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追手の足音が水たまりを力任せに跳ね上げる。暗い路地裏の角から飛び出してきたのは、ドスを持った男と、消音器付きのサブマシンガンを構えた男の二人組だった。
「見つけたぞ! ターゲットだ!」
男が引き金に指をかけた瞬間——
シュッ……ッ!
暗闇の中で、黒い絹の傘が優雅に一回転した。
次の瞬間、甲高い金属音とともにサブマシンガンから放たれた弾丸が跳ね返り、男たちの足元のコンクリートを砕いた。傘の生地自体が特殊な防弾素材で編み込まれているのだ。
「なっ……何ィ!?」
男が驚愕で目を見開いた時には、すでに亜留々は目の前にいた。
傘をすっと引き寄せ、鋭い突進とともに傘の先端を突く。
カチリ、と小さく機構が作動する音がした。傘の先端から飛び出した極細のワイヤーが、サブマシンガンを構えた男の手首を瞬時に巻き上げ、そのまま強靭な力で引き寄せる。
「あ……がっ!?」
男が体勢を崩した隙を見逃さず、亜留々は逆の手で傘をくるりと半回転させた。傘の骨の端から覗く刃が、夜の雨を切り裂いて男の頸脈を正確に撫でる。
血しぶきが舞うよりも早く、もう一人のドスを持った男が「このガキィ!」と叫んで襲いかかった。
「危ない、亜留々!」
矢吹が思わず叫ぶ。
だが、亜留々は振り返りもしない。
たたんだ傘を背中越しに一閃。重厚な打撃音が響き、男の顎を正確に打ち砕いた。男は白目を剥いて倒れ込み、水たまりにバシャリと沈んだ。
わずか数秒の出来事だった。
雨音だけが静かに路地裏を支配している。
亜留々は刃についた雨水と血を軽やかに払い、パサリと再び傘を開いた。彼女の服には、返り血ひとつついていない。
「……すごすぎる……」
矢吹は腰が抜けそうになりながら、その圧倒的な美しさと残酷さに息をのんだ。
「感心している暇はないわよ」
亜留々は傘を差し出し、矢吹をその黒い影の中へと招き入れた。
「今の銃声と騒ぎで、近くにいる殺し屋たちが集まってくるわ。この渋谷全体が、ウロボロスの張り巡らせた網の中にあるの。逃げ回るだけじゃ、いつか詰むわね」
雨が再び強くなり、傘の布地を叩く音が激しくなる。矢吹は亜留々の隣に入り、あまりの近さに緊張しながらも尋ねた。
「逃げるだけじゃダメなら……どうするんだ?」
亜留々は矢吹を見上げ、妖しく瞳を輝かせた。
「ゲームのルールを変えるのよ。ターゲットを狙う側から……ゲームの主催者を追い詰める側にね」
「主催者を……!?」
「ええ。ウロボロスはこの渋谷のどこかに『監視ルーム』を設置して、私たちの殺し合いを高みの見物と決め込んでいるはずよ。そこを叩くわ」
亜留々はポケットから小さなPDA(情報端末)を取り出した。画面には、渋谷のマップと、先ほど大城の会話から解析したウロボロスの通信プロトコルが表示されている。
「でも、監視ルームの場所なんて分かるのか?」
「もちろん。……それに、心強い『情報源』が向こうからやってくるみたいだしね」
亜留々の視線の先——路地裏の出口、街頭の鈍い光の中に、ひとつの巨大な影が立っていた。
濡れたスキンヘッド。サングラスに刻まれた雨の雫。
片手に握られた大型マグラックの銃口が、煙を薄く吹き上げている。
「……大城!」
矢吹が声を上げた。
大城は店内での乱戦をひとりで片付けたのか、返り血を浴びたコートを羽織りながら、ゆっくりと二人に向かって歩いてきた。
「無事だったか、矢吹。……それと、菅亜留々」
大城はサングラス越しに亜留々を睨みつけると、低く掠れた声で言った。
「ウロボロスの連中、やりやがったな。喫茶店を囲んでいた連中の中に、俺の『昔のツケ』を払わせようとする奴らが混ざっていやがった。矢吹の懸賞金だけじゃなく、俺の首にも個人的な懸賞金をかけやがったな」
「あら、それは災難ね、ビッグ・ジョー」
亜留々はくすりと笑った。
「笑い事じゃねえ。……おい矢吹、亜留々。俺も乗せてくれ。このクソみたいなゲームの主催者の面を拝まねえと、気が済まねえ」
渋谷の雨の中。
ターゲットの男、美しき殺し屋、そして巨漢の用心棒。
奇妙で危険な三人組が、夜の渋谷の深部へと足を踏み出そうとしていた。




