↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
78/148

第六章 名を預ける道 ⑦ 呼ばれた順番

 次の調査案には、声を聞く目的は書かれなかった。


 前回、金属音は確認された。


 だが、言葉はなかった。


 今回の目的は、


 黒色金属様物複数確認地点の左側に、人が物へ触れず通過できる空間があるか確認する。


 それだけだった。


 窪みへ入らない。


 黒い金属へ触れない。


 剣らしき物へ近づかない。


 壁の欠けた文字を読み直さない。


 左側の床と壁を、曲がり角から五歩まで確認する。


 さらに道が続いていても、進まない。


「声がした場合は?」


 グラドが尋ねた。


「応答しません」


 朔が答えた。


「名前を呼ばれても?」


「応答しません」


「同行者の声なら?」


「本人の位置を確認します」


「行方不明者の声なら?」


「誰の声かを、その場では決めません」


***


 声が始まった場合の確認方法も決めた。


 呼ばれた名前を、通路内では繰り返さない。


 一つ目。


 二つ目。


 三つ目。


 番号だけで共有する。


 声の方向。


 高さ。


 一人の声か。


 複数か。


 知っている声に感じたか。


 それぞれ、帰還後に別々に記録する。


「なぜ、名前を繰り返さないんですか」


 グラドが尋ねた。


「呼び返したことになる可能性があるからです」


 ノエが答えた。


「名前を言うだけで?」


「分かりません」


「なら」


「増やさないためです」


 前と同じだった。


***


「声が、助けを求めた場合は?」


 外郭担当者が尋ねる。


「声だけでは、位置も本人も確認できません」


 マレアが答えた。


「無視する?」


「聞いたことは残します」


「苦しんでいても?」


「身体が見えれば、別の判断になります」


「声だけなら?」


「今日、声の方へは進みません」


「冷たくないですか」


 マレアは少し黙った。


「冷たいと感じる可能性はあります」


「それでも?」


「聞こえた苦痛を、見えていない人の身体だと決めて、今いる人を置きません」


***


 ジェンは、参加者の紙を最後まで読んだ。


 前回と同じ五人。


 黒川朔。


 ノエ・ハーラ。


 マレア・ソン。


 セオ・ラグナ。


 ジェン。


「今回も、行きますか」


 イサラが尋ねた。


「行く」


「左側が通れるかを見るために、ジェンさんの記憶は必須ではありません」


「分かっとる」


「六年前の道と照合する目的でもない」


「分かっとる」


「では、なぜ?」


「黒い物の先が、道具を下ろした場所かもしれん」


「確認したい?」


「はい」


「三人を探したい?」


「はい」


「今回の目的ではありません」


「分かっとる」


 ジェンは、そこで目を逸らさなかった。


「分かっとっても、行きたい」


***


「周囲は、ジェンさんに何を期待していますか」


 イサラが尋ねた。


「今度こそ連れて帰れ」


「ほかには?」


「道を知っとるなら、案内しろ」


「本人は?」


「道を見たい」


「やり直したい?」


 ジェンの右手が少し動く。


「そう思う時はある」


「今日、それをしますか」


「せん」


「声がしたら?」


「答えへん」


「ペルさんの声でも?」


 ジェンは、すぐには答えなかった。


「答えへん」


「フィオナさんが、ペルを返せと言っても?」


 右手の震えが強くなる。


「答えへん」


「身体が動いたら?」


「今いる人を見る」


***


 ジェンの出発時記録には、前回の恐怖が残っている。


 ペルの声を聞くこと。


 ラグ、フィオナ、ミトの名前を呼ばれること。


 今いる人を見ず、六年前に戻ろうとすること。


 周囲から、過去の続きとして振る舞うことを求められること。


「追加しますか」


 セオが尋ねた。


「何を」


「声が、以前と同じ言葉を使うこと」


「書いとけ」


 新しい一行。


 六年前に聞いたと本人が記憶する言葉を、再び聞くこと。


「同じ声なら?」


 グラドが尋ねた。


「同じと決めへん」


 ジェンが答えた。


「知っている声に聞こえても?」


「聞こえた、と言う」


「本人だとは?」


「言わん」


***


 帰る条件。


 一人でも現在の同行者の位置を確認できなくなった場合。


 声へ返事をした者がいた場合。


 決めた五歩を越えようとした者がいた場合。


 人影を確認した場合。


 床または黒い金属に動きがあった場合。


 マレアが戻ると言った場合。


「声が四人の名前を呼んでも、調査を続けますか」


 グラドが尋ねた。


「人数では決めません」


 マレアが答える。


「では」


「誰かの身体が、声へ向かい始めた時点で戻ります」


「動かなければ?」


「目的を達成した時点で戻ります」


 声を聞き続けるために、滞在しない。


***


 出発前。


 ミエルは、修理途中の車輪を作業場から動かさなかった。


「今日は音を聞く?」


 ジェンが尋ねる。


「帰ってから、お前が決める」


「俺が聞きたくない言うたら?」


「聞かない」


「客は?」


「昨日より怒ってる」


「何て伝えた」


「今日も終わらないかもしれない」


「六年前の道へ行くとは?」


「言ってない」


「何で」


「車輪が遅れる理由を、あんたの過去の話にして売らないためだよ」


 ジェンは返事をしなかった。


 車輪の鉄帯へ、触れもしなかった。


***


 リオは、朔の名前の紙を開かない。


「今、何て呼ばれたい」


「サクで」


「目的は」


「黒い金属の左側を、五歩まで確認する」


「声がしたら」


「答えません」


「ハルの声なら」


「ハルだと決めません」


「声が、サクと呼んだら」


「答えません」


「ほんまに?」


「分かりません」


「なら」


 リオは、進む五人を見る。


「こいつらの位置を忘れるな」


***


 仮板が開かれた。


 湿った石。


 弱い鉄の匂い。


 二本の車輪溝。


 入口の黒い木片。


 前回と同じ場所に見える。


 人影なし。


 声なし。


 白い文字。


 朔には見えない。


***


 五人が通路へ入る。


 マレア。


 朔。


 ジェン。


 ノエ。


 セオ。


 入口を越えた後、朔が前へ出る。


 ジェンは半歩後ろ。


 誰も、道を知る者を先頭にはしない。


 手と火の印。


 低い天井。


 右壁の擦れ跡。


 ジェンの肩が一度、左へ傾く。


 すぐに戻す。


「荷車はない」


 自分で言う。


「今いる人」


 ノエが続ける。


 ジェンは前後を見る。


「見えとる」


***


 最初の曲がり角。


 灯りを手前へ置く。


 黒い金属様物が、前回と同じ窪みに見える。


 長い剣。


 四角い枠。


 輪。


 釘。


 刃。


 黒い表面。


「動き」


 朔が尋ねる。


「確認できません」


 ノエ。


「前回図との大きな違いなし」


 セオ。


「同じとは?」


「書きません」


***


 左側の通路幅を確認する。


 窪みと左壁の間。


 一人が横向きになれば通れる。


 床には金属片が少ない。


 見える範囲では、二つ。


 小さな留め具。


 黒く曲がった釘。


「触れずに通れますか」


 朔が尋ねる。


 マレアが前へ出る。


 足を置く。


 左壁へ肩を近づける。


「通れます」


「全員?」


「ジェンさんは肩幅が広い」


「俺も通れる」


「壁へ触れずに?」


 ジェンが自分で位置を見る。


「右肩が近い」


「必要なら、壁へ触れますか」


「今日は触れへん」


「では」


 身体を少し斜めにする。


 通れる。


***


 曲がり角から一歩。


 前回の停止位置。


 二歩。


 白い木片を置いた場所。


 三歩。


 剣らしき物の柄が、横に見える。


 四歩。


 窪みの先に、通路が続く。


 左へわずかに曲がっている。


 五歩。


 今日の停止位置。


 床へ白い木片を置く。


 これより先へ行かない。


***


 停止位置の左壁には、浅い窪みがあった。


 人の肩ほどの高さ。


 四角い跡。


 何かを掛けていたようにも見える。


「金具は?」


 セオが尋ねる。


「ありません」


 朔。


「穴が二つ」


 ノエ。


「上下ではなく、横」


 マレア。


「板を留めとったかもしれん」


 ジェンが言う。


「六年前にありましたか」


「覚えてへん」


「板は?」


「今はない」


 その先。


 床の左端に、平たい黒い物が見えた。


 半分は、壁の影。


 縦横は、記録板に近い。


「板状物」


 朔が言う。


「位置」


「停止位置から先、左壁寄り」


「距離」


「二歩ほど」


「近づきますか」


「行きません」


 次の話で確認するための物だとは、まだ決めない。


***


 最初の声は、右側から聞こえた。


「ラグ」


 短い。


 遠くない。


 全員の身体が止まる。


 通路内では、名前を繰り返さない。


「一つ目を確認」


 朔が言う。


「私も」


 ノエ。


「確認」


 マレア。


 セオ。


 ジェンは答えなかった。


「ジェンさん」


「聞こえた」


「誰の声に?」


「分からん」


***


 声は、一人のものに聞こえた。


 朔には、低い男の声。


 壁の中から。


 ノエには、少し高く。


 通路の先から。


 マレアは、性別を判別できない。


 セオには、左後方。


 ジェンは、方向を言わなかった。


 その場では合わせない。


***


 二つ目。


「フィオナ」


 今度は、少し近い。


「二つ目を確認」


 朔が言う。


 ノエ。


 マレア。


 セオ。


 全員、聞いた。


 ジェンの右手が、身体の前へ上がる。


 何かを押し退ける形。


「何が見えますか」


 マレアが尋ねる。


「見えてへん」


「身体が?」


「石をどけようとした」


 六年前。


 フィオナが、荷車の前の石をどけた。


「今、石は?」


「ない」


 ジェンは手を下ろした。


***


 三つ目。


「ミト」


 声の高さが変わった。


 朔には、最初の声より低い。


 ノエには、同じ。


 マレアには、前の二つと別の声。


 セオには、一人が読み上げているように聞こえた。


「三つ目を確認」


 セオが言う。


 記録板は開いている。


 炭筆が止まっている。


「板状物に変化」


 朔が尋ねる。


「確認できません」


「声の位置」


「私には、左壁寄り」


 ノエ。


「板状物付近?」


「そう感じました」


「同じとは決めません」


 声と物を重ねない。


***


 ジェンが、平たい黒い物を見た。


「ミトの板かもしれん」


「見覚えがありますか」


 朔が尋ねる。


「形が」


「同じ?」


「遠い」


「近づきたい?」


「はい」


「今日の目的は?」


 ジェンは答えない。


 右足が、白い木片へ近づく。


 まだ越えていない。


***


 四つ目の声。


「ペル」


 ジェンの身体が固まった。


 朔には、今までと同じ低い声。


 ノエには、背後から。


 マレアには、天井近く。


 セオは、名前を確認したが、方向は分からない。


 ジェンは、口を開いたまま声を出さない。


「四つ目を確認」


 朔が言う。


「ジェンさん」


 返事がない。


「今いる人を」


 ノエが言う。


***


 ジェンの目は、黒い金属の窪みではなく、通路の奥へ向いていた。


 右手。


 何かの柄を握る形。


 左手。


 身体の後ろへ伸びる。


 荷車を引く時の形だった。


「ジェンさん」


 マレアが呼ぶ。


「今は荷車がありません」


 ジェンの唇が動く。


 声にならない。


***


 通路の先から、もう一つ声がした。


 朔には、


「返せ」


 と聞こえた。


 ノエには、


「戻せ」


 マレアには、二音の言葉。


 内容は判別できない。


 セオには、声そのものが聞こえなかった。


 ジェンだけが、はっきり言った。


「ペルを返せ」


 声を繰り返したのではない。


 自分に何と聞こえたかを、口にした。


***


 ジェンの右足が、前へ出る。


 白い木片の横。


 境界は越えていない。


 左手が、見えない荷車の柄を探す。


 六年前。


 フィオナの声。


 ペルの呼吸。


 荷車。


 置いてきた三人。


 帰った道。


 同じ形が、今の身体へ重なろうとしていた。


***


 朔はジェンへ手を伸ばさなかった。


 まだ、剣を抜いたデルの時とは違う。


 身体を止める前に、本人が戻れる可能性がある。


「前にいるのは、誰ですか」


 朔が尋ねた。


 名前を使わない。


 ジェンの目が動く。


「サク」


「横」


「マレア」


「中央」


「ノエ」


「後ろ」


「セオ」


「今、ペルさんは見えますか」


 ジェンは通路の奥を見る。


「見えへん」


「荷車は?」


「見えへん」


「六年前へ戻りますか」


 息を吸う。


 右手の形が崩れる。


***


「戻らない。今いる人を見る」


 ジェンが言った。


 記録に書いた言葉を読むように。


 だが、紙はここにない。


 自分の声で言った。


「六年前には戻らん」


 右足を引く。


 白い木片から離れる。


「今いる人を見る」


 もう一度。


 朔。


 マレア。


 ノエ。


 セオ。


 一人ずつ、目を向ける。


***


「調査を終了します」


 マレアが言った。


「身体は戻りました」


 ジェンが答える。


「声が続く可能性があります」


「はい」


「戻りますか」


「戻る」


 今度は、帰路を選ぶ言葉だった。


 六年前へ戻らない。


 入口へ戻る。


 同じ言葉の向きは、同じではなかった。


***


 セオが記録板を閉じる。


 板状物の形を、もう一度見ようとはしない。


 ノエが灯りを持つ。


 朔が白い木片を拾う。


 境界を残さない。


 ジェンは、最後に残らない。


 朔と同じ位置で身体を帰路へ向けた。


***


 後ろから、五つ目の声は来なかった。


 代わりに、最初の名前がもう一度聞こえた。


 朔には、


「ラグ」


 ノエには、短い男の声。


 内容は判別できない。


 マレアには、声なし。


 セオには、金属音。


 ジェンは振り返らない。


「声を確認」


 朔が言う。


「名前は帰還後」


 ノエ。


「戻る」


 マレア。


***


 窪みの横を通る。


 黒い長剣は、前回と同じ位置に見える。


 誰も確かめない。


 小さな輪が動いたかも見ない。


 ジェンは剣を見なかった。


「剣は人やない」


 前を向いたまま言う。


「はい」


 朔が答える。


「声も、人とは決まらん」


「はい」


「でも、聞こえた」


「はい」


 聞こえたことを消さない。


 本人にはしない。


***


 曲がり角を越える。


 手と火の印。


 低い天井。


 右壁の擦れ跡。


 ジェンの肩が左へ傾く。


 今度は、身体を戻す前に言った。


「荷車はない」


「前」


 朔。


「中央」


 ノエ。


「後ろ」


 セオ。


「横」


 マレア。


「全員、今におる」


 ジェンが言った。


***


 入口の黒い木片。


 ノエの火が、少し揺れる。


「火に変化」


「持てますか」


 マレアが尋ねる。


「はい」


「木片」


「反射を確認しました」


 ノエ。


「私は確認せず」


 朔。


「帰路を続けます」


 火の変化を理由に止まらない。


***


 仮板の外。


 マレア。


 朔。


 ジェン。


 ノエ。


 セオ。


 五人。


 全員、戻る。


 持ち込んだ物。


 すべてある。


 向こうから持ち出した物。


 なし。


 向こうへ残した物。


 なし。


 サナが流れを見る。


「四つ目の名前が聞こえたと報告された時刻付近で、流れが一度強まりました」


「同じ時刻ですか」


 イサラが尋ねる。


「砂時計の誤差内です」


「関係は?」


「未確認」


***


 仮板が閉じられる。


 三枚。


 二つの錠。


 確認孔。


 声は、倉の外まで届かなかった。


 エリオも。


 ミエルも。


 サナも。


 帰還側の誰も、名前を聞いていない。


***


 帰還後の身体確認では、ジェンの両手に震えがあった。


 出発前は右手だけ。


「痛み」


「ない」


「呼吸」


「速い」


「声は、今も聞こえますか」


「聞こえへん」


「ペルさんは見えますか」


「見えへん」


「荷車」


「ない」


「今いる人」


 ジェンは周囲を見る。


 五人の同行者。


 帰還側。


 ミエル。


 エリオ。


 イサラ。


 リオ。


「見えとる」


***


 ミエルは、車輪の話をしなかった。


「帰ったら、車輪を聞く予定でした」


 グラドが言う。


「今日は決めてない」


 ミエルが答える。


「前回の記録では」


「前回のジェンが、今のジェンへ命令したわけじゃない」


「本人は?」


 ジェンは両手を見る。


「今日は聞かん」


「なぜ?」


「道の声が残っとる」


「車輪は?」


「明日」


「客は?」


「また待たせる」


「償いですか」


 イサラが尋ねた。


「違う」


 ジェンは答えた。


「今の耳で、車輪の終わりを決めんだけや」


***


 リオは朔の前に立った。


「どこまで」


「決めた五歩まで」


「越えたか」


「越えていません」


「何があった」


「四人の名前が聞こえました」


「誰」


 朔は一つずつ言った。


「ラグ。フィオナ。ミト。ペル」


「その順か」


「俺には」


「ほかの奴は?」


「帰還後に確認します」


「ハルは」


「呼ばれていません」


「サクは」


「呼ばれていません」


「声へ答えたか」


「答えていません」


「名前を繰り返したか」


「通路内では、番号だけを使いました」


「ジェンは」


「ペルを返せ、と聞こえたことを言いました」


「進んだか」


「境界の手前で止まりました」


「誰が止めた」


 朔はジェンを見る。


「ジェンさん自身が戻りました」


***


「今、何て呼ばれたい」


「サクで」


「紙を見るか」


「まだ」


「声の中に、お前の名前はなかった」


「はい」


「なくても、自分で言える」


「はい」


「なら、まだ持っとく」


 リオは紙を出さない。


***


 聞こえた順番は、一人ずつ別の紙へ書かれた。


 朔。


 一、ラグ。


 二、フィオナ。


 三、ミト。


 四、ペル。


 帰路で、ラグと聞こえる声を再度確認。


 ノエ。


 一、ラグ。


 二、フィオナ。


 三、ミト。


 四、ペル。


 帰路の声は内容判別できず。


 マレア。


 一つ目は人名様音声。内容はラグに近いが、確定せず。


 二、フィオナ。


 三、ミト。


 四、ペル。


 帰路の声は確認せず。


 セオ。


 一、ラグ。


 二、フィオナ。


 三、ミト。


 四、ペル。


 帰路では金属音を確認。


 ジェン。


 一、ラグ。


 二、フィオナ。


 三、ミト。


 四、ペル。


 その後、フィオナの声に近い音で「ペルを返せ」と聞いた。


***


「全員、同じ順番です」


 グラドが言った。


「一つ目について、マレアさんは確定していません」


 セオが答える。


「ほかの四人は一致」


「はい」


「なら、順番には意味が」


「ある可能性はあります」


「六年前の隊列?」


 ジェンが首を横に振る。


「違う」


「当時の順は?」


「中へ入った時は、ミト。ラグ。フィオナ。サナ。ペル。ガウ。俺」


「行方不明になった順?」


「見てへん」


「死亡した順?」


「分からん」


「役職順?」


「何を基準に?」


 セオが尋ねる。


 勇者候補。


 勇者候補。


 記録員。


 治療官。


 そう並べれば、役目の順にも見える。


 だが、ラグとフィオナの順位は違う。


 ミトとペルの役目に、上下はない。


***


「現在の記録に並ぶ順番と同じです」


 ネラが言った。


 六年前の事故要約。


 帰還未確認。


 ラグ・テイン。


 フィオナ・セルク。


 ミト。


 帰還後死亡。


 ペル・オウダ。


 その順だった。


「声が記録を読んだ?」


 グラドが尋ねる。


「そうとは言えません」


「参加者全員が、この順番を知っていた?」


 朔。


 知っていた。


 ノエ。


 読んでいる。


 マレア。


 治療記録で確認。


 セオ。


 記録担当として把握。


 ジェン。


「最近の紙では見た」


「では、全員の記憶が同じ順を作った可能性」


「あります」


 マレアが答える。


「声が外から来た可能性も」


「あります」


「どちらを?」


「決めません」


***


「声の主は、一人ですか」


 グラドが尋ねる。


 朔。


「同じ低い声に聞こえました」


 ノエ。


「一つ目と二つ目は違う声。三つ目と四つ目は近い声」


 マレア。


「少なくとも二種類に感じました」


 セオ。


「一人が読み上げているように聞こえました」


 ジェン。


「四つ目までは分からん。最後はフィオナに近かった」


「本人の声?」


「近かった」


「同じ?」


「決めへん」


***


 記録の見出しは、


 旧搬入口通路内で確認された人名様音声


 となった。


 死者の声。


 行方不明者の呼び声。


 そうは書かない。


 名前が正しく聞こえたこと。


 本人が発声したこと。


 同じにはしない。


***


「ジェンさんが『ペルを返せ』と繰り返したことで、応答したことになりませんか」


 グラドが尋ねた。


「声へ返したのではありません」


 朔が答える。


「何と聞こえたかを共有した」


「声が区別するとは限りません」


「はい」


「では、危険行為?」


 ジェンが答える。


「危険やったかもしれん」


「処分は?」


「何でや」


「応答しない条件に」


「俺は、誰かへ返事したつもりはない」


「でも、同じ言葉を」


「した」


「では」


「次は、通路内では言わん」


 ジェンは自分で言った。


「聞こえた内容を、番号で伝える。戻ってから言う」


「参加を続けたい?」


「はい」


「同じ声がしたら?」


「今いる人を見る」


***


「今回、ジェンさんは自分で戻れましたか」


 グラドが尋ねる。


「一人で、とは書くな」


 ジェンが答えた。


「なぜ?」


「サクが前と横を聞いた。ノエが今いる人を言うた。マレアが荷車はない言うた」


「でも、足を戻したのは本人」


「そうや」


「では」


「俺が足を戻した。ほかの四人の声も聞いた」


 主体性を、一人きりの達成にはしない。


***


 ミエルは帰還記録を読んだ。


「六年前に戻らなかった、って書くの?」


「本人は、戻らないと言いました」


 セオが答える。


「でも、身体は六年前の荷車を引こうとした」


「はい」


「なら、戻りかけた?」


 ジェンが言う。


「そうや」


「止まった?」


「今へ戻した」


「誰が?」


「俺も。あいつらも」


 ミエルは頷く。


「じゃあ、明日の車輪も、今日と同じ音に戻さなくていいね」


「違う音でええ」


「今のジェンが聞く?」


「はい」


***


 リサとモナへ、この調査の声を伝えるか。


 すぐには決めなかった。


「ラグの名前が呼ばれたことは、新しい情報です」


 グラドが言う。


「ラグ本人の声ではありません」


 朔が答える。


「それでも、家族には」


「伝える内容と時刻を先に確認します」


「隠す?」


「急に『ラグの声がした』と届けません」


 伝えるなら、


 ラグという名前に聞こえる音声を複数人が確認。


 発声者は未確認。


 ラグ本人の声とは判定していない。


 順番と現在記録との一致がある。


 参加者全員が事前に順番を知っていた可能性がある。


 そこまでを、一緒に伝える。


 名前だけを先に走らせない。


***


 街には、先に別の話が出た。


 黒い道が、四人の死者を順番に呼んだ。


 最後に呼ばれた者から帰ってくる。


 記録に名前を書かれた順に、道へ取られる。


 勇者。


 勇者。


 記録員。


 治療官。


 次は殻の子。


「ペルさんは帰ってきています」


 ロウが言った。


 語り手の紙を読んでいた。


「三日だけだけど」


「はい」


 朔が答える。


「じゃあ、死者四人じゃない」


「はい」


「でも、今は死んでる」


「帰って三日生きました」


「同じじゃないの?」


「帰ったことは消えません」


 ロウは紙を見る。


「順番に意味はある?」


「分かりません」


「同じ順だったんでしょ」


「はい」


「じゃあ」


「同じ順だったことと、意味が分かったことは違います」


***


 夜。


 朔は、五人分の声の記録を並べた。


 名前の順番は近い。


 声の数。


 高さ。


 方向。


 帰路の最後の音。


 同じではない。


 三つ目の声を、板状物の近くに感じた者がいる。


 感じなかった者も。


 平たい黒い物。


 横に二つの穴があった壁。


 ミトの記録板に似ていると、ジェンは思った。


 同じとは確認されていない。


***


 ラグ。


 フィオナ。


 ミト。


 ペル。


 名前は順番に呼ばれた。


 だが、その順は、


 道を歩いた順ではなかった。


 消えた順とも。


 死んだ順とも。


 戻る順とも。


 人の価値の順でもない。


 現在の記録に並べられた順と同じだった。


 だから、声が記録を知っているとは決められない。


 聞いた者たちが、記録の順で音を受け取った可能性も残る。


***


 名前が呼ばれたから、本人がそこにいるとは限らない。


 正しい名前でも。


 知っている声でも。


 過去と同じ言葉でも。


 声は、身体より先に届く。


 姿がなくても。


 帰る場所がなくても。


 名前だけを、道の奥から返すことができる。


***


 ジェンは、四人の名前を聞いた。


 六年前と同じに感じた言葉も。


 身体は、見えない荷車を引こうとした。


 それでも、声の順番へ自分を加えなかった。


 ペルの名の次に、ジェンとして過去へ入らなかった。


 今いる四人を見た。


 自分の足を、入口へ向けた。


***


 その日、道から呼ばれた名前は四つだった。


 持ち帰った名前は五つではない。


 入口の外には、それ以上の名前が待っていた。


 イサラ。


 エリオ。


 サナ。


 ミエル。


 アナ。


 トエ。


 ネラ。


 リオ。


 声を聞かなかった者たち。


 それでも、帰る場所にいた者たち。


***


 呼ばれなかったから、そこにいないわけではない。


 呼ばれたから、そこにいるとも限らない。


 名前の順番は残す。


 だが、その順番に人を並べ直さない。


 ジェンは、六年前へ戻らなかった。


 戻らなかっただけでもない。


 現在へ戻る方を、自分で選んだ。


 そして平たい黒い板状物は、声が止んだ場所の先に残った。


 ミトという名前を、まだ付けられないまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。