第2話(2)
「では、次は私たちについて話そうか」
詩歌は気を取り直して切り出す。切れ長の目を真っ直ぐに風竜へと向けた。
まず、自分たちは“千万路組”という組織に所属する者であり、ここはその本拠地である。そしてあの少女――響は組長である、と。
黄色い目の少年は、台詞の意味を懸命に咀嚼していたが間もなく面の血の気を引かせる。がたっと立ち上がる動きにテーブルがずれた。
千万路組とは、ここら一帯を領地とする組織である。
彼らの武勇伝は数知れず。治安最悪と呼ばれるこの街で名高い武闘派集団だ。
(どんなアニキもゴロまきたくないって言ってた、そんなやつらのカシラが女児とか、)
数多の組を渡り歩いた彼でも唯一避けてきたのだ。だのに、その本丸にのこのことやって来てしまった。
見るからに動揺している彼へ、詩歌は苦笑してみせる。
「怖がらないでほしい。人を取って食うみたいな化け物ではないよ」
「あっ、あんたらに半殺しにされたアニキだっていんだ、バケモンに決まってる!」
風竜は犬歯を剥き出しにするほど表情を歪め、僅かに後退する仕草をする。
逃げ腰の彼に対して、深雲は半笑いを浮かべて馬鹿にするような口調で言った。
「この程度でバケモンとか。リーレの奴らに比べたら小型犬レベルだろ、オレらは」
スマホから離された茶褐色の双眼は、心做しか苛立ちが滲んでいた。自らを卑下するような台詞を吐くと、隣の長髪も首肯する。噂よりも構成員は謙虚らしい。
一方、リーレ、という聞き慣れない単語に風竜は訝しげな顔つきになる。新しい名前ばかりで頭がパンクしかけているのだ。
いまいち納得のしない様子の彼に説明を始めたのは、意外にも響だった。彼女は感情のない話口で、教科書を提示しながら言う。
「さっき、あなたを追いかけてたのはリーレの人たちだよ」
Lead Letter、通称・LL。言影所持者の統率を目的とした独立治安恢復組織である。
彼女が指さすページには、見覚えのある白黒の制服の写真が載せられていた。
どこかの新興宗教団体を彷彿とさせる異質な画像を一瞥し、深雲はあからさまに嫌そうな顔をする。手元のスマホをスワイプしながら、彼らのせいで余計に治安は悪くなっていると吐いた。
「響さん、もういいっす閉じてください。見るだけで反吐が出ます」
ピアスの彼が言うと、幼い組長は小さく謝罪して教科書をしまった。
その後も青年は止め処なく彼らの悪口を零し続け、詩歌も眉を八の字に下げつつ同調する。言影を持つ者でもLLを面白くないと思う人は多いらしい。
傍ら、少年は自身の手に視線を落とす。黒革のグローブは黙ってこちらを見つめ返していた。
「……おねーさん、LLの人だったのか」
「なんか言ったか?」
「なんでもね」
和室では、少女がランドセルにノートを詰め込んでいる。後片付けが済む頃を見計らって、詩歌が彼女を手招きした。
黒目がちな瞳を瞬かせ、響はとてとてと駆け寄る。長髪の彼の隣に、利口に正座した。
詩歌は優しい口調で、向かいに座る風竜を示しながら問いかけた。なぜ彼を飼ったのかと。
しかし彼女が答える前に、少年が大声をあげて尋ね返した。飼うとは何のことかと理解できていないらしい。
詩歌はきょとんとした顔になり、小首を傾げさせた。
「響の言影は“主従関係を結ぶ”のと“従者の能力向上”だが」
「はァ!? 知らないし!! こいつが勝手に使って、」
「フリュー、Shut up」
途端、彼の口から声が発せられなくなる。どちらかと言うと喉がつっかえてしまっているようだ。
ばたばたと無音で騒ぐ少年に、深雲は声を上げて笑い出した。小学生に従わされてやんの、と垂れ目を細める。
脱線しかけた話題を戻し、詩歌は少女との目線を合わせた。彼女は円な瞳を逸らすことなく話す。
彼が助かりたいと言ったから。
自分も助けたいと思ったから。
そして何より、彼なら役立つと考えたから。
濁りのない主張に、保護者役の青年は額を押さえて溜息を吐く。ピアスの彼も呆れた調子で「無邪気って怖ぇ」と呟いた。
向かいの風竜は、初めて聞く響の内側の言葉に黄色い双眸を見開いている。あの時、彼女も助けたいと感じていたことに純粋に驚いていた。
とは言え、悪魔の契約の如く何の説明もなしに主従関係となったことは頂けない。それは詩歌たちも同じように思っていた。
彼は糸目を小柄な組長へ向け、力の解除を求める。彼女は嫌だと目を逸らしてしまった。怒った口調になったとしても、少女は譲らず頬を膨らます。
先に折れたのは詩歌だった。
彼は肩を竦め、向かいの少年に問いかける。
「風竜、悪いが千万路組に入ってくれないか」
「ヤに決まってんじゃん! なんで女児に飼われなきゃ」
「君の求める飯と寝床、それに風呂付きだとしてもか」
今度は自ら言葉を詰まらせる。短髪の彼はわなわなと肩を震わせたが、勢いよく承諾したのだった。




