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34 隊長様と秘密

定時になるとセラはすぐに与えられた部屋に戻り、

私服に着替えてシロと共にアルフェリアに教えてもらった灰兎亭へ駆けだした。

勿論、途中で人気のお菓子を買って。

そして膨れている子供たちに文字通り、頭を下げまくる。

約束を忘れられてヘソを曲げていた子どもたちの機嫌は

セラが持参した人気店のお菓子とルド&ジェイの活躍により、

どうにか直す事が出来た。

”本物”を知っているからかいつも以上にウケがよかった。

一緒に夕食を食べ、明日は休みなので

「明日は一緒に遊ぼうね!」と新たな約束を取り付けて。

お土産にと手渡された子供たちに大人気なセレスママ手作りの

レモンパイを片手に彼女はとある部屋のドアノブを持ったまま固まっていた。



…また、やっちゃったぁ…!?



右手にドアノブ、左手には紙袋を持ち、

セラのフリーズした脳裏はその言葉で溢れかえっていた。

この部屋の主であるリュグナードもものの見事に固まっている。

執務机から少し離れた場所にあるソファに腰を下ろし

その右手に、大嫌いなはずの甘味であるシュークリームを持ち、

左の口の端にクリームをつけたままで。



「……」

「……」



予期せず秘密を知ってしまったセラと、

知られてしまったリュグナードの間には何ともいえない気まずい沈黙が漂う。

絡み合ったままの視線がお互いに「どうする?」と出方を伺っている。

そんな二人の間抜けな現状を笑う様にセラの足元に控えている

狼サイズのシロが「わふん」と何処か呆れを滲ませて鼻を鳴らした。



「…あの、すみません。本当に…」

「……いや、大丈夫だ…」



それを合図に、セラはそっとドアノブから手を離し気まずそうに謝る。

リュグナードもそっとシュークリームを皿に戻し、

こちらもまた気まずそうに視線を逸らしながら答えて項垂れた。

パタンと音を立てて背後で扉が閉まる。

二人の気まずい雰囲気などお構いなしにシロは勝手に

ソファに飛び乗り、眠いのか大きな欠伸を一つしてから丸くなった。


どう見ても大丈夫そうでないリュグナードにセラは冷や汗がとまらない。

出来るならこのまま回れ右をして自室に逃げ帰りたいが、

勝手に秘密を暴いておいて落ち込ませたまま、というのはどうも寝覚めが悪い。


ノックをして返事がないというのに、

”留守だけど預かってきた手紙を机に置いて行こう”とそう思って

勝手にドアを開けたセラが全面的に悪いのだから。



でも、まさか、中で居留守を使って

シュークリームを食べてるだなんて思わないじゃないか…!



心の内でそう言い訳をしつつ、

俯いたままのリュグナードに「あのぅ」と遠慮がちに声をかける。

ちらりと向けられたダークブルーは若干涙ぐんでいて、

更には赤く染まった目尻のせいでいつもの凛々しさを薄れさせていた。



「か、っん゛ん゛っ…!」



思わず、可愛いと素直に口にしそうだった言葉をすんでの所で堪える。

右手で口を押え、誤魔化すように無理やり咳ばらいをしたが

じとりと見つめてくるダークブルーと目を合わせられず、

彼女はしら~っと視線を泳がせた。



やっばい、リュグナード様の普段とのギャップが凄い。

甘党男子だったってだけでも、驚きなのに、なにあの反応!

可愛いすぎるんですけど…!普段のクールさ何処行った…!?



一通り脳内で騒いでからセラは

へらりとした笑顔を浮かべてリュグナードに向き直った。

ほんの少し揺れた広い肩に彼女は彼の抱えるコンプレックスの強さを知る。

下手に刺激してこれ以上落ち込ませないように気を付けながら、

セラはそっと右手を持ち上げ、人差し指と中指を立てて見せた。




「え、っと…今、私たちには2つの選択肢があります。

 勿論、どちらにしても私はこの事を公言しないと約束します」



淡々と紡がれる言葉にリュグナードの喉がごくりと動いた。

真剣な色を宿したダークブルーがじっとセラを見つめ、小さく頷く。

それを見た彼女も頷きを返し、伸ばしていた中指を折りたたんで

「1つは」と言いながら1の形を作った。



「私は何も見なかった事にして、一度部屋を出て、やり直す」



「もう1つは」再び中指を伸ばしてピースサイン、基2を表して。

彼女は真剣な表情のまま、左手に持っている紙袋を

主張するように胸元まで持ち上げた。

ダークブルーの瞳がちらりとそちらに向けられる。



「認めた上で私と一緒に

 セレスママの手作りレモンパイを食べるか、です」



セラの問いかけにリュグナードが答えを出すのはとても早かった。

キラリとその瞳が輝いたかと思った瞬間「鍵を閉めてくれ」と

真顔で(元々無表情だが)そう言って、すぐ傍のソファをすすめる。

そしてすぐさまセラの紅茶を用意しだした彼に

セラは若干引き気味に「あ、ハイ」と頷いて鍵を閉めた。

リュグナードにすすめられたソファに腰を下ろし、紙袋からレモンパイを

取り出してシュークリームが乗っている皿に一切れ乗せる。

紅茶セラの前において向かいのソファに腰を下ろした

リュグナードは自分の皿を見下ろしてから居心地悪そうに視線を逸らした。



「…セラは食べないのか」

「え?ああ、はい。

 私はさっき夕食の後でデザートとして頂きましたから」



「私に気にせず、食べてください」とにこやかにすすめてくる

セラにリュグナードは暫く視線をうろつかせていたが、

暫くして開き直る事にしたらしい。

素手でパイを掴むと大きく口を開いてバクリと噛みついた。

普段の振舞いから上品なイメージが

根付いていたセラはその豪快な食べ方に目を瞬かせた。

彼女が驚いている間にリュグナードは「美味い」と感想を漏らして

ペロリとパイを食べきってしまった。



「…もう一つ貰っても?」

「え?あ、はい、お好きなだけどうぞ」



呆けているセラにリュグナードはまだ少し気まずそうにしながらも

脳裏に浮かんだ天秤が”既にヒビの入ったプライド”と

”これを逃がすと恐らくもう食べる機会のない貴重な手作りパイ”を乗せ、

暫く揺らいだ後、パイの方に傾いた。

お代わりの要求にセラは驚きつつも、素直に頷き彼に箱ごと差し出した。



…リュグナード様、お夕食まだなのかな…?



セラがそう思う程のスピードでパイが次々と彼の腹へと消えていく。

ワンホールそのまま頂いたので、一人じゃ食べきれないし、

夜勤の騎士たちに差し入れでもしようかと思っていたのだが、

リュグナードが気に入ったのなら、まあ、いいか。

見ていて気持ちいいくらいの食べっぷりにセラは紅茶で

喉を潤しながらそんな事を考えていた。

結果的にリュグナードはパイをそのままワンホール食べた。

直径12㎝程、前世風に言うなら4号サイズのパイをペロリと。



確か、4号って2~4人分くらいの目安じゃなかったっけ…

そりゃ薄いとは言えない立派な体格だけど、

それにしたって、よく、入ったなぁ…



パイを平らげた後、満足そうに紅茶に口を付けて最後に忘れてたと

言わんばかりの雑さ加減で、残っていたシュークリームをぽいっと口に

放り投げたリュグナードにセラはそんな感想を抱きながら、

ただ茫然と眺めているしかなかった。

そしていよいよ、どうすべきか頭を悩ませた。



――その、口の端に付いたままのクリームを、指摘すべきか否か…!



食べてる最中に自分で気づいてくれたら、よかったのだが。

非常に残念な事に、未だにクリームをつけたままなのだ、このイケメンは。



やめて、そのポジションはルドガーのだから。

ジェイルでも駄目なのよ。

ルドガーだからこそ、ただの笑い話で済むんだから。

イケメンがやっていい事じゃないの、こっちの心情を考えて…!

ただでさえ、秘密を知っちゃってこっちはひやひやしてるっていうのに…!

追い打ちを立てるような、妙なフラグを立ててこないでよぉ…!



正直泣きそうなセラである。

対面するリュグナードはもうすっかり開き直っていて、

いつも通りの涼し気な表情と態度に戻っていた。

食べている間も茶化したりしてこなかった彼女に

知られたのがセラで良かった、だなんてまた一つ彼女の株を上げながら。

…その口元が、とっても可愛らしい事になっているとは気が付きもせずに。



「…そう言えば、昨日はすみませんでした。

 私、待っていてくれてるとは知らずに早々と部屋に戻ってしまって…」

「謝る事じゃないさ。俺が勝手に待っていただけだし、

 何より、セラには本当に感謝してるんだ」



とりあえず”そのうち自分で気づく”に賭ける事にしたセラは

クリームには触れずに、昼間のお茶会で顔を合わせたにも関わらず

謝り損ねていた件を持ち出した。

そんなセラにリュグナードは一度首を振って否定してから、

「本当にありがとう」と言ってほんの少し口元を緩めた。

思わずセラが息を飲む。



「っ、いえ、まあ、ちゃんと仲直り出来てよかったです、ハイ」



不自然に空いた間にリュグナードが視線を投げかけてくるので、

セラは慌てて言葉を紡いだ。薄っすらと赤くなった頬を隠す様に

彼女は「あ、そうそう!」とわざと明るい声を出した。

そしてリュグナードの食べっぷりに気圧されて渡せなかった

預かりものの手紙を「ベルちゃんたちからです」と手渡す。



「忘れてた私が悪いんですけど、

 みんなご機嫌斜めで大変だったんですよ。

 ルド&ジェイのお陰で如何にか許して貰えましたけど、

 あの分だと明日は相当振り回されそうです…」

「元気そうでなにより」



手紙に目を通すリュグナードにセラは紅茶で喉を潤しながら

先ほどの苦労を思い出し、苦笑いを浮かべる。

リュグナードは手紙を微笑ましげに眺めてから

「時間が取れればなぁ」と少し羨ましそうに呟いた。

ダークブルーの瞳が何処か遠くを見やるのを見て、

セラは紙袋の中に入れっぱなしだった力作たちを両手にはめた。

お疲れ気味の体長様に癒しをお届けするために。



「”まァ、元気出せよ隊長さん!忙しいのも誕生祭までだろ?”

 ”そうだぞ、まだもう暫く王都にいるって言ってたから、

 終わってから顔を出せば、みんな喜んでくれるさ!”」



相手が子供ではなく”本人たち(かれら)”を知る

リュグナードなので口調は可愛さからはかけ離れた本人たちを真似した。

口調と、声の可愛さがミスマッチで余計に笑いを誘ってくる。

思わず「ぶふっ、」と噴き出したリュグナードに追い打ちをかける様に

可愛い熊と狐が、何処かコミカルな動きで視界に押し入ってくる。



「…それが噂の、」

「”ルド&ジェイでーす”」



口元を押さえ、くつくつと笑いをかみ殺すリュグナードに

セラは可愛く作った声のまま「”イェーイ!”」と顔の横で2匹を小刻みに揺らす。

そんな2匹を操るセラはいつもにこにこしてるくせに

こういう時だけ真顔なのだから、勘弁してほしいと思いながら

リュグナードは薄っすらと浮かんだ涙をぬぐった。



「セラは本当に、お二人が大好きなんだな」

「…ん、っと、…まあ、はい。二人は私の”理想”、なので…」



リュグナードの優しい声色で告げられた言葉に

セラは一瞬動きを止めてから、気恥ずかしそうに視線を逸らしたまま頷いた。

自覚はあるのだが、改めて人に指摘されると恥ずかしい。

それもとても微笑ましそうに言われると、なおのこと。

薄っすらと頬を染めて唇を少し尖らせながら、いそいそと2匹を

片付けるセラをリュグナードは何処か暖かな気持ちで見守った。


こうして二人で話をするのは久しぶりだ。

ずっと気にしてはいたのだが、生憎仕事に追われ碌に時間が取れなかったからだ。

今更ではあるが慣れない環境で何か困っている事はないか、と

ずっと気にしていた事をリュグナードが尋ねようとした、その時。

コンコン、とノックの音が割って入ってきた。

思わず無言で顔を見合わせる二人。


一瞬、このまま居留守を使う手も考えた。

けれども、何か急ぎの用だったら。

間近に迫ってきている誕生祭の準備に不備でもあったのなら。


出るべきだ、とリュグナードはすぐさま答えを出した。

だが、彼が腰を上げ扉へと向かう前に来訪者はセラと同じ判断をしたらしい。

扉がガンっと音を立て、鍵がかかっている事を来訪者に告げてしまった。

この時点でリュグナードは背中に冷や汗が浮かんできた。


リュグナードの執務室に、返事もないのに

無断で立ち入ろうとする人間は限られている。

それはセラを除いて、昔からリュグナードを良く知る友人や上司たちだ。

その証拠に、鍵が閉まっているというのに

「リュー兄!ほんとにいないの?」と扉を叩き始めた。

彼らは忙しい時期のリュグナードが家に帰らず、

この執務室で一晩を過ごす事を知っているからだ。

時折今日みたいに一人甘味を食べて癒されている事は勿論知らないので、

リュグナードは思わず頭を抱えそうになった。


今すぐ、扉を開けるべきだと分かっているのに、

それをするには――現状がとてもまずい。


リュグナードだけなら、いつも通り寝ていたと言えば事は済む。


けれど、今は鍵のかかった部屋に、セラ(レディ)と二人きり。

この状況を上手に説明する術を、リュグナードは持っていない。

いや、疚しい事は何一つないのだが。

鍵をかけていた理由を聞かれる事は明白で、

幼い頃に叔母に甘党な事を散々からかわれてから

これまでの25年間、意地でも隠し通してきた

リュグナードにとってそれは何としても避けたい事態である。


しかも、相手がアルフェリアならばなおの事、

彼はこの状況をうるさくはやし立てるだろう。

甘党よりも、この状況に噛みついてきそうだ。


どうするべきか、と悩むリュグナードの背を眺めつつ、

セラはセラで悩んでいた。

彼女も一刻も早く扉を開けるべきだと答えを出している。

そして、リュグナードと違うのはもう一つ、

”リュグナード様の迷惑にならないように、窓からこっそり逃げる”という

恐らく二人にとって最善の手段を思いついている事だろう。

出来る範囲でテーブルの上を片付けたのはいいが、最も難しい問題が残っていた。


それは未だ口の端についたままの、クリームである。


二人が悩んでいた時間はそう長くはない。

けれども中々踏ん切りの付かない両名は「本当にいないのー?」と

アルフェリアが最後の確認を取ってきた事により、決断を迫られた。

咄嗟に顔を上げ、そのまま一歩を踏み出そうとした

リュグナードの腕をセラが掴んだのは反射のようなものだった。

驚いた様子で振り返るリュグナードに

彼女は精一杯、踵を持ち上げて右手を伸ばした。



「っ!?」



驚愕と困惑を宿し、見開かれるダークブルーの瞳に

セラは指先でそっと、口元のクリームをぬぐった。

突然の出来事に固まるリュグナードに、いつも通りの距離に戻った彼女は

へらりと、ほんの少し困ったように笑って。



「これは、秘密でしょう?」



細い人差し指に付いたクリームをリュグナードの目の前にぐっと突き出した。

それからニッと笑みを浮かべて「私は窓から失礼しますね」と言って

くるりと背を向けた。動きに合わせて艶やかなポニーテールがふわりと舞う。



「それじゃ、おやすみなさい」



そう言って窓から出て行った細い背中と、

純白のふわふわの尻尾をリュグナードは唖然と見送った。

状況が理解できない。けれど、口の端に触れたひやりとした指先を

彼は、鮮明に覚えていた。


がばっと右手で口元を覆う。

そうしないと、今にも言葉に出来ぬ叫びをあげてしまいそうで。

同時に顔だけでなく、体中が沸騰したかのように熱を持った。

心臓は大暴れし、呼吸は乱れ、視界がジワリと滲んでくる。

次々と湧き出ては体内を忙しなく巡る感情が全く処理できない。

けれど、



「リュー兄ー?」



扉の前の声は待ってはくれない。

半ば八つ当たり気味にリュグナードは「今、開ける!」と声を張り上げ、

大股でドアへと向かい鍵を開けて乱暴に扉を開けた。



「もう、やっぱりいるじゃん、か…って、え?

 リュー兄顔、真っ赤…え、なに風邪?もしかして熱出てる!?」

「煩い、大丈夫だから、騒ぐな」



アルフェリアはようやく出てきた従弟に文句を言ってやろうとして、

彼の顔が未だかつて見た事がない程、真っ赤に染まっている事に気づく。

驚きからフリーズした彼だが、従弟のダークブルーの瞳が

何処か気まずそうにこちらを睨むのを見て、我に返った。

途端に湧き上がってきたのは心配だ。

額に手を伸ばそうとして、つれない言葉と共にパシリとそげなく払われる。

「えぇ?本当に?」と食い下がるアルフェリアにリュグナードは

もう一度「大丈夫だ」と強く言い放ち「で?」と短く要件を問う。



「ソフィ様がお呼びだよ」

「わかった、すぐ行く」



アルフェリアの言葉にリュグナードは頷き、

強制的に仕事モードに気持ちを切り替え、そのまま部屋を出た。

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」「しつこいぞ」ついてくる

アルフェリアをいなし、どうか陛下の部屋にたどり着くまでには

この火照りが収まりますように、と心底願いながら。


一方、無事に誰にも見つからず自室に戻ったセラは

実はリュグナードの4枚目のスチル”赤面”を回収し損ねているのだが、

彼女は全く気にせず、のんびりとお風呂を楽しんでいた。


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