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Shadow hides ──その犬たちは少女の番をする  作者:
【第一章】吠声の行方
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第4話(1)

 こちらを見下ろすのは、恰幅のよい男と筋骨隆々の野郎たちだった。

 彼はつるりとした頭を薄明かりに反射させ、一歩前へ出てくる。光沢のあるスーツを身に纏う姿は、何処からどう見ても悪役側の下劣なそれだった。


 彼は卑屈に口角を吊り上げ、見た目に相反する高い声で言う。遠回しな台詞だが、内容は総じて千万路組に積年の恨みがあるというものだった。


「今宵こそその澄ましヅラを引っペ返して、ワタクシの愛玩人形に、」


 すると突然、彼の足元からけたたましい金属音が響いた。

 たった二秒で静まったが、その足に転がるのは一本の鉄パイプ。


 驚き立ち退く男は大袈裟に声を上げる。階下の者たちは一斉に後ろへ視線を向けた。そこには、女児を抱えた少年が笑っている。


「前説が長いんだわ、ホシさんよォ」

「なッ その声まさカ、風竜クンかい!?」


 肥えた彼から出た名に、周辺の偉丈夫たちもざわつき出す。よく分かっていないのは身内だけだった。

 風竜はゆっくりと主を下ろすと、金色の双眼をギラリと剥く。心からの軽蔑を孕んだ言い方で彼は大声で言い捨てた。


「あんたのセクハラ嫌すぎてぶん殴った日から来てなかったけど、変態なのは変わりないみてーだな。そのハゲ頭もっぺん殴らせろ!」


 今一度、背に隠していた鉄棒を放り投げる。今度も丁度よく男の足を掠めた。


 それが戦闘開始の合図になったらしい、上から体格のよい男たちが降りてきた。

 ざっと見積もって二十人弱。数では圧倒的不利だが、相手が言影を持っているとは限らない。何より少年は気分が上がって仕方なかった。


 深雲は風竜に詰め寄り、勝手に仕掛けたことを怒鳴る。事を穏便に済ませるのがこの組のセオリーだそうだ。

 しかし切られた幕は戻らない。彼もすぐに臨戦態勢となる。

 それを見て、響が彼に左側の照明を壊せと言った。金髪の青年は疑うことなく歯切れのよい返事をし、一足早く戦場を後にする。


 夜へ時刻を進める廃工場は、気温を下げていくばかりだ。触れる空気が冷たい。


 少年は振り返り、背後にいる小さな組長に言った。


「離れた方がいいんじゃないですか」

「大丈夫。カイ、こっち」


 少女は掴んでいた風竜の服の裾を放す。近くにいた、もう一匹を呼びながら両手を広げた。霞人は慣れたように左腕だけで抱きかかえ、突っ込んできた一人を足蹴りにする。

 心配するまでもない。彼女は幼く見えるとはいえ一組の長なことに変わりないのだ。


 黒髪の少年は意外そうな顔をしつつ、大きな足音を立てて殴りかかってくる野郎を躱す。暴れてよいと言われた気がして、彼は心做しか楽しそうな表情になった。


 グローブに包まれた利き手を振り出す。肉を殴打する感覚は悪いものではなかった。

 彼らは子ども相手だろうと容赦しないつもりのようだ。それもその筈、風竜はここの組に何度か出入りしている。両者とも互いの戦闘力が分かっているのだ。


 だが、現在の少年は強い。


「フリュー、Behind(後ろ)」「おわっ」


 響の言影により、彼は通常より身体能力が遥かに上がっている。その上主からの指示に、強制的ではあるが体が反応するのだ。つまり隙がない。

 彼女の目は、青いメッシュの入った青年に抱えられながらも、よく周りを視界に収めていた。


「っカイ、Buck(下がって)。ミグは使っていいよ」

「了解っす。風竜も下がれ!」


 野郎の首を足で絞めていた少年は顔を上げる。離れた場所で、いつの間にか戻っていた金髪が群衆の中へ駆けていくのが見えた。


 黒髪の彼は何となく察し、意識を失った身体を蹴飛ばす。後ろの暗がりに跳躍すると、隣に飼い主を抱いた霞人がやって来た。

 風竜は上目遣いになって尋ねる。


「ここって言影の効力届く?」

「どう見ても影が薄いだろう。それくらい自分で判断しろ」

「はァ? そんな言い方ないじゃん!」


 切れ長の瞳はまったく少年に向けられていない。馬鹿にされたことが癪らしく彼は今にも噛みつこうとしたが、響から静かなお叱りを受けた。


 一方、戦場ではピアスの彼が男どもの波の中心へ立つ。


 そこは丁度、巨大な暗がりが落ちていた。複数あった照明が破壊され、光源が偏ったことにより明確な影が生まれていた。

 青年は高らかに声を上げる。


「《微睡む骸に揺籃をハッピー・スマイリー・ナイトメア》!」


 影はまるで意思を持つ生き物のように、偉丈夫らの目に手を伸ばす。彼らは抵抗してみせたが影には触れられない。目隠しされると、間もなく阿鼻叫喚の嵐が訪れた。

 皆が膝から崩れ落ち、耳を塞いだり頭を押さえる。異様な光景に風竜は顔を引きつらせた。


 聞きたくはなかったが、念のためにと主へ効果の内容を問う。彼女は黒目がちな双眸を、のたうち回る彼らに向けたまま答えた。


「ミグのは、自分が一番嫌だったりツラかったりする記憶を無理やり思い出させるの」


 妙に落ち着いた声に、何故か少年の背は冷や汗を伝わせていた。

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