表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Shadow hides──その犬たちは少女の番をする  作者:
【第二章】誰が為の遠吠え
20/20

第10話(2)

 深雲の低い声に、少年の胸にも緊張と興奮が走る。腰を落とし、飛びかかるタイミングを見計らっていた。

 対して相手は、細長い三つ編みを揺らして体を向ける。風竜の顔を見た時、彼女の桃色の双眸が僅かに見開かれた。


「オレは中見てくっから任せていいか。気ぃ抜かすんじゃねぇぞ」

「りょーかいっ」


 首輪を放された犬の如く、黒髪が飛び出していった。


 色黒の女は冷静な眼差しで、懐に突っ込んできた少年を肩を引いて躱す。流れるように回し蹴りを打ち込んだが、風竜は身を屈ませ地面を転がってみせた。

 すぐさまコンクリートを蹴り上げ、相手の腹を目掛けて拳を打つ。猛烈な瞬発力だったが、彼女の方が一枚上手らしい。手首を掴まれ、勢いそのままに投げ飛ばされた。


(こいつ力(つよ)っ!?)


 何とか体を反転させ、改めて体勢を整える。

 相手はほとんど動いていない。きつい吊り目は何を考えているのか分からなかった。


 Lead Letterの隊員なだけあり、なかなかの手練れだ。女だと見くびっていた本心が苦い。


 彼は再び、躊躇いなく間合いを詰めた。

 黒革グローブに包まれた左拳は、女の鳩尾(みぞおち)を目掛けるもあしらわれてしまう。だが間髪入れずに右拳を繰り出した。彼女は半強制的に、防御の構えに切り替えさせられる。


 連続で殴打を放ち、綻びを引き出す魂胆らしい。しかし、先に集中力が切れたのは彼だった。


 腕の動きが一瞬だけ鈍る。それを見逃すことなく、褐色肌の女は拳を突き出してきた。


 叩き込まれる鉄拳から凄まじいパワーが爆発する。守るのに構えた左腕が軋んだ。思わず表情が歪む。

 一旦退くと、ジンジンと鈍痛が広がってきた。


(今の全然見えなかった、咄嗟に守って正解だったみたいだけど)


 風竜の身体能力は、響の言影によるデバフ効果があれど本人の実力が伴っていない。判断力などないに等しい。

 考えて動くなど、彼の戦術プランにはないようだ。


 琥珀色の眼光が細められる。

 もう一度殴りかかろうとした彼だったが、三つ編みの女に片掌を向けられた。言わずもがな制止の合図である。

 彼女はハスキーな声で言った。


「一つ聞く。何者だ、此処の組織の者ではないだろう」

「そーだけど別に誰でもよくない? 正義のヒーローってコトでっ」


 彼の右ストレートが牙を剥く。相手は後ろへステップを踏んだ。

 攻めの手は服を擦るもダメージには至らず躱され、女から反撃のアッパーカットが打ち上げられた。脳が理解するより速く体が反応し、頭を左に避ける。頬に掠めながらも、がむしゃらに風竜は左腕を振るった。

 残っていた痛みで動かしにくかったが、鋭い殴打は彼女の顎を打つ。


 偶然ヒットしたことに彼自身も驚く。女は怯んで後退した。


 ふと、建物から騒ぎ声が聞こえてくる。深雲に何かあったらしい。

 風竜は思わず振り返ってしまい、張り詰めていた気が途切れる。直後、気配が目睫の間に迫った。


「余所見とは感心しないなっ」


 吊り目に射抜かれる。

 彼は顔を守ろうと腕を構えた。しかし疲労と鈍痛に阻まれ、零コンマ差で間に合わない。右頬を殴り飛ばされてしまった。


 持ち堪えつつ、その勢いを利用して右足を軸に体を回転させる。視野がブレてもなお、高く掲げた左踵を一思いに落とした。

 女の肩に当たるも相手の体幹が揺らぐことはない。受け流され、追い討ちの拳が飛んでくる。


 片足でバランスを崩した風竜は、鉄拳をまともに食らい吹き飛ぶ。地面に四肢を打ち、息が詰まった。


「っは、ぐ……ッ」

「身の程を(わきま)えろ、小屁孩(シャォピーハイ)


 異国の言語を理解する余裕はなかった。

 息の切れた少年は立ち上がって、一心不乱に固く握った右手を打ち出す。女は何故か微動だにしない。いける。

 そう思った矢先。


「《鋼鐵の断末魔をあげよウォー・シアン・ヤオ・アン・ジン》」


 言影だと反応する前に、風竜は視線を自身の足に向ける。建物の影に入っていたことに気がついた。


(オレ、誘導されて、)


 刹那、音が聴こえなくなる。


 耳元で鳴っていた風の音も、遠くの喧騒も、自分の呼吸音さえ聴こえない。脳内の思考する声だけが無駄に大きく感じた。


 戸惑えど振るわれた拳は止まらない。彼は歯を食いしばって力の限りに殴る。

 だが、次に襲ってきたのは得体の知れない気持ち悪さだった。


「ゔ、おえ゙ッ……!?」


 視界が回り、点滅する。左右も上下も分からなくなった。

 風竜は混乱したまま地面に倒れ込む。本人は倒れたことも分からず、揺れる世界に嘔吐した。食道が熱くて痛くて仕方ない。体に蓄積した痛みも分からなくなっている。


 それでも体は本能で動くようだ、動きのバラバラな手足は立ち上がろうとしている。言わずもがな、すぐに地面に伏してしまったが。


 とても戦える状態でない彼の元へ、女が近づく。

 オーキッドピンクの瞳孔で見下ろし、褐色の鉄拳が振り翳される。

 最後に何かを呟いたように見えたが、耳が使い物にならない風竜は目を瞑る。


 唯一、口の動きで分かったのは。


「カコ」


 彼は握っていた意識を弾き飛ばされたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ