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Shadow hides ──その犬たちは少女の番をする  作者:
【第一章】吠声の行方
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第3話(2)

(てらし)が危ねぇかもしんねぇ」


 緊迫した声音で呟く深雲に、ひとり風竜は首を傾げた。空気の読めない口調で誰だと尋ねるも、ピアスの彼は答えることなく行ってしまう。近くに落ちていた上着を引っ掴んで玄関へ向かった。

 彼の代わりに響が、ジャンバーに腕を通しながら答える。


「カイのことだよ。助けに行こう」


 少女は振り返って、風竜の出立を催促する。彼は素っ頓狂な声で返事をした。


 玄関で靴を雑に履く深雲を追って、エプロン姿のままの詩歌も出てくる。彼は心配そうな顔をして、自分も行こうかと尋ねた。だが金髪の青年は首を振る。


舜太(あまねだ)さんはメシ作っててください。あと今夜ステージ使うんすよね、管理人いねぇとゲストが困るっすよ」


 垂れ目の濃褐色は鋭く長髪の彼へ向けられる。応答を聞く前に彼は、下駄箱の上にあった車の鍵を掻っ攫い、ドアを開け放った。

 詩歌が何か言いかけた唇を噤むと、その横を少年少女が駆け抜ける。響は登校するかのような調子で、行ってきますと言うと家を飛び出して行った。同じく風竜も、靴の踵を踏みながら行ってしまった。


 ✶


 雨晒しの外階段を駆け下りて歩道へ出ると、そこには道なりに大勢の人が列をなしていた。少年は面食らったが、響の声に導かれて駐車場へと駆け出す。


「キョウさんあの人たち何!?」

「お客さん。シイカの会場でライブがあるみたいだよ」

「二人とも早く乗れ!」


 紺のSUVから怒号が飛んでくる。運転席の深雲は心底焦った面をしており、風竜は足の短い主を抱きかかえて後部座席に乗り込んだ。

 組長がしっかりシートベルトを締めるのと同時に、車体は急発進する。反動で少年は後頭部を思い切りヘッドレストにぶつけた。


 荒々しいドライブテクニックで、無法地帯の駅前大通りを走る。

 金髪を揺らしながら、青年は手元のスマホを一瞥した。霞人に送ったメッセージが一向に既読にならない。

 彼は後ろの響に、居場所が分かるかと訊いた。慌てる彼とは対照的に、彼女は落ち着き払った顔で首肯する。


「駅の裏にある工場跡地。たぶん真ん中にある棟」


 ピンポイントで言い当てる少女に、風竜は自身の頭を擦りながら何故わかるのかと問う。彼女は至って平然と、自分の犬だからだと答えた。


 対して、深雲はアクセルを踏み倒して道路を突っ切っていく。スピード違反やら道路交通法違反などお構いなしだが、その口には迷いが零れた。

 工場の敷地周辺は小高い鉄格子で囲われているのだ。自動車が入れるような正門は、どこも硬く閉ざされ出入りできなくなっている筈だと言う。


 颯爽と通り過ぎていくネオンライトを視界に捉えて、ふと、風竜が口を開いた。


「あの廃工場ってことは疾風組か。そこなら裏道あるぜ」


 思わぬ助言に深雲はバックミラーでこちらを見る。少年は助手席に身を乗り出して、腕を伸ばしながら道案内をし始めた。

 左折し、次に右折。見えた小道を右に曲がって狭い砂利道を行く。あっという間に古びた遺構に辿り着いた。

 舗装されていない悪路だが、想定していたより時間を短縮することができた。小さな組長も知らなかったようで、風竜は得意げに胸を張って見せる。


 車から降りると、孟春の冷気が髪を嬲った。

 錆びた臭いが鼻腔を掠める。

 甲高く鳴る風が背を押してきた。


「あそこ」


 白い手が離れた遺骸を指さす。場所を把握したところで先に深雲が地面を蹴り、風竜はまた主を抱いて向かった。


 人気はない。薬品の匂いが強まる。

 一際少女が反応した重い鉄の扉を押した。が、中々開かない。少年も勢いをつけて肩で突進すると、氷に似たそれは不快な音を立てて抉じ開けられた。


「赫! いるか!」


 入って早々青年が叫ぶ。

 汚くも殺風景な室内は、薄明かりと一人の人影が立っていた。彼はこちらを見ると僅かに瞠目する。その足元には十人ほどの偉丈夫が転がっていた。


 前髪の長い青年は、掴んでいた男の胸倉を放す。呻く彼らは気にしていないようで、彼はドアの前に立つ一行に言った。


「深雲、お嬢。なぜ此処に」

「なんでって、テメェ意味深な言葉残して急に切るからだろッ こちとら心配してきたんだ!」

「悪い。スマホを割られたんだ」

「またかよ! それ五回目だからな!?」


 ピアスの彼は自身のスマホを突きつけながら、青年に近づく。どうやらあの男が(くだん)のもう一匹、(てらし) 霞人(かひと)らしい。


 命の危険を救うものかと身構えていた風竜は、拍子抜けして大袈裟に溜息を吐く。弾んでいた心が一気に萎びた。

 残念そうにする彼に、腕の中の主が歩くように指示する。とぼとぼと彼は歩み出した。


 しかし、刹那。


 重々しい何かを引き摺る音が鳴り渡る。否、扉を施錠するような。

 背後でひとりでに入口が閉まった。少年の反応も間に合わず、完全に閉ざされ沈黙する。

 誰も動かぬ三秒後。

 知らぬ声が工場内に落とされた。


「これはこれハ。久しぶりだナァ千万路組のガキ組長」


 上階。

 こちらを見下ろすのは、恰幅のよい男と筋骨隆々の野郎たちだった。

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