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35 ”お嬢様”のわがまま

時刻は午前10時。

快晴とは言えないが、雲の白が良く映える青空の下、

セラは灰兎亭の前で一時停止していた。

彼女の前には”ここにいるはずがない”もしくは

”いてはならない”人物が見慣れたイケメンたちを引き連れて立っている。

更にその後ろにメイドや騎士と思わしき人々が控えていて

セラは眩暈を起こしそうになった。


普段はハーフアップにしてある長い金髪をその瞳と同じ

ライムグリーンのリボンでツインテールに結い上げた

”その人”は何故か満足げな笑みを浮かべ見上げてきた。

どういうことだと彼女の後ろに控える”見慣れたイケメンその1”こと、

本来なら今日も城で慌ただしく書類に追われているはずのリュグナードを

見やると、彼はひょいっと肩をすくめてからこう、説明をした。



「この子は”シャロン”

 昨日からうちに遊びにきている俺たちの遠い親戚なんだ。

 民の遊びとやらに興味をもっていてね、

 良ければ、君たちの遊びに混ぜてもらえないかと思って」



つまり”姫様をお忍びで遊びに参加させろ”との事だ。

ほぼ棒読みでリュグナードが語った”設定”にセラは

視線を遠くに飛ばしながら今日も一日気が抜けないなぁと

半ば自棄を起こしながらそう思った。

”彼女”はにこりと愛らしい笑みを浮かべてその小さな掌を差し出してくる。



「”シャロン”よ、はじめまして」

「セラです…はじめまして」



「何してるんですか、姫様」と本当は問い詰めたい所ではあるが、

人通りの多いこの場で騒ぎを起こすわけにはいかない。

出かかった言葉を飲み込んでセラはおずおずとその小さな手を握った。

2人の挨拶を見届けて”イケメンその2”こと

アルフェリアがふとセラの足元に視線を落とし、

そこにいつもの見慣れた狼の姿がない事に首を傾げた。

ちなみに二人とも今日は非番なのか、見慣れた騎士服ではなく私服である。

が、やはり憧れの王騎士様たちのお顔は広く知れ渡っているので

私服だろうがその注目度は普段となんら変わりはなかった。



「そういや、シロくんは?いつも一緒なのに珍しいね?」

「シロはベルちゃんたちのリクエストでお昼ご飯を狩りに行ってます」

「へぇ…メニューは?」

「”アイレ=ストルッツォのベーグルサンド”」

「…は?え、なにそれ、本気で言ってるの?」

「ええ。久々に体を動かせるからか、嬉々として狩りに行きましたよ」



ケロリとした顔で答えたセラとは対照的に

アルフェリアは虚を突かれたような顔をした。

「冗談?」とリュグナードに視線を投げると彼は「それは楽しみだな」と

深く頷いていた。相変わらずの無表情ではあるが、彼を良く知るアルフェリアは

その無表情の中にある喜びの色を見つける事が出来る。

そしてその垂れた目を見開いた。

え、マジで?とその甘い顔立ちを若干引きつらせながら

驚きの表情を浮かべるのを見てリュグナードはもう一度深く頷いた。

自分も知った時にはアルと同じ心境になった、

だがこれに関しては言うだけ無駄だ、とそういう気持ちを込めて。



「貴方が作るの?」

「はい。腕を振るいますので、楽しみにしていてくださいね」

「そんな畏まらなくてもいいわよ?今の私は、ただのお嬢様だもの」

「いやいや…遠い親戚だとしても、

 エルトバルド家ってだけで相当のお嬢様ですよ?」

「…それも、そうね」



一歩引いてついてくるイケメンたちを特に気にする事なく、

扉を開けたセラに促されシャーロットは年季のある扉を潜った。

キィ、と音を立てたその扉の向こうはシャーロットに

とっては初めて目にする、一般的な宿屋。

目に映るものすべてが初めてで、珍しくて。

きょろきょろと見渡していると、ふと自分たちに向けられる視線に気づいた。

好奇の色を隠さずに寄こされるそれらに、彼女は急に不安になってくる。



「…私、やっぱり帰った方がいいかしら?」

「どうしてです?」

「だって…行き成り、こんなお嬢様が現れたら、迷惑じゃない?」

「そりゃ最初は戸惑うでしょうけど…大丈夫だと思いますよ?

 私が言うのもなんですけど、明るくて元気な良い子たちですし」



セラが今日約束している相手が、行商の子だというので

その場に溶け込めるようにと、”一般的なお嬢様”の恰好をしてきたのだが、

(本当は普通の子供に扮装しようとしたのだが、どうやっても育ちの良さを

隠し切れず、仕方がなくお嬢様設定になったのは余談である)

それでも明らかに浮いているのを察して、シャーロットは両手でスカートを握る。


セラは周りの反応に当然だろう、と思った。

白鹿亭ならともかくここは、市民たちにリーズナブルな価格と

温かく家庭的な味が評判の料理が大人気な、ごく一般的な宿屋だ。

どう考えても、そんな上等な服装の貴族様がやってくる場所ではない。

その証拠に宿屋の主人が「イラッシャイマセ…」と笑顔を引きつらせて言った。


けれど。

シャーロットがそれを望んだのなら、叶えてあげるのがセラの役目だ。

視線で周りを牽制する騎士様たちを横目に

彼女は不安そうなシャーロットの前にしゃがみ込んだ。



「すぐに仲良くなれますよ。

 それに私がいますので、その辺の心配はしなくていいかと。

 だから、”シャロン”様は今日を目一杯楽しむことだけを考えてくださいね」



ぎゅっとスカートを握りしめる小さな両手を

優しく取ってセラはそう言いながらニコリと笑みを浮かべた。

力強いその笑みにシャーロットはほっとして

知らず知らずのうちに入っていた肩の力を抜き「わかったわ」と小さく頷く。



「セラお姉ちゃん?」

「あ、リュグナードさまもいる!」



あまり広くないロビーに高い声が響いた。

驚きに肩を揺らしたシャーロットと右手を繋げたまま、

セラは立ち上がり声の主たちに笑顔を向ける。



「おはよう、みんな。約束通り遊びにきたよ!」



きゃあきゃあと騒ぎながら階段を下りてきた子供たちに囲まれる。

「お姉ちゃん、その子だぁれ?」と興味津々な彼女たちの

勢いの良さにシャーロットはたじろぎ、セラに身を寄せた。

セラはそんな彼女に安心させるように微笑んで

子どもたちと視線を合わせる様に腰を折った。



「シャロン様よ。リュグナード様の遠い親戚で昨日から

 遊びにきているらしいの。でも年の近い子たちがいなくて

 退屈な思いをしていたらしいから、連れて来ちゃったんだけど、いいかしら?」



セラの説明に子供たちは元気よく「もちろんよ!」と声を合わせた。

その事にシャーロットだけでなく、

リュグナードとアルフェリアもほっと胸を撫で下ろした。

子どもたちの興味はシャーロットに注がれている。

キラキラした目を向け口々に「可愛い」「絵本のお姫様みたい」

「素敵」と彼女を褒めるのでシャーロットは恥ずかしそうに

薄っすらと頬を染め「ありがとう」と控えめに微笑んだ。

そんな彼女の前にずいっと出てきたのは一番年上であるベルだ。



「はじめまして、シャロンさま。私はベルっていいます。

 そしてこっちの子たちは妹で、エマとルナとカノです」

「「「はじめまして!」」」

「そしてこっちが従弟のレナとララです」

「「こんにちはー!」」

「は、はじめまして、シャロンです。

 えっと、その、今日は突然お邪魔してしまって、ごめんなさい。

 あの、仲良くしてくれると、うれしいわ」



しっかり者のベルの紹介に年下の子供たちが元気よく挨拶してくる。

その明るく人懐っこい笑顔にシャーロットも警戒心が薄れたのだろう、

ぎこちなさは残るが、無事に自己紹介を終える事が出来た。

微笑ましい彼女たちのやり取りにセラは一人ほっこりし、

彼女たちの後ろで見守っていた

イケメン騎士様2人は顔には出さずとも感動していた。

すると今度は知らないもう一人のイケメンへと子供たちの興味は移る。

「だぁれ?」「かっこいい…」と顔を寄せてシャーロットの時よりも

小さな声でひそひそと話す彼女たちを見てセラはやっぱり幼くても、

女の子は女の子なんだなぁとこっそり苦笑いを浮かべた。

そんな彼女とは対照的にアルフェリアは嬉しそうに人懐っこい笑みを

浮かべて彼女たちと視線を合わせるように膝を折った。



「初めまして小さなレディたち。俺はアルフェリア。

 リュー兄の従弟で、今日はシャロン様の護衛としてついて着たんだけど…

 よければ俺も、レディたちの遊びに混ぜてもらってもいいかな?」

「もちろんよ!」

「一緒にあそびましょう!」



左胸に手を当て恭しく挨拶をするアルフェリアは

普段のチャラさが少し薄らいで見えるほど優雅で洗練されていた。

その証拠にその場に居合わせた女性たちの視線がうっとりとし、

あちらこちらから、熱のこもったため息が漏れる。

リュグナードはやれやれと呆れた視線をアルフェリアに落としていた。

人垣の向こうの階段で固まっている棟梁たちを

見つけセラはへらりとした笑顔を向けた。

そりゃ、リュグナードだけでなくアルフェリアもいればそうなると。

彼らはそれくらいの有名人であり、雲の上の存在なのだ。



「では、お子さんたちと遊んできますね」

「は、はい。よろしくお願いします。

 お前たち、言う事を良く聞いてお行儀よく、いい子に遊ぶんだぞ!」

「「「「「「はーい!」」」」」」

「それではまたお昼に」



相変わらず腰の低い棟梁が何度も頭を下げてから、

子どもたちに言い聞かすと、元気よく手を上げて返事が返ってきた。

こりゃだめだ、と思わず額を押さえた彼にセラは

「怪我はしないようにちゃんと見てますので」と苦笑いを浮かべた。

子どもに行儀よくいい子に遊べと言った所で

無駄な事は火を見るより明らかなのだから。

宿を出てわいわいきゃあきゃあと前を歩く子供たちや周囲を

しっかりと見渡しながらセラ、リュグナード、アルフェリアが並んで歩く。

その後ろを何やら荷物を抱えているメイドたちや

城で見るのとは違う騎士服を纏った騎士たちがぞろぞろとついて着た。

付いてくる視線の多さに二人は慣れているのだろう、

全く気にした様子を見せないが慣れていないセラは一人げんなりとした。


余談ではあるが、セラ自身も視線を集める要因だった。

なんせ彼女は珍しい経歴からの大抜擢であり、また女性初の王騎士なのだ。

それに加え”紫の瞳”を持っているせいで実は様々な憶測や噂が飛び交っていた。

実際、シャーロットに使い走りにされている時も注目を浴びていた。

私服に着替えていようが、噂というものの足はとても速いので

誰もが彼女が陛下から直々に王騎士へと

任命された少女だという事を知っていた。

だが、それと同時に緘口令が敷かれていたのだ。

「余計な詮索はするな」「彼女の邪魔をしてはならぬ」と。

だからみんな彼女を遠巻きに眺めるだけで

事の真相を聞くような事はしなかったのだ。


そして棟梁たちも列に並ぶ彼女を

何度か見かけたが、声をかけなかったわけである。

子どもたちは不満そうにしていたが、それでも文句を言う事はなかった。

忘れていたのだと謝りに来た彼女に盛大に拗ねてみせてはいたが。



「すまなかったな、急に」

「本当ですよ。でもまあ、みんな楽しそうなのでいいですけど」

「昨晩急にシャロン様がセラちゃんたちの

 遊びに私も参加したいって言い出してねぇ…」

「へぇ…」



なるほど、昨日のアルフェリアの用事はそれだったのか、とセラは納得した。

ちらりとリュグナードを見上げれば、ダークブルーの瞳は気まずそうに

逸らされ、その涼し気な目尻は薄っすらと染まっていた。



「…えっと、ここで?」



わいわいと賑やかにやってきたのは、灰兎亭から少し離れた場所。

建物の間で、ただ青々とした芝生が広がっているだけの小さな公園だった。

城の大広間よりも狭いのでは…?と

シャーロットは辺りを見回しそんな感想を抱いた。

ここで何をするのだろう?とそう思ったのは彼女だけではなく、

後ろを歩いていたリュグナードとアルフェリアも

不思議そうに辺りを見回している。



「そうですよ?走り回るにはちょうどいい広さですよねぇ」

「…走りまわる?」

「ええ。一般的な遊びと言えばやっぱり”追いかけっこ”でしょう?」



シャーロットの問いにセラが当然の様に頷いた事で

彼女は少し驚いた様子を見せつつもそうなんだ…と納得したようだった。

そして既に子供たちの何人かが我先にと駆け出している。



「さあ、シャロン様。今日のお勉強は一般的な遊びについてです。

 さっき私が言った事は覚えていますか?」

「急になにその口調…えっと、”今日を目一杯楽しむこと”?」

「そうです!」



ぽかんと見送ったシャーロットにセラが腰をかがめて尋ねる。

まるで教師みたいな口調にシャーロットはほんの少しムッとしつつも、

アメジストが優しく穏やかに見つめてくるので文句は飲み込んだ。

そして思い出した言葉を口にするとセラは良くできました!と

言わんばかりの笑顔で盛大に頷いた。

そんな二人を見ていたベルが可笑しそうにクスリと笑う。

「みんなー!」と不意にセラが声を張り上げた。

駆けて行った子供たちも含めて視線が集まる。



「思いっきり、遊ぶぞー!!」

「「「おー!!」」」

「お、おー?」



弾けるような笑顔と共にセラはそう言って拳を突き上げた。

応える様に子供たちからも元気な同意と共に小さな拳があげられ、

そんな周りを見て戸惑いがちにシャーロットもおずおずと拳をあげる。

打てば響く、とはこの事かとその様子を見ていた

リュグナードとアルフェリアは思った。

そして子供たちと一緒になり、シャーロットの手を引き笑顔で

走り出したセラを見て、ほんのちょっと羨ましく思った。

非番を言い渡されたはずなのに、彼らの仕事はこの場の護衛なので。

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