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Shadow hides──その犬たちは少女の番をする  作者:
【第二章】誰が為の遠吠え
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第11話(2)

 寝静まる街にはエンジン音が時折通り過ぎる。点のようなビルの明かりは星になることもできない。


 ナインショットも閉まり、千条第一ビルも眠りを貪っていた。


 そのすぐ裏。欅に囲まれた古い神社にて、一人の少年が夜風に当たっている。

 風竜は境内に腰をかけ俯いていた。気温は低くないが、胸が寒い気がして寝付けなかったらしい。


 不意に近づいてくる足音にピクリと反応する。彼は膝を抱えたまま威嚇した。


「なにしに来たの」


 一瞥もくれない少年に、霞人は一メートル手前で足を止めた。質問に答える様子はなく、彼は灰色の眼差しを向けるばかりである。


 風竜は視線を落とし、力なく口角を持ち上げて言った。自分は捨てられることになったと。

 その台詞に対して、霞人は知っていると返答した。なら冷やかしに来たのかと問うも、彼は何も言わない。


 無言を貫く澄まし顔に、少年は苛立ちながらも笑って言った。変わらず表情は見せようとしなかった。


「いいよな、あんたは言影なくても強いんだから。そりゃキョウさんたちに重宝されるよ」


 彼は背を丸めて止め処なく吐き出し続ける。


「ココに来て一ヶ月も経ってないのに戦力外通告とかダッセェよな。やっぱ群れるの向いてないんだわ」


 野犬であることが身分相応だと言う少年は、吹っ切れたふうを装って笑う。


 グローブに包まれた右手で自身の首に触れた。

 見えも触れもできない影の首輪が、明日外される。それは解放か、はたまた喪失か。

 子犬は考えても分からなかった。


 一頻り言い終えると彼は溜息を漏らす。

 沈黙の帳を破ったのは霞人だった。


「負け犬の遠吠えは終わったか」


 青いメッシュはずかずかと歩み寄り、項垂れていた少年の胸倉を掴み上げる。

 無理やり視線を合わせられ、風竜は琥珀色を瞠目させた。抵抗しようと身を捩ったが、眼前の低い唸りに四肢が強張る。


「お嬢が打算だけでお前を拾ったと思っているのか?」

「あ、当たり前だろ。あの時はキョウさんだって危なかったし、役立つかもって、」

「なら、お前を駒のように扱ったことはあるか?」


 声が詰まる。

 短い共同生活と仕事を振り返るが、その中のどれにも冷たい仕打ちを受けたものはなかった。はたと彼は気づく。


 質問には必ず答えてくれた。分からないことがあれば教えてくれた。

 初仕事の時は、深夜に差し掛かっても帰宅を待ってくれていた。頭も撫でてくれた。


 だが風竜は首を左右に振って、そんなことはどうでもいいと言う。襟元をきつく握った青年の手に掴みかかり精一杯、役立たずだと失望されたのだと吠える。

 事実から目を逸らしたい。その一心だった。


 話の途中で、霞人の喉が鳴ったのが聴こえる。

 次の瞬間、雷で頭を撃たれた。


「お嬢のあの顔を見ておいてよく言えるなッ!!」


 初めて聞く彼の大声に、内臓が冷えた。


 反射的に少年は回顧する。

 過るのは飼い主に、言うことが聞けないのかと叱られた時。一瞬だけ浮かべられた、少女の苦悶の表情。


 風竜の呼吸が浅くなる。だが青年は畳み掛けた。


「お前はどうしたい? 去りたければ去ればいい、だのに今のお前の(ツラ)は何だ? 放される時までそんな顔をするなら、」

「っうるせェ、あんたに何がわかんだよッ!」


 力の限り青年の体を押し退ける。彼は手を離して二歩後退した。

 少年は犬歯を剥き出しにし立ち上がる。必死に閉ざしていた心の扉を抉じ開けられた気がして、彼は血管が浮き出るほど拳を握りしめた。

 裏返った怒声は、朽ち果てた社に響き渡る。


「拾われて嬉しかったんだッ 対等な仲間もできて、やっと“フツウ”ができるってッ!!」


 風竜は潤み歪む視界を拭い、荒い息で肩を揺らす。勢いで吐き出した本音は、思っていたよりも情けなく胸が抉られた。


 千万路組の者たちに、ここまで心を許したつもりはなかった。懐いたつもりも、大切に思ったつもりもなかった。

 しかしそれは建前でしかなかったのだ。いつでも用無しになっても良いように、傷ついても痛くないようにしていた筈だった。


 首輪を外された後は、以前の放浪生活に戻れる訳ではない。

 過去は野良犬、今は元野良犬の飼い犬、ならば逃がされた後は“元”飼い犬だ。ただの野良犬に戻ることなんてできない。


 少年はそう叫んで黙り込む。黄色い瞳は酷く揺れていた。


 再び風の音だけが鼓膜を擽る。遠方からサイレンと騒ぎ声が聴こえた。


 霞人は、静かに薄い唇を開く。落ち着いた玲瓏たる声に怒りはもう無かった。


「居たいのなら抵抗してみせろ。初めから諦める奴が、俺は一番嫌いだ」


 仏頂面の台詞に、風竜は顔を上げた。威勢のよさは消え失せ、弱々しい声で居ていいのかと問う。

 が、霞人のポケットから電子音が遮った。スマホが画面を光らせ、通話に出るよう催促する。

 彼がスワイプすると、向こう側から焦った声が聞こえてきた。深雲だ。


『赫テメェどこいんだよ! 風竜の奴もいねぇし!』

「バカ犬なら一緒だ、用件は」


 動揺の兆しも見せない対応で彼は訊く。深雲は走っているのか息を切らしながら答えた。


 アーケード商店街にある宝石店に集団強盗が入ったらしい。そこで近隣住民が捕らえようとして失敗し、こちらに通報が入ったのだと。外にいるのならお前たちも向かえと言った。


 電話が切れる。

 霞人はスマホをしまって風竜を見つめた。その顔には「どうするんだ」という文字が張り付けられている。

 少年は自身の右手に、左腕を掴ませた。握る手が作る服の皺は迷いを物語っている。


 しかし、彼は首を左右に振ったのち面を上げた。


「行く。首輪(これ)が外される時まで、オレはあんたと同じ番犬だろ」


 金眼はぎらりと光る。対して雨色の瞳は満足げに応えたのだった。

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