表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏の失敗、ふたり分  作者: たい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/11

文化祭と長い当番

文化祭って、楽しい。


でもその分、忙しくて、途中で抜けづらくて、気づいたらずっと我慢してしまうこともある。


第4話では、そんな“賑やかなのに逃げ場が少ない空間”を舞台にしました。


第2話や第3話を通して、美咲だけではなく奈々も「準備がある安心感」を少しずつ受け入れていきます。


今回は、


* “自分だけじゃない”と思える安心感

* 我慢するより、安心して楽しみたい気持ち

* 二人の距離が自然に近づいていく変化


を中心に描いています。


文化祭の賑やかな空気の中で、二人の日常を楽しんでもらえたら嬉しいです。

十月。


学校は文化祭準備で騒がしくなっていた。


廊下にはダンボール。

教室にはペンキの匂い。

放課後になっても、あちこちから笑い声が聞こえる。


美咲と奈々のクラスは、模擬カフェをやることになっていた。


「奈々、その看板もっと右!」


「えー? これくらいじゃない?」


「曲がってるって!」


二人は脚立の前で笑いながら準備している。


文化祭前日の教室は、いつもより少し特別な空気だった。



そして文化祭当日。


朝から学校は人でいっぱいだった。


保護者。

他校の友達。

近所の人たち。


校内はかなり賑やかで、模擬店の呼び込みの声も響いている。


美咲と奈々は、午前中からカフェ当番だった。


「いらっしゃいませー!」


奈々は完全に楽しんでいた。


注文を聞きながら笑っている。


でも、美咲は少しだけ落ち着かなかった。


今日の当番は二時間半。


しかも、途中で抜けにくい。


忙しくなると交代もしづらい。


美咲は朝から少し不安だった。


その気持ちに気づいたのか、奈々がそっと近づいてくる。


「……大丈夫?」


美咲は少し迷ってから頷く。


「うん。一応。」


奈々は小さく笑った。


「準備してる?」


美咲も小さく笑い返す。


「してる。」


その返事に、奈々はどこか安心した顔になる。


「実は私も。」


「奈々も?」


「今日は長いし、人多いし。」


奈々は少し照れながら肩をすくめた。


「最近、“あると安心”って感覚分かってきた。」


美咲はその言葉に少し嬉しくなる。



午前中は想像以上に忙しかった。


注文。

会計。

片付け。


ずっと動きっぱなし。


気づけば一時間以上経っていた。


奈々はトレーを持ちながら小さく息を吐く。


「やば、めっちゃ忙しい……。」


「ほんとに。」


しかも、途中で抜けられる空気じゃない。


クラスメイトたちもみんなバタバタしていた。


その時。


奈々が少しだけ動きを止めた。


「……っ。」


美咲はその顔を見てすぐ気づく。


「奈々?」


奈々は苦笑いする。


「ちょっとやばいかも。」


「え。」


「さっきジュース飲みすぎた……。」


美咲も実は少し危なかった。


でも今は交代できそうにない。


「今抜けるの無理そうだね……。」


「うん……。」


奈々はトレーを抱えながら、小さくため息をつく。


「文化祭、逃げ場ない……。」


「映画館と同じこと言ってる。」


奈々は吹き出した。


「ほんとだ。」


二人は小さく笑う。


でも、尿意はじわじわ強くなっていた。



忙しい時間は続く。


クラスメイトの声。

笑い声。

食器の音。


賑やかな教室の中で、美咲と奈々だけが少しそわそわしていた。


奈々は小声で言う。


「……ねえ。」


「ん?」


「こういう時、“準備してる”だけで全然違うね。」


美咲は静かに頷く。


「分かる。」


前なら、焦って頭が真っ白になっていたと思う。


でも今は、“もしもの時も大丈夫”と思える。


それだけで少し落ち着ける。


その時。


奈々の肩がぴくっと震えた。


「あっ……。」


小さな声。


奈々は慌てて周りを見る。


でも文化祭の教室は騒がしく、誰も気づいていない。


奈々は顔を赤くしながら、小さく笑った。


「……危な。」


でも次の瞬間。


じゅっ……。


賑やかな音に紛れるくらい、小さな感覚。


奈々は一瞬目を閉じる。


「……はぁ。」


張っていた緊張が少し抜けたような息だった。


美咲はその横顔を見ながら、小さく笑う。


「大丈夫?」


奈々は恥ずかしそうに頷く。


「……うん。」


「助かった?」


「かなり。」


奈々は苦笑いする。


「今抜けられなかったし……。」


美咲も実はかなり限界だった。


でも奈々を見ていると、不思議と少し安心する。


“自分だけじゃない”。


その感覚があった。


美咲も小さく息を吐く。


忙しい教室の音に紛れながら、そっと力を抜いた。


じゅわっ……。


小さな感覚。


でも騒がしい教室では誰にも分からない。


「……っ。」


安心感がゆっくり広がっていく。


奈々が小さく吹き出した。


「美咲もじゃん。」


「お互い様。」


二人は顔を見合わせ、小さく笑った。



昼休憩。


ようやく当番が交代になった。


「お疲れー!」


クラスメイトたちの声を背に、二人は急いで教室を出る。


廊下へ出た瞬間、奈々が大きく息を吐いた。


「……生き返った。」


「大げさ。」


「いやほんとに。」


二人は笑いながらトイレへ向かう。


文化祭中だから廊下もかなり賑やかだった。


でも、二人の表情はさっきよりずっと落ち着いている。


トイレへ入ると、奈々が小さく笑った。


「なんかもう、“替えると安心”って感覚になってる。」


「分かる。」


個室へ入って数分後。


カサ、という小さな音が聞こえる。


奈々が隣から話しかけてくる。


「……ねえ、美咲。」


「ん?」


「前の私、絶対こんなの想像してなかった。」


美咲は少し笑う。


「私も。」


奈々は照れくさそうに続ける。


「でも今は、“不安で我慢する”より、“安心して楽しめる”ほうがいいって思う。」


その言葉に、美咲は静かに頷いた。


二人は洗面台で合流する。


鏡の中には、少し疲れているけど安心した顔の二人が映っていた。


外からは文化祭の賑やかな声が聞こえる。


奈々は小さく笑った。


「……午後も頑張ろ。」


「うん。」


二人は顔を見合わせて笑い、そのまま賑やかな教室へ戻っていった。

第4話「文化祭と長い当番」を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、“忙しくて抜けられない状況”がテーマでした。


文化祭は楽しい反面、


* 人が多い

* 当番を途中で抜けづらい

* トイレへ行くタイミングを逃しやすい


という、不安を感じやすいイベントでもあります。


そんな中で、美咲と奈々は「不安を隠して我慢する」よりも、「安心できる準備をして楽しむ」ほうを自然に選べるようになってきました。


特に奈々が、


「安心して楽しめるほうがいい」


と言えるようになったのは、シリーズの中でも大きな変化のひとつです。


最初は戸惑っていた奈々が、今では美咲と同じ感覚を少しずつ共有できるようになっている。


その関係の変化も感じてもらえたら嬉しいです。


次回も、二人の少し不思議で、でも安心できる日常を書いていけたらと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ