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「ひ、思い出って……冗談じゃない!」
矢吹は椅子を引いて立ち上がろうとしたが、腰が抜けたように脚に力が入らない。喉がカラカラに乾き、心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく打っている。
「落ち着け、矢吹」
大城が低く鋭い声で制した。サングラスの奥の目が、鋭利な刃物のように亜留々を捉えている。大城の巨躯が、矢吹と亜留々の間に割って入るように僅かに傾いた。
「おい、亜留々。俺と矢吹は古い付き合いだ。いくらウロボロスの指名ターゲットだからって、目の前で身内を撃ち抜かれて黙っているわけにはいかねえな」
「そう? あなた、さっきは『首を獲れば格が上がる』なんて言っていたじゃない」
亜留々は紅茶のカップを両手で包み込み、ふーっと息を吹きかけながら、くすくすと可愛らしく笑った。その笑顔があまりにも無邪気で、なおさら恐ろしい。
「それに、私と戦うつもり? ビッグ・ジョー。この狭い店内で、私の傘の間合いに入って生き残れる自信があるの?」
「……試してみるか?」
大城の右手がジャケットの内ポケットへと滑り込む。店内の空気は限界まで張り詰め、マスターや他の客たちも異様な殺気に気づいたのか、息を殺して身を縮めていた。
次の瞬間、亜留々は優雅に紅茶を一口すすると、カップをソーサーにコトンと置いた。
「冗談よ。ここではやらないわ」
亜留々は壁に立てかけてあった長傘を手に取ると、すっと立ち上がった。背筋がピンと伸びたその立ち姿は、まるで舞台の上の女優のようだ。
「ターゲットの命を奪うのは、もっと素敵な場所がいいもの。それに……」
亜留々は矢吹の方を振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。
「ウロボロスの連中が仕掛けたルールは『渋谷全体を使った狩り』でしょう? 私一人だけじゃなく、他の殺し屋たちも今頃あなたを探してこのエリアを血眼で彷徨っているはずよ」
「なっ……! 殺し屋全員が、矢吹を狙ってるだと!?」
大城が息をのんだ。
「ええ。だから、矢吹さん。あなたに選択肢をあげる」
亜留々は傘の先端を軽やかに床につけ、トントンと小さな音を立てた。
「このままお店を出て、群がってくる他の不細工な殺し屋たちに無残に殺されるか。それとも……私と一緒に逃げて、最後の最後に私に美しく殺されるか」
「どっちを選んでも死ぬじゃないか!」
矢吹は叫んだ。
「ええ、でも死に様は選べるでしょう? ……さあ、どうするの?」
亜留々がそう言った瞬間——
ガシャン!!!
喫茶店の強化ガラスの扉が力任せに叩き割られ、激しい雨音とともに、異様な風貌の男たちが店内に雪崩れ込んできた。全員が手にナイフや拳銃を握りしめている。
「いたぞ! ターゲットの男だ! 首を獲れぇ!」
渋谷の街を包む雨の中、生存率ゼロの逃走劇が、唐突に幕を開けた。




