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夏の失敗、ふたり分  作者: たい


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3/11

映画館、真ん中の席

「もし途中で行きたくなったらどうしよう。」


映画館みたいに、静かで席を立ちづらい場所ほど、不安は大きくなる。


第3話では、美咲と奈々が“逃げづらい場所”である映画館へ行きます。


第2話を通して、“準備がある安心感”を知った奈々。

今回は、そんな奈々自身が自然に“備える側”になっていくお話です。


少し恥ずかしくて、でも安心できる。


そんな二人の空気を、ゆっくり楽しんでもらえたら嬉しいです。

九月のはじめ。


夏休みが終わっても、昼間はまだ少し暑かった。


美咲は駅前の映画館の前でスマホを見ながら立っていた。


今日は奈々と、新作映画を観る約束をしている。


上映時間は三時間近い長編映画。


しかも人気作品だから、人もかなり多い。


美咲は少しだけ緊張していた。


映画館は苦手だ。


静かで、途中で立ちづらくて、トイレへ行きたくなっても我慢しやすい。


「美咲ー!」


奈々が走ってくる。


「ごめん遅れた!」


「まだ全然大丈夫。」


奈々は映画館のポスターを見るなりテンションを上げた。


「めっちゃ楽しみ!」


「奈々こういうの好きだよね。」


「絶対泣く自信ある。」


二人は笑いながら館内へ入る。



ロビーはかなり混んでいた。


ポップコーンの匂い。

ジュースを持った人たち。

上映時間を確認する声。


奈々はメニューを見ながら悩んでいる。


「キャラメルと塩どっちにする?」


「両方。」


「欲張り。」


結局、大きなポップコーンとドリンクを買って席へ向かう。


そこで、美咲はチケットを見て少し固まった。


「……あ。」


「ん?」


「席、真ん中だ。」


奈々もチケットを見る。


「ほんとだ。しかもど真ん中。」


美咲は少しだけ顔を曇らせる。


途中で抜けにくい位置だった。


奈々はその表情に気づく。


「……不安?」


美咲は少し迷ってから頷いた。


「ちょっと。」


奈々は小さく笑う。


「トイレ行っとく?」


「うん。」


二人は上映前にちゃんとトイレへ向かった。


第1話と第2話を経験したせいか、最近は“早めに行く”が習慣になりつつある。



上映開始。


館内が暗くなる。


大きな音が響き、スクリーンが光る。


映画はすごく面白かった。


迫力のある映像。

感動するシーン。

笑える場面。


奈々はころころ表情を変えながら観ている。


でも、一時間半ほど経った頃。


美咲は少しだけ落ち着かなくなってきた。


(……やばいかも。)


ドリンクを飲みすぎたかもしれない。


隣を見ると、奈々も少し姿勢を変えている。


美咲は小さな声で聞いた。


「……奈々。」


「ん?」


「もしかして。」


奈々は数秒黙ったあと、小さく笑った。


「……バレた?」


「やっぱり。」


奈々はスクリーンを見たまま、小声で言う。


「さっきからちょっとやばい。」


「私も。」


二人は同時に小さくため息をついた。


でも席は真ん中。


通路まではかなり遠い。


しかも、今ちょうど静かなシーンだった。


「今立ったらめっちゃ迷惑だよね……。」


奈々が小さく呟く。


美咲も頷く。


周りには人がぎっしり座っている。


「すみません」って言いながら出るのも、かなり勇気がいる。


奈々は少し情けなさそうに笑った。


「映画館って逃げ場ない……。」


「分かる。」


二人は小さく笑う。


でも、尿意はじわじわ強くなっていた。



しばらくして。


奈々がそっと美咲へ耳打ちする。


「……ねえ。」


「ん?」


「今日、実は。」


奈々はかなり小さい声になる。


「私も準備してきた。」


美咲は目を丸くした。


奈々は照れくさそうに笑う。


「夜行バスのあと、ちょっと安心感覚えちゃって。」


その言葉に、美咲は思わず吹き出しそうになる。


「奈々が?」


「笑わないで!」


「ごめん……。」


奈々は小さく頬を膨らませる。


「でも、“もしもの時も大丈夫”って思えるだけで全然違う。」


その声は本当に実感がこもっていた。


美咲は少しだけ安心する。


「……実は私も。」


「うそ、同じじゃん。」


二人は顔を見合わせて、小さく笑った。


映画の音に紛れるくらいの、小さな笑い声。



映画はクライマックスへ近づいていく。


でも二人とも、もうかなり限界だった。


奈々が小さく肩を震わせる。


「……やば。」


「そんなに?」


「うん……。」


美咲もかなり苦しい。


でも、“もしもの時も大丈夫”と思えるだけで、前ほどパニックにはならなかった。


奈々は小さく息を吐く。


「……使う。」


「うん。」


映画の大きな音が館内へ響く。


奈々は膝に置いていたパーカーをぎゅっと握りながら、そっと力を抜いた。


じゅっ……。


小さな感覚。


奈々は顔を真っ赤にしながら目を閉じる。


じわ、じわっ……。


静かな映画館の中では、自分にだけ分かるような小さな音だった。


「……っ。」


でも次の瞬間、奈々はほっとしたように息を吐いた。


「……はぁ。」


“間に合わなかった”じゃなく、“助かった”。


そんな表情だった。


美咲はその横顔を見ながら、小さく笑う。


すると今度は、自分も限界に近いことへ気づく。


スクリーンでは感動的な音楽が流れていた。


その音に紛れるように、美咲もそっと力を抜く。


じゅわっ……。


温かさが広がって、張っていた感覚がゆっくり消えていく。


「……っ。」


少し恥ずかしい。


でも安心感のほうが大きかった。


奈々が小さく吹き出す。


「美咲もじゃん。」


「お互い様。」


二人は顔を見合わせ、小さく笑った。



上映終了後。


館内が明るくなる。


観客たちが立ち上がり、ざわざわと出口へ向かい始めた。


奈々は大きく伸びをする。


「映画めっちゃ良かった……。」


「うん。」


美咲も笑う。


でも次の瞬間、奈々が小さく吹き出した。


「……あと、危なかった。」


「それな。」


二人は顔を見合わせて苦笑いする。


人の流れに合わせながら館内を出て、そのままトイレへ向かった。


映画館のトイレは上映後だから少し混んでいたけど、長い列ではなかった。


並びながら奈々が小声で言う。


「なんかまだちょっとドキドキしてる。」


「分かる。」


「静かな映画館であれはやばいって……。」


美咲は吹き出しそうになる。


「奈々、途中めっちゃ固まってたもん。」


「だって限界だったし!」


二人は小さく笑った。


順番が来て、それぞれ個室へ入る。


静かな個室の中。


映画館独特の少しひんやりした空気。


美咲は小さく息を吐きながら、新しいものを取り出した。


「……やっぱ替えると安心。」


奈々も隣の個室から声を返す。


「分かる〜……。」


少しして。


カサ、という小さな音が響く。


奈々が照れたように笑った。


「なんかもう普通に準備してる自分いる。」


「慣れてきた?」


「ちょっとだけ。」


その声は恥ずかしそうだけど、どこか安心していた。


数分後。


二人は洗面台で合流する。


奈々は鏡を見ながら、ほっとした顔で息を吐いた。


「……落ち着いた。」


「よかった。」


奈々は少し笑う。


「前だったら、“恥ずかしいから絶対嫌!”って思ってたのに。」


美咲は静かに聞く。


奈々はハンドドライヤーへ手を入れながら続けた。


「今は、“安心できるほうが大事”って感じ。」


その言葉に、美咲は少し嬉しくなる。


誰にも理解されないと思っていた不安。


でも今は、奈々が自然に分かってくれている。


奈々は鏡越しに笑った。


「でも次は絶対通路側ね。」


美咲は吹き出した。


「それはほんとにそう。」


二人は笑いながら映画館を出る。


夜風は少し涼しくて、さっきまでの緊張をゆっくり溶かしていくみたいだった。

3話「映画館、真ん中の席」を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、夜行バスとは違って“静かな場所での不安”がテーマでした。


映画館は、


* 途中で立ちづらい

* 周りに人が多い

* 静かだから余計気になる


という、“我慢しやすい空間”です。


そんな中で、美咲だけではなく、奈々も自然に「準備しておく安心感」を受け入れていく姿を書きました。


特に今回は、


「恥ずかしい」よりも

「安心できるほうが大事」


という気持ちへ、奈々が少しずつ変わっていく回でもあります。


上映後、二人が当たり前みたいに一緒にトイレへ行き、落ち着いて話せるようになっているのも、シリーズを通した小さな変化のひとつです。


次回も、美咲と奈々の日常をゆっくり描いていけたらと思います。

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