023話『王の資質』
「第2陣、押されているぞ! 早めに交替し、次の周で挽回を!」
戦闘開始から20分を過ぎた頃、【人間オッサンズ(2軍)】は増え続ける【魔族アンデッズ】にジリジリと押され始めていた。
ルーラたち僧侶班の魔法効果でひどい負傷者は出ていないが、やはりスタミナ面は都合よくいかない。
なんとか踏ん張っているが、その戦況を見守るハレッタはハラハラしっぱなしで、まるで何かを我慢しているかのように体をくねらせる。
「ハレちゃん、お花摘みに行っといたら?」
「バッ…………そんなんじゃないですわ! もっと年頃の妹に心配りしながら喋ってください! ええ!」
「ご、ごめん。てっきり我慢してるのかと……」
「違います! 人間たちが危ないのに……兄様は心配じゃないんですか?」
(ハレッタ……僕よりよっぽど人間のこと気にかけてるんだよなぁ)
よく出来た自慢の妹を想い、気づかれないようクスッと笑みを浮かべるザクト。
「人間たちにも矜持がある。もう少しがんばれるんじゃないかな」
「む~……買いかぶりではないですか? 『自分たちで守れなくては国防とは言えん!』なんて……こんな兵力でよく言ってましたよ、あの王様」
「あはは……まぁ、それだけ平和だったってことだよ」
(とは言いつつ、そろそろ参戦タイミングを考えるかな。できるだけバレずに手伝うとすると……)
リィン――
その時、聞こえるか聞こえないかのベル音がザクトのブレスレットから鳴り響く。
一瞬、懸念のありそうな顔をしたあと、輪に付いた宝珠に指を添えた。
「シャノン? 正門はどんな感じ?」
『あまりよくはないですね。正門が本命で間違いないです』
トンネルの中のような少し籠もったシャノンの声が聞こえてくる。
『敵は1体のみ。確かに上位魔族らしく、余裕ある貴族っぽい感じですね。なんかムカつきます』
「あはは……そっか。で、チカラ的には?」
『貴族っぽい、と言いましたが……筋肉ムキムキで膂力は相当高いです。武器はバカデカい大剣。主属性は……火ですかね。ほかにも能力はあるでしょうが……この騎士団相手に使うかどうか……』
シャノンは淡々と解説するが、その声のところどころに気づかない程度の強い呼吸音が入る。
(多分、敵にも味方にも気付かれない程度の攻撃しながら通話してるな。僕なんてシングルタスクで集中したい方だから、シャノンの器用さにはいつもながら呆れる……)
「それで、ジード・ロックス氏はどうなの?」
『そうですね……偉そうに言うだけあり、剣の腕はなかなかのものです。体力も魔力も人間としては規格外なのでしょう。が……』
「が……?」
『神剣【神の紅炎】に振り回されているように見えますね』
シャノンの評に、ザクトは瞼を閉じ、短い溜息をついた。
(やっぱり、そうなっちゃうか。『ジード氏が制御しきってくれたら』と、半分は本気で思ってたんだけどな)
『彼自身の命力も高い方だと思いますが……神剣の燃費が悪すぎるんでしょうね。その勢いで押す場面もあるものの、魔族は余裕を残してますし、時間の問題かと』
「ふーむ……思ったより時間は無さそうだね」
ザクトはそう言うと、あらためて対アンデッド組の戦況に目を向けた。
スタミナの消耗はさらに顕著で、三段撃ちの陣形も崩れ始め、とにかく目の前の敵を叩く乱戦となり始めている。
ルーラは、他の僧侶たちと一緒に団バフ(浄霊のためのライトフォース・防御力アップを全体に付与)用の大魔法陣へ魔力を送っていた。
が、戦況が良くならないことを察し、直接攻撃を見据え、杖を強く握り直す。
そんなルーラを確認し、ザクトはブレスレットに呼びかけた。
「シャノン、僕が行くまでイイ感じにお願い。死にそうな人間だけ、なんとか守って」
『……御――意、とは言っときます。御意御意』
通信を終え、焦りの気持ちを抑えながら、ひとつ深呼吸。
そして、樹上から足下へ言葉を投げる。
「ハレちゃん、もうこっそり作戦はヤメで……全力の最速で行こっか」
ハレッタはそれを受け、細く長い溜息で返す。
「もう……いいですから、兄様はサッサと正門へ向かってください」
「え? いや、ハレちゃんひとりにやらせるわけには……」
「ひとりではないでしょう? 兄様が認める防御魔法オバケがいるのですし」
ハレッタはそう言って、『ツン』と音がしそうなお手本ともいうべき【そっぽ向き】を見せた。
そんなニクいセリフにザクトは感動――
したものの、心の中の過保護アニキマインドが猛然と立ち上がる。
(ザクトよ、よく考えろ。敵将が北門に第2の矢を用意していたらどうする? 大事な大事な妹にもしものことがあれば……なんのために我が刀たちを手放したのか?)
時間の猶予がない中、究極の選択のような問題を突きつけられ、ザクトの思考が止まる。
それを見透かしていたかのように、ハレッタはフワリと魔力の風に乗り、ザクトの目の前まで舞い上がった。
「妹が心配……ですか? それはつまり、わたくしを信頼していないということですわ」
自分が逆の立場では大騒ぎしていたくせに、あまりにも堂々とした説教。
「そ、そうじゃないよ! すっごく実力つけてると思うけど!」
言い訳しようとするその唇を人差し指で制し、ハレッタはザクトの隣に立つ。
そして、その小さな兄の身体をギュッと抱きしめた。
「エルフ王……人間との関係性を改善、仲良くしたいのでしょう?」
「……うん、そうだね」
「部下を信頼するのも王の資質です、ええ」
沁み入るような、諭すような言葉。
妹の成長に涙が出そうなのをグッと抑え、ザクトはハレッタの腰を抱きしめ返す。
「……わかった。ハレちゃんを信じるよ」
ザクトは頷き、ハレッタの頭をポンポンと撫でた。
次の瞬間――
先程までの葛藤がウソだったかのように、ザクトとハレッタは同時に枝を蹴り、それぞれ反対方向へ飛び出した。




