069話『このクソ親父ッ!!』
「もう1年前か……親父とおふくろは、とある温泉地へ湯治に行ったんだ。ま、俺たち姉弟が勧めたんだがな」
リーデンは溜息交じりに話しだす。
『話したくはねーが、過去と向き合うことから逃げたくもない』
そんな決意の表情にも見えた。
「親父としては『その地で採れる鉱石の品定め』が目的になってやがって……。それでも、おふくろは喜んでたよ」
当時の両親の顔を思い出しているのか、苦笑気味に口角を上げた。
父は俯いたまま、どんな表情をしているのか伺い知ることはできない。
「ふたりが家に帰ってくる日、その帰り道になる土地の商会で俺は用があり、合流することになってた。だが……予定の時間になる頃、近隣で『魔族の襲撃があった』って情報が入ってきたんだ」
声に力がこもる。
ルーラはシャノンに治癒魔法をかけ続けながら、ビクビクハラハラとそれを聞いていた。
「俺は剣を取り、その場所へ走った。魔族だろうと何だろうとブチ殺してやる! ってな。だが……その現場と思われる場所には、傷だらけの親父とグルグル巻きの剣らしき荷物が転がってるだけだった」
「魔族はもう居なかった……?」
「ああ。俺はすぐ親父を起こし、何があったのか問い詰めた。親父は……『魔族に襲われ、自分以外は馬車ごと谷底へ落ちた』と言ったんだ」
ルーラがビクッと震え、魔法の波形が乱れる。
彼女の記憶がある期間に近しい人間が死んだわけではないが、潜在的に『死』を重く感じているようだった。
「『おふくろが死んだ』 俺は頭が真っ白になった。が……そんな呆然としてる俺に、親父は続けたんだ」
貫くかと思うほど強い視線で父を見下ろす。
「『セリアはいつか帰ってくる。お前もエリスも日常に戻り、自分のやるべきことをやれ』……ってな」
記憶の中の言葉に、ザクトももちろん違和感を覚えた。
(さっき言った『まだ死んではいない』が本当ってこと? 魔族はセリアさんを殺してはいない……? いや、それはそれとして……)
「日常に戻れ……って、それ何日か後に言った話じゃないんだよね?」
「ありえねーだろ? でもまぁ、『親父は俺以上に受け入れられてねーんだ』って思い直したら……俺は少し冷静になれたんだよ」
元・人間のザクトとしては、たとえ今はエルフでも『死』を重く感じられるつもりだった。
が、結局は『自分が死んで家族に感じさせた』のが現実で、自分自身はいまだ身近に感じることはない。
「実際……俺と姉ちゃんは実感が湧かなかった。それからも、親父は何も言わねーし、姉ちゃんも一切おふくろのことは言わなくなった」
(エリスさん、母上のこと何も感じさせなかったけど、自然と考えないようにしてたのか……)
「姉ちゃんは……城からあまり帰って来なくなった。俺も少しずつ心の整理をしたが……弔うこともしねー親父に日々怒りは増していったんだ」
そう言いつつ、その顔は『怒り』というより『呆れ』という方が近かった。
「親父の仕事は今まで以上に冴えてたし、鬼気迫るもんがあった。自分なりに振り切ろうとしてると思ったから、今まで言わずにいたんだ。それなのに……てめー、現実逃避してたあの時のままじゃねーのか!?」
リーデンは我慢の限界というように、父に向かって吠えた。
そこには、この場にはいない姉の分も熱を乗せているように感じられた。
「ガンドルさん、僕たちエルフは信用できないかもしれないけど……僕は妹を絶対に救いたい。もしアイツらに何か弱みを握られてるなら……そのことを含めて解決したい」
「…………」
「魔族の襲撃があったその日……何があったのか、詳しく話してくれませんか?」
リーデンと対照的に、落ち着いた口調を心がけるザクト。
妹のことを想えば、同じように熱くなってしまいそうなところをグッと堪える。
「エルフなら……エルフの力なら、なんとかなると言うのか?」
俯いていたガンドルがようやく顔を上げ、夜空を見上げた。
それに答えるように、雲に隠れていた月がまた顔を見せた。
「あの日、魔族は……ヴィルゲンは馬車を襲い、この神剣【神の蒼流】でセリアの胸を刺し貫いた」
「なッ……魔族に殺されたっつ-のか!?」
「セリアは死んでいない! 黙って聞け!」
我慢できず反応してしまうリーデンに、ガンドルは声を荒らげる。
「ヤツは……その切っ先を俺に突きつけ、こう言った。『俺の魔法により、この女の死を寸前で留めている。生者としてこの世に戻したいなら、仕事を手伝え』と……」
「死を……寸前で留める? そんな魔族の言うこと、信じられるのかよ!?」
「信じるしかないだろう! とにかくヤツはセリアを仮死状態にし、連れて行ったのだ」
(藍海に、そんな能力はない。とすると……ヴィルゲン独自の魔法が掛け合わされてる? そういえば、死霊使いパンデルの息子……『死』にまつわる魔法のノウハウがあるのか?)
「仕事の内容は……お前たちも察している通り、『【神の蒼流】を複製する』ことだった。奴の魔法で剣にかかっている術法式を解析し、俺の鍛冶でそれを定着させる。もちろん本物と同等の能力はないが……特別な者でなくとも扱える程度になるのは、量産して兵士に持たせるのにちょうどいいらしかった」
「量産して兵士に? それって魔族の侵攻準備に関わってるってこと……」
(思ってたより、さらに大ごとっぽい……)
「この……クソ親父ッ!!」
リーデンの拳がガンドルの頬に飛び、ゴッと鈍い音がする。
それを受けて身じろぎもせず、ガンドルはただ話し続けた。
「ヤツは……とある洞窟にセリアを安置した。俺だけがそこへ行けるようにし、『いつでも会えるように』とな。ヤツが魔法をかけたこの剣は、セリアの仮死状態を解く鍵でもある。こうやって預けたままにしているのも、俺が死んでも守るとわかっているからだ」
「それで……何も言わず、ひとりで闇仕事を続けてたのかよ。クソッ……そんなこと聞かされて、こっちはどーしよーもねーじゃねーか!」
やり場のなくなった怒りに、リーデンは小石を思いきり蹴飛ばす。
『本当に、おふくろが死んでねーのか?』という、まだハッキリしない情報にもどう反応していいかわからず、複雑な表情を見せる。
「とにかく……ヴィルゲンはそういう胸糞案件をやり放題やったあと、今は僕の妹を連れてったわけだ。うーん、数え役満でキレそうなんだけど!」
(かぞえ……ヤクマン? 何だろう……エルフの言葉?)
不意に出てきたザクトのナゾ表現に、ルーラは首を傾げた。
が、もちろん必要なさすぎる情報なので、ザクトにはあらためて異世界での言動に気を遣っていただきたいところだ。




