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討伐命令

ノンマルト王都。


国王の執務室には、重苦しい沈黙が漂っていた。


窓の外からは、人々の声が聞こえてくる。


悲鳴。


怒号。


負傷者を運ぶ兵士たちの足音。


泣き叫ぶ子供の声。


王都は、かつてないほど混乱していた。


国王は窓辺に立ち、遠くを見つめていた。


その視線の先には、崩れた建物がいくつも見える。


昨日まで。


そこは平和な街だった。


人々が笑い。


商人が店を開き。


子供たちが走り回っていた。


そして。


その平和の象徴として。


ジャムルは人々に讃えられていた。


勇者。


人類を救った英雄。


王国の誇り。


その男が。


今は。


王都を襲っている。


国王は目を閉じた。


「……ジャムル」


その名を口にするだけで。


胸の奥が重くなる。


彼が悪意を持って民衆を襲っているわけではない。


報告では。


何度も叫んでいるという。


『俺じゃない』


『逃げろ』


『やめろ』


『助けてくれ』


それでも身体は止まらず。


人々を傷つけ続けている。


魔王ブルーメに操られている。


それは分かっている。


分かっているからこそ。


国王は苦しんでいた。


「……では、どうする」


誰に問いかけるでもなく。


呟く。


ジャムルを救う方法があるなら。


救いたい。


しかし。


王都の被害は増え続けている。


すでに数百人が死傷している。


このまま被害が広がれば。


国民は言うだろう。


なぜ王は何もしないのか。


なぜ勇者を止めないのか。


そして。


最も恐ろしいのは。


勇者が魔王を復活させたという事実が。


王国全土に広がることだった。


ジャムルは。


魔王を倒した英雄ではなく。


魔王を復活させた男として語られる。


そして。


その原因を作った王国も。


責任を問われることになる。


国王は。


机の上に置かれた報告書を見る。


そこには。


被害者の数が記されていた。


「……これ以上は」


手が震える。


「これ以上は、隠しきれん」


だが。


隠さなければ。


国は揺らぐ。


勇者を信じていた人々は。


王国そのものを疑うだろう。


魔王が復活した。


勇者が操られている。


王国はそれを止められない。


そんな噂が広がれば。


各地で暴動が起きる可能性すらある。


国王は。


長い間。


その紙を見つめていた。


そして。


震える手で。


一枚の命令書に。


署名をした。


それは。


国王自身が。


最も書きたくなかった命令だった。


——————————

その頃。


ギルド本部では。


ジャムルの仲間たちが。


長い机を囲んでいた。


カオル。


リュウ。


ミツヒロ。


三人とも。


ほとんど口を開かなかった。


部屋の中には。


他にも何人かのギルド職員や冒険者がいる。


だが。


誰もが。


重苦しい表情をしていた。


机の上には。


大量の報告書が積まれている。


王都各所の被害状況。


負傷者。


死者。


破壊された建物。


そして。


魔王ブルーメに操られた。


勇者ジャムルによる被害。


カオルは。


その書類を見ることができなかった。


視線を落とす。


「……ジャムル」


小さく。


名前を呟く。


すると。


部屋の奥から。


ゆっくりと足音が聞こえてきた。


現れたのは。


ギルド長だった。


年齢を重ねた男だった。


顔にはいくつもの傷がある。


若い頃には。


自ら剣を握り。


何度も魔物と戦ってきた。


そして。


ジャムルたちが勇者として旅立った日。


最初に装備を整えてくれたのも。


彼だった。


「剣が軽すぎる」


「この防具じゃ長旅には向かん」


「食料は余分に持っていけ」


「帰ってくることを前提に準備しろ」


そんなことを。


何度も言っていた。


ジャムルが旅に出る前。


不安そうにしている彼へ。


ギルド長は言った。


「お前たちは、勇者になりに行くんじゃない」


「……?」


「生きて帰ってくるんだ」


それが。


彼がジャムルたちへ送った。


最後の言葉だった。


それから。


何度も便りを受け取った。


魔物を倒した。


村を救った。


仲間が増えた。


苦戦した。


それでも。


四人は旅を続けた。


ギルド長は。


そのすべてを知っている。


だからこそ。


今。


目の前にいる三人へ。


何を伝えなければならないのか。


それが。


分かっていた。


ギルド長は。


一枚の書類を。


机の上へ置いた。


「……国王からだ」


カオルが。


顔を上げる。


「国王から……?」


「ああ」


ギルド長は。


しばらく黙っていた。


そして。


重い口を開いた。


「諸君」


三人を見る。


「改めて、ノンマルト国王からの命令を伝える」


部屋の空気が。


さらに重くなる。


ギルド長は。


命令書を開いた。


「ジャムルを」


一度。


言葉を止めた。


その顔には。


苦悩が滲んでいた。


それでも。


読み上げなければならない。


「勇者としてでなく、秘密裏に葬り去れ」


カオルの目が。


大きく見開かれる。


「……え?」


ギルド長は。


目を伏せたまま続けた。


「魔界からやってきた一匹の魔物として葬り去れ」


「待ってください!」


カオルが。


立ち上がる。


「何を言ってるんですか!」


ギルド長は。


答えない。


ただ。


命令書を握る手に。


力が入っている。


「それが」


低い声で。


最後の言葉を読み上げる。


「世界平和を成功させる唯一の道だ」


部屋が。


静まり返った。


誰も。


言葉を発しない。


カオルは。


呆然としていた。


「……ジャムルを」


声が震える。


「魔物として……殺せって……?」


「そういう命令だ」


「ふざけないで!」


カオルが。


机を叩いた。


「ジャムルは魔物じゃない!」


「分かっている」


「なら、どうして!」


「分かっていると言っている!」


ギルド長の声が。


初めて大きくなった。


部屋に響く。


その声に。


カオルは黙った。


ギルド長は。


目を閉じる。


「……俺だって分かっている」


その声は。


先ほどよりも小さかった。


「ジャムルは魔物なんかじゃない」


拳を握る。


「俺はあいつが旅に出る前から知っている」


「……」


「剣を握る手が震えていたことも」


「……」


「初めて魔物を殺した夜、眠れなかったことも」


カオルの目から。


涙が落ちた。


「それでも」


ギルド長は続ける。


「今のあいつを見てみろ」


「……」


「町が壊れている」


「……」


「人が死んでいる」


「分かってる……!」


リュウが。


拳を握る。


「でも、ジャムルは操られている!」


「俺も分かっている」


「なら、助ければいい!」


「方法は?」


「……」


リュウの言葉が。


止まった。


ギルド長は。


三人を見回す。


「魔王ブルーメは、ジャムルから勇者の力を奪った」


「そして、ジャムルの身体を操っている」


「魔王を倒さない限り」


一拍。


「ジャムルを自由にすることはできない」


ミツヒロが。


顔を上げる。


「なら」


静かに言った。


「魔王を倒します」


ギルド長が。


ミツヒロを見る。


「どうやって?」


「……」


答えは。


なかった。


ブルーメには。


攻撃が通じない。


魔法も。


剣も。


矢も。


すべてすり抜ける。


そのうえ。


ジャムルは。


ブルーメの糸によって操られている。


魔王を狙えば。


ジャムルが傷つく。


ジャムルを止めようとすれば。


自分たちが殺すことになるかもしれない。


完全に。


追い詰められていた。


それでも。


カオルは。


首を横に振った。


「……私は」


涙を拭う。


「できません」


ギルド長が。


静かに聞く。


「何がだ」


「ジャムルを殺すことです」


「……」


「絶対にできません」


リュウが。


カオルを見る。


「俺もだ」


ミツヒロも。


頷いた。


「俺も」


ギルド長は。


三人を見つめた。


そして。


ゆっくりと息を吐いた。


「……救出作戦を許可する」


三人が。


顔を上げる。


「ただし」


ギルド長の声が。


重くなる。


「救出できないと判断した場合は」


一瞬。


言葉が詰まる。


「勇者…ジャムルを討伐しろ」


カオルが。


首を横に振る。


「私にはできません」


「では」


ギルド長が。


静かに問う。


「誰がやる?」


「……」


誰も答えない。


「町の人間か?」


「……」


「今もジャムルに襲われている人々に」


ギルド長は。


淡々と続ける。


「自分の家族を殺されるかもしれない人間に、やらせるのか?」


カオルは。


唇を噛んだ。


「……」


「子供にやらせるか?」


「……やめてください」


「なら」


ギルド長は。


三人を見る。


「誰がやる?」


長い沈黙。


やがて。


カオルは。


目を閉じた。


「……私たちがやります」


リュウが。


振り返る。


「カオル!」


「私たちがやる」


声は。


震えていた。


それでも。


カオルは続ける。


「まず、ジャムルを助ける」


「……」


「絶対に助ける」


握った拳が。


震える。


「それができなかったら……」


カオルは。


目を閉じる。


涙が。


頬を伝った。


「私たちが、終わらせる」


その言葉が。


部屋に落ちた。


誰も。


それ以上。


何も言えなかった。


そのときだった。


――ドン!


ギルド本部の扉が。


大きな音を立てて開いた。


「ギルド長!」


一人の職員が。


慌てて駆け込んでくる。


「外が……!」


言葉を続けるより先に。


扉の向こうから。


大量の人間が押し寄せてきた。


「ギルド長!」


「早くしてくれ!」


「あの化け物を討伐してくれ!」


「いつまで待たせるんだ!」


「町がめちゃくちゃなんだぞ!」


「騎士団だけじゃ止められないんだ!」


人々が。


ギルドの中へなだれ込んでくる。


職員たちが。


慌てて止めようとする。


「落ち着いてください!」


「ここはギルドです!」


「危険ですから、下がって!」


しかし。


人々は止まらない。


怒り。


恐怖。


焦燥。


それぞれの感情を抱え。


口々に叫ぶ。


「早くあの魔物を退治してくれよ!」


「冒険者なんだろ!」


「魔物を倒すのが仕事じゃないのか!」


「家族が怪我したんだ!」


「俺の店だって壊された!」


「早くしろ!」


カオルたちは。


その言葉を。


黙って聞いていた。


魔物。


そう呼ばれている。


ジャムルが。


昨日まで。


勇者だった男が。


今は。


魔物と呼ばれている。


その中の一人が。


カオルへ詰め寄った。


「お前たち、勇者なんだろ!」


カオルは。


何も答えなかった。


「だったら、あいつを殺せ!」


その言葉に。


カオルの拳が。


強く握られた。


勝手なことを言うな。


胸の奥で。


そう叫んだ。


あの魔王を復活させたのは。


誰だ。


ジャムルを追い詰めたのは。


誰だ。


石を投げたのは。


誰だ。


罵声を浴びせたのは。


誰だ。


そして。


今。


「早く殺せ」と。


自分たちへ言っているのは。


誰だ。


カオルは。


何も言えなかった。


リュウも。


歯を食いしばっていた。


自分たちだって。


怒鳴りたい。


お前たちが。


ジャムルを追い詰めたんだ。


お前たちが。


ブルーメを復活させたんだ。


お前たちが。


あいつの心を壊したんだ。


そう言ってやりたかった。


だが。


目の前にいる人々の中には。


本当に家族を失った者もいる。


傷ついた者もいる。


だから。


何も言えなかった。


正しい言葉が。


見つからなかった。


やがて。


カオルの心から。


一瞬。


力が抜けた。


自分たちは。


何のために戦うのか。


ジャムルを助けたい。


でも。


町の人々も救わなければならない。


その二つが。


今は。


完全に相反している。


ミツヒロが。


静かに呟いた。


「……苦しいな」


リュウが。


拳を握ったまま答える。


「ああ」


カオルは。


俯いた。


そのとき。


ギルド長が。


静かに立ち上がった。


「聞け」


大きな声ではなかった。


それでも。


部屋にいた全員が。


自然と口を閉じた。


ギルド長は。


集まった人々を見る。


「今から」


一拍置く。


「こいつらが行く」


カオルたちを見る。


「ジャムルを止めるために」


「……」


「だが」


ギルド長は。


強く言った。


「勘違いするな」


人々が。


顔を上げる。


「こいつらは、ジャムルを殺すために行くんじゃない」


カオルが。


顔を上げた。


「ジャムルを救うために行く」


ギルド長の声が。


静かに響く。


「それができる可能性が、ほんの少しでも残っているなら」


三人を見る。


「こいつらは最後まで諦めない」


そして。


低い声で。


続ける。


「だから、待っていろ」


人々は。


何も言えなかった。


カオルは。


立ち上がった。


リュウも。


ミツヒロも。


立ち上がる。


それぞれ。


武器を手に取る。


カオルは。


杖を握った。


その手は。


まだ震えている。


それでも。


もう。


迷ってはいなかった。


「……行こう」


リュウが。


頷く。


「ジャムルを連れ戻す」


ミツヒロが。


静かに答える。


「ああ」


三人は。


ギルド本部を出た。


扉の向こう。


王都は。


まだ燃えていた。


遠くから。


悲鳴が聞こえる。


建物が崩れる音。


騎士たちの怒号。


そして。


そのすべての向こうから。


赤ん坊のような泣き声が。


響いていた。


カオルは。


その声を聞いて。


立ち止まりそうになる。


あれは。


ジャムルの声だ。


間違いない。


まだ。


あの中に。


ジャムルがいる。


「待ってて」


カオルが。


小さく呟く。


「今、行くから」


三人は。


走り出した。


ジャムルを。


殺すためではない。


ジャムルを。


取り戻すために。


たとえ。


その先に。


どんな結末が待っていたとしても。

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