第6話(1)
「大人しくしろッ 今からお前ら全員人質だッ」
賑わう商業施設に突如として鳴り渡る銃声。声のした方へ顔を向けると、覆面の若者四人組がいた。全員が拳銃を握っている。彼らは周辺の客を手当たり次第にその場に座らせた。
幸い、風竜と詩歌はテナントの奥に入っていたため気づかれずに済んでいる。二人は身を屈めて耳打ちする。
「……え、これ普通にやばくね」
「し。静かに」
陳列した服の合間から様子を窺う。
どうせ捕まる末路の強盗など今時いるのだなと感心しつつ、少年はじっと四人組を観察した。道具を揃えている辺り計画的な犯行なのだろう。
小太りの男が近くにいた婦人に突っかかる。彼はLead Letterに電話をしろと言い、銃口を突きつけた。
「金が目的ではないのか」
低く呟く詩歌に、隣の少年も首を傾げた。
女性がスマホを操作し、立てこもり犯の指示通りスピーカーにする。
男が怒鳴りに近い声で、No.09の大型商業施設をハイジャックしたことを宣言した。彼の発言に周囲の客は身を縮めて俯く。
続けて人質の解放条件を出した。彼はLLの代表に伝えることを前提として提示する。
「言影持ちの取り締まりを止めさせろ。貴様らに管理される筋合いはねぇんだ、俺らはペットじゃねぇ」
日没までに要求通りの法令を出すこと。もし出さなかった、間に合わなかった場合、人質を一人ずつ殺していくと言い残した。
静まり返る店内。呼吸音すら大きく聞こえる気がする。いつの間にかBGMも切れていた。
四人組の目的を耳にして、詩歌は溜息混じりに阿呆らしいと零す。
たった数時間で国の安全を揺るがす法令を出すなど無理な話だ。その上、このような人口の少ない片田舎の都市で実行するだなんて臆病者の証拠である。人を殺す度胸もないに等しい。
糸目の青年は大人しくしていた子犬に言った。さっさと事を済ませると。
思わず風竜は彼の顔を二度見する。大袈裟な仕草からして、自分たちが助けるとは想定していなかったらしい。
「逃げようだなんて考えるなよ。千万路組に入った以上、この街を守る責務があるからな」
優しい声音だのに、今は悪魔のものに聴こえた。
詩歌曰く、彼らの中に言影所持者がいる可能性があるそうだ。全員ではないことを祈りたいところである。
落ち着いた調子で彼は作戦を話した。
✶
立て籠もってから半時間が経つ。
客が抱える子どもが泣き出した。あまりにも緊迫した空気に耐えられなかったようで、少女はわんわんと喚く。母親の宥める声も届かない。
果たせるかな、ジャック犯の一人が罵声を浴びせる。だが泣き声はやまない。苛立った彼はついに手元のトリガーを絞った。
一発の乾いた音が谺する。
子どもは息を呑み、静寂の帳が降りた。弾丸は母親の足を掠め、スカートに赤が広がり始める。
「あーあ、一線越えちまったなァ」
途端に緊張した空気を割る声。視線が後方の少年に集中した。
彼に近い男が筒先を向け、警告の言葉を口にする。風竜はわざとらしく両手を頭と同じ高さにあげ、へらりと笑ってみせた。
注目が彼に集まっている中、詩歌は母親の元へ駆け寄り、すばやく止血する。
手当てが行われているのを確認し、少年は黄色い目をピストルに向けた。黒ずくめの男たちは距離を保ったまま言う。
「黙って座ってろッ 舐めたマネしてっと痛ぇ目遭わせんぞ」
「坊主、こっちには言影持ちがいんだ大人しくしろ」
背丈も年齢も向こうが上だが、臆せず黒髪の彼は立ち続ける。従わない子どもに我慢の限界なのか、一人が引き金に指をかけた。
見計らって風竜は腰を落とし、床を蹴る。瞬く間に接近。銃を構えるのに伸ばしきった腕に掴みかかった。一思いに関節を捻らせピストルを取り上げる。
ものの数秒で一人を制圧してしまった。他の者も動揺してトリガーに触れる。
「おいおい、下手に動くなよ。撃った弾ァお仲間さんに当たっちまうぜ」
風竜は右手に拳銃、左腕で男の首を絞めていた。彼の頭に銃口を付け、口角を持ち上げる。端から見ればどちらが悪者なのか分からない状況だ。
しかし戦況は変わる。離れた場所にいた細身の男が言影を唱えたのだ。
足元の薄い影は揺らぎ、地表から立ち上がる。それが風竜を包むのと同時に、彼の四肢から力が抜けた。二秒だけ呼吸が重くなる。
がくっと膝をつくと効力はすぐに消えた。だがその間に捕らえていた男を逃がしてしまう。
(影が濃かったらガチで動けなくなるやつじゃん、危ねー)
即座に立つも四対一。おまけにこちらは丸腰だ。
風竜の面から笑みが消えると、立てこもり犯に余裕が生まれる。始末してやると銃のハンマーを下ろした。
だが虚を突くように、マネキンが倒れる。
衝撃音に反応して視線が外れた。
少年は後ろの店にあったマルチカバーに手を掛け、投網に似た動きで広げるよう力の限りに投げる。それは天井の照明を遮った。
床に落ちるのは影。
風竜は笑い、横たわるマネキンの傍に立つ青年を見る。
聞こえたのは酷く冷静な声で。
「《私が雨となろう》」




