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Shadow hides──その犬たちは少女の番をする  作者:
【第二章】誰が為の遠吠え
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第10話(1)

 日のよく当たる屋上。ビル風が吹きつけ短髪が嬲られた。

 少年は柵に肘をつき、目下の大通りを眺める。シャッターが下ろされている店が軒を連ねど、無数の車は忙しなく往還を繰り返す。


「こんなもんか。次行くぞ」


 後頭部に投げ込まれた声に振り返る。金髪の青年が工具箱を片手に肩を回していた。

 風竜は気の抜けた了解を返すと柵に飛び乗り、蹴り出す。追って青年も跳躍した。


 千万路組に入って、早くも五日の時が過ぎようとしている。この奇抜な制服も幾らか慣れた。


 本日は先輩構成員・深雲の仕事について行くことになっている。内容は各組織の拠点に設置してある、警報機の点検だ。

 不法侵入などこの街の辞書には存在しないようで、移動する時の足場も含め、平気で他人の所有地や建造物を回っている。


 初めこそ退屈な研修だと思っていたが、堂々と街を見て周れることは楽しいようだ。少年はくるくると変わる景色に高揚した気分でいた。


「なー深雲、その機械置くのってココの人たち許可取ってんの?」


 次のアジトの屋上に到着し、風竜は地面を指さす。この建物を根城とする組織のことを言っているらしい。

 対して金髪は、配線の詰まった箱から鉄の集合体を引き出す。


「そんなの取ってねぇよ。つか、申請したとこで下りるわけねぇし」


 カチャカチャと高い音が細かく鳴る。自前のスマホの画面を見つつ、表示されている数字の羅列を確認した。


 どのような仕組みなのか風竜はわからないが、この機械は一定の音と振動を感知すると、千万路組の事務所にて警報を鳴らすそうだ。もし抗争などが発生した場合、場所と規模の程度をデータで得られるのだとか。

 街を守る立場であるとは言え、他勢力の組織に忍び込み、小細工をするなど一歩踏み外せば敵対してしまうだろう。機械の存在が晒されればただでは済まない筈だ。


 少年が否定的なこと言うと、深雲は悪戯っぽく笑ってみせる。


「日和ってんのか?」

「ちげーし! そこまでして守る意味がわかんないの!」


 アラームが鳴れば異常が発生したことになる。通報して役に立たない警察が来るよりも、自警団が介入行動に出た方が早いのだ、と深雲は手早く答える。

 しかし仕込んでまで、他人の争いごとを迅速に止める必要があるのか。黒髪の少年は甚だ疑問だった。

 青年はドライバーでネジを締め、ぶっきらぼうに答える。一般人に危害が及んではいけないのだと。


 この街にある組織は大抵、言影を持っている上にならず者が多い。そのような彼らの喧嘩に、力を持たない人間が巻き込まれてしまったら、千万路組だけでなく言影所持者への評判が落ちるのだ。


「アンタはどうせ、仲間でもねぇのに守るなんてムダだと思ってんだろうが、オレら構成員だけが千万路組じゃねぇんだぞ」


 よし、と呟きピアスの彼が立ち上がる。問題は特別なかったようだ。


 深雲の台詞に、風竜は唇を尖らせ納得のいかない顔をする。苦手な思考は放棄した。


 工具を片付ける彼に、少年は問う。


「あんたはなんでキョウさんとこに来ようと思ったの」


 金属音が止む。

 身動きを止めた深雲だったが深い溜息ののちに、どうでもいいだろうと淡白に返した。しかし質問者はどうしても知りたいのか、甘えた声で尋ね続ける。


 あまりにもしつこいものだから、ついに堪忍袋の緒が切れた。ピアスの男はヤケになって答える。


「仕方ねぇだろッ オレだって好きで言影発現させたんじゃねぇんだッ!」


 その瞬間、遠くから轟音が響き渡ってきた。


 滅多に聞くことのない爆発音に二人は口を噤む。目を丸くさせ音のした方へ反射的に目を向ける。

 それは案外近くて、灰色の煙が空へと手を伸ばしているのが見えた。


 状況が呑み込めないでいると深雲のスマホが震える。詩歌からの着信だった。

 彼はスピーカーにして電話に出ると、画面の向こうから青年の落ち着いた声が聞こえてくる。安否確認の後、彼から事情を説明された。


 反応を示した警報機の発信場所は翔星(しょうせい)組の拠点。

 道路を挟んだすぐ隣に古びた映画館が並んでいる、平日とはいえ客はいるだろう。爆発の原因は定かでないが急行しろとのことだ。


 了解を示し、通話を切る。二人はアイコンタクトを取ると勢い良く駆け出した。


「ただの事故だったらどうする?」

「それでも行くんだよ」


 ビルからビルへ飛び移り、階段を下りて走る。現場は狭い道に面した小汚い二階建てだった。煙はそこから吐き出されており、焦げ臭さが充満している。燃えていることには違いなさそうだ。


 一先ず踏み入ろう。そう思った時、青空の屋上から人が落下してくる。

 小太りの男は為す術なく地面に叩きつけられ、微動だにしなくなった。打ち所が悪かったのか、血がコンクリートに広がっていく。虚ろな瞳が二人を映すも反応はない。


 唐突なことに深雲の足が固まった。反対に風竜はすぐに顔を上げる。


「殴り合いの音がする」


 煙は止まらない。炎の声が小さくもはっきりと聞こえる。不思議と人の気配は感じられなかった。


 再び屋根から人影が落ちてくる。が、それは難なく着地し、ゆらりと立ち上がった。

 細い体躯の女が身に纏っていたのは、白黒のアシンメトリーな制服。胸元にはLが二つ並んだ刺繍。


 深雲は降り立った悪魔を思い切り睨みつけ、低く唸った。


「Lead Letterかよ」

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