第六章 名を預ける道 ⑦ 呼ばれた順番
次の調査案には、声を聞く目的は書かれなかった。
前回、金属音は確認された。
だが、言葉はなかった。
今回の目的は、
黒色金属様物複数確認地点の左側に、人が物へ触れず通過できる空間があるか確認する。
それだけだった。
窪みへ入らない。
黒い金属へ触れない。
剣らしき物へ近づかない。
壁の欠けた文字を読み直さない。
左側の床と壁を、曲がり角から五歩まで確認する。
さらに道が続いていても、進まない。
「声がした場合は?」
グラドが尋ねた。
「応答しません」
朔が答えた。
「名前を呼ばれても?」
「応答しません」
「同行者の声なら?」
「本人の位置を確認します」
「行方不明者の声なら?」
「誰の声かを、その場では決めません」
***
声が始まった場合の確認方法も決めた。
呼ばれた名前を、通路内では繰り返さない。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
番号だけで共有する。
声の方向。
高さ。
一人の声か。
複数か。
知っている声に感じたか。
それぞれ、帰還後に別々に記録する。
「なぜ、名前を繰り返さないんですか」
グラドが尋ねた。
「呼び返したことになる可能性があるからです」
ノエが答えた。
「名前を言うだけで?」
「分かりません」
「なら」
「増やさないためです」
前と同じだった。
***
「声が、助けを求めた場合は?」
外郭担当者が尋ねる。
「声だけでは、位置も本人も確認できません」
マレアが答えた。
「無視する?」
「聞いたことは残します」
「苦しんでいても?」
「身体が見えれば、別の判断になります」
「声だけなら?」
「今日、声の方へは進みません」
「冷たくないですか」
マレアは少し黙った。
「冷たいと感じる可能性はあります」
「それでも?」
「聞こえた苦痛を、見えていない人の身体だと決めて、今いる人を置きません」
***
ジェンは、参加者の紙を最後まで読んだ。
前回と同じ五人。
黒川朔。
ノエ・ハーラ。
マレア・ソン。
セオ・ラグナ。
ジェン。
「今回も、行きますか」
イサラが尋ねた。
「行く」
「左側が通れるかを見るために、ジェンさんの記憶は必須ではありません」
「分かっとる」
「六年前の道と照合する目的でもない」
「分かっとる」
「では、なぜ?」
「黒い物の先が、道具を下ろした場所かもしれん」
「確認したい?」
「はい」
「三人を探したい?」
「はい」
「今回の目的ではありません」
「分かっとる」
ジェンは、そこで目を逸らさなかった。
「分かっとっても、行きたい」
***
「周囲は、ジェンさんに何を期待していますか」
イサラが尋ねた。
「今度こそ連れて帰れ」
「ほかには?」
「道を知っとるなら、案内しろ」
「本人は?」
「道を見たい」
「やり直したい?」
ジェンの右手が少し動く。
「そう思う時はある」
「今日、それをしますか」
「せん」
「声がしたら?」
「答えへん」
「ペルさんの声でも?」
ジェンは、すぐには答えなかった。
「答えへん」
「フィオナさんが、ペルを返せと言っても?」
右手の震えが強くなる。
「答えへん」
「身体が動いたら?」
「今いる人を見る」
***
ジェンの出発時記録には、前回の恐怖が残っている。
ペルの声を聞くこと。
ラグ、フィオナ、ミトの名前を呼ばれること。
今いる人を見ず、六年前に戻ろうとすること。
周囲から、過去の続きとして振る舞うことを求められること。
「追加しますか」
セオが尋ねた。
「何を」
「声が、以前と同じ言葉を使うこと」
「書いとけ」
新しい一行。
六年前に聞いたと本人が記憶する言葉を、再び聞くこと。
「同じ声なら?」
グラドが尋ねた。
「同じと決めへん」
ジェンが答えた。
「知っている声に聞こえても?」
「聞こえた、と言う」
「本人だとは?」
「言わん」
***
帰る条件。
一人でも現在の同行者の位置を確認できなくなった場合。
声へ返事をした者がいた場合。
決めた五歩を越えようとした者がいた場合。
人影を確認した場合。
床または黒い金属に動きがあった場合。
マレアが戻ると言った場合。
「声が四人の名前を呼んでも、調査を続けますか」
グラドが尋ねた。
「人数では決めません」
マレアが答える。
「では」
「誰かの身体が、声へ向かい始めた時点で戻ります」
「動かなければ?」
「目的を達成した時点で戻ります」
声を聞き続けるために、滞在しない。
***
出発前。
ミエルは、修理途中の車輪を作業場から動かさなかった。
「今日は音を聞く?」
ジェンが尋ねる。
「帰ってから、お前が決める」
「俺が聞きたくない言うたら?」
「聞かない」
「客は?」
「昨日より怒ってる」
「何て伝えた」
「今日も終わらないかもしれない」
「六年前の道へ行くとは?」
「言ってない」
「何で」
「車輪が遅れる理由を、あんたの過去の話にして売らないためだよ」
ジェンは返事をしなかった。
車輪の鉄帯へ、触れもしなかった。
***
リオは、朔の名前の紙を開かない。
「今、何て呼ばれたい」
「サクで」
「目的は」
「黒い金属の左側を、五歩まで確認する」
「声がしたら」
「答えません」
「ハルの声なら」
「ハルだと決めません」
「声が、サクと呼んだら」
「答えません」
「ほんまに?」
「分かりません」
「なら」
リオは、進む五人を見る。
「こいつらの位置を忘れるな」
***
仮板が開かれた。
湿った石。
弱い鉄の匂い。
二本の車輪溝。
入口の黒い木片。
前回と同じ場所に見える。
人影なし。
声なし。
白い文字。
朔には見えない。
***
五人が通路へ入る。
マレア。
朔。
ジェン。
ノエ。
セオ。
入口を越えた後、朔が前へ出る。
ジェンは半歩後ろ。
誰も、道を知る者を先頭にはしない。
手と火の印。
低い天井。
右壁の擦れ跡。
ジェンの肩が一度、左へ傾く。
すぐに戻す。
「荷車はない」
自分で言う。
「今いる人」
ノエが続ける。
ジェンは前後を見る。
「見えとる」
***
最初の曲がり角。
灯りを手前へ置く。
黒い金属様物が、前回と同じ窪みに見える。
長い剣。
四角い枠。
輪。
釘。
刃。
黒い表面。
「動き」
朔が尋ねる。
「確認できません」
ノエ。
「前回図との大きな違いなし」
セオ。
「同じとは?」
「書きません」
***
左側の通路幅を確認する。
窪みと左壁の間。
一人が横向きになれば通れる。
床には金属片が少ない。
見える範囲では、二つ。
小さな留め具。
黒く曲がった釘。
「触れずに通れますか」
朔が尋ねる。
マレアが前へ出る。
足を置く。
左壁へ肩を近づける。
「通れます」
「全員?」
「ジェンさんは肩幅が広い」
「俺も通れる」
「壁へ触れずに?」
ジェンが自分で位置を見る。
「右肩が近い」
「必要なら、壁へ触れますか」
「今日は触れへん」
「では」
身体を少し斜めにする。
通れる。
***
曲がり角から一歩。
前回の停止位置。
二歩。
白い木片を置いた場所。
三歩。
剣らしき物の柄が、横に見える。
四歩。
窪みの先に、通路が続く。
左へわずかに曲がっている。
五歩。
今日の停止位置。
床へ白い木片を置く。
これより先へ行かない。
***
停止位置の左壁には、浅い窪みがあった。
人の肩ほどの高さ。
四角い跡。
何かを掛けていたようにも見える。
「金具は?」
セオが尋ねる。
「ありません」
朔。
「穴が二つ」
ノエ。
「上下ではなく、横」
マレア。
「板を留めとったかもしれん」
ジェンが言う。
「六年前にありましたか」
「覚えてへん」
「板は?」
「今はない」
その先。
床の左端に、平たい黒い物が見えた。
半分は、壁の影。
縦横は、記録板に近い。
「板状物」
朔が言う。
「位置」
「停止位置から先、左壁寄り」
「距離」
「二歩ほど」
「近づきますか」
「行きません」
次の話で確認するための物だとは、まだ決めない。
***
最初の声は、右側から聞こえた。
「ラグ」
短い。
遠くない。
全員の身体が止まる。
通路内では、名前を繰り返さない。
「一つ目を確認」
朔が言う。
「私も」
ノエ。
「確認」
マレア。
セオ。
ジェンは答えなかった。
「ジェンさん」
「聞こえた」
「誰の声に?」
「分からん」
***
声は、一人のものに聞こえた。
朔には、低い男の声。
壁の中から。
ノエには、少し高く。
通路の先から。
マレアは、性別を判別できない。
セオには、左後方。
ジェンは、方向を言わなかった。
その場では合わせない。
***
二つ目。
「フィオナ」
今度は、少し近い。
「二つ目を確認」
朔が言う。
ノエ。
マレア。
セオ。
全員、聞いた。
ジェンの右手が、身体の前へ上がる。
何かを押し退ける形。
「何が見えますか」
マレアが尋ねる。
「見えてへん」
「身体が?」
「石をどけようとした」
六年前。
フィオナが、荷車の前の石をどけた。
「今、石は?」
「ない」
ジェンは手を下ろした。
***
三つ目。
「ミト」
声の高さが変わった。
朔には、最初の声より低い。
ノエには、同じ。
マレアには、前の二つと別の声。
セオには、一人が読み上げているように聞こえた。
「三つ目を確認」
セオが言う。
記録板は開いている。
炭筆が止まっている。
「板状物に変化」
朔が尋ねる。
「確認できません」
「声の位置」
「私には、左壁寄り」
ノエ。
「板状物付近?」
「そう感じました」
「同じとは決めません」
声と物を重ねない。
***
ジェンが、平たい黒い物を見た。
「ミトの板かもしれん」
「見覚えがありますか」
朔が尋ねる。
「形が」
「同じ?」
「遠い」
「近づきたい?」
「はい」
「今日の目的は?」
ジェンは答えない。
右足が、白い木片へ近づく。
まだ越えていない。
***
四つ目の声。
「ペル」
ジェンの身体が固まった。
朔には、今までと同じ低い声。
ノエには、背後から。
マレアには、天井近く。
セオは、名前を確認したが、方向は分からない。
ジェンは、口を開いたまま声を出さない。
「四つ目を確認」
朔が言う。
「ジェンさん」
返事がない。
「今いる人を」
ノエが言う。
***
ジェンの目は、黒い金属の窪みではなく、通路の奥へ向いていた。
右手。
何かの柄を握る形。
左手。
身体の後ろへ伸びる。
荷車を引く時の形だった。
「ジェンさん」
マレアが呼ぶ。
「今は荷車がありません」
ジェンの唇が動く。
声にならない。
***
通路の先から、もう一つ声がした。
朔には、
「返せ」
と聞こえた。
ノエには、
「戻せ」
マレアには、二音の言葉。
内容は判別できない。
セオには、声そのものが聞こえなかった。
ジェンだけが、はっきり言った。
「ペルを返せ」
声を繰り返したのではない。
自分に何と聞こえたかを、口にした。
***
ジェンの右足が、前へ出る。
白い木片の横。
境界は越えていない。
左手が、見えない荷車の柄を探す。
六年前。
フィオナの声。
ペルの呼吸。
荷車。
置いてきた三人。
帰った道。
同じ形が、今の身体へ重なろうとしていた。
***
朔はジェンへ手を伸ばさなかった。
まだ、剣を抜いたデルの時とは違う。
身体を止める前に、本人が戻れる可能性がある。
「前にいるのは、誰ですか」
朔が尋ねた。
名前を使わない。
ジェンの目が動く。
「サク」
「横」
「マレア」
「中央」
「ノエ」
「後ろ」
「セオ」
「今、ペルさんは見えますか」
ジェンは通路の奥を見る。
「見えへん」
「荷車は?」
「見えへん」
「六年前へ戻りますか」
息を吸う。
右手の形が崩れる。
***
「戻らない。今いる人を見る」
ジェンが言った。
記録に書いた言葉を読むように。
だが、紙はここにない。
自分の声で言った。
「六年前には戻らん」
右足を引く。
白い木片から離れる。
「今いる人を見る」
もう一度。
朔。
マレア。
ノエ。
セオ。
一人ずつ、目を向ける。
***
「調査を終了します」
マレアが言った。
「身体は戻りました」
ジェンが答える。
「声が続く可能性があります」
「はい」
「戻りますか」
「戻る」
今度は、帰路を選ぶ言葉だった。
六年前へ戻らない。
入口へ戻る。
同じ言葉の向きは、同じではなかった。
***
セオが記録板を閉じる。
板状物の形を、もう一度見ようとはしない。
ノエが灯りを持つ。
朔が白い木片を拾う。
境界を残さない。
ジェンは、最後に残らない。
朔と同じ位置で身体を帰路へ向けた。
***
後ろから、五つ目の声は来なかった。
代わりに、最初の名前がもう一度聞こえた。
朔には、
「ラグ」
ノエには、短い男の声。
内容は判別できない。
マレアには、声なし。
セオには、金属音。
ジェンは振り返らない。
「声を確認」
朔が言う。
「名前は帰還後」
ノエ。
「戻る」
マレア。
***
窪みの横を通る。
黒い長剣は、前回と同じ位置に見える。
誰も確かめない。
小さな輪が動いたかも見ない。
ジェンは剣を見なかった。
「剣は人やない」
前を向いたまま言う。
「はい」
朔が答える。
「声も、人とは決まらん」
「はい」
「でも、聞こえた」
「はい」
聞こえたことを消さない。
本人にはしない。
***
曲がり角を越える。
手と火の印。
低い天井。
右壁の擦れ跡。
ジェンの肩が左へ傾く。
今度は、身体を戻す前に言った。
「荷車はない」
「前」
朔。
「中央」
ノエ。
「後ろ」
セオ。
「横」
マレア。
「全員、今におる」
ジェンが言った。
***
入口の黒い木片。
ノエの火が、少し揺れる。
「火に変化」
「持てますか」
マレアが尋ねる。
「はい」
「木片」
「反射を確認しました」
ノエ。
「私は確認せず」
朔。
「帰路を続けます」
火の変化を理由に止まらない。
***
仮板の外。
マレア。
朔。
ジェン。
ノエ。
セオ。
五人。
全員、戻る。
持ち込んだ物。
すべてある。
向こうから持ち出した物。
なし。
向こうへ残した物。
なし。
サナが流れを見る。
「四つ目の名前が聞こえたと報告された時刻付近で、流れが一度強まりました」
「同じ時刻ですか」
イサラが尋ねる。
「砂時計の誤差内です」
「関係は?」
「未確認」
***
仮板が閉じられる。
三枚。
二つの錠。
確認孔。
声は、倉の外まで届かなかった。
エリオも。
ミエルも。
サナも。
帰還側の誰も、名前を聞いていない。
***
帰還後の身体確認では、ジェンの両手に震えがあった。
出発前は右手だけ。
「痛み」
「ない」
「呼吸」
「速い」
「声は、今も聞こえますか」
「聞こえへん」
「ペルさんは見えますか」
「見えへん」
「荷車」
「ない」
「今いる人」
ジェンは周囲を見る。
五人の同行者。
帰還側。
ミエル。
エリオ。
イサラ。
リオ。
「見えとる」
***
ミエルは、車輪の話をしなかった。
「帰ったら、車輪を聞く予定でした」
グラドが言う。
「今日は決めてない」
ミエルが答える。
「前回の記録では」
「前回のジェンが、今のジェンへ命令したわけじゃない」
「本人は?」
ジェンは両手を見る。
「今日は聞かん」
「なぜ?」
「道の声が残っとる」
「車輪は?」
「明日」
「客は?」
「また待たせる」
「償いですか」
イサラが尋ねた。
「違う」
ジェンは答えた。
「今の耳で、車輪の終わりを決めんだけや」
***
リオは朔の前に立った。
「どこまで」
「決めた五歩まで」
「越えたか」
「越えていません」
「何があった」
「四人の名前が聞こえました」
「誰」
朔は一つずつ言った。
「ラグ。フィオナ。ミト。ペル」
「その順か」
「俺には」
「ほかの奴は?」
「帰還後に確認します」
「ハルは」
「呼ばれていません」
「サクは」
「呼ばれていません」
「声へ答えたか」
「答えていません」
「名前を繰り返したか」
「通路内では、番号だけを使いました」
「ジェンは」
「ペルを返せ、と聞こえたことを言いました」
「進んだか」
「境界の手前で止まりました」
「誰が止めた」
朔はジェンを見る。
「ジェンさん自身が戻りました」
***
「今、何て呼ばれたい」
「サクで」
「紙を見るか」
「まだ」
「声の中に、お前の名前はなかった」
「はい」
「なくても、自分で言える」
「はい」
「なら、まだ持っとく」
リオは紙を出さない。
***
聞こえた順番は、一人ずつ別の紙へ書かれた。
朔。
一、ラグ。
二、フィオナ。
三、ミト。
四、ペル。
帰路で、ラグと聞こえる声を再度確認。
ノエ。
一、ラグ。
二、フィオナ。
三、ミト。
四、ペル。
帰路の声は内容判別できず。
マレア。
一つ目は人名様音声。内容はラグに近いが、確定せず。
二、フィオナ。
三、ミト。
四、ペル。
帰路の声は確認せず。
セオ。
一、ラグ。
二、フィオナ。
三、ミト。
四、ペル。
帰路では金属音を確認。
ジェン。
一、ラグ。
二、フィオナ。
三、ミト。
四、ペル。
その後、フィオナの声に近い音で「ペルを返せ」と聞いた。
***
「全員、同じ順番です」
グラドが言った。
「一つ目について、マレアさんは確定していません」
セオが答える。
「ほかの四人は一致」
「はい」
「なら、順番には意味が」
「ある可能性はあります」
「六年前の隊列?」
ジェンが首を横に振る。
「違う」
「当時の順は?」
「中へ入った時は、ミト。ラグ。フィオナ。サナ。ペル。ガウ。俺」
「行方不明になった順?」
「見てへん」
「死亡した順?」
「分からん」
「役職順?」
「何を基準に?」
セオが尋ねる。
勇者候補。
勇者候補。
記録員。
治療官。
そう並べれば、役目の順にも見える。
だが、ラグとフィオナの順位は違う。
ミトとペルの役目に、上下はない。
***
「現在の記録に並ぶ順番と同じです」
ネラが言った。
六年前の事故要約。
帰還未確認。
ラグ・テイン。
フィオナ・セルク。
ミト。
帰還後死亡。
ペル・オウダ。
その順だった。
「声が記録を読んだ?」
グラドが尋ねる。
「そうとは言えません」
「参加者全員が、この順番を知っていた?」
朔。
知っていた。
ノエ。
読んでいる。
マレア。
治療記録で確認。
セオ。
記録担当として把握。
ジェン。
「最近の紙では見た」
「では、全員の記憶が同じ順を作った可能性」
「あります」
マレアが答える。
「声が外から来た可能性も」
「あります」
「どちらを?」
「決めません」
***
「声の主は、一人ですか」
グラドが尋ねる。
朔。
「同じ低い声に聞こえました」
ノエ。
「一つ目と二つ目は違う声。三つ目と四つ目は近い声」
マレア。
「少なくとも二種類に感じました」
セオ。
「一人が読み上げているように聞こえました」
ジェン。
「四つ目までは分からん。最後はフィオナに近かった」
「本人の声?」
「近かった」
「同じ?」
「決めへん」
***
記録の見出しは、
旧搬入口通路内で確認された人名様音声
となった。
死者の声。
行方不明者の呼び声。
そうは書かない。
名前が正しく聞こえたこと。
本人が発声したこと。
同じにはしない。
***
「ジェンさんが『ペルを返せ』と繰り返したことで、応答したことになりませんか」
グラドが尋ねた。
「声へ返したのではありません」
朔が答える。
「何と聞こえたかを共有した」
「声が区別するとは限りません」
「はい」
「では、危険行為?」
ジェンが答える。
「危険やったかもしれん」
「処分は?」
「何でや」
「応答しない条件に」
「俺は、誰かへ返事したつもりはない」
「でも、同じ言葉を」
「した」
「では」
「次は、通路内では言わん」
ジェンは自分で言った。
「聞こえた内容を、番号で伝える。戻ってから言う」
「参加を続けたい?」
「はい」
「同じ声がしたら?」
「今いる人を見る」
***
「今回、ジェンさんは自分で戻れましたか」
グラドが尋ねる。
「一人で、とは書くな」
ジェンが答えた。
「なぜ?」
「サクが前と横を聞いた。ノエが今いる人を言うた。マレアが荷車はない言うた」
「でも、足を戻したのは本人」
「そうや」
「では」
「俺が足を戻した。ほかの四人の声も聞いた」
主体性を、一人きりの達成にはしない。
***
ミエルは帰還記録を読んだ。
「六年前に戻らなかった、って書くの?」
「本人は、戻らないと言いました」
セオが答える。
「でも、身体は六年前の荷車を引こうとした」
「はい」
「なら、戻りかけた?」
ジェンが言う。
「そうや」
「止まった?」
「今へ戻した」
「誰が?」
「俺も。あいつらも」
ミエルは頷く。
「じゃあ、明日の車輪も、今日と同じ音に戻さなくていいね」
「違う音でええ」
「今のジェンが聞く?」
「はい」
***
リサとモナへ、この調査の声を伝えるか。
すぐには決めなかった。
「ラグの名前が呼ばれたことは、新しい情報です」
グラドが言う。
「ラグ本人の声ではありません」
朔が答える。
「それでも、家族には」
「伝える内容と時刻を先に確認します」
「隠す?」
「急に『ラグの声がした』と届けません」
伝えるなら、
ラグという名前に聞こえる音声を複数人が確認。
発声者は未確認。
ラグ本人の声とは判定していない。
順番と現在記録との一致がある。
参加者全員が事前に順番を知っていた可能性がある。
そこまでを、一緒に伝える。
名前だけを先に走らせない。
***
街には、先に別の話が出た。
黒い道が、四人の死者を順番に呼んだ。
最後に呼ばれた者から帰ってくる。
記録に名前を書かれた順に、道へ取られる。
勇者。
勇者。
記録員。
治療官。
次は殻の子。
「ペルさんは帰ってきています」
ロウが言った。
語り手の紙を読んでいた。
「三日だけだけど」
「はい」
朔が答える。
「じゃあ、死者四人じゃない」
「はい」
「でも、今は死んでる」
「帰って三日生きました」
「同じじゃないの?」
「帰ったことは消えません」
ロウは紙を見る。
「順番に意味はある?」
「分かりません」
「同じ順だったんでしょ」
「はい」
「じゃあ」
「同じ順だったことと、意味が分かったことは違います」
***
夜。
朔は、五人分の声の記録を並べた。
名前の順番は近い。
声の数。
高さ。
方向。
帰路の最後の音。
同じではない。
三つ目の声を、板状物の近くに感じた者がいる。
感じなかった者も。
平たい黒い物。
横に二つの穴があった壁。
ミトの記録板に似ていると、ジェンは思った。
同じとは確認されていない。
***
ラグ。
フィオナ。
ミト。
ペル。
名前は順番に呼ばれた。
だが、その順は、
道を歩いた順ではなかった。
消えた順とも。
死んだ順とも。
戻る順とも。
人の価値の順でもない。
現在の記録に並べられた順と同じだった。
だから、声が記録を知っているとは決められない。
聞いた者たちが、記録の順で音を受け取った可能性も残る。
***
名前が呼ばれたから、本人がそこにいるとは限らない。
正しい名前でも。
知っている声でも。
過去と同じ言葉でも。
声は、身体より先に届く。
姿がなくても。
帰る場所がなくても。
名前だけを、道の奥から返すことができる。
***
ジェンは、四人の名前を聞いた。
六年前と同じに感じた言葉も。
身体は、見えない荷車を引こうとした。
それでも、声の順番へ自分を加えなかった。
ペルの名の次に、ジェンとして過去へ入らなかった。
今いる四人を見た。
自分の足を、入口へ向けた。
***
その日、道から呼ばれた名前は四つだった。
持ち帰った名前は五つではない。
入口の外には、それ以上の名前が待っていた。
イサラ。
エリオ。
サナ。
ミエル。
アナ。
トエ。
ネラ。
リオ。
声を聞かなかった者たち。
それでも、帰る場所にいた者たち。
***
呼ばれなかったから、そこにいないわけではない。
呼ばれたから、そこにいるとも限らない。
名前の順番は残す。
だが、その順番に人を並べ直さない。
ジェンは、六年前へ戻らなかった。
戻らなかっただけでもない。
現在へ戻る方を、自分で選んだ。
そして平たい黒い板状物は、声が止んだ場所の先に残った。
ミトという名前を、まだ付けられないまま。




