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Shadow hides ──その犬たちは少女の番をする  作者:
【第一章】吠声の行方
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第6話(2)

 詩歌の毅然とした言影が施設内に谺する。

 展開された影は立て籠もり犯たちを覆うように手を広げた。売り物の巨大な布から現れるのは、実体を持たぬ無数の矢。

 それらは躊躇うことなく、男たちの体に牙を剥く。


 たちまち響き渡る絶叫に、座り込んでいた客たちは息を呑んだ。ある者は口を押さえ、ある者は耳を塞ぐ。


 空中に舞ったマルチカバーは、床に転げ回る彼らに被さった。影ができていることに変わりないらしく“幻痛”の効力は持続している。布の下でばたばたと暴れ回っていた。


 その様子が滑稽に思えた風竜は、噛み殺してた笑い声をあげる。四人組の計画がこうも呆気なく終わると興冷めにすら感じた。

 不謹慎な言動を取る少年の頭を、詩歌が頭をぺしりと叩く。


「笑う場面じゃないぞ。怪我はないか」

「むぅ。ない」


 少し不満げな面になって彼は返す。反省する心は持っているようだ。長髪の青年は彼に、犯人らを拘束しておけと指示をする。


 残るは後始末だ。

 詩歌は付近にいた男性にLLへ電話をするようにと申し出る。事が収束したこと、現場に急行することを説明してほしいと頼んだ。

 自分でやれば話は早いが、そうしないのには理由がある。趣旨だけ言うならば面倒事に発展させないためなのだ。


 これにて一件落着。

 と行きたいところだったが、暗雲は再び立ち込める。


 少年は、血の出ていない皮膚を押さえ悶絶する男らを組み伏せていた。捩る身に跨り、店員が持っていたビニール紐で手首を乱雑に結ぶ。

 慣れない動作に苦戦していた時、背後に冷気が刺す。


「っ後ろ!」


 糸目の彼が声を飛ばした。

 黒髪の少年は反応し、自身の下敷きにしていた人を蹴り捨てる。同時に振り返ると、視線の先に筒先が笑っていた。


 膝をついた一人の犯人が、こちらに殺意を向けていたのだ。


 乾いた音が鳴る。左半身が後方へ押された。

 赤い飛沫が弧を描く。熱が一点に集中した。


 放たれた弾丸は少年の左腕に噛みつく。彼は咄嗟に押さえ、上体を反らした。座ったまま全力で右足を振り出し、握られた拳銃を蹴り飛ばす。


「ブチ殺すッ!」


 風竜は蹴った勢いで立ち上がり、次いで射手の頭に凄まじい勢いで踵を落とす。細身の男は床に顔面を強打させた。


 少年は彼が地に伏せたあとも気が立っていたのか、蹴る動作を止めない。相手の意識は既に朦朧しているはずだのに、弱い嗚咽も耳に入っていない。

 ひたすら脳内に“死ね”の二文字が明滅する。足はそれに応えているだけのようだった。


 腹に爪先が食い込む直前、ぐいっと左肩を後方へ引かれる。顔を向けると、視界に糸目の青年が入った。


「やめろ、君は出血しているだろうっ」

「離せ! オレはこいつをぶっ殺して、」


 血が上ったのは、どうやら少年だけでないらしい。

 詩歌の表情が豹変した。


「簡単に殺すと言うなッ!!」


 聞いたことのない怒声に、空間が無音に帰る。自身の喉がヒュッと鳴ったのが聞こえた。

 風竜は浅く呼吸をし、ふらつく足取りで一歩引き下がる。眼前の青年の、怒りに染まった面を直視できずに俯いたのだった。


 ✶


 あれからどうやって帰宅したのか、記憶が曖昧だ。


 雪崩込む警察に見つからないよう店を出て、予定していたスマホの購入は先送りとなった。帰路は終始無言、気まずい空気に吐き気を覚える。


 怒られるのは慣れていた方だ。

 千万路組に来る前は罵詈雑言など日常茶飯時。あちこちのアニキから躾と称された暴力も少なからず受けていた。

 だからこの程度のことで、自分が悶々とするだなんて信じられなかったのだ。

 

 家の中でも居心地の悪さは変わらない。

 詩歌は風竜の手当てをした後、休むことなく家事に徹した。やっと座ったかと思えば次は書類整理をし始め、パソコンと電卓を広げる。子犬はしばらく琥珀の瞳を彼に向けることはできなかった。


 時刻は十五時を過ぎる。

 事務作業に一区切りついたらしい青年が、壁掛け時計を見遣った。そろそろ響の下校時間だという独り言を口にすると、おもむろに風竜が立ち上がる。暗い声音で迎えに行くと言い残し、返事も聞かずに家を出て行った。


 やるせなさと不満を抱えた胸は重い。春の清々しい筈の空気には排気ガスが混ざっていた。


 呆けた状態で歩いていると小学校には数分で着く。放課後の子どもたちの高い声が外にまで聞こえた。

 校門で座り込んで待つ。そういえば霞人と一緒に来なくて良かったのだろうかと思ったが、腕の鋭痛が思考を阻んだ。


 すると頭上から名を呼ばれる。顔を上げると、黒目がちな双眸と目が合った。


「おかえりキョウさん」

「うん、ただいま。なんか元気ないね」


 朝と変わらず平坦な口調で飼い主は言う。風竜は笑ったが、徐々に表情筋から力が抜けていくのを感じた。立つ気力も湧かず、響に帰るよう命令してほしいと零す。

 だが少女は膝を折って目線を同じにした。


「当ててあげる。帰りたくないんだ」


 図星を突かれ少年の肩が跳ねる。否定したかったが首は素直に頷いた。

 彼はいじけた幼子に似た様子で、午前中にあった出来事を話し出す。半分愚痴だったが主は大人しく聞いてくれていた。

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