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夏の失敗、ふたり分  作者: たい


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4/11

文化祭と長い当番

文化祭って、楽しい。


でもその分、忙しくて、途中で抜けづらくて、気づいたらずっと我慢してしまうこともある。


第4話では、そんな“賑やかなのに逃げ場が少ない空間”を舞台にしました。


第2話や第3話を通して、美咲だけではなく奈々も「準備がある安心感」を少しずつ受け入れていきます。


今回は、


* “自分だけじゃない”と思える安心感

* 我慢するより、安心して楽しみたい気持ち

* 二人の距離が自然に近づいていく変化


を中心に描いています。


文化祭の賑やかな空気の中で、二人の日常を楽しんでもらえたら嬉しいです。

十月。


学校は文化祭準備で騒がしくなっていた。


廊下にはダンボール。

教室にはペンキの匂い。

放課後になっても、あちこちから笑い声が聞こえる。


美咲と奈々のクラスは、模擬カフェをやることになっていた。


「奈々、その看板もっと右!」


「えー? これくらいじゃない?」


「曲がってるって!」


二人は脚立の前で笑いながら準備している。


文化祭前日の教室は、いつもより少し特別な空気だった。


⸻


そして文化祭当日。


朝から学校は人でいっぱいだった。


保護者。

他校の友達。

近所の人たち。


校内はかなり賑やかで、模擬店の呼び込みの声も響いている。


美咲と奈々は、午前中からカフェ当番だった。


「いらっしゃいませー!」


奈々は完全に楽しんでいた。


注文を聞きながら笑っている。


でも、美咲は少しだけ落ち着かなかった。


今日の当番は二時間半。


しかも、途中で抜けにくい。


忙しくなると交代もしづらい。


美咲は朝から少し不安だった。


その気持ちに気づいたのか、奈々がそっと近づいてくる。


「……大丈夫?」


美咲は少し迷ってから頷く。


「うん。一応。」


奈々は小さく笑った。


「準備してる?」


美咲も小さく笑い返す。


「してる。」


その返事に、奈々はどこか安心した顔になる。


「実は私も。」


「奈々も?」


「今日は長いし、人多いし。」


奈々は少し照れながら肩をすくめた。


「最近、“あると安心”って感覚分かってきた。」


美咲はその言葉に少し嬉しくなる。


⸻


午前中は想像以上に忙しかった。


注文。

会計。

片付け。


ずっと動きっぱなし。


気づけば一時間以上経っていた。


奈々はトレーを持ちながら小さく息を吐く。


「やば、めっちゃ忙しい……。」


「ほんとに。」


しかも、途中で抜けられる空気じゃない。


クラスメイトたちもみんなバタバタしていた。


その時。


奈々が少しだけ動きを止めた。


「……っ。」


美咲はその顔を見てすぐ気づく。


「奈々?」


奈々は苦笑いする。


「ちょっとやばいかも。」


「え。」


「さっきジュース飲みすぎた……。」


美咲も実は少し危なかった。


でも今は交代できそうにない。


「今抜けるの無理そうだね……。」


「うん……。」


奈々はトレーを抱えながら、小さくため息をつく。


「文化祭、逃げ場ない……。」


「映画館と同じこと言ってる。」


奈々は吹き出した。


「ほんとだ。」


二人は小さく笑う。


でも、尿意はじわじわ強くなっていた。


⸻


忙しい時間は続く。


クラスメイトの声。

笑い声。

食器の音。


賑やかな教室の中で、美咲と奈々だけが少しそわそわしていた。


奈々は小声で言う。


「……ねえ。」


「ん?」


「こういう時、“準備してる”だけで全然違うね。」


美咲は静かに頷く。


「分かる。」


前なら、焦って頭が真っ白になっていたと思う。


でも今は、“もしもの時も大丈夫”と思える。


それだけで少し落ち着ける。


その時。


奈々の肩がぴくっと震えた。


「あっ……。」


小さな声。


奈々は慌てて周りを見る。


でも文化祭の教室は騒がしく、誰も気づいていない。


奈々は顔を赤くしながら、小さく笑った。


「……危な。」


でも次の瞬間。


じゅっ……。


賑やかな音に紛れるくらい、小さな感覚。


奈々は一瞬目を閉じる。


「……はぁ。」


張っていた緊張が少し抜けたような息だった。


美咲はその横顔を見ながら、小さく笑う。


「大丈夫?」


奈々は恥ずかしそうに頷く。


「……うん。」


「助かった?」


「かなり。」


奈々は苦笑いする。


「今抜けられなかったし……。」


美咲も実はかなり限界だった。


でも奈々を見ていると、不思議と少し安心する。


“自分だけじゃない”。


その感覚があった。


美咲も小さく息を吐く。


忙しい教室の音に紛れながら、そっと力を抜いた。


じゅわっ……。


小さな感覚。


でも騒がしい教室では誰にも分からない。


「……っ。」


安心感がゆっくり広がっていく。


奈々が小さく吹き出した。


「美咲もじゃん。」


「お互い様。」


二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


⸻


昼休憩。


ようやく当番が交代になった。


「お疲れー!」


クラスメイトたちの声を背に、二人は急いで教室を出る。


廊下へ出た瞬間、奈々が大きく息を吐いた。


「……生き返った。」


「大げさ。」


「いやほんとに。」


二人は笑いながらトイレへ向かう。


文化祭中だから廊下もかなり賑やかだった。


でも、二人の表情はさっきよりずっと落ち着いている。


トイレへ入ると、奈々が小さく笑った。


「なんかもう、“替えると安心”って感覚になってる。」


「分かる。」


個室へ入って数分後。


カサ、という小さな音が聞こえる。


奈々が隣から話しかけてくる。


「……ねえ、美咲。」


「ん?」


「前の私、絶対こんなの想像してなかった。」


美咲は少し笑う。


「私も。」


奈々は照れくさそうに続ける。


「でも今は、“不安で我慢する”より、“安心して楽しめる”ほうがいいって思う。」


その言葉に、美咲は静かに頷いた。


二人は洗面台で合流する。


鏡の中には、少し疲れているけど安心した顔の二人が映っていた。


外からは文化祭の賑やかな声が聞こえる。


奈々は小さく笑った。


「……午後も頑張ろ。」


「うん。」


二人は顔を見合わせて笑い、そのまま賑やかな教室へ戻っていった。

第4話「文化祭と長い当番」を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、“忙しくて抜けられない状況”がテーマでした。


文化祭は楽しい反面、


* 人が多い

* 当番を途中で抜けづらい

* トイレへ行くタイミングを逃しやすい


という、不安を感じやすいイベントでもあります。


そんな中で、美咲と奈々は「不安を隠して我慢する」よりも、「安心できる準備をして楽しむ」ほうを自然に選べるようになってきました。


特に奈々が、


「安心して楽しめるほうがいい」


と言えるようになったのは、シリーズの中でも大きな変化のひとつです。


最初は戸惑っていた奈々が、今では美咲と同じ感覚を少しずつ共有できるようになっている。


その関係の変化も感じてもらえたら嬉しいです。


次回も、二人の少し不思議で、でも安心できる日常を書いていけたらと思います。

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