫様が楽しそうで何より」「セラって本当にすごい」という
シンプルなものである。
「鬼さんこっちよ!」
「…タッチ!はい、今度はルナが鬼ね!」
「あーあ、捕まっちゃったぁ!」
多くの大人に見守られながら遊ぶという初めての経験に
ベルたちは最初戸惑った様子を見せていたが、それもつかの間の事だった。
鬼ごっこが始まりさえすれば、後はもう誰がいようが関係ない様子で
彼女たちはスカートを翻しながらきゃあきゃあと笑顔で駆け回っている。
それはこういう遊びが初めてなシャーロットも同じで
不安そうにしていたのは最初だけだった。
今ではその場に上手く溶け込んでいる。
昨夜突然「セラたちの遊びに参加したい」と聞いた時は
どうなるかと心配していたが、杞憂に終わり2人はホッと胸を撫で下ろした。
一番年上であるベルが10歳、一番年下が3歳のララという
6人の子供たちは遊ぶのがとても上手という事も大きいのだろう。
常日頃から面倒を見ている年長組の年少組と一緒に楽しく遊ぶための
手加減具合やフォローの匙加減が絶妙なのだ。
「まーてー!」
「ララ、こっちよ!」
とてとて、と音を付けるならそんな危なっかしい
足取りで鬼になったララが姉たちを追いかける。
追いかけられる側は突然他の誰かを捕まえたり、
あえて自分から捕まりにいく素振りを見せてひょいと交わして見せたり。
捕まえられずにぐずり出す前に必ず誰かが”ドジをやらかして”
次の鬼が誕生するのでララの機嫌が下がる事はない。
そんな彼女たちが楽しく上手に遊ぶ姿はとても微笑ましく、
隅でお茶の準備をしているメイドたちも、四方に散らばり
警備を続ける騎士たちも時折目尻を下げたり口元だけで微笑んだりしていた。
「きゃあ!」
「おっと。カナちゃん、大丈夫?」
「あはは!うん!おねえちゃん、ありがとー!」
「どういたしまして。レナちゃん前見て走らないと危ないよー!」
「はーい!」
セラはというと子供たちと一緒に駆け回りながら
全体を見守り、鬼にならぬよう上手く立ち回っていた。
その動きは流石の一言に尽きた。
子どもが好きだと公言しているだけあって、子どもと遊ぶことに長けている。
その場に混ざっていて不自然でなく、それでいてフォローがとてもうまい。
見ていて危なっかしい年少組の足がもつれて転びそうになるシーンが度々あった。
その度に大人たちはヒヤリとし、距離があるにも関わらず咄嗟に手を
伸ばそうとしたが、そんな彼らの心配は全て杞憂に終わった。
なんせ、まるでどの子がどのタイミングで転ぶのかを
知っているかの様な絶妙なタイミングでセラが抱き上げるのだ。
「ちょっ、まって、きゃあ!」
「あはは!シャロンさま、つっかまえたー!」
「じゃあ今度はシャロンさまが鬼ね!」
シャーロットがすっかり慣れてきた事を感じたのか、
それまでは積極的に彼女を狙おうとしていなかった子供たちが本気になり出した。
時折シャーロットを追いかけても、
ターゲットを途中で変えていたのをやめたのだ。
そうするとあっという間にシャーロットは捕まり、鬼役になった。
今まで一緒に逃げていた子供たちがパッとまるで蜘蛛の子を散らすように
自分の元からいなくなったのを見て、動揺するシャーロット。
どうするのかと思いきや、戸惑う彼女を見てベルが機転を利かせた。
「シャロンさま今よ!」
「えっ!?ベルちゃん、これ卑怯じゃない!?」
「だってお姉ちゃんだけ一度も鬼になってないじゃない!」
「そりゃあね!私は身軽さと足の速さが売りだからね!」
「ずるい!大人げない!」
「なにぉう!?」
セラを後ろから捕まえたのだ。
驚くセラに他の子たちまでもがベルを手伝おうと
寄ってくるのを見て彼女は「えぇっ!?」とオーバーに嘆いて見せる。
するとそんなセラが面白いのだろう、子供たちは可笑しそうに笑いながら
一人、また一人と彼女を拘束するために細い体に抱き着いていく。
可愛らしい拘束に彼女は口では「はなしてー!」と言うものの
微笑まし気に子どもたちを見下ろし笑顔を浮かべている。
突然の彼女たちの行動にぽかんとしているシャーロットにベルが
「シャロンさま、はやく!」と急かせば彼女はハッとした様子で
駆け寄ってきて少し戸惑いを残しつつも、その白く小さい手を伸ばした。
優しく触れたその手に「あぁああ…!」とセラが情けない声を上げる。
素晴らしい演技にアルフェリアが小さく噴出した。
次の瞬間、セラは情けない顔から一転し、
ニヤリとした笑みを浮かべると「なーんてね」と言って緩んでいた
子供たちの拘束からするりと両手を抜き出し、左右に広げた。
「これが大人の本気です!くらえ”一網打尽”!」
そして今にも駆け出そうとしていた全ての子を巻き込む様に腕の中に
抱き入れて「きゃあっ!」「わぁあああ!?」ゆっくりと前に倒れ込んだ。
芝生の上に倒れ込み、子どもたちを潰さないようにすぐさま起き上がった
セラが唖然と見上げてくる子供たちを勝ち誇った顔で見下ろしている。
音を付けるなら、ふふん。と言ったところだろうか。
大人げない事この上ない。
「びっくりしたー!」
「セラお姉ちゃんずるいっ!」
「そんな事言う子にはこうだっ!」
「ひゃあっ、ふ、あはははははは!!」
当然子供たちからは文句が飛び出し、
それを予想していたセラはすぐさま次の行動に移る。
一番近くにいたルナをセラがくすぐり出す。
途端に弾けるような笑い声が響き、それを合図にしたかのように
他の子どもたちまでそのまま芝生の上でじゃれ付きだした。
セラは子供たちを順番にくすぐり倒しているので、
それに気づいたエマがシャーロットの手を引いて
いつでも逃げ出せるようにこっそりとその輪から外れる。
きょとんとしたシャーロットに彼女は二ッと悪戯っ子の笑みを送った。
服だけでなく髪にも葉っぱをくっつけて転がる彼女たちは
心底楽しそうで何よりである。
「さてと、そろそろシロを迎えに行ってこようかな…」
笑いすぎて肩で息をする子供たちを放し、セラはふと空を見上げ立ち上がった。
遊び始めた頃は雲も多かったが、今ではすっかり青空が広がっている。
それから隅で待機していたメイドたちに視線をやると
彼女たちはその意図をくみ取りすぐさまお茶の用意をし始めた。
その優秀さに流石エルトバルド家のメイドさん…とセラは感心した。
「そろそろ休憩にしよう?
メイドさんたちがお茶を用意してくれてるみたいだし」
すっかり草まみれになった子供たちの
乱れた髪を撫で、草を取ってやりながら立ち上がらせる。
他の子たちと同じようにシャーロットの髪に付いた草を取り、
乱れた髪を整えると彼女はくすぐったそうに身をよじった。
「では少しの間お願いします」
「畏まりました」
シャーロットを囲んで楽しそうにお喋りを始めた
子どもたちをメイドたちに任せてセラは小走りでその場を離れた。
シロを迎えに行くという事は昼食の材料を取りに行くという事でもあるので、
その話を聞いた時にそれぞれ”アルに任せて”、”リュー兄に任せて”
手伝おうと思っていた2人だが、思っていたよりもセラの行動が早く
声をかけそびれてしまった。
あっという間に見慣れた艶やかなポニーテールが
人垣の向こうに消えてしまい、2人は茫然とした。
微妙に持ち上がった右手と声を出す直前の半開きの口が何とも間が抜けていて
目撃したメイドや騎士たちは噴出しそうになるのを堪えながら視線を逸らした。
*
セラは人込みを避けるために複雑な裏路地を駆け抜けていた。
王都に不慣れなものならば迷ってしまうだろうその路地を彼女は地図でも
暗記したのかと問いたくなる程の正確さで、着実に西門へ向かっている。
それは忘れようとしていた記憶がシャーロットのお陰で
すっかり戻ってしまったという理由だった。
有難いような、そうでもないようなと複雑な気持ちになりながら
薄暗い路地から門前の大通りへとやってきた
彼女は戸惑ったように足を止め、あたりを見回した。
大通りはいつもの活気ある賑わいではなく
困惑の声で溢れかえりその合間を縫うように怒声が飛び交っていた。
それにいつもなら行きかう人々の群れが
門から離れる様に流れているのも気になる。
どうしたんだろう?と首を傾げ、
セラは人の流れに逆らいながら門へと近づいていく。
漸くたどり着いた門の前は人だかりができていた。
不満の声や囃し立てるような野次が飛び交う
最後尾でセラはどうしたものかと首を捻る。
とりあえず現状把握、とセラは目の前の男の肩を
「すみません」と声をかけながら叩いた。
「あ?」と柄の悪い声を出しながら振り向いた男に機嫌が悪そうだな、と
思いながらもにこりと笑顔を浮かべて問いかける。
「あの、この騒ぎはなんですか?」
「んぁ?あぁ、この騒ぎかい。
門の前で騎士と揉めてる連中がいるみてぇだ。
騎士たちが強制的にそいつらを退かそうとしても
白い狼が牙をむいて立ちはだかりやがるもんで困ってるらしい」
40過ぎのその男はセラの笑顔に一瞬毒気を抜かれたような顔を
してからほんの少し気まずそうに視線を逸らし、そう答えた。
「騒ぎになってもう20分は過ぎてるってのに全然前に進みやがらねぇ」と
苛立たしそうに愚痴った男に、セラは笑顔のまま固まった。
「白い、狼…?」信じたくない気持ちでぽつりと零したセラの声に
まるで応えたようなタイミングで門の向こうから、
聞きなれた相棒の咆哮が轟き、集まっていた人々はその恐ろしさに身を縮めた。
「なんだ今の…!」「おい、やっぱり出発は明日にしねぇか?」と
騒めく人々の最後尾で彼女は思わず額に手を当て天を仰いだ。
そしてその咆哮た伝えてくるあまりの不機嫌っぷりに彼女は慌てて
「すみません!通してください!!」と人垣に割り込んでいった。