第12話(1)
サイレンと騒ぎ声が近づく。
飲み屋が連なるアーケード商店街には、古い非常灯が弱々しく灯っていた。真夜中とはいえ、日を跨いで営業する風俗店も近くにある。想定より一般人の人出は多い。
散乱するゴミを蹴散らし、番犬二匹は現場へ到着する。先客は深雲と響だった。
件の宝石店はとうに営業時間を終えている。だのに降ろされたシャッターは抉じ開けられ、店から眩い明かりが漏れ出ていた。
合流した霞人は、真っ先に少女に状況を尋ねる。彼女は普段通りの話口で、曲者は男女五人組だと答えた。
「立て籠もる様子は?」
「ないと思う、シイカが先にやってるから」
虚を突くように、ガラスの割れる音が鳴り渡った。追って割れ鐘のような声が聞こえてくる。
ここまでの道筋を聞いた風竜は、ポカンとした顔をして言った。
「え、話し合いで解決しようとしてたの??」
「そうだけど上手くいかなかったみたいだね」
平坦な口調で言っていると、ふと彼女の眼差しが鋭利なものになる。呼応して、店内から女の悲鳴が上がった。
鈍い音を立ててシャッターが変形する。かと思えばそれが凄まじい勢いで半壊し、店の明かりが太陽のように差してきた。
風竜たちが警戒していると、中から長髪の青年が転がり出てくる。
彼は苦笑を浮かべ、駆け寄ってきた深雲に、言影持ちが三人いると告げた。立ち上がって制服の裾の埃を払う。
異能力者の数も全体の数もどちらも同じ。しかし、こちらにはほぼ戦闘力に換算できない長がいる。
一人一人を相手するのではなく、広い視野で臨むのが吉だろう。少年は自身の両頬を叩いて意気込む。
再び女の叫びが聴こえた。猶予はない、即刻取り押さえなくては。
そうこうしているうちに、手早く幼い組長が指示を出す。
「カイとミグ、シイカは中に行って。あなたは……わたしの護衛」
了解を示した三人は先に店へと乗り込む。一人通路に残された風竜は、驚きと困惑で面を曇らせた。
「お、オレも行」「stay」
女児の冷たい一言に声を失う。彼は呆然とただ、煌々と照る軒先を見つめるだけだった。
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一方、店内では睨み合いが繰り広げられている。
相手の外見年齢はばらついていた。武器はそれぞれがバールや金属バットを持っている。
盗んだ物を持っているのは一番奥にいる、逃げ腰の細い青年。他は丁度、二人ずつに分かれて左右を囲んでいた。
室内のレイアウトを把握した霞人は、糸目を挟んで隣にいる金髪へ声を掛ける。
「確か、深雲は詩歌と手合わせすることが多かったな」
脈絡のない確認にピアスの青年は呆けた顔をしつつ首肯する。青いメッシュは腰を落として、満足そうに相槌を打った。
その反応を見た中央の詩歌は、怪訝そうに問う。まさか味方を巻き込んでまで言影を発動させろと言うのかと。霞人は素直に頷いた。
「巻き添えにしてでも無力化が先だ」
言い残し、彼は潔く先陣を切っていく。青年の身勝手な作戦に、深雲は大きく溜息を吐きつつも床を蹴った。
相手の半分は喧嘩慣れしており、もう半分は消極的だ。共通点が見当たらないあたり、闇バイトか何かで集められた者たちなのだろう。
しかし、それが逃がす理由にはならない。
霞人は焦ることなく、瞬きの間に一人を沈める。逃げ出そうとした方は引き戻し、地面へと頭を叩きつけた。
彼の対角線上、深雲は苦戦を強いられいる。相手がパニックに陥ったせいで、一心不乱にバールを振り回してくるのだ。
気味の悪い呪文が鼓膜を撫でる。
次の瞬間、足元に落ちていた影から数本の槍が飛び出してきた。深雲は避ける術なく直撃。服と皮膚は破かれ、血が飛び散った。
「クソ、あの奥にいるモヤシが言影持ちかよ……二人とも気をつけろ!」
左太腿と脇腹から赤が垂れる。痛みで踏ん張りが利かず、彼は縦横無尽にスイングする鉄棒から後退した。
他方、詩歌は落ちていた石の台座を天井へ投げる。見事に照明にヒットすると、店内の四分の一が暗くなった。
影が生まれたのは、ピアスの彼の方角。
ばちりと視線が合った。
「《私が雨となろう》ッ」
唱えられた言影に反応して影が蠢く。矢の形を成すと、彼の手が振り下ろされた。
研ぎ澄まされた鏃が牙を剥く。影に覆われていた犯人二人と深雲に、線状の黒が迷いなく突き刺さった。
途端にあがる阿鼻叫喚、金髪の青年も面をきつく歪めて鋭痛に耐える。
詩歌はすぐさま彼の元へと走り、攻撃範囲から逃がそうとした。
これで五人中四人は戦闘不能。残すは贓物を抱えた細身の男だけだ。
霞人が相手の懐に入り込む。見るからに戦える体格ではない、簡単に組み伏せられる。
そう思って手を伸ばした。だが、掴むのと同時に背筋が凍る。言影が鼓膜を打ったのだ。
失策だったと反省する間もなく、自分の影から槍が突き出してくる。咄嗟に体を捻って避けたが、一本だけ利き足の右脹脛を抉った。
彼が体勢を崩した隙に、男は小さく悲鳴を零して駆け出す。
「ご、ごめんなさ……っ」「おい待てッ」
無理をして霞人は掴みかかるも、別方向から呪文が刺してきた。声のした方に視線が行く。先ほど沈めた女がこちらを指さしていた。
すると、彼女の影から触手のようなものが現れる。それは青年の首に巻きつき、固く絞めてきた。
息ができない。
熱が頭に集中する。
意識が霞む。
詩歌の名を呼ぶ声が聞こえたが、答えられない。代わりに喉から振り絞られたのは。
「風竜……ッ お嬢を……ッ!」
霞人は走り去る細い背中を最後に見て、床へ伏せた。




