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37 微笑みは爆弾

「すみません!通してください!!」



ぎゅうぎゅう詰めの人垣をかき分けながら

セラは繰り返しそう叫んでいるが、中々前に進めないでいた。

ドンっと押されてよろめいた彼女に後ろにいた男がチッと舌を打つ。

「すみません…」とそちらに謝り、

セラがどうしようかと頭を悩ませていると、



「道を開けろ!アルフェリア様のお通りだ!!」



と後ろから大声が聞こえ、

彼女を含めた人の群れがピタリと大人しくなった。

驚いて後ろを振り返る人々と一緒に振り返ったセラに

見慣れてきた深緑のたれ目が優しくすぼめられた。

かと思うと一歩を踏み出した彼に道を譲る様に人垣が左右に分かれ

その中を至極当然といった風に歩いてくる

アルフェリアにセラは眩暈がしそうになった。

あちらこちらから「アルフェリア様だ」「かっこいい」「どうしてここに?」

「今日も素敵だわ…!」といった声が上がっているからである。



「セラちゃん大丈夫?」

「アル先輩…はい、大丈夫です。ありがとうございます」



目の前までやってきて優しく微笑んだアルフェリアにセラは

思わず遠くにやっていた視線を戻し、ぎこちなく頷いた。

四方から向けられる視線に穴が開くどころか

焼かれて灰になりそうだと彼女は肩を落とした。

それほどまでにその視線は熱く、ドロドロとした感情が秘められていた。

背後には気を付けよう…と心に決めてセラは「行こうか」と言って

門へ向けて歩き出した広い背中を追いかけた。

視線から逃げたい気持ちを抑え、俯く事なくまっすぐに前を見つめて。

そんな彼らの後ろを増援に駆け付けた10人ほどの剣騎士たちが続く。



「シロ!!」



アルフェリアのお陰で楽に人垣を抜けて最前列までやってきた

セラは飛び込んできた光景に目を見開き、咄嗟に相棒の名を叫び駆け出した。

それを見て焦ったアルフェリアが「セラちゃん!!」と呼びとめようとしたが

彼女は気にせずに相棒のもとへ駆けていく。

すぐさま駆け出したアルフェリアに

後ろにいた騎士たちも咄嗟に剣を抜き、それに続いた。



「危ない!!」

「セラ殿!!」



突然響いた女の声に緊迫した雰囲気でシロを囲んでいた騎士たちや

遠巻きに騒動を見守っていた検問まちの人々は声がした方に視線をやり、

その目を見開いた。

なんせ、巨大なモンスターに向けて少女が駆け寄ってくるのである。

彼女が何者かを知らない人々はヒッと喉を引きつらせ、

騎士たちは知っているにも関わらず「危ないから止まれ!」と制止してくる。

が、当の名前を呼ばれた狼はと言うと…

大好きな主人の声を拾ったその大きな耳を一度ピクリと

動かすと、すぐさま唸るのをやめて振り返った。

そして駆けてくるセラの姿を見つけ、

お利巧にお座りをしてパタリと一度尻尾を振って出迎える。

いつもの狼サイズよりもはるかに大きい姿になっていようとも

セラにとってシロはシロなので、何ら問題はない。

ただいつもならすぐに小さくなるのにそのサイズを

保ったままで機嫌の悪さを伝えてくる。


剣や槍を構えていた騎士たちの横をすり抜け、

ぼすんとふわふわの胸元に抱き着いたセラに甘える様に

鼻先を寄せるシロを見て対峙していた騎士や見守っていた人々だけでなく、

彼女の後を追いかけてきたアルフェリアや増援の騎士たちまでもが絶句した。

たった今までその鋭い牙をむき、恐ろしい唸り声を上げて威嚇していた

狂暴なSクラスモンスターの姿など嘘のような忠犬っぷりである。

普段のシロのセラ一筋な忠犬っぷりを知っている

アルフェリアも”幾ら相棒であるセラでも流石にキレている

ヘル=ヴォルフに近づくのは危ないだろう”と思ったのだが、

全くの杞憂だったなと思わず苦笑いを浮かべた程に。



「シロ~どうしたの?そんな不機嫌なの珍しいよね?」

「わふぅん…」



相変わらず不機嫌そうではあるが、理性を保ったままの

相棒の鼻先を撫でてやりながらセラが問いかけるとシロは耳を下げ、

金色の瞳をじとりと未だに剣先を向けたまま

呆けている騎士たちに向けて鼻を鳴らした。

その仕草がまるで「こいつらが…」と文句を言っているように見えて

騎士たちはセラが振り返る前に慌てて剣を下ろした。



「お嬢、シロやんを責めるんはちょいとお門違いっちゅーもんやで」

「ヤール?」



どうやらシロの巨体に隠れてしまって見えなかったらしい。

シロの後ろからひょこりと現れた見知った顔にセラは目を丸くした。



「久しぶりね、半年ぶりくらいかしら?」

「おん、そんなもんぶりやわ。麗しのお嬢が元気そうで何より」

「ふふ、相変わらず調子がいいんだから」



近づいてきた男はセラの前までくるとニッと人懐っこい笑みを浮かべた。

糸目とひょろ長い体躯、濃い灰色の長い襟足がまるで猫の尻尾のようだ。

アルフェリアは報告を受けながら随分と親し気な2人を観察するように眺めている。



「…それより、お門違いっていうのは?」

「なんでこんなへったくそ共に貴重なアイレ=ストルッツォの

 解体なんぞ依頼しとんねん!勿体なさすぎやろうが!!

 そりゃ面倒かもしれんがお嬢が自分でやったほうが

 こんな下手くそ共よりも、よっぽど見事に捌くやろ!!」

「私に用事があったんだもの、仕方ないでしょ…そんなに?」

「見てみぃこのド下手くそ具合を!

 思わずシロやんの代わりにワイが怒鳴りつけてしもうたやないか!!」

「…それはちょっと責任転嫁がすぎない?

 いくらシロのためを思ってくれたとしても…」



セラの問いかけにヤールと呼ばれた男は急に火が付いたように話し出した。

余りの勢いにセラが若干身を逸らしているが、彼は気にせず文句を言い続ける。

その内容を彼らから少し離れた位置で聞いていたアルフェリアは

先ほど聞いた報告と照らし合わせこっそりとため息をついた。

報告ではセラに頼まれて仕事をしていただけなのに、

行き成り彼が「下手くそ!」といちゃもんを付けてきた、との事だったが、

主観が違うだけで、随分と内容が変わるものだと。

そして”仕事内容”に視線をやったセラの表情からヤールの言い分が

ただの”いちゃもん”でない事をアルフェリアは正確に読み取った。

シロがヤールの言葉を肯定するように「わふ!」と声を出して頷いていた。



「な?シロやんが可哀想に思えてくる出来栄えやろ?

 ワイ順番待ちしとったからシロやんが獲物を狩ってくるのを

 ずっと見とったんやけど、それはもう見事な大物やったんやで?

 それがこんなに肉を減らされてしもうて…可哀想になぁ」

「わふぅん…」



眉をひそめ依頼した騎士たちを見るセラに、

対する騎士たちは何食わぬ顔で「何か?」と若干苛ついた様子を見せている。

アルフェリアは他の騎士たちに検問を再開するように声をかけ、

様子を見守る事にした。



「これで全部ですか?」

「はい。ゴミを除き、こちらが解体した内容になっております」

「…アイレ=ストルッツォ2匹、

 ロッシュ=ボア2匹、オングル=ウルス1匹…」



セラの問いに責任者らしい騎士が詳細を記した紙を片手に頷いた。

受け取ったセラは紙の内容と運搬用の荷馬車に用意された

実物を照らし合わせていく。

そして大きな爪や牙などを暫く見つめた後、そっとシロを撫でた。

ぽんぽん、と労わるようなその掌を

目を細めて受け入れたシロはのそりと腰を上げる。

荷馬車の前に行き引くのに丁度いいサイズまで小さくなる彼に

ヤールがやれやれと言わんばかりの態度で追いかけていった。

それを見て騎士たちはセラがその内容で納得したのだと思ったのだろう、



「こちらでお引き取りさせて頂きますと、この価格になりますが…」



と、勝ち誇った様子でそう言って別の紙を提示した騎士だけでなく、

他の騎士たちの口角までもが少し上がったのをアルフェリアは見逃さなかった。

頑丈な門に預けていた背を離したその時。

「いえ、全てこちらで引き取ります」と凛とした声が響いた。

途端に騎士たちが動きを止め、そして何処か緊迫した空気が漂いだす。



「勿論、ゴミも含めて」

「…ゴミもですか?」



そんな中、セラは全く怯むことなく

自分よりもずっと体格のいい男を見上げ、そう言い放った。

ぴくりと太い眉を動かし、聞き返してきた彼の声は低い。

彼女はにこりと笑顔を作って「ええ」と頷いた。

明らかに騎士の顔が歪んだ。



「それは、貴方も我々の仕事にケチがあると?」

「いいえ?ただ貴方方が”ゴミ”とおっしゃる

 部分も我々にとってはそうでない、というだけです」

「しかし…」



険しい顔でセラを見下ろす騎士に対し彼女は笑顔を保ったまま。

セラの答えに騎士は食い下がろうとしたが、



「依頼主(セラちゃん)がこう言ってるんだから、早く持ってきたら?

 それ俺たちの昼飯なんだよね~、お腹空いてきたし…」

「アルフェリア様…!?」



後ろからセラの肩を抱くようにして現れた

アルフェリアに彼は目を見開き、普段は優し気な印象を受ける

その垂れた目が冷え切っている事に「…畏まりました」慌てて頭を下げた。

顔を引きつらせながら「おい!手伝え!」近くにいた部下に乱暴にそう声をかけて

大股で去っていく背中に「なるべく早くお願いね~」とアルフェリアが投げかける。



「これ、そんなに酷いんだ?」



アルフェリアの手をそっと放し、微妙に距離を取った

セラに彼は苦笑いを浮かべつつも荷馬車を指さした。

肉も素材もそれなりの量があり、彼の目には決して”少ない”ようには見えなかった。

第一、捌かれる前を知らないだけに

何とも言えないなぁというのがアルフェリアの感想である。

しかし、彼がセラの肩を持った理由は彼女が何の根拠もなしに

そんな嘘をつきやしないだろう、という理由からだった。

セラが騎士になって早12日。アルフェリアは同じ隊ではないものの、

進んで彼女と接していた為、セラがどういう人物なのかはある程度理解していた。



「…この爪や牙の大きさからしたら、それなりに」

「そっか…」



アルフェリアの問いかけにセラはじっとその垂れた目を見つめ、

ゆっくりと積まれている爪や牙を指さして答えた。

そっと目を伏せて呟くように頷いたアルフェリアの口が

もう一度開く前にセラは咄嗟にその指を伸ばしてしまった。

それは彼が紡ごうとした言葉が予測出来てしまったからだった。

ぱちり、と丸くなった垂れた目が瞬く。



「…少し、下手だっただけですよ。

 彼らは専門の解体家ではなく、騎士ですからね」



それを見て彼女はすぐさま自分がしでかした行動に後悔したが、

どうしたの?と問うてくる深緑に答えないわけにはいかない。

へらり、と誤魔化し笑いを浮かべながら彼女はそう答えた。

だって悪くもないアルフェリアに謝らせる必要はないし、

何より今この場には多くの目がある。

ここでアルフェリアが謝罪なんてすれば騎士たちが

何か不正でもしていたのかと疑う人も出てきてしまいかねないのだ。

…例え、そうだったとしてもそれは今この場で公に晒す事柄ではない。

そう判断したからこそのこの行動だったのだが、



「…ありがとうセラちゃん。

 セラちゃんにはいくら感謝してもしたりないくらいだよ」



セラの言いたいことを理解したアルフェリアは

優しくセラの手を取り、そう言って笑みを浮かべた。

それはよく見る普段のチャラ男っぽい甘い笑みではなく、

元々垂れている目尻を更に下げた、とても優しい微笑み。

辺りからは息を飲む声が聞こえ、次いで女性たちの悲鳴が上がる。

それを聞いてフリーズした頭で「あぁああまたやっちゃった…!」と

セラは嘆いているが、勿論口に出したわけではないので、



「本当にありがとうね」



目の前のアルフェリアは照れくさそうに微笑んでいる。

キラキラと輝きだした彼の背景にセラはくらりとしたが、

それは決して甲高い声で叫んでいる女性たちと同じ理由からではないのだった。

ただ、真っ赤になったその顔は彼女たちと同じく、

いや、セラは彼の真正面にいたので心臓に食らった

衝撃は彼女たち以上の威力だった事は間違いなかった。

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