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男たちの怒号とガラスの割れる悲鳴が狭い店内に響き渡る。
「逃げるわよ!」
亜留々が矢吹の腕を強引に掴んだ。華奢な見た目からは想像もつかない強力な力だ。
「おい、矢吹!」
大城がジャケットの内側から大型拳銃を引き抜き、押し寄せる男たちへ向けて牽制の銃弾をぶち込んだ。爆音が店内に轟き、男の一人が悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「大城! お前は!?」
「俺の心配をしてる場合か! 行け!」
大城の援護射撃の隙を突き、亜留々は矢吹を引っ張るようにして叩き割られた扉から雨の降る路地裏へと飛び出した。冷たい雨が容赦なく顔を叩く。
「ハァ、ハァ……! なんで俺なんだよ! 意味が分かんないよ!」
雨の中をがむしゃらに走りながら、矢吹は叫んだ。
「立ち止まらないで。追手が来るわ」
亜留々は濡れるのも気にせず、手に持った長傘をまだ開こうともせず走っている。
「……なあ、菅亜留々!」
矢吹は走りながら、喉の奥に引っかかっていた強烈な違和感を口にした。
「さっき喫茶店で、お前……大城が『首を獲れば格が上がる』って言ってたって言ったよな!?」
亜留々は足を止めず、横目でちらりと矢吹を見た。
「ええ、言ったわね」
「おかしいだろ! あの言葉を大城が言ったのは、お前が店に入ってくる前だ! 俺とお前が交差点で別れた後、大城と二人だけで話していた時の会話だぞ!」
矢吹の問いに、亜留々はふっと笑った。雨粒が彼女の長いまつ毛に弾け、幻想的な美しさを際立たせる。
「……気づくのが遅いわね」
彼女は走りながら、たたんだ傘の柄をカチリとひねった。
「あなたと交差点ですれ違った時から、私の『傘』は開いていたのよ。目に見えない微細な盗聴針を、あなたの服の襟裏に打ち込んでおいたわ」
「な……っ!?」
「交差点であなたが見惚れていた隙にね。だから、あなたが喫茶店でビッグ・ジョーと何を話していたのか、全部聞こえていたの」
矢吹は慌てて自分の襟元を手で探った。指先に、ほとんど感覚のない小さな突起が触れる。
「じゃあ……最初から全部知ってて、俺に近づいたのか!?」
「そうよ。ターゲットのあなたを一番近くで観察して、タイミングを見て殺すつもりだった。ビッグ・ジョーが『亜留々ってガキの首を獲れば、業界での俺の格が一段と上がる』と息巻いていたのも、全部聞いて楽しんでいたわ」
「悪趣味すぎるだろ……!」
「でも、予定が変わったの」
亜留々は急に足を止め、路地裏の暗がりの中で振り向いた。
「他の不細工な殺し屋たちにあなたを横取りされるのは、私の美学が許さない。……それに、あの巨大なビッグ・ジョーを相手にするより、あなたと手を組んでこの渋谷のゲームそのものをぶち壊す方が、ずっと面白そうだもの」
「手を組む……? 俺と!?」
「ええ。あなたは私を追手から守るデコイ(囮)。私はあなたを殺し屋たちから守る『傘』。お互い利害が一致しているでしょう?」
亜留々はそう言うと、初めてその長傘をパサリと開いた。
ビニール傘でも折りたたみ傘でもない、漆黒の優美なシルクの傘。その骨の先端からは、街灯の光を浴びて妖しく光る細利な刃が覗いている。
「さあ、決めて。不細工な男たちにハチの巣にされるか、私と組んでこの雨の渋谷を生き延びるか」
追手の足音が、暗い路地裏の奥からいくつも重なって近づいてくる。
選択の余地など、最初からなかった。
「……分かったよ! 組めばいいんだろ、組めば!」
矢吹が半ばヤケクソで叫ぶと、亜留々は満足そうに、少女らしい可憐で危険な笑みを浮かべた。
「交渉成立ね。——私の後ろから離れないで、『名無しの観客』さん」
黒い傘が揺れ、雨の渋谷を舞台にした、ターゲットと殺し屋の歪な共闘が始まった。




