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Shadow hides ──その犬たちは少女の番をする  作者:
【第一章】吠声の行方
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第4話(2)

 時計の短針が八を回る。

 駅前には、缶チューハイを片手に(はしゃ)ぐ若者の群れ、煙草を燻らせ放浪する壮年、傍ら行き倒れ眠る中年。荒れようは言うまでもない。


 行きより車通りが減ったが、SUVには仲間が一人増えた。


「なーキョウさん、ほんとに潰さなくてよかったんですか」


 後部座席に腰を沈める風竜が、隣に座る少女へ問いかける。彼女は円な双眼を真っ直ぐに向けて頷いた。


 深雲の言影を発動させた後、襲ってきた男たちはあえなく撃沈した。

 上階に残っていた疾風組の幹部は、風竜によって取り押さえられたが、その拳を振るう前に主が制止させる。彼女曰く、彼を殺せばこの組との争いに本腰を入れることになる、それは本望ではないとのこと。


 No.09を表向きに取り仕切っているのは、響率いる千万路組である。歴史があることもあり、住人たちとの信頼は厚く確かなものだ。

 しかし、それが気に入らず別の勢力を作るはみ出し者は多い。実際は彼らの領地の内で、我を通す組織がかなりの数で存在している。今回の疾風組もそのうちの一つだ。


 少女は平坦な口調で言う。


「色々ちょっかいは出されてるけど、お互い家族は死なせたくないから本気でケンカしてないだけ」


 彼女の言葉を補うように深雲も口を開く。つまりは睨み合いを何十年も続けることによって均衡を保っているのだ、とハンドルを切った。


 風竜は適当な相槌を打ち、千万路組のお陰で戦争になってないのかと呟く。事実そうだ、他の街では内戦になっているところも少なくない。

 こうして自動車に身を寄せて帰宅することは、当たり前ではないのだ。


 少しすると駐車場に着いた。先ほどの粗野な運転技術など嘘のように、ピアスの青年は丁寧にバックする。


 ナインショットの前に行列はなくなっており、代わりに地下から重低音と歓声が響いてくる。ライブの真っ只中のようだ。

 その脇の外階段へ踏み出し、一行は怪我なく無事に家に帰った。


 おかえり、と詩歌が出迎える。部屋には出汁の匂いが充満していた。

 すると思い出したかのように、四人の腹が一斉に鳴る。空腹だったことに笑って、長髪の彼は皆を温かい室内に引き連れた。


「やっぱ動いた後は舜太さんのメシに限るっす」

「嬉しいことを言ってくれるな、たくさん食べなさい。今日は風竜の歓迎会だ」


 机を囲んで皆が手を合わせる。少年も周りに倣って、おずおずと両の掌を合わせた。


 鍋の蓋を開けると、鶏ガラの香りと共に湯気が立ちのぼる。風竜は瞳を輝かせ立ち上がったが、すぐに少女から座れと怒られた。

 それぞれに分けられると、食卓の熱気はさらに上がる。


「うまっ!? 詩歌って天才!? こんなうまい飯はじめてだ!」


 少年は取り皿まで食べてしまうのではないかと思うほどの勢いで掻き込んだ。箸もまともに持てていないが、あまりにも美味しそうに食べるものだから、茶髪の彼は糸目を嬉しそうに弓なりにする。


 開始二分でおかわりしようとする少年に、深雲が口を開いた。そういえば、ちゃんと霞人を紹介していないのではないかと。

 詩歌も同調し、改めて順番に自己紹介しようと提案した。


「では私から。詩歌だ、千万路組の若頭補佐をしながら地下のライブ会場を経営している」

「オレは深雲。一年前に言影が出たからココに来た。今は春休みだけど大学通ってる、二年生」


 金髪が左手で二を示すと、黄色い目の少年は彼が年上であることに驚いた。勝手に同い年程度だと思っていたが、深雲はタメ口でいいと言う。

 流れ的に響の番だ。しかし彼女はすっかり鍋に夢中で、話せるような口の状況ではなかった。そのため代わりに長髪の青年が答える。


「響、四年生になったばかりだ。知っての通りここのトップで、三年前に父親――前組長が失踪してから彼女が束ねている」


 ぱっつん前髪の下の、丸い瞳が静かにこちらを見つめる。華奢な体躯、あどけの足らない顔、小さな手足。それらが組長という肩書きを背負っているとは俄に思えなかった。

 だが打ち消すように、戦場での行動が頭に過る。この年齢であれほど冷静でいられるのは、やはり組織の頂点に立っているからなのだろう。

 自分の犬がそんな事を考えていることも露知らず、響は満杯にした頬でもぐもぐと咀嚼していた。


 彼女の左、整った顔の青年が言う。彼は低くも玲瓏(れいろう)たる声だったが、やはり少年のことは一切見なかった。


「霞人。ガキと馴れ合うつもりはない、お嬢に怪我させたらぶっ飛ばす」


 知的な雰囲気を持ちながらも、反抗期の子どもに似た言い草だ。その挨拶を、風竜は気に入らなかったそうで箸を突きつけ大声を上げる。


「てめぇもガキだろっ このスカしヤロウ!」

「少なくとも俺はお前より年上だ馬鹿ガキ」

「はいはい、二人とも飯が冷めるぞ」


 危うく言い争いに発展しかけたが、年長者の一声で犬たちは押し黙る。両者とも食欲には勝てないらしい。


 鍋の中が空になる頃、時刻は二十一時を過ぎようとしていた。すっかり場に馴染んだ風竜は和んだ表情でいる。

 ふと少女が立ち上がり、眠たげな目をした深雲を突いた。時間、と呟かれると彼は大きく伸びをして席を立つ。どうやら()()そうだ。

 深雲は離れた別のアパートに、響は隣の部屋で暮らしているらしい。

 二人もこの部屋に暮らしているものだと思っていた少年は、眉を八の字に下げた。だが、間髪入れずに察してしまう。


「てことは、このスカしヤロウと暮らさなきゃいけない……?」

「私もいるが、まぁそういうことだ。狭い家だしな」


 詩歌の台詞に、風竜は霞人へ毛を逆立てる。彼もまた隠す素振りもなく嫌そうな面になった。


 かくして、少年は正式に彼らに仲間入りすることとなったのだった。

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