12
タワーレコードの非常階段を駆け下り、再び雨の降る渋谷の路上へと飛び出した三人。
冷たい雨は勢いを増し、アスファルトを打ち叩く音が激しく響いている。街灯や街頭ビジョンの光が濡れた路面に乱反射し、普段の渋谷とはまるで違う、歪んだ幻想的な世界を作り出していた。
「……ハァ、ハァ……来たぞ」
矢吹が息を切らしながら指した先――スクランブル交差点の向こう、ハチ公前広場の暗がりから、一人の男が静かに歩み出てくるところだった。
男は色鮮やかなひし柄のジャケットを羽織り、顔には歪んだ笑みを浮かべた黒い「道化師」の仮面をつけている。手に持っているのは、雨を弾く漆黒のステッキ。
その佇まいは、雨の渋谷の中で異様な存在感を放っていた。
「やあ、待ちかねたよ。僕の『アルルカン』……そして、哀れな『名無しの観客』くん」
仮面の奥から聞こえる声は、電子音で変声されているものの、恐ろしいほど朗らかで楽しげだった。
アルレッキーノは仮面の奥で目を細め、ゆっくりと亜留々の方へと視線を向けた。
「菅亜留々……いや、かつて僕の最高傑作になるはずだった少女よ。君に『アルルカン』の名を与え、刺客として育て上げたのは僕だ。だが君は僕のもとを去り、『雨の日の処刑人』などと名乗って気取っている。……気に入らないな。だから今日、この街で君の過去を精算してあげようと思ったんだ」
「くだらないわね」
亜留々の声は、凍りつくほど冷たかった。
彼女は手にしていた黒い長傘を、すっと前に構える。雨粒がその漆黒のシルクを打ち、美しい音を奏でる。
「私に過去なんてない。あるのは、今日この場所であなたという『害虫』を駆除することだけよ」
「そうかい。言葉で解かり合えないのは、昔から変わらないねえ」
アルレッキーノは楽しげに肩をすくめると、手にしていた漆黒のステッキの柄を軽やかにタップした。
カチリ、と硬質な金属音が響く。
「ならば……後継者としての『最終試験』を始めようか!」
次の瞬間、アルレッキーノの身体が濡れた路面を滑るように消えた。
あまりの加速に、水たまりが炸裂するように跳ね上がる。
「速い……!?」
矢吹の目が追いつくより早く、アルレッキーノは亜留々の眼前に肉薄していた。漆黒のステッキが振り下ろされ、その先端から一瞬で鋭利な仕込み刃が飛び出す。
ガギィィン!!!
火花が激しく散った。
亜留々は黒い傘をすばやく半開きにし、その骨組でステッキの刺突を寸分の狂いもなく受け止めていた。
「相変わらずの反応力だ! だが、雨の日の『舞台』は僕の独壇場でもあるんだよ!」
アルレッキーノがニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、ステッキをもう一度タップする。
すると、ステッキの隙間から目に見えない高周波が放たれ、交差点を取り囲む巨大街頭ビジョンや信号機が一斉にバチバチと火花を吹いて狂い始めた。強烈な電子ノイズと閃光が、雨の暗闇を容赦なくかき乱す。
「うわっ……目と耳が……!」
矢吹と大城が思わず視界を奪われ、体勢を崩す。
視界が明滅する眩惑の嵐の中、アルレッキーノのステッキが連続で閃いた。
シュッ! シュッ! シュッ!
目にも留まらぬ突きと払いが、亜留々の防護傘を激しく叩きつける。金属音が雨音を打ち消すほどの猛連打となって響き渡る。
「どうした亜留々! 防戦一方じゃないか! 僕が教えた暗殺術の神髄を見せてみろ!」
アルレッキーノが楽しそうに叫び声を上げる。




