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空間を読むあたしは、戦場で迷わない  作者: niwa.


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第5話 3秒後、赤階段


「つまり、あたしが悪いんじゃないよね?」


 カグラが確認するように言った。


「悪くないとは言わないけど、今のはナナミちゃんの伝え方に問題がある」

「ですよね」

「ちょっと、即答しないでよ」


 画面には、さっきの敗北を知らせる文字がまだ残っていた。

 太蔵さんがどこから来るのか、あたしには分かっていた。

 それなのに、カグラには伝えられなかった。


「そっち」と言った。


 あたしの頭の中では、それで十分だった。

 階段を下りて、カグラの左側にある通路から太蔵さんが現れる。その様子が、形として見えていたから。

 でも、その形はあたしにしか見えていない。


「ナナミちゃん」

 太蔵さんが、画面にマップを表示した。


「この場所、何て呼ぶ?」

 指差したのは、二階へ続く階段だった。


 壁が赤く塗られている。

「赤い階段」


「じゃあ、赤階段」

 太蔵さんがマップ上に文字を書き込む。


「こっちは?」

「渡り廊下」

「ブリッジでいい」

「日本語じゃ駄目なんですか?」

「駄目じゃないよ。でも、短い方が早い」


 中央にある広い通路は「中央」。

 木箱が積み上げられた場所は「箱裏」。

 反対側の青い壁に囲まれた階段は「青階段」。

 太蔵さんは、一つずつ場所に名前をつけていった。


「ゲームによっては、みんなが使ってる呼び方がある。チームによって違うこともあるけど、大事なのは全員が同じ場所を思い浮かべられること」

「名前を覚えればいいんですか?」

「それだけじゃ足りない」


 太蔵さんは指を3本立てた。


「場所。人数。動き」


 あたしは繰り返した。

「場所、人数、動き」


「赤階段に一人いて、下りてくるなら?」

「赤階段に一人いて、今から下りてくる」

「もっと短く」

「赤階段、一人。下りてくる」

「それでいい」


 太蔵さんが指を一本折る。


「余裕があれば、武器や残りの体力も伝える。でも、最初から全部言おうとしなくていい」

「理由は説明しなくていいんですか?」

「敵は説明が終わるまで待ってくれないからね」


 確かに、さっきの太蔵さんも待ってはくれなかった。

 こっちが「どっちの横」と言い争っている間に、カグラを撃った。


「もう一回やってみよう」


 対戦が再開される。

 ナナミとカグラが同じチーム。

 敵は太蔵さん一人。


 あたしは武器を持たず、太蔵さんの位置を探す。

 カグラは、自分で敵を探してはいけない。あたしが伝えた場所だけを見る。


 簡単そうに聞こえる。

 でも、もう失敗している。

 開始までの数字が減っていく。


 3。


 2。


 1。


 試合が始まった。

 あたしたちは、倉庫の一階から動き始める。


「ナナミ、どっち行く?」

「まず中央」

「了解」


 さっきとは違う。

 カグラに伝わる言葉を使っただけで、二人が同じ地図の上を動いているように感じた。


 足音が聞こえる。

 右側。


 一定の速さで近づいたあと、音が硬く変わった。

 金属製の階段。

 青階段を上っている。


「青階段、一人。上」

「了解」


 カグラが銃を構えた。

 足音は二階へ上がり、そのままブリッジへ向かっている。


「ブリッジを渡ってる。中央へ来る」

「どこから下りる?」


 頭の中で、太蔵さんの通った道が伸びていく。

 そのまま進めば赤階段。

 でも、こちらが中央にいることは、太蔵さんにも分かっている。


 正面から下りる必要はない。

 ブリッジの途中から倉庫へ飛び下り、箱を使って姿を隠す道もある。


「たぶん、箱裏に――」


 言いかけた瞬間、足音が消えた。

 床へ着地する音。


「箱裏!」


 カグラが振り向く。

 ほぼ同時に、箱の横から太蔵さんが現れた。


 銃声が重なる。

 カグラの弾は壁に当たり、太蔵さんの弾がカグラに命中した。

 画面が暗くなる。


「惜しい」


 太蔵さんが言った。


「分かってたのに」

「今の報告は合ってたよ。ただ、遅かった」

「足音が消えてから言ったので」

「そう。ナナミちゃんは、確信してから伝えようとした」


 確信。

 太蔵さんが箱裏に着地して、初めて口にした。

 でも、それでは遅い。


「違ってたらどうするんですか?」

「違ったら、訂正すればいい」

「でも、カグラが間違った場所を見ちゃいます」

「報告は答えじゃない。今、一番可能性が高い場所を共有するものだよ」


 太蔵さんは、椅子の背にもたれた。


「ナナミちゃんは、見えているものを全部説明しようとしすぎる。全部分かってから話そうとする」


 言われて、何も返せなかった。

 昔からそうだった。

 どうしてその場所へ動いたのか。

 どうしてそうなると思ったのか。

 頭の中ではつながっているのに、言葉にしようとすると、どこから説明すればいいのか分からなくなる。


 考えている間に、話は先へ進んでしまう。


「間違ってもいいんですか」

「もちろん、外し続けたら困るけどね」


 太蔵さんが笑う。


「でも、黙っていたら、当たることもない」


 カグラが再戦のボタンを押した。


「もう一回やろ」

「いいの?」

「ナナミが見えてるなら、言って。今度はちゃんと聞くから」

「さっきも聞いてたでしょ」

「聞く準備をするってこと」


 カグラは画面に向き直り、マウスを握った。


「あたしも、言われた場所を信じてみる」


 試合が始まる。

 足音。

 右。

 太蔵さんは、今度も青階段へ向かっている。


 でも、さっきより速度が遅い。

 途中で一度止まり、こちらの足音を確かめている。


「青階段、一人。待ってる」

「了解」


 カグラも立ち止まった。

 無理に進まない。

 あたしは頭の中で、太蔵さんが選べる道を並べた。


 こちらが動かないなら、太蔵さんも待ち続ける理由はない。

 青階段を上る。


 ブリッジを通る。

 赤階段から下り、背後へ回る。

 足音が動いた。

 硬い床。

 二階。

 予想した線が、太くなる。


「ブリッジ」

「うん」


 音が左へ移動していく。

 赤階段へ近づいている。

 あたしは口を開いた。


「赤階段、一人。下りてくる」


 カグラが赤階段の出口へ照準を置く。

 でも、まだ距離がある。

 太蔵さんが階段へ着くまでには――。


「三秒後」

「三秒?」

「来る」


 カグラは照準を動かさなかった。


 一秒。

 足音が近づく。


 二秒。

 階段を下り始める音。


 三秒。

 赤階段の出口から、太蔵さんが姿を現した。


 銃声が鳴る。

 太蔵さんのキャラクターが、身体を反らして倒れた。

 画面に表示が走る。


 KAGRA → TAIZO


 しばらく、誰も声を出さなかった。


「……勝った?」

 あたしが聞く。


「勝った」

 カグラが、もう一度言った。


「勝った!」

 椅子から立ち上がり、あたしの肩を両手で揺らす。


「ナナミ、本当に三秒後に来た!」

「ちょっと、揺らさないで」

「だって、ぴったりだったよ!」


 カグラの声が、自分のことのように嬉しそうだった。

 画面に表示されているのは、カグラの名前だけだ。

 敵を倒したのはカグラ。

 あたしは一発も撃っていない。


「今の一キルは、半分ナナミちゃんのものだね」

 太蔵さんが言った。


「半分じゃないよ」

 カグラは、あたしの肩から手を離した。


「ナナミが言わなかったら、あたし、太蔵が来ることにも気づいてなかったし」

「でも、撃ったのはカグラだから」

「じゃあ、二人の一キル」


 二人の一キル。


 そんなものが、戦績に残るわけではない。

 それでも、その言葉は胸の奥へまっすぐ入ってきた。

 自分にしか見えなかったものを、言葉にした。


 カグラがそれを信じて、照準を置いた。

 そして、本当に太蔵さんを倒した。

 あたしの見ていた線が、初めて誰かの動きとつながった。


「もう一つ、やってみようか」


 太蔵さんが練習用の画面を開いた。

 今度は、丸い的が左右へゆっくり動いている。


「撃つんですか?」

「ナナミちゃんがね」


 あたしはマウスを握った。


 さっきは、動かない的に一発当てただけだった。

 目の前の的は、一定の速さで右へ、左へと動いている。


「追いかけなくていい」


 太蔵さんが言う。


「ナナミちゃんが得意なやり方で狙ってみて」


 的が今いる場所ではない。

 これから通る場所。

 動く速さを見て、その少し先へ照準を置く。


 待つ。


 丸い的が、照準の中へ入ってくる。

 クリックした。


 銃声。

 的の端に、弾痕がついた。


 真ん中ではない。

 かすっただけ。


 それでも、確かに当たっていた。


「あ……」

「今の」


 太蔵さんが画面を指差す。


「当たったんじゃない。ナナミちゃんが、当たる場所を作ったんだ」


 あたしは、画面に残った小さな弾痕を見つめた。

 自分には、地図が読めるだけだと思っていた。


 役に立つ場所なんてないと思っていた。

 でも、読み方を覚えれば。

 伝え方を覚えれば。

 指の動かし方を覚えれば。


 いつか、本当に届くかもしれない。


 誰かの後ろを歩くだけではなく、自分で選んだ場所まで。

 太蔵さんが、あたしのプレイヤー情報を画面に表示した。


「これ、ナナミちゃんの名前?」


 そこには、自分で決めたハンドルネームが表示されている。


 nana★ミ。


「はい」

「星の後ろのミは?」

「流れてるみたいに見えるかなって。星が動いてる感じで」


「なるほどね」

 太蔵さんは楽しそうに笑った。


「地獄へようこそ、nana★ミ」

 ちょっと大げさな身振り。

 それから、少しだけ間を置いた。


「――今度こそ、戦場へ」

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