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魔王復活

拳。


石。


罵声。


そして。


刃物。


大通りは。


もはや人々の叫び声と怒号で埋め尽くされていた。


「魔王の手先!」


「騙しやがって!」


「死ね!」


「魔王を出せ!」


「勇者の中にいるんだろ!」


「だったら、こいつごと殺せ!」


拳が飛んでくる。


石が飛んでくる。


誰かが蹴りつける。


誰かが服を掴み。


誰かが唾を吐く。


ジャムルは。


それでも。


抵抗しなかった。


殴られても。


蹴られても。


石を投げつけられても。


ただ。


身体を丸めるだけだった。


剣を抜けば。


目の前にいるのは人間だ。


怒りに我を忘れているとはいえ。


自分が守るべき民だ。


だから。


戦えなかった。


「……やめろ」


小さな声だった。


誰に向けた言葉なのか。


自分でも分からなかった。


「頼むから……やめてくれ」


返ってきたのは。


さらに激しい罵声だった。


「何が勇者だ!」


「魔王と一緒に死ね!」


「騙しやがって!」


「さっさと魔王を出せ!」


拳が。


頬を打った。


身体が。


地面へ倒れる。


石畳に手をつく。


口の中に、血の味が広がる。


それでも。


ジャムルは立ち上がった。


ふらつきながら。


血の流れる額を手の甲で拭う。


そして。


もう一度。


立ち上がる。


また。


倒される。


それでも。


立ち上がる。


何度も。


何度も。


服は裂け。


頬は腫れ、唇からも血が滲んでいる。


それでも、ジャムルは剣を抜かなかった。


その様子を、群衆の中から、一人の少女が見ていた。


まだ、幼い少女だった。


母親の手を握りながら。


人混みの後ろに隠れている。


少女には。


何が起きているのか。


よく分からなかった。


昨日まで。


勇者ジャムルは英雄だった。


街の人たちは笑っていた。


花を投げていた。


手を振っていた。


少女も。


昨日。


父親に抱き上げてもらいながら。


遠くから勇者の姿を見た。かっこいいと思った。


自分たちを、魔王から守ってくれた人なのだと思った。


それなのに。


今。


その勇者が、大勢の大人たちに殴られている。


石を投げられている。


血を流している。


少女は怖かった。


怖くて。


母親の手を強く握った。


「お母さん……」


母親は、少女を抱き寄せた。


「見ちゃ駄目」


「でも……」


「危ないから」


少女は。


母親の胸に顔を埋めた。


それでも。


聞こえてくる。


ジャムルの苦しそうな息遣い。


人々の怒鳴り声。


鈍い打撃音。


そして。


何度も倒れては。


立ち上がる音。


少女は、ゆっくりと顔を上げた。


「……やめて」


小さな声だった。


誰にも聞こえない。


少女は一歩、前へ出た。


母親が、慌てて腕を掴む。


「駄目!」


「でも……」


「戻って!」


少女は。


首を横に振った。


「勇者様……」


その声に。


近くにいた何人かが振り返った。


少女は震えていた。


足も。


手も。


声も。


それでも。


ジャムルの方へ歩いていく。


「やめて……」


今度は。


少しだけ大きな声だった。


「もう、やめてよ……」


誰かが少女を見る。


「なんだ、ガキ」


少女は怯えた。


それでも。


ジャムルの前から退かなかった。


「勇者様、悪い人じゃないよ……」


「何言ってやがる!」


男の怒鳴り声に。


少女の身体が震える。


それでも。


両手を広げた。


小さな身体で。


血まみれのジャムルを庇うように。


「やめて……」


少女は泣きながら言った。


「この人、何もしてないよ……」


その言葉に。


一人の男が苛立った。


顔には深い傷があり。


酒臭い息を吐いている。


腰には。


古びた剣を下げていた。


かつては冒険者だったのだろう。


だが。


今ではまともな仕事もなく。


酒場を転々としながら暮らしている男だった。


男は。


少女を睨みつける。


「どけ」


少女は動かなかった。


「どけって言ってんだ!」


少女は。


涙を流しながら首を横に振る。


「……いや」


男の顔が歪んだ。


「邪魔するな!」


男が。


剣に手をかけた。


「やめろ!」


誰かが叫んだ。


だが。


男は止まらなかった。


剣を抜く。


少女へ向かって。


振り上げる。


少女は。


目を閉じた。


怖かった。


逃げなければと思っているのに。


足が動かなかった。


その瞬間。


ジャムルが動いた。


「――っ!」


地面に倒れていた身体を。


無理やり起こす。


少女を抱き寄せる。


そして。


背中を向けた。


ザンッ。


鈍い音が響いた。


剣が。


ジャムルの背中を斬り裂いた。


「……っ」


少女の目の前に。


赤い血が飛び散った。


ジャムルの身体が。


大きく揺れる。


それでも。


少女を離さなかった。


そのまま。


ゆっくりと膝をつく。


「勇者……様?」


少女の声が震える。


ジャムルは。


振り返らなかった。


まず。


少女の身体を確かめる。


怪我はない。


それを確認してから。


ようやく。


小さく息を吐いた。


「……大丈夫か」


少女は。


答えられなかった。


目の前にいる男の背中から。


大量の血が流れている。


「……どうして」


少女の頬を。


涙が伝う。


「どうして、私を……」


ジャムルは。


苦しそうに息を吐いた。


「……子どもが……」


呼吸が乱れる。


「子どもが……斬られるのは……」


そこで。


言葉が途切れた。


それでも。


ジャムルは。


小さく笑った。


「……駄目だろ」


その瞬間だった。


胸の奥で。


何かが。


大きく脈打った。


ドクン。


ジャムルの表情が変わる。


「……っ」


胸元を押さえる。


今までとは違う。


明らかに。


何かが。


動いている。


「……何だ」


もう一度。


ドクン。


胸の奥から。


熱が広がる。


そして。


ジャムルの胸に刻まれていた黒い紋様が。


ゆっくりと浮かび上がった。


「……え?」


少女が、目を見開く。


黒い紋様が、脈打っている。


一度。


二度。


三度。


まるで。


中にいる何かが。


目を覚まそうとしているようだった。


ジャムルは。


紋様を見つめる。


「……待て」


胸を押さえる。


「まだ……駄目だ」


紋様の中心に。


細い亀裂が走った。


ピシッ。


「……!」


ジャムルの顔から。


血の気が引く。


「やめろ」


もう一本。


ピシッ。


「まだ……俺は……」


亀裂が。


少しずつ広がっていく。


ジャムルは。


必死に胸を押さえた。


「俺が……封じてるんだ」


その言葉に。


胸の奥から。


声が返ってきた。


『……ふふ』


ジャムルの身体が。


凍りつく。


聞き間違いではない。


知っている声だった。


ずっと。


自分の中にいる。


あの日から。


封じ込めていた存在。


「……ブルーメ」


名前を口にした瞬間。


黒い紋様が。


さらに脈打った。


『もう十分よ』


「黙れ……」


『あなたは十分に耐えたわ』


「黙れ……!」


ジャムルは。


胸を強く押さえた。


だが。


痛みは。


止まらない。


むしろ。


胸の奥から。


何かが溢れようとしている。


『あなたは最後まで、人間を傷つけなかった』


ジャムルは。


周囲を見る。


自分を囲んでいた人々。


怒りに満ちた顔。


恐怖に染まった顔。


憎しみを向ける目。


そして。


今、自分を庇うように立っている、小さな少女。


ジャムルは、少女を見る。


「……そうだ」


小さく呟く。


「俺は……守る」


『ええ』


ブルーメの声が。


優しく響く。


『だからこそ』


黒い紋様に。


大きな亀裂が走った。


「……っ!」


『あなたの優しさが私を呼び戻したのよ』


「違う……!」


ジャムルが叫ぶ。


「俺は……お前を復活させるために……!」


『違うわ』


ブルーメが。


囁く。


『私は、人間の悪意から生まれる』


ジャムルの目が見開かれる。


『恐怖』


『憎しみ』


『疑い』


『怒り』


『そして、人を傷つけたいという悪意』


胸の紋様が。


大きく裂けていく。


『それらが、この王都に満ちた』


ジャムルは。


周囲を見る。


自分へ向けられた。


数え切れないほどの憎悪。


自分を殺せと叫ぶ声。


魔王の手先だと罵る声。


そして。


今。


少女を斬ろうとした男。


すべてが。


一つの恐怖へ。


一つの悪意へ。


繋がっていく。


『あなたは私を封じた』


『けれど』


『人間たちは、あなたを追い詰めた』


「……やめろ」


『そしてあなたはそれでも人間を守った』


「やめろ……!」


『その姿が私を呼び戻したのよ』


ジャムルは。


歯を食いしばる。


「そんな……」


『ありがとう、ジャムル』


黒い紋様が。


完全に裂けた。


「やめろぉっ!」


ジャムルが叫ぶ。


その瞬間。


封印が。


砕けた。


――ドンッ!


凄まじい黒い光が。


ジャムルの身体から噴き出した。


「うわああああっ!」


「何だ、これ!」


「逃げろ!」


「魔王だ!」


「魔王が出てくるぞ!」


黒い光が。


大通りを飲み込んでいく。


風が吹き荒れる。


看板が吹き飛ぶ。


窓ガラスが震える。


人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。


子供が転ぶ。


母親が慌てて抱き上げる。


老人が足をもつれさせる。


荷車が倒れ。


馬が怯えて暴れ出す。


兵士たちも。


恐怖に足を止めた。


「魔王だ……」


「本当に……魔王が……」


そして。


黒い光の中心で。


一人の女が。


ゆっくりと姿を現した。


長い黒髪。


白い肌。


頭から伸びる二本の黒い角。


赤く輝く瞳。


その姿を。


ジャムルは。


地面に倒れたまま見上げていた。


「……違う」


声が。


震える。


「俺は……お前を……」


女は。


ゆっくりと笑った。


「また会えたわね、ジャムル」


その声を聞いた瞬間。


ジャムルの顔が歪む。


「……ブルーメ」


魔王。


一度は。


ジャムルの身体へ封じられた存在。


その女が。


今。


再び。


この世界に立っていた。


ブルーメは。


周囲を見渡す。


逃げ惑う人々。


怯える兵士。


泣き叫ぶ子供たち。


そして。


血まみれで倒れているジャムル。


「あなたのおかげで」


ブルーメは。


微笑んだ。


「戻ってこられたわ」


「違う……」


ジャムルは。


首を振る。


「俺は……お前を……」


「ええ」


ブルーメは。


静かに答えた。


「あなたは私を封印した」


そして。


少女へ視線を向ける。


「それなのに」


ブルーメは。


小さく笑う。


「最後まで、人間を守ろうとした」


ジャムルの表情が。


強張る。


「……何が言いたい」


「あなたが守ろうとした人間たちが」


ブルーメは。


周囲を見渡す。


「私を呼び戻してくれたのよ」


「……違う」


「そうかしら?」


ブルーメの赤い瞳が。


細くなる。


「なら、どうして私はここにいるの?」


ジャムルは。


答えられなかった。


ブルーメは。


ゆっくりと。


ジャムルへ歩み寄る。


「あなたは私を封印した」


一歩。


「だから」


また一歩。


「今度は」


ジャムルの目の前で。


足を止める。


「私があなたを使う番」


ブルーメの手が。


ジャムルの胸へ触れた。


「――っ!」


次の瞬間。


虹色の光が。


ブルーメの手から溢れ出した。


「――ああああああっ!」


ジャムルが絶叫する。


身体の奥から。


何かが引きずり出されていく。


それは。


勇者として身につけてきた力だった。


魔王と戦うための力。


仲間を守るための力。


魔王を封じるための力。


そのすべてが。


虹色の光となって。


ジャムルの身体から抜けていく。


ブルーメへ。


「やめろ……!」


ジャムルが。


手を伸ばす。


「返せ……!」


ブルーメは。


笑った。


「素晴らしい力ね」


「……返せ」


「これが、勇者の力」


「返せぇぇ……!」


「あなたが大切にしていたもの」


光が。


さらに吸い込まれる。


ジャムルの身体から。


力が抜けていく。


膝が。


地面についた。


「……俺の……力……」


「ええ」


ブルーメは。


楽しそうに笑う。


「もう、あなたには必要ないでしょう?」


「違う……」


ジャムルは。


息を切らしながら立ち上がろうとする。


「俺は……まだ……」


「まだ何?」


「守る……」


ブルーメが。


笑った。


「まだ守るの?」


ジャムルは。


王都を見る。


逃げ惑う人々。


泣いている子供。


そして。


自分の背後にいる少女。


「……ああ」


弱々しく。


それでも。


はっきりと。


「俺が……守る」


その言葉を聞いて。


ブルーメの笑みが。


さらに深くなる。


「なら」


右手を。


ゆっくりと持ち上げる。


「守ってみなさい」


指先から。


虹色の光が伸びた。


一本。


二本。


三本。


細い糸のような光が。


空中を漂う。


そして。


ジャムルへ向かって。


伸びていく。


「……何だ」


一本目が。


右手首に絡みついた。


「……っ」


二本目。


左手首。


三本目。


肩。


四本目。


胸。


さらに。


背中。


腰。


脚。


次々と。


虹色の糸が。


ジャムルの身体へ絡みついていく。


「……やめろ」


ジャムルが。


腕を動かそうとする。


動かない。


「……っ」


力を込める。


それでも。


指先すら動かない。


「動け……」


自分の身体へ。


命令する。


「動け……!」


右腕が。


勝手に持ち上がった。


「――っ!」


ジャムルの目が。


大きく見開かれる。


「やめろ!」


腕が。


止まらない。


「俺の意思じゃない!」


カオルが。


息を呑んだ。


「ジャムル……?」


ジャムルは。


必死に首を振る。


「違う……!」


身体が。


一歩。


前へ出る。


「俺は……!」


もう一歩。


「俺は……こんなこと……!」


身体が。


カオルへ向かって進んでいく。


「やめろ!」


ジャムルが叫ぶ。


「やめてくれ!」


それでも。


身体は止まらない。


ジャムルの目から。


一筋の涙が流れた。


カオルが。


目を見開く。


ジャムル自身も。


その涙に気づいていなかった。


勇者として旅を始めてから。


彼は。


ほとんど涙を見せなかった。


苦しいときも。


仲間が傷ついたときも。


敗れそうになったときも。


いつも。


笑っていた。


大丈夫だと。


そう言っていた。


けれど。


今は。


涙だけが。


自分の意思で流れていた。


「……カオル」


ジャムルの声が。


震える。


「逃げろ……」


「嫌よ……!」


「頼む……!」


身体が。


また一歩。


前へ進む。


「俺は……お前たちを……」


剣へ。


手が伸びる。


「傷つけたくない……!」


剣が。


ゆっくりと抜かれる。


カオルの顔が。


青ざめる。


「ジャムル……!」


ジャムルは。


必死に首を振った。


「違う……!」


虹色の糸が。


強く張る。


身体が。


一気に前へ引かれる。


「俺じゃない!」


ジャムルが叫ぶ。


「俺の意思じゃない!」


ブルーメは。


その姿を見下ろしていた。


そして。


楽しそうに笑う。


「さあ」


指先を。


くい、と動かす。


虹色の糸が。


さらに強く輝く。


「勇者様」


ジャムルの剣が。


持ち上がる。


「もう一度」


ジャムルの目から。


涙が落ちる。


「勇者として戦いなさい」


そして。


ジャムルの身体が。


カオルたちへ向かって。


走り出した。

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