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操り人形

それから。


王都には、怪物が現れるようになった。


けれど。


最初から怪物だったわけではない。


そこにいたのは。


ほんの少し前まで。


人々から英雄と呼ばれていた男だった。


ジャムル。


魔王を討ち。


人々を救い。


誰よりも人を傷つけることを嫌った勇者。


そのジャムルが。


今。


震える手で。


一人の男を見下ろしていた。


先ほど。


少女へ剣を振り下ろそうとした男。


男は地面に倒れたまま。


必死に後ずさっている。


「ひ……」


ジャムルの右手が。


ゆっくりと持ち上がる。


「……逃げろ」


ジャムルの口から。


かすかな声が漏れた。


「俺は……俺を……止められない」


男は聞き取れなかった。


あるいは。


聞こえていても。


恐怖で理解できなかった。


「く、来るな……!」


男が剣を拾う。


「化け物が……!」


剣を振り上げる。


ジャムルの身体が。


一瞬だけ止まった。


「……違う」


目から。


涙が流れている。


「俺は……」


虹色の糸が。


空から伸びている。


ブルーメの指が。


ほんの少し動いた。


その瞬間。


ジャムルの腕が。


男へ向かって振り下ろされた。


拳が。


男の顔面を殴り飛ばす。


「――ぐっ!」


男の身体が地面を転がる。


ジャムルは。


自分の拳を見つめた。


「……あ」


血がついていた。


「違う……」


男が呻く。


「た、助け……」


ジャムルの身体が。


また動いた。


男の胸ぐらを掴む。


「やめろ……!」


ジャムル自身が叫んだ。


「やめてくれ……!」


だが。


腕は止まらない。


男を持ち上げ。


地面へ叩きつける。


「ぐあっ!」


もう一度。


「やめろ……!」


さらに一度。


「俺じゃない……!」


それでも。


拳は振り下ろされる。


鈍い音が。


何度も広場に響いた。


やがて。


男の身体から力が抜けた。


ジャムルの拳も。


ようやく止まる。


「…………」


静寂。


ジャムルは。


何も言えなかった。


その足元に。


男の剣が落ちている。


虹色の糸が。


ぴんと張った。


ジャムルの手が。


剣へ伸びる。


「……やめろ」


カオルが叫んだ。


「ジャムル!」


ジャムルは。


必死に首を振った。


「来るな……!」


「でも!」


「来るな!」


ジャムルの身体が。


剣を拾い上げた。


その刃が。


ゆっくりと持ち上がる。


カオルたちへ向けられる。


「……違う」


ジャムルの声が震える。


「俺は……お前たちを……」


剣が振り下ろされる。


ミツヒロが。


咄嗟に剣を抜いた。


「ジャムル!」


金属音。


二本の剣がぶつかった。


凄まじい衝撃。


ミツヒロの身体が。


後方へ吹き飛ばされる。


「ミツヒロ!」


リュウが駆け寄る。


「大丈夫だ!」


ミツヒロは立ち上がる。


しかし。


ジャムルは。


すでに次の攻撃へ移っていた。


「くっ……!」


ミツヒロが受け止める。


また。


吹き飛ばされる。


地面を転がる。


ジャムルが追ってくる。


その動きには。


もう。


人間らしい迷いがなかった。


ただし。


その顔だけは。


苦痛に歪んでいた。


「……逃げろ」


ジャムルが呟く。


「俺を……止められない……」


カオルは。


杖を握った。


「だったら……!」


魔力を集める。


杖の先に。


光が生まれる。


しかし。


撃てない。


目の前にいるのは。


ジャムルだから。


「……駄目」


カオルの手が震える。


「私には……撃てない」


そのときだった。


空から。


笑い声が響いた。


「ふふっ」


全員が。


空を見上げる。


そこに。


ブルーメがいた。


王都を見下ろすように。


遥か高い空に浮かんでいる。


「ブルーメェェ……!」


リュウが叫ぶ。


ブルーメは。


楽しそうに笑っていた。


「そうよ、お互いに憎しみ合いなさい」


「ジャムルを離せ!」


ミツヒロが剣を構える。


ブルーメは答えない。


代わりに。


指先を動かした。


虹色の糸が。


空から伸びる。


ジャムルの身体へ繋がる。


「……あれだ」


リュウが呟く。


「糸……?」


「ジャムルを操っている」


カオルが。


ブルーメへ杖を向けた。


「だったら……!」


光弾が放たれる。


一直線に。


ブルーメへ向かう。


しかし。


その身体を。


光弾がすり抜けた。


「……え?」


ブルーメの姿が。


一瞬。


揺らいだ。


だが。


傷一つない。


「当たって……ない?」


リュウが目を見開く。


ミツヒロも。


矢を放つ。


矢は。


ブルーメの身体を通り抜け。


そのまま空の彼方へ消えていった。


「実体がない……?」


カオルが呟く。


ブルーメは。


笑っていた。


「気づいちゃった?」


そして。


「無駄よ」


ミツヒロが叫ぶ。


「ふざけるな!」


剣を振り抜く。


風圧を伴った斬撃が。


空へ飛ぶ。


それすらも。


ブルーメの身体をすり抜けた。


「くそっ!」


ミツヒロが歯を食いしばる。


その間にも。


ジャムルの身体が動いている。


「待て!」


カオルが叫ぶ。


「ジャムル!」


しかし。


ジャムルは。


剣を振り上げた。


三人へ向かって。


「逃げろ……!」


ジャムルの声が響く。


「俺が……お前たちを……」


剣が振り下ろされる。


三人が飛び退く。


地面が。


大きく裂けた。


石畳が吹き飛ぶ。


その一撃で。


近くの建物の壁まで崩れた。


「ジャムル……!」


カオルが叫ぶ。


ジャムルは。


崩れた建物を見た。


「…………」


自分が。


何をしたのか。


分かっている。


「俺が……」


唇が震える。


「王都を……」


虹色の糸が。


また引かれる。


ジャムルの身体が。


別の建物へ向かう。


「やめろ!」


リュウが叫ぶ。


ジャムルの剣が。


建物へ振り下ろされる。


壁が崩れる。


人々の悲鳴が響く。


「やめろぉっ!」


ジャムル自身の叫び声。


それでも。


身体は止まらない。


さらに。


一撃。


二撃。


建物が崩れていく。


カオルは。


唇を噛んだ。


「……ここにいたら……」


リュウも。


周囲を見る。


民衆が逃げている。


兵士たちも。


集まり始めている。


このままでは。


自分たちも。


ジャムルも。


誰も逃げられない。


「カオル」


リュウが言った。


「離れるぞ」


「嫌よ!」


「このままじゃ、あいつは俺たちを狙い続ける!」


「でも……!」


「俺たちまで巻き込まれたら、誰があいつを止めるんだ!」


カオルは。


言葉を失った。


ミツヒロが。


ジャムルを見る。


「……行こう」


「ミツヒロ……」


「ここに残っても、ジャムルを助けられない」


その言葉に。


カオルは。


震える唇を噛んだ。


「……分かった」


三人は。


走り出した。


ジャムルから。


離れていく。


その瞬間。


ジャムルの目が。


三人を追った。


「……待って」


身体は。


追いかけようとする。


だが。


糸が。


別の方向へ引いた。


「……待ってくれ……」


ジャムルの声が。


小さくなる。


「カオル……」


三人の姿が。


人混みの向こうへ消えていく。


「……ごめん」


その言葉だけが。


残った。


そして。


王都に。


新たな足音が響き始めた。


「王国騎士団、到着!」


「負傷者を後方へ!」


「民間人を避難させろ!」


「魔王を確認!」


国王直属。


王国騎士団。


魔王討伐を想定して編成された。


王国でも最精鋭の部隊だった。


隊長が。


空を見上げる。


そこに。


ブルーメがいる。


「魔王を狙え!」


騎士たちが。


一斉に弓を構えた。


「放て!」


無数の矢が。


空へ飛ぶ。


さらに。


魔法兵が詠唱する。


「撃て!」


炎。


氷。


雷。


数え切れないほどの魔法が。


ブルーメへ向かう。


だが。


すべて。


すり抜けた。


炎が。


ブルーメの身体を通り抜ける。


氷が。


空を凍らせる。


雷が。


彼女の背後へ消えていく。


「……何だ、あれは」


騎士の一人が呟く。


「魔法が……効いていない?」


ブルーメは。


空から見下ろしていた。


そして。


笑った。


「無駄よ」


その声が。


王都全体へ響く。


「あなたたちの攻撃では、私には触れられない」


騎士たちに。


動揺が広がる。


しかし。


隊長は。


歯を食いしばった。


「構わん!」


「隊長?」


「魔王を止める!」


再び。


弓が構えられる。


「撃て!」


矢が飛ぶ。


ブルーメへ。


その途中。


ブルーメの姿をすり抜ける。


そして。


その下にいた、ジャムルへ。


「――っ!」


一本。


二本。


三本。


矢が。


ジャムルの身体へ突き刺さった。


「――――っ!」


ジャムルの身体が。


大きく揺れる。


「いたい……!」


声が。


広場に響く。


「痛い!」


ジャムルが。


身体に刺さった矢を見た。


「痛い……痛い……!」


ブルーメは。


空から見下ろしている。


「まあ」


楽しそうに。


「可哀想に」


「お前……!」


ジャムルが。


空を睨む。


「……お前のせいだ……!」


その瞬間。


傷口が。


光った。


突き刺さった矢が。


押し出される。


傷が。


ゆっくりと塞がっていく。


「……治っていく?」


騎士たちが。


目を見開く。


だが。


それだけではなかった。


傷が塞がると同時に。


その周囲の皮膚が。


盛り上がった。


黒い。


異様に黒い皮膚が。


肉を押し上げるように。


膨らんでいく。


「……何だ」


ジャムルが。


自分の腕を見る。


矢が刺さった場所を中心に。


皮膚が硬く。


厚くなっていた。


「これ……」


指が勝手に皮膚に触れる。


硬い。


まるで。


鎧のようだった。


「嫌だ……」


また。


身体が変わった。


「嫌だ……!」


皮膚が。


さらに黒くなる。


盛り上がった部分が。


腕の形を変えていく。


「やめてくれ……!」


ジャムルが叫ぶ。


だが。


身体は止まらない。


ブルーメが。


静かに笑う。


「それがあなたの新しい身体よ」


「違う……」


「傷つけば」


ブルーメが。


指を動かす。


「あなたは治る」


虹色の糸が。


揺れる。


「でも」


ジャムルの腕が。


ゆっくりと黒く染まっていく。


「治るたびに」


爪が。


ほんの少し伸びる。


「あなたは」


首筋へ。


黒い紋様が浮かぶ。


「人間から離れていく」


ジャムルの顔が。


青ざめる。


「……やめろ」


「ふふ」


「俺を……」


ジャムルの目から。


涙が流れる。


「俺を……人間じゃなくするな……」


ブルーメは。


何も答えなかった。


ただ。


虹色の糸を。


ゆっくりと引いた。


ジャムルの身体が。


また。


民衆の方へ向かって歩き出す。


「……嫌だ」


一歩。


「やめろ……」


もう一歩。


「俺は……」


さらに一歩。


「まだ……」


ジャムルは。


震える声で呟いた。


「まだ……勇者なんだ……」


その言葉は誰にも聞かれないまま。


王都の中へ、消えていった。

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