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第六章 名を預ける道 ⑨ 三人分にしない


 ミトが使用した可能性の高い黒い記録板が持ち帰られた翌朝、グラドは新しい紙を作っていた。


 見出しは、


 六年前未帰還者三名・遺留物確認表


 だった。


 その下に、三つの名前。


 ラグ・テイン。


 フィオナ・セルク。


 ミト。


 右側には、確認された物。


 長剣状物。


 黒色記録板状物。


 空欄。


「三つ目は何ですか」


 朔が尋ねた。


「フィオナ・セルクに関する物品です」


「見つかっていません」


「今後確認された場合に記載できるよう、欄を用意しました」


「三人の物だと決まった物もありません」


「可能性を整理する表です」


「一枚に?」


「六年前の同一事案に関する未帰還者です」


 グラドは答えた。


「同じ調査隊。同じ日に帰還未確認となった三名。同じ通路内で関係物が確認されています」


「同じ場所ですか」


「通路内です」


「剣と板の距離は?」


 グラドは現場図を見る。


「剣状物は、最初の曲がり角の先、右側の窪み。板状物は、そこからさらに左側を進んだ壁際」


「同じ位置ではありません」


「同一経路上です」


「同じ結末ですか」


「それを確認するための表です」


 朔は見出しを見る。


「三人分にしないでください」


***


「一人ずつ紙を作る?」


 グラドが尋ねた。


「はい」


「共通情報が重複します」


「共通情報は、別の時系列表にします」


「管理が増える」


「はい」


「一つの事故なのに?」


 ネラが、黒い記録板の写しを机へ置いた。


 裏面。


 七人の名前。


 同じ板に並んでいる。


 だが、同じ印は付いていない。


「一つの調査ではありました」


 ネラが言った。


「ですが、三人の最後に確認された位置も、状態も、失踪した時刻も分かっていません」


「三人とも戻っていない」


「共通しているのは、現在まで帰還が確認されていないことです」


「なら、未帰還者三名」


「人数の集計には使えます」


 セオが答えた。


「一人の情報を、ほかの二人へ移す紙にはしません」


***


 紙は四枚に分けられた。


 一枚目。


 六年前の調査全体の時系列。


 参加者七名。


 経路。


 確認されている出来事。


 帰還した四名。


 帰還後に死亡したペル。


 二枚目。


 ラグ・テイン。


 本人の最後に確認された行動。


 本人の物である可能性がある長剣状物。


 確認済み。


 未確認。


 家族から許可された識別情報。


 三枚目。


 フィオナ・セルク。


 本人の最後に確認された行動。


 現時点で、本人の物と考えられる物品は未確認。


 四枚目。


 ミト。


 本人の最後に確認された行動。


 筆跡および使用板の特徴と近い黒色記録板状物。


 本人の物である可能性は高いが、識別番号未確認。


「同じ道にあったことは?」


 グラドが尋ねた。


「共通地図から参照します」


 セオが答えた。


「三枚を並べない?」


「並べて見ることはできます」


「では同じでは」


「別の紙を並べることと、一枚の欄へ入れることは違います」


 必要なら、近づけられる。


 必要がなければ、離して読める。


***


「フィオナさんの紙だけ、物がありません」


 ノエが言った。


「はい」


「空欄のまま?」


「現時点では」


「剣や板が、フィオナさんの物である可能性は?」


「あります」


 朔が答えた。


「候補者用の剣だから?」


「フィオナさんも勇者候補でした」


「板を使った可能性は?」


「ミトさんが使った可能性が高いと考えていますが、ほかの人が持ったことは否定できません」


「では、三つの物を三人へ一つずつ割り当てない?」


「割り当てません」


 人が三人。


 痕跡が二つ。


 空欄を埋めるために、物を配らない。


***


 黒い記録板を持ち出した場所の先に、通路が続いている。


 前回、四人が板状物へ近づいた時、その先は確認していない。


 次の調査目的は、


 黒色記録板状物が置かれていた位置から、次の分岐または障害までの床および壁面状態を確認する。


 だった。


 フィオナの痕跡を探す、とは書かない。


 三人目の遺留物を見つける、とも。


「何も見つからなければ?」


 グラドが尋ねた。


「通路の状態を持ち帰ります」


「布や装備があれば?」


「見える範囲を記録します」


「回収は?」


「目的に含めません」


「前回の板のように、持ち出せる状態でも?」


「次に決めます」


***


 ジェンは、今回も進む側へ入らなかった。


「道の先を見なくていいんですか」


 朔が尋ねた。


「見たい」


「では」


「今は行かん」


「板の話が残っているから?」


「それもある」


 ジェンは、観察室の方向を見なかった。


「剣。板。声。続けて見た」


「はい」


「次に何か見つけたら、三人目やと思う」


「フィオナさんの?」


「そうや」


「だから?」


「三人おるから、三つあると思い始めとる」


 ジェンは自分の胸を指した。


「紙が作られる前から、俺の中でや」


「それを止めるために行かない?」


「今は」


「帰還側に?」


「入らん」


「どこにいますか」


「車輪の客んとこや」


 修理した車輪を、荷車へ戻す日だった。


「調査の結果は?」


「決めた時刻に聞く」


 道の入口ではなく。


 今の仕事の終わる場所で。


***


 参加者は四人。


 朔。


 ノエ。


 マレア。


 セオ。


 前回と同じ。


 サナは倉側から流れを見る。


 イサラは時刻。


 エリオは帰還路。


 ミエルは仮板と商品。


 ネラは、回収済みの板を観察室で保持する。


 黒い板が通路からなくなった状態で、周囲に変化があるか。


 その点も記録する。


「板を外したことで、道が変わっている可能性」


 グラドが言う。


「あります」


「では、板を戻す準備は?」


「しません」


 ミエルが答えた。


「うちの倉を通して、確認のために物を出し入れし続ける気か」


「変化があれば」


「変化を見てから決めな」


 戻すことを、最初の答えにしない。


***


 出発前。


 リオは朔の名前の紙を開かなかった。


「今、何て呼ばれたい」


「サクで」


「目的は」


「板があった場所から先の、次の分岐までを見る」


「何か見つけたら」


「触りません」


「三人目の物か」


「決めません」


「ハルの物なら」


「見えたことを持ち帰ります」


「布なら」


 朔は少し止まった。


「布だから、誰かの服とは決めません」


「誰かの服でも、その人とは決めん」


「はい」


 リオは四人を見る。


「物の数に、人を合わせるなよ」


***


 仮板が開かれる。


 湿った石。


 二本の車輪溝。


 入口の黒い木片。


 人影なし。


 声なし。


 朔に白い文字は見えない。


 四人が通路へ入る。


***


 最初の曲がり角。


 黒い金属の窪み。


 長い剣状物。


 測定器らしき枠。


 釘。


 輪。


 前回から大きく位置が変わったようには見えない。


「黒い記録板状物」


 セオが確認する。


 左壁際。


 以前あった場所には、板はない。


 床へ残した黒い紐。


 細く曲がり、石の突起に掛かっている。


「位置」


 朔が尋ねる。


「前回図と近いです」


 セオ。


「板の下にあった床」


 マレアが灯りを見る。


「黒い変色はありません」


「跡」


「板の形に近い湿りがあります」


「板が置かれていたため?」


「可能性はあります」


 物がなくなった場所を、入口と呼ばない。


 何かが開いたとも。


***


 黒い紐には触れない。


 板のあった位置を越える。


 一歩。


 二歩。


 左壁の四角い跡。


 横に二つの穴。


 その先で、通路は少し広くなった。


 右側は低く下がる。


 左側は、緩く上る。


 車輪溝は二方向へ分かれていない。


 右へ曲がり、低い方へ続く。


 左側には、歩く者の足跡に近い浅い摩耗だけがある。


「分岐ですか」


 ノエが尋ねる。


「車輪の道は右へ」


 朔が答える。


「左は?」


「通路状の空間があります」


「同じ道?」


「決めません」


***


 今日の停止位置は、二つの方向が見える場所。


 右へは進まない。


 左へも。


 分岐の手前まで。


 白い木片を置く。


「目的は?」


 マレアが尋ねる。


 板の位置から次の分岐または障害まで。


 到着した。


「終わっています」


 朔が答えた。


「周囲の確認だけ行います」


***


 右の道。


 天井が低い。


 車輪溝が続く。


 床に水。


 さらに奥で、光を返す物が一つ。


「金属様反射」


 セオ。


「距離」


「停止位置から五歩以上」


「近づきません」


 左の空間。


 幅は一人分。


 壁面は、右の通路より白い。


 床に車輪溝なし。


 腰の高さに、細い金具が並んでいる。


 何かを掛けていたようにも見える。


「金具」


 朔が言う。


「三つ」


 ノエ。


「一つは欠損」


 マレア。


「板を掛ける場所?」


 セオが尋ねる。


「形は近いですが、決めません」


***


 左壁の二つ目の金具に、布が引っかかっていた。


 小さい。


 掌より少し長い。


 白に近い灰色。


 端に、青い縁。


 その近くへ、赤茶色の糸が二針分残っている。


「布状物」


 朔が言った。


「全員、確認」


 ノエ。


「白灰色。青色の縁」


 マレア。


「赤茶色の糸状部」


 セオ。


 誰も、フィオナとは言わない。


***


「衣服ですか」


 ノエが尋ねる。


「布です」


 朔が答える。


「端が縫われています」


「衣服や袋の一部である可能性」


 マレア。


「勇者候補の外套に似ていますか」


 セオが尋ねる。


「似ています」


 朔にも見覚えがある。


 エリオ。


 イサラ。


 白い外套の縁。


 ただし、今見えている青は薄い。


 湿気で色が変わった可能性もある。


「誰の?」


「決めません」


***


 布は、金具へ巻き付いてはいない。


 裂けた端が一箇所だけ引っかかっている。


 風が動くたび、少し揺れる。


「動き」


 ノエが言う。


「空気による可能性」


 マレア。


「黒い変色」


「見える範囲ではなし」


「回収」


 セオが言いかける。


 自分で止めた。


「今日の目的ではありません」


「はい」


***


「位置だけ、詳しく見ます」


 朔が言う。


 停止位置から。


 金具は左壁。


 布の下端は床から朔の腰ほど。


 裂け目は上側。


 青い縁は右。


 赤茶色の糸は、縁と白い部分を繋ぐ位置。


「引っかかった向きから、進行方向は分かりますか」


 セオが尋ねる。


「分かりません」


 マレア。


「布がどちらから運ばれたかも」


「はい」


 誰かが通った時に裂けたのか。


 後から空気で運ばれたのか。


 誰かが掛けたのか。


 分からない。


***


 布の少し下。


 壁へ浅い擦れ。


 三本。


 指か。


 金具を外した跡か。


 荷物が当たった跡か。


「血液様変色」


 ノエが尋ねる。


「確認できません」


 マレア。


 赤茶色は糸だけ。


 傷の証拠にはしない。


***


 右の低い通路から、細い水音がした。


 一度。


 二度。


 一定の間隔ではない。


「声」


 確認できない。


「金属音」


 なし。


「人影」


 なし。


「布の動き」


 風に揺れる。


 それ以上なし。


「目的は終わっています」


 マレアが言う。


「戻ります」


 朔は布を見たまま、頷く。


「戻る」


***


 白い木片を拾う。


 布は残す。


 金具も。


 赤茶色の糸も。


 誰の名前も付けずに。


 四人が帰路へ向く。


***


 黒い記録板があった場所。


 空いた床。


 黒い紐。


 誰も止まらない。


 黒い金属の窪み。


 長い剣。


 誰も、布との距離をその場で測り直さない。


 帰還後の地図で確認する。


 通路の中で、三つを一つへ繋がない。


***


 入口。


 ノエ。


 朔。


 マレア。


 セオ。


 四人。


 向こうから持ち出した物。


 なし。


 向こうへ残した物。


 なし。


「布は?」


 ミエルが尋ねる。


「残しました」


「取りやすそうだった?」


「手では届きません。道具を使えば届く可能性があります」


「次に取る?」


「まだ決めません」


 仮板が閉じられる。


***


 帰還後、セオは三つの位置を一枚の図へ置こうとした。


 黒い金属の窪み。


 黒い記録板があった場所。


 布状物の位置。


 朔は止めなかった。


「重ねていいんですか」


 グラドが尋ねる。


「位置を示す地図です」


 セオが答えた。


「三人の痕跡図?」


「違います」


「では」


 見出しは、


 旧搬入口通路・物品確認位置図


 となった。


 剣。


 板。


 布。


 誰の物かは書かない。


 位置だけ。


***


 距離を測る。


 入口から最初の曲がり角。


 黒い金属の窪み。


 そこから左側へ、黒い記録板があった場所。


 さらに進み、最初の分岐。


 布は、左側の空間。


 剣状物と布状物の間には、曲がり角と板の位置がある。


「同じ場所ではありません」


 朔が言った。


「同じ通路内です」


 グラド。


「はい」


「一人が移動中に、順に落とした可能性」


「あります」


「三人が別々に通った可能性」


「あります」


「物だけが動いた可能性」


「あります」


「なら、位置は何を示す?」


「今、そこにあったことです」


***


 エリオとイサラが、布の図を確認した。


「候補者用外套に近いです」


 エリオが言う。


「青い縁は?」


「六年前の標準外套にも使われています」


「第一位と第二位で違いは?」


「順位では変わりません」


「候補者以外は?」


「管理局の一部の外套にも、似た縁があります」


「では、勇者候補の物と?」


「確定できません」


***


「赤茶色の糸は」


 イサラが図へ近づく。


「通常の補修糸ではありません」


「珍しい?」


「候補者装備の補修には、白か青を使います」


「では」


「現場で別の糸を使った可能性があります」


「六年前の出発点検は?」


 セオが記録を開く。


 ラグ。


 剣の鍔。


 柄巻き。


 フィオナ。


 外套左側下端に裂け。


 臨時補修済み。


 補修者。


 サナ・リト。


「糸の色は?」


「記録にありません」


***


 サナが呼ばれた。


 図を見る。


 白灰色の布。


 青い縁。


 赤茶色の二針。


「覚えていますか」


 朔が尋ねる。


「フィオナの外套を、出発前に縫いました」


「どこを?」


「左の裾。荷車の留め金に引っかけて」


「糸は?」


 サナは考える。


「赤茶色だったと思います」


「なぜ?」


「白糸を、測定器の袋へ使い切っていました」


「ほかの物へも使いましたか」


「同じ糸で、自分の手袋も直しました」


「誰か別の外套は?」


「覚えていません」


「この布は?」


「フィオナの外套に近いです」


「同じ?」


「図だけでは」


***


「縫い方は?」


 サナが、図の二針を見る。


「私の縫い方に近い」


「どこが?」


「縁へ斜めに入れる。二針目を短くする」


「同じ縫い方をする人は?」


「いると思います」


「糸と位置と布が一致すれば?」


「フィオナの外套である可能性はあります」


「高い?」


 サナはすぐに答えなかった。


「現物を見たいです」


「回収を希望しますか」


「先に、その場所で見たい」


「なぜ?」


「持ち帰った後では、どちらが上だったか。何へ引っかかっていたか。私が図を読んだ通りか分からなくなる」


 物より先に、位置を見る。


***


「サナさんを次に連れていきますか」


 グラドが尋ねた。


「本人の希望は残します」


 イサラが答える。


「識別に必要です」


「現物確認の技能はあります」


「では参加」


「目的と身体条件を改めて確認します」


 サナの右腕。


 六年前に負傷した場所。


 狭い通路。


 壁へ身体を寄せる必要。


 それぞれが危険になる。


「私が行けないなら、回収してきてください」


 サナは言わなかった。


「図で分からないことは、分からないままにします」


***


 フィオナ・セルクの家族記録が確認された。


 王都の染め物区。


 姉。


 エダ・セルク。


 フィオナより六つ上。


 現在も同じ場所に住んでいる。


「ラグの家族と一緒に説明しますか」


 グラドが尋ねた。


「しません」


 朔が答えた。


「同じ六年前の調査についてです」


「ラグさんの剣の可能性と、フィオナさんの外套の可能性は別です」


「ミトの板も?」


「別です」


「三軒へ、同じ説明を繰り返す?」


「同じ説明にはなりません」


***


 エダ・セルクは、染め桶の横で話を聞いた。


 袖を肘まで上げている。


 両手は青く染まっていた。


「妹の外套が見つかったんですか」


「外套の一部である可能性がある布を確認しました」


 イサラが答える。


「妹の?」


「まだ分かりません」


「何が似ている?」


 朔が図を見せる。


「白に近い灰色の布。青い縁。赤茶色の糸で補修された部分」


「左の裾?」


「向きは現場で確認できていません」


「サナが縫った?」


「本人は、フィオナさんの外套を赤茶色の糸で補修した記憶があります」


「じゃあ」


「同じ糸や縫い方が、ほかにないとは確認できません」


 エダは図を受け取る。


***


「妹は、外套をよく破りました」


「よく?」


「訓練で壁へ近づきすぎる」


「記録にありますか」


「家で何度も縫いました」


「縫い方は?」


「私は、もっと細かく縫う」


 エダは図の二針を指でなぞらない。


 紙の上で止める。


「これは急いだ縫い方です」


「サナさんも、出発前に臨時で縫ったと」


「なら、近い」


「現物を見たいですか」


 エダはすぐには答えない。


「持って帰ってくるんですか」


「まだ決めていません」


「そこへ残っている?」


「はい」


「なら、先に場所を変えないでください」


***


「どうして?」


 グラドが尋ねた。


「妹の布かどうかより先に、どこにあったかが必要なんでしょう」


 エダが答えた。


「回収して調べることも」


「持ち帰った布だけ見たら、みんな妹の外套にしたくなる」


「あなたも?」


「私も」


「では」


「取りに行くなら、何を見るために取るかを先に決めてください」


「糸。布地。縁の織り」


「妹の外套だと分かったら?」


 エダは染め桶を見る。


「妹がそこを通った可能性が増える」


「亡くなったと?」


「ならない」


「布が残った理由は?」


「分からない」


「外套を脱いだ?」


「分からない」


「引き裂かれた?」


「分からない」


 エダは一つずつ答えた。


「布一枚に、妹の最後を喋らせないでください」


***


「回収を望みますか」


 イサラが尋ねる。


「見たいです」


「危険があっても?」


「ゼロではないのは分かっています」


「では」


「布を取りに行くために、妹の名前を理由へ使わないで」


「意味は?」


「フィオナの物かもしれないから行く、ではなく。何を確かめるために必要かを書いてください」


 家族の希望を入れる。


 家族の名前で、目的を大きくしない。


***


 ミトについては、家族への連絡先が記録に残っていなかった。


 旧住所。


 転居済み。


 親族名。


 空欄。


「ネラさんを、家族への説明先にしますか」


 グラドが尋ねた。


「しません」


 ネラが答えた。


「元同僚です」


「最も本人を知っている」


「そうかもしれません」


「なら」


「家族の代わりにはなりません」


 ミトの紙には、


 家族および本人が指定した説明先は現時点で未確認。確認継続。ネラ・ヴォスは元同僚として情報提供を受けるが、家族代理とはしない。


 と書かれた。


 連絡先がないからといって、説明を受ける権利まで同僚へ移さない。


***


 ジェンへの説明は、車輪が荷車へ戻された後に行われた。


 運び手が車輪を回す。


 軸の音。


 鉄帯。


 大きな歪みなし。


「これでいい」


 依頼人が言った。


 ジェンは、自分だけで終わりを決めなかった。


 荷車が道へ出た後。


 ミエルの作業場で、三つの位置図を見た。


***


 長い剣状物。


 黒い記録板があった場所。


 白灰色の布状物。


 それぞれ、離れている。


「布は、誰の」


 ジェンが尋ねた。


「フィオナさんの外套である可能性があります」


 朔が答えた。


「可能性は?」


「候補者用外套に近い。青い縁。赤茶色の補修糸。サナさんがフィオナさんの外套を同じ色の糸で補修した記憶があります」


「場所は?」


「板があった位置より先。分岐の左側です」


「剣よりも?」


「奥です。ただし、物が後から動いた可能性があります」


 ジェンは地図を見る。


***


「俺は、三人を置いて帰った」


「はい」


「今まで、同じ場所に置いたみたいに言うとった」


「ジェンさんは、三人が同じ位置にいるのを見ましたか」


「見てへん」


「最後に見た時は?」


「ラグとフィオナは、人影の近く。ミトは、その少し後ろにおったと思う」


「思う?」


「黒くなった時、全部見えへんかった」


「では」


「俺は、三人の帰還を確かめず帰った」


 ジェンは言い直した。


「それは変わらん」


「はい」


「でも、三人が同じ場所で、同じことになったとは見てへん」


「はい」


「剣と。板と。布が別の場所にあっても」


「同じ結末ではない証明にはなりません」


「分かっとる」


「では」


「一つにするな」


 ジェンは地図の三つの印を指した。


「俺が三人言うたからって、一つの『三人』にするな」


***


 ジェンの証言は訂正された。


 以前。


 ラグ・テイン、フィオナ・セルク、ミトの三名を置いて帰還。


 一本の線で消さず、その下に追記する。


 本人は、三名全員の帰還を確認せず、ペル・オウダを荷車へ載せて帰路へ移動した。


 三名が同一地点に残ったこと、同時に消失したこと、同一の状態となったことを本人は確認していない。


 最後に見た位置関係について、現在の記憶は不明瞭。


「置いて帰った、は消しますか」


 セオが尋ねる。


「消すな」


 ジェンが答えた。


「俺がそう言うてきたことも残せ」


「意味が変わります」


「変わった理由も書け」


 剣。


 板。


 布。


 別々の位置。


 それを見た後で、自分の言葉の中にあった一つの物語へ気づいた。


***


 ラグの家には、剣状物についてだけ、新しい位置図が届けられた。


 布の話は、ラグの報告へ入れない。


 ミトの板の全文も。


「三人の物が別の場所にあったんですか」


 リサが尋ねた。


「三つの物が、別の位置にあります」


 朔が答えた。


「誰の物かは?」


「剣はラグさんの物である可能性。板はミトさんの物である可能性が高い。布はフィオナさんの外套である可能性があります」


「じゃあ、三人は別々に?」


「決まりません」


「でも」


「物の位置と、人の最後の位置は同じとは限りません」


 リサは苦しそうに息を吐く。


「何も、一緒にしてくれないんですね」


「はい」


「待つ方は、ばらばらの可能性を全部考える」


「はい」


「一つの答えより、つらいこともある」


「はい」


***


 モナは、三つの位置図を見なかった。


「ラグの紙だけ見ます」


「ほかの二人は?」


「その人たちの家族が見るものです」


「家族が確認できない場合も」


「それでも、ラグの悲しみへ入れて持ち帰りません」


 モナは剣状物の図を見る。


「三人一緒だったから、と言えば、少しだけ安心できます」


「はい」


「一人ではなかったと思えるから」


「はい」


「でも、それも分からない」


「分かりません」


「なら、兄の横へ、勝手に二人を立たせないでください」


***


 エダには、布状物の位置図だけが渡された。


 剣の識別情報は載せない。


 板の言葉も。


「妹の布かもしれない物は、ここ」


 エダは分岐の左側を見る。


「人が通る道?」


「車輪溝は右へ続いています。左側は歩行可能な空間です」


「妹が歩いた?」


「分かりません」


「布だけが来た?」


「可能性はあります」


「誰かが持ってきた?」


「あります」


「じゃあ、この場所から分かるのは」


「今、布がそこにあることです」


 エダは頷いた。


「それだけから始めてください」


***


 ミトの紙には、板が見つかった位置。


 表面の断片。


 裏面の七人の名前。


 筆跡の近似。


 それぞれが残された。


 剣状物や布状物との位置関係は、共通地図を参照する。


 ミトが二人の物を記録した。


 集めた。


 分けた。


 そのどれも書かない。


***


「事故要約は、どう直しますか」


 グラドが尋ねた。


 これまで。


 黒い人影との接触後、勇者候補二名および記録員一名が消失。


「消失は確認しましたか」


 朔が尋ねる。


「視界から失われ、帰還していません」


「同時に?」


「記録では一連の事象として」


「帰還者の知覚は?」


 サナ。


 黒い流れの後、ラグを見失った。


 フィオナは、ラグの剣へ近づいた後に見えなくなった。


 ミトについては、最後の位置を明確に覚えていない。


 ガウ。


 ラグの剣が黒くなった。


 フィオナが剣を拾った。


 その後、光と黒で視界が途切れた。


 ミトの消失を直接見ていない。


 ジェン。


 ペルを荷車へ載せ、帰路へ向いた。


 三人の最後を確認していない。


***


 新しい要約。


 黒い人影との接触後、ラグ・テイン、フィオナ・セルク、ミトの帰還は確認されていない。


 三名が同時に、同一地点で、同一現象により帰還不能となったことは確認されていない。


 ラグ・テインについては、剣が黒く変化したとの複数証言あり。その後、本人の姿を確認できず。


 フィオナ・セルクについては、ラグの剣を拾い、腕が黒く変化したとの証言あり。その後、本人の姿を確認できず。


 ミトについては、接触前に旧石および印を記録していた可能性あり。本人を最後に確認した位置および時刻は不明瞭。


「長い」


 グラドが言った。


「はい」


「要約になっていない」


「三人の違いを落とさず短くするのは難しいです」


「では、名前だけ一覧にして、詳細参照?」


「それなら」


 一覧は、帰還未確認者を探すために使う。


 結末を一つへまとめるためには使わない。


***


 街では、三つの遺品が見つかったという話になった。


 勇者の剣。


 勇者の外套。


 記録員の遺言。


 三人は、道の三つの場所で殺された。


 あるいは。


 三人は、別々の試練を受けている。


 剣を返せばラグ。


 布を縫えばフィオナ。


 板の文を完成させればミト。


 それぞれが戻る。


「まだ、布は持ち帰っていません」


 ベドが公示文を修正する。


 三つの遺品ではありません。


 長剣状物、布状物は現地に残されており、所有者は未確認です。記録板状物は持ち出しましたが、ミト本人の物である可能性が高いという段階です。


「遺品という言葉も」


「使いません」


 所有者の死亡を、物から決めない。


***


 ロウは、地面へ三つの丸を書いた。


「剣がラグ」


「まだ」


「布がフィオナ」


「まだ」


「板がミト」


「可能性は高いですが、まだ」


「でも、三つある」


「はい」


「三人いる」


「はい」


「じゃあ、一つずつでいいじゃん」


「物が一つ多かったら?」


 ロウは考える。


「四人目?」


「人が増えますか」


「増えない」


「物が一つ少なかったら?」


「誰かのがない」


「その人はいなくなりますか」


「ならない」


「では」


「数を合わせたら駄目?」


「合わせたくなることはあります」


「サクも?」


「はい」


 ロウは三つの丸を消さなかった。


 代わりに、それぞれの横へ小さく、


 分からない。


 と書いた。


 同じ字だった。


 だから、同じ分からなさとは決まらない。


***


 夜。


 朔は四枚の紙を並べた。


 共通時系列。


 ラグ。


 フィオナ。


 ミト。


 三人は、同じ調査へ参加した。


 同じ道へ入った。


 同じ黒い人影を見た可能性が高い。


 同じ日に、王都へ戻らなかった。


 そこまでは、一緒に書ける。


***


 ラグは、勇者候補として名乗った。


 剣が黒くなった。


 本人の姿は、その後確認されていない。


 剣らしき物が、曲がり角の先にある。


 それが本人の剣か。


 本人がそこまで来たのか。


 誰かが運んだのか。


 未確認。


***


 フィオナは、ラグの剣を拾った。


 腕が黒くなったという証言がある。


 本人の姿は、その後確認されていない。


 外套の一部かもしれない布が、さらに先の分岐にある。


 本人がそこを歩いたのか。


 布だけが運ばれたのか。


 未確認。


***


 ミトは、印や文字を写していた。


 接触後の最後の位置は不明瞭。


 本人が使用した可能性の高い板が、剣状物と布状物の間にあった。


 本人がそこへ置いたのか。


 落としたのか。


 誰かが動かしたのか。


 未確認。


***


 三人の痕跡は、一本の道にある。


 だが、一本の結末を示してはいなかった。


 別々の場所にあったから、別々の運命だとも決められない。


 同じ日に戻らなかったから、同じ場所で同じことが起きたとも。


***


 ジェンは、三人を置いて帰ったと語ってきた。


 その言葉は、彼の選択を消さないために残された。


 同時に。


 三人を一つの場所へ置いた言葉でもあった。


 だから、消さずに書き足した。


 自分は三人の帰還を確かめなかった。


 三人の最後を見たわけではない。


 同じ結末だと確認してはいない。


***


 三人を別々に書くことは、三人の繋がりを消すことではなかった。


 同じ道を歩いた。


 荷車を押した。


 石をどけた。


 印を待った。


 誰かが笑った。


 急かした者も待った。


 その時間は、共通の時系列に残る。


 だが、最後まで一緒だったとは書かない。


 同じ死を与えない。


 同じ空白へ入れない。


***


 剣。


 布。


 板。


 三つを、一人ずつへ配らない。


 三人を、三人分の損失へまとめない。


 ラグ・テイン。


 フィオナ・セルク。


 ミト。


 名前を一つずつ置く。


 それぞれの紙へ。


 分かっていることも。


 分からないことも。


 別々に。


 同じ道の上で、まだ同じ結末にしないまま。

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