第六章 名を預ける道 ⑥ 剣を返す場所
次の調査案には、最初から「回収」という言葉がなかった。
目的は、
最初の曲がり角の先に確認された黒色物および金属様反射の位置、形状、数を、触れずに確認する。
だった。
ラグ・テインの剣を探す、とは書かない。
六年前の遺留品を持ち帰る、とも。
剣を返す場所を調べる、でもない。
「音がした物を、確認するだけですか」
グラドが尋ねた。
「はい」
朔が答えた。
「近づかなければ形状が分からない場合は?」
「決めた停止位置まで近づきます」
「停止位置は?」
「曲がり角から三歩」
「その先に物があれば?」
「見える範囲だけ」
「剣らしき物があった場合は?」
「触れません」
「ラグ・テインの物と確認できそうでも?」
「その場では決めません」
***
エリオ・レイスは、参加を希望した。
「剣の形状なら、私が見た方が分かります」
「勇者候補の標準装備について?」
イサラが尋ねる。
「はい。候補者用の剣には、製造時期ごとの違いがあります」
「ラグの剣を見たことは?」
「ありません」
「では、本人の物だと確認できますか」
「候補は絞れます」
「黒い人影は、勇者を連れてくるなと言っています」
「知っています」
「それでも?」
「剣を確認する技能が必要なら」
エリオは、自分が行くために、黒い反射を剣だとは決めなかった。
「金属が剣であることも、まだ確認されていません」
「はい」
「今回は、外で記録図を確認してください」
イサラが言った。
「現物を見るのと、図を見るのは違います」
「違います」
「情報が落ちます」
「はい」
「それでも、行かせない?」
「今回の目的に、勇者候補本人が必要だとは判断しません」
エリオは納得した顔をしなかった。
「記録図に不足があれば、そう言います」
「はい」
「現物を見なければ判定できない場合も」
「残してください」
不足を、無理に埋めない役を持つ。
***
参加者は前回と同じ五人になった。
朔。
ノエ。
マレア。
セオ。
ジェン。
サナは倉側から流れを見る。
イサラは時刻を持つ。
エリオは帰還路を維持し、帰還後に図と証言を確認する。
ミエルは仮板と倉を持つ。
アナ。
トエ。
ネラ。
リオ。
それぞれが、前回と同じ内容を持つ。
同じ者が参加する。
だが、同じ調査ではない。
目的が違う。
停止位置も。
帰る条件も、改めて確認した。
***
「黒い物が、六年前の物だとジェンさんが言った場合は?」
グラドが尋ねた。
「自分の記憶として言います」
ジェンが答える。
「回収を求めた場合は?」
「求めるかもしれん」
「その時は?」
朔が答える。
「今日の目的ではないと確認します」
「納得できなければ?」
ジェンは自分の右手を見る。
震えは前回より弱い。
「戻る」
「一人で?」
「全員でや」
***
ラグの家族から受け取っていた識別情報も、調査前に確認された。
リサ・テインとモナ・テインが、見せてもよいと選んだものだけ。
候補者用の長剣。
鍔は横に長い楕円。
左端に、半月形の欠け。
柄頭の輪には、内側に一本の深い傷。
柄巻きは黒。
ただし、中央の二巻きだけ灰色へ交換されている。
刃の根元には、王都工房の製造印。
鞘には、モナが補修した二本の斜め縫い。
「鞘がなければ?」
グラドが尋ねた。
「剣だけでは確認できる情報が減ります」
セオが答える。
「鍔の欠けが一致すれば?」
「同じ形の損傷が、ほかの剣にないとは確認されていません」
「柄巻きが一致」
「交換後に、さらに巻き直された可能性があります」
「製造印は?」
「同じ時期の候補者用装備に共通です」
「では、何が揃えばラグの剣に?」
朔は答える。
「家族へ、確認された事実を伝えます」
「判定は?」
「その後です」
家族が認めれば、物の由来が確定するわけではない。
だが、家族を外して王都だけで名前を付けることもしない。
***
出発前。
リオは朔の紙を開かなかった。
「今日は見ないんですか」
「昨日見た」
「同じとは限りません」
「今、何て呼ばれたい」
「サクで」
「黒川朔は?」
「あります」
「目的は」
「黒い金属の位置と形を見る。触れない」
「剣があっても?」
「触れません」
「ハルの物があっても?」
朔の言葉が止まる。
青い布。
ハルが身に着けていた物。
彼が使っていた小さな道具。
「今日、確認する物に含まれていません」
「見えたら」
「見えたことを持ち帰ります」
「取りに行かんか」
「はい」
「ほんまに?」
「分かりません」
リオは頷いた。
「なら、戻す奴らを見とけ」
***
仮板が開く。
湿った石の空気。
二本の車輪溝。
入口の黒い木片。
前回と同じ位置。
「変化」
セオが尋ねる。
「私にはありません」
朔。
「形は同じに見えます」
ノエ。
「位置の変化は確認できません」
マレア。
ジェン。
「覚えとらん」
前回の位置を正確には覚えていない。
セオは、前回の図と照合する。
「図上では、変化を確認できません」
同じだとは書かない。
***
五人が通路へ入る。
前回と同じ順ではない。
入口ではマレア。
床を確認してから、朔が前へ出る。
ジェンは半歩後ろ。
ノエ。
セオ。
低い天井。
右壁の擦れ跡。
半分埋まった鉄輪。
手と火の印。
どれも、そこにある。
「声」
確認できない。
「人影」
確認できない。
「白い文字」
朔には見えない。
***
最初の曲がり角へ着く。
前回は、ここで止まった。
白い木片を置いた場所。
今日は、その先へ三歩進む。
目的として決めた距離。
それでも、先に身体を曲がり角から出さない。
「光を置きます」
ノエが言う。
火種入れは手に持ったまま。
別の小さな灯りを、曲がり角の手前へ置く。
光が、通路の先へ広がる。
***
最初に見えたのは、床の広がりだった。
通路が、二人並べるほど広くなる。
車輪溝はそこで分かれる。
右の溝は壁沿い。
左の溝は、中央の浅い窪みを避けるように曲がっている。
窪みの周囲。
黒い物が散らばっていた。
一つではない。
「金属様物、複数」
朔が言う。
「数えられますか」
セオが尋ねる。
「重なっています」
マレア。
「見える範囲では、十を超えています」
ノエ。
「形を分けます」
セオは記録板を開く。
まだ帰路ではない。
***
釘に見える細い物。
三本。
輪。
二つ。
留め具のような小さな板。
曲がった棒。
片側だけ尖った金属片。
刃物の一部に見える平たい物。
丸い留め金。
長い刃。
そのほとんどが黒い。
完全な黒ではない。
表面に、元の銀色や赤茶色が残っている物もある。
「全部、同じように変色していますか」
朔が尋ねる。
「違います」
マレア。
「表面だけ黒い物。全体が黒い物。端だけ黒い物があります」
「焼けた跡?」
「熱によるものかは確認できません」
「錆?」
「通常の錆とは違って見えます」
見たことのある言葉へ、急いで入れない。
***
木片もあった。
柄のような形。
割れた箱。
細い板。
布の切れ端。
だが、黒く変色しているのは、主に金属に見える部分だった。
「木は黒くない」
ノエが言う。
「一部は黒いです」
セオが答える。
「焦げか、汚れか、同じ変化かは未確認」
「金属だけが集められた?」
朔が尋ねる。
「木や布もあります」
マレアが止める。
「金属が目立っているだけかもしれません」
***
ジェンは、窪みの手前で止まった。
「ここ」
「覚えていますか」
朔が尋ねる。
「道具を下ろした場所に似とる」
「ペルさんを荷車へ載せるために?」
「そうや」
「同じ場所?」
「分からん」
「何が似ていますか」
「道が広い。荷車を斜めに置ける。右に荷を寄せられる」
「窪みは?」
「覚えてへん」
「黒い金属は?」
「覚えてへん」
ジェンは、散らばる物を見る。
「でも、下ろした物が混じっとるかもしれん」
***
「何を下ろしましたか」
セオが尋ねる。
「測定器の台」
「形は?」
「四角い枠。片側に輪」
「ほかには?」
「予備の留め具」
「刃物」
「ペルの予備の小さい刃を、下ろしたかもしれん」
「かもしれない?」
「治療袋を軽くした。何を出したか全部は見てへん」
「誰が決めましたか」
「俺とサナ」
「下ろした物は、戻る時に回収しましたか」
「してへん」
「なぜ?」
「ペルを載せたままやった」
道具より、人を運んだ。
それで置かれた物が、今も残っている可能性がある。
***
「サナさんに見せるため、図を作ります」
セオが言う。
「位置を正確に?」
「可能な範囲で」
床の窪み。
車輪溝。
壁。
黒い物。
見える角度から写す。
「近づかないと、重なりが分かりません」
「停止位置まで」
朔が答える。
曲がり角から一歩。
二歩。
三歩。
そこに、細い白い木片を置く。
今日の境界。
***
五人が位置を変える。
朔とマレアが前。
ジェンは中央。
ノエは火と全員を見る。
セオは後ろから図を取る。
窪みまでは、さらに二歩ほどある。
手を伸ばしても届かない。
「床の傾き」
マレアが言う。
「窪みへ向かって、わずかに下がっています」
「物が自然に集まった可能性?」
朔。
「あります」
「誰かが置いた可能性」
「あります」
「流れで運ばれた?」
「今の空気では、金属を動かす強さはありません」
「以前は?」
「分かりません」
場所が集めたのか。
人が集めたのか。
道が返したのか。
まだ、どれにもできない。
***
右壁に、文字があった。
低い位置。
荷車に乗った者ではなく、歩く者の膝ほど。
黒い汚れに半分隠れている。
「文字」
朔が言う。
「全員、確認」
線が五つ。
古い王都語。
欠けている。
セオが読み上げない。
先に写す。
上下。
欠損。
汚れ。
石の割れ。
それからネラに教わった読み方を使う。
「剣」
最初の字。
「持つ」
次。
その後が欠けている。
最後。
「返す」
***
「剣を持つ者を返す」
朔が言う。
「旧紙市場の石と同じ文ですか」
セオが尋ねる。
「同じ語が含まれています」
「順番は?」
「近いです」
「完全な文?」
「欠けています」
「を、はありますか」
「読めません」
剣。
持つ。
返す。
誰が。
何を。
誰へ。
石には書かれていない。
***
「ここが、剣を返す場所なんですか」
ノエが尋ねた。
「決めません」
朔が答える。
「でも、剣らしい物がある」
「はい」
「文字も」
「はい」
「二つを分ける?」
「同じ場所にあることは残します」
「関係は?」
「未確認」
ジェンが言う。
「六年前、ミトがこれを見たかもしれん」
「覚えていますか」
「この文字は覚えてへん」
「では」
「見たかもしれんだけや」
***
セオは、記録の仮見出しへ、
黒色金属集積部
と書いた。
「集積されたと決めますか」
朔が尋ねる。
「集まっている状態を」
「誰かが集めたように読めます」
「では、黒色金属複数確認地点」
「長い」
「はい」
書き直す。
曲がり角先・黒色金属様物複数確認地点。
剣を返す場所とは書かない。
***
窪みの右端に、長い剣があった。
刃の半分ほどが、ほかの金属片の下に入っている。
柄は入口側。
切っ先は、通路の奥。
刃全体が黒い。
柄巻きは、ほとんど失われている。
残った部分は濃い色。
鍔は横長。
左側。
欠けている。
「半月形に見えます」
ノエが言った。
朔にも、そう見えた。
マレアは答える。
「欠けています。形が半月かは、角度で変わる可能性があります」
「ジェンさん」
朔が呼ぶ。
ジェンは剣を見る。
すぐに名前を言わない。
***
「似とる」
「ラグさんの剣に?」
「鍔が」
「柄は?」
「黒かった」
「中央の灰色の巻き」
「見えへん」
「柄頭の輪」
「ほかの物の下や」
「刃の根元」
「見えへん」
「鞘」
「ない」
確認できる識別情報は、一つ。
鍔の欠け。
それも形は確定しない。
「ラグさんの剣だと思いますか」
セオが尋ねた。
「思いたくなる」
ジェンが答えた。
「見た事実は?」
「候補者の剣に似とる。鍔の左が欠けとる」
「名前を付けますか」
「付けへん」
***
ジェンの右足が、少し前へ出た。
白い木片の手前。
境界は越えていない。
「触りたいですか」
朔が尋ねる。
「持って帰りたい」
「なぜ?」
「リサとモナに見せたい」
「ラグさんの物かもしれないから?」
「そうや」
「違った場合は?」
「それでも、違うって分かる」
「触ることで変わる可能性は?」
「分からん」
「今日の目的は?」
ジェンは、剣から目を離さない。
「見るだけ」
「戻りますか」
「まだや」
「何を確認しますか」
「もう少し見たい」
「何を?」
「柄頭」
「停止位置からは見えません」
「身体を右へずらせば」
「境界を越えます」
ジェンは息を吐く。
右足を戻した。
***
「今いる人を見てください」
ノエが言った。
ジェンは振り返る。
朔。
マレア。
ノエ。
セオ。
「見えとる」
「六年前の人は?」
「剣しか見えへん」
「剣は人ですか」
「違う」
ジェンは答えた。
「剣が帰っても、ラグが帰ったことにはならん」
言葉にした後、顔を歪めた。
泣かなかった。
剣へ進まなかった。
***
窪みの左側には、測定具らしい物があった。
四角い金属枠。
片側に輪。
棒は折れている。
「これ」
ジェンが言う。
「見覚えがありますか」
「サナが使っとった台に似とる」
「同じ?」
「似とる」
「特徴は?」
「左の輪が歪んどった」
見える輪も、少し楕円に曲がっている。
「六年前から?」
「出発前に荷車から落として曲げた」
「誰が?」
「俺や」
「修理は?」
「サナが、そのまま使える言うた」
ジェンは、自分の記憶を出す。
「でも、同じ形の器具はほかにもあるかもしれん」
「はい」
朔は答えた。
***
その時。
窪みの中で、細い音がした。
ち。
一度。
全員が止まる。
「位置」
朔が尋ねる。
「剣の近く」
ノエ。
「私は、左側の輪付近に感じました」
マレア。
「金属片同士の接触音」
セオ。
「分からん」
ジェン。
誰も動いていない。
風も強くない。
***
窪みの端にあった小さな輪が、わずかに動いた。
朔には、入口側へ転がったように見えた。
「輪が動きました」
「方向」
「こちらへ」
「距離」
「指一本より短い」
「ほかの人は?」
ノエも見た。
「入口側へ」
マレア。
「動いたことは確認。方向は判断できません」
セオ。
「記録板を見ていて、動き始めは見ていません」
ジェン。
「見てへん」
***
「床の傾きで動いた可能性」
マレアが言う。
「はい」
「誰かの足の振動」
「あります」
「声」
「ありません」
「人影」
「確認できません」
輪は、それ以上動かない。
「近づいて確認しますか」
セオが尋ねる。
自分の記録したい気持ちを隠さない。
「しません」
朔が答える。
「動いたことで危険が増えた?」
「原因が分からない変化が起きました」
マレア。
「目的は達成しています」
黒い物の位置。
形。
数。
文字。
剣らしき物。
測定具らしき物。
確認した。
「戻る」
マレアが言った。
***
セオが記録板を閉じる。
ノエが灯りを持ち上げる。
朔が白い木片を拾う。
ジェンは剣を見る。
「ジェンさん」
「分かっとる」
「何が見えますか」
「剣」
「誰の?」
ジェンは答えるまでに時間がかかった。
「分からん」
「戻りますか」
「戻る」
***
五人が曲がり角へ向く。
その時、後ろで金属が鳴った。
かん。
前回聞いた音と近い。
全員が聞いた。
振り返らない。
「音を確認」
セオが言う。
「記録は帰還後」
朔。
「戻る」
マレア。
ジェンの歩みが一瞬遅れる。
「今いる人」
ノエが言う。
「見えとる」
ジェンは足を動かす。
***
曲がり角を越える直前。
朔には、視界の端で黒い剣が少し持ち上がったように見えた。
振り返っていない。
確かめない。
「黒い長剣が動いたように感じました。視界の端。確認なし」
「ほかの人は?」
誰も見ていない。
朔の知覚だけ。
それでも、言わずには持ち帰らない。
***
帰路。
手と火の印。
低い天井。
鉄輪。
黒い木片。
誰も止まらない。
ジェンの肩は、一度だけ左へ傾いた。
自分で戻す。
「荷車はない」
口にする。
「はい」
朔が答える。
「剣も持ってへん」
「はい」
「誰も置いてへん」
ジェンが前を見る。
「前、サク。横、マレア。中央、ノエ。後ろ、セオ」
「全員います」
***
仮板の外へ戻る。
マレア。
朔。
ジェン。
ノエ。
セオ。
五人。
持ち込んだ物。
すべてある。
向こうから持ち出した物。
なし。
向こうへ残した物。
なし。
サナが流れを確認する。
「帰還直前に、一度強まりました」
「金属音の時刻と?」
イサラが尋ねる。
「正確には照合できません」
「では」
「近い時刻です。関係は未確認」
***
仮板が閉じられる。
三枚。
二つの錠。
確認孔。
ミエルとファナが鍵を持つ。
剣らしき物は、壁の向こうに残った。
名前を付けられないまま。
***
帰還後。
トエが身体を確認する。
ジェンの右手の震えは、出発前より強い。
「痛み」
「ない」
「握れる?」
ジェンが手を閉じる。
指は動く。
「剣を持った感覚がありますか」
「ない」
「荷車は?」
「一回だけ」
「今も?」
「ない」
「道へ戻りたい?」
ジェンは考える。
「剣を見たい」
「誰の?」
「分からん」
「取りに行きたい?」
「持って帰りたい」
「なぜ?」
「家族へ見せたい」
「それは、次の調査目的になりますか」
「俺一人では決めへん」
帰ってきたジェンが答えた。
***
ミエルは、すぐに車輪の話をしなかった。
「今いる人は見える?」
「見える」
「歩ける?」
「歩ける」
「名前を聞いていい?」
「ジェンでええ」
「車輪の音を聞ける?」
ジェンは右手を見る。
「今は、やめとく」
「昨日は、帰ったら聞くって言った」
「今は聞かん」
「分かった」
出発前の約束を、帰った本人への命令にしなかった。
「車輪は?」
「作業場にある」
「明日でも?」
「逃げへん」
剣と違い。
車輪は、今の場所に残ると確認できる。
***
リオは朔の前へ来る。
「どこまで」
「曲がり角の先、決めた停止位置まで」
「越えたか」
「越えていません」
「触ったか」
「触っていません」
「何があった」
「黒い金属。剣らしい物。測定器らしい物。文字」
「何て」
「剣。持つ。返す」
「繋げたか」
「繋げていません」
「剣は」
「ラグさんの物に似ていました」
「ラグの剣か」
「分かりません」
「ハルは」
「繋げていません」
「声」
「ありません」
「名前を呼ばれたか」
「呼ばれていません」
***
「今、何て呼ばれたい」
「サクで」
「紙を見るか」
朔は少し考える。
「まだ」
「何でや」
「自分で言えています」
「同じやからか」
「違います」
「なら、持っとく」
リオは紙を出さなかった。
***
サナは、現場図を見た。
四角い金属枠。
片側の歪んだ輪。
折れた棒。
「私が六年前に使った測定台と近いです」
「同じですか」
セオが尋ねる。
「この図だけでは」
「左の輪の歪みは?」
「出発前に荷車から落とした時、楕円に曲がりました」
「ジェンさんの証言と一致」
「はい」
「では」
「同じ物である可能性は高いと思います」
「確定は?」
「製造番号が見えません」
「どこに?」
「枠の下側」
現場では、ほかの金属片に隠れていた。
「触らなければ見えない?」
「角度を変えれば見える可能性があります」
「次の目的へ?」
「回収しなくても、鏡で確認できるかもしれません」
「鏡を入れる危険」
「あります」
道具を見つけたから、すぐ道具を入れない。
***
エリオは、剣の図を見た。
鍔。
柄。
刃。
重なって見えない部分。
「候補者用の長剣に近いです」
「ラグさんの時期?」
「鍔の形は、六年前に配備されていた型と一致します」
「同じ剣は何本?」
「正確な製造数を確認します。少なくとも、ラグ一人だけではありません」
「左の欠け」
「個別損傷の可能性があります」
「ラグさんの情報と一致?」
「位置は近いです」
「形は?」
「図では半月形に見えます」
「では」
「ラグ・テインの剣である可能性があります」
エリオは言った。
「可能性だけです」
「現物を見れば?」
「柄頭の傷。柄巻き。製造印を確認できます」
「触らずに?」
「角度次第です」
「あなたが行く必要は?」
イサラが尋ねる。
「図の不足を確認した今は、行きたいです」
「技能として必要?」
「別の者が、確認位置を理解できれば、私でなくても」
エリオは自分で答えた。
「現物を見る者と、剣の知識を持つ者を、同じ人にしなくてもいい」
「不満ですか」
「はい」
不満を消さず。
必要性を大きくしなかった。
***
リサとモナへは、まず訪問時刻が伝えられた。
急な呼び出しにはしない。
剣が見つかった、とだけ先に告げない。
新しい情報がある。
本人の物である可能性を含むが、未確認。
図を見たいか。
説明だけを先に聞きたいか。
二人が選ぶ。
リサは、図を見たいと答えた。
モナは、先に説明を求めた。
***
家の奥。
パンを切る刃は、今日も同じ場所にあった。
モナが椅子へ座る。
リサは立ったまま。
イサラ。
朔。
セオ。
三人が報告する。
「長い剣がありました」
朔が言う。
「兄の?」
リサが尋ねる。
「分かりません」
「似ている?」
「候補者用の剣に近いです。鍔の左側に欠けがあります」
「半月?」
「そう見えた者がいます」
「柄は?」
「大部分が見えません」
「灰色の巻きは?」
「確認できません」
「柄頭の傷」
「確認できません」
「製造印」
「確認できません」
「鞘は?」
「見つかっていません」
***
「では、何が同じなんですか」
リサの声が強くなる。
「剣の型。鍔の欠けの位置」
「それだけ?」
「はい」
「持って帰らなかった?」
「触れていません」
「どうして?」
「今日の目的は、位置と形の確認でした」
「兄の剣かもしれないのに」
「はい」
「次に行ったら、なくなっているかもしれない」
「あります」
「誰かが動かすかもしれない」
「あります」
「それでも?」
「触れたことで変化する可能性もありました」
リサは唇を噛む。
「いつも、次にしますね」
「はい」
「待つ方は、その間ずっと考える」
「はい」
否定しない。
***
「剣を見つけたら、兄が死んだことになりますか」
モナが尋ねた。
「なりません」
イサラが答える。
「剣だけがあった?」
「はい」
「身体は?」
「確認していません」
「ほかの持ち物」
「ラグの物と確認された物はありません」
「では」
モナはリサを見る。
「剣が戻っても、ラグが戻ったことにはならない」
ジェンと同じ言葉。
互いに聞いていない。
「でも、兄の剣なら」
リサが言う。
「兄がそこにいたことは」
「新しい情報になります」
セオが答えた。
「死亡ではなく?」
「はい」
「捨てたのか、奪われたのか」
「分かりません」
「剣だけ返された?」
「返されたとも、まだ」
***
朔は、壁の文字について伝えた。
剣。
持つ。
返す。
欠けた文。
「兄の剣を返すという意味ですか」
リサが尋ねる。
「分かりません」
「剣を持っていた兄を返す?」
「その読み方もあります」
「道が?」
「主語は確認できません」
「返す先は?」
「分かりません」
「では、何も」
リサは言いかけて止まる。
「分かったのは、そこに剣があるかもしれないことだけ?」
「はい」
「小さいですね」
「はい」
「でも、前よりは」
リサは図を受け取る。
長剣。
欠けた鍔。
見えない柄頭。
黒い刃。
「兄の剣として持って帰らないでください」
モナが言った。
「確認前に?」
「確認しても」
「では」
「剣が兄の物だと分かっても、兄として持って帰らないで」
物を、人の代わりにしない。
「はい」
朔は答えた。
***
「回収を望みますか」
イサラが尋ねる。
リサは図を見たまま答える。
「見たいです」
「現物を?」
「はい」
「危険があります」
「分かっています」
「回収を決めるのは」
「私たちだけじゃない」
「はい」
「でも、私たちの希望も入れてください」
「入れます」
「母さんは?」
モナは少し考える。
「剣を取りに行くために、人を失うなら、望みません」
「危険がゼロにはなりません」
「分かっています」
「では」
「誰が行き。何のために触れ。触れた後、どこへ置くか。先に聞きます」
物を持ち帰る先にも、生活がある。
***
塔へ戻ると、グラドが現場の仮称を尋ねた。
「記録検索のため、短い呼び方が必要です」
「黒色金属確認地点」
セオが答える。
「剣を返す場所では?」
「その言葉は使いません」
朔が言った。
「古い文と、剣らしき物がある」
「はい」
「市民には、そう呼ばれる可能性が」
「あります」
「なら、先に管理局で定義を」
「定義すれば、呼び方を認めることになります」
「不便です」
「はい」
不便は残す。
***
その日のうちに、市場では名が付いた。
返し場。
剣を持って入れば、武器だけが戻る場所。
勇者が進めば、剣を奪われる場所。
死んだ者の武器が、家族へ返される場所。
置いていけば、本人が帰る場所。
どの話にも、文字の欠片と黒い剣が使われていた。
***
「置いていけば、本人が帰るって」
ロウが、店先で尋ねた。
「本当?」
「確認されていません」
朔が答える。
「じゃあ、何で返し場なの」
「誰かが、そう呼び始めたからです」
「剣を返すんじゃないの?」
「返す、という文字はありました」
「剣もあった」
「はい」
「なら」
「二つが関係しているかは、まだ分かりません」
ロウは納得しない。
「でも、名前がないと呼べない」
「長く呼ぶこともできます」
「長いの嫌だ」
「はい」
短い名は便利だった。
だからこそ、意味まで運ぶ。
***
夕方。
ジェンは車輪を直さなかった。
作業場へは行った。
金属棒も持った。
だが、鉄帯を叩かない。
「聞かないの?」
ミエルが尋ねた。
「今日は、道の音が残っとる」
「剣の?」
「分からん」
「じゃあ」
「明日聞く」
「車輪は待つ?」
「客に伝えた」
「何て」
「今日は音を決められへん」
「怒った?」
「困っとった」
「それでも?」
「鈍い音を、ましやって言いたくない」
今の耳で決められないなら、終わったふりをしない。
***
夜。
朔は三つの図を別々に置いた。
床の窪み。
黒い金属。
壁の文字。
一枚に重ねれば、剣を返す場所に見える。
だから、図は分けた。
だが、同じ場所にあったことは、相互参照で残した。
***
剣は、人の名前を持っていた。
少なくとも、人はそう扱う。
ラグの剣。
イサラの剣。
エリオの剣。
デルの剣。
持ち主の名を付ければ、物の由来を短く伝えられる。
だが、剣が見つかったからといって、その人が見つかったことにはならない。
剣が戻ったからといって、持ち主が帰還したことにも。
物は、本人より先に戻ることがある。
本人が戻らないまま、名前だけを背負わされることも。
***
黒い道の窪みには、剣らしき物が残っている。
測定器らしき物。
釘。
輪。
刃。
留め具。
六年前に置いた物もあるかもしれない。
もっと古い物も。
誰かが捨てた物。
奪われた物。
戻された物。
ただ、床の傾きで集まった物。
まだ分からない。
***
壁には、欠けた文字がある。
剣。
持つ。
返す。
それを、
剣を持つ者を返す、
と読めば、人が戻る道に見える。
剣を持つ者へ返す、
と読めば、物が戻る場所に見える。
剣を持つ者を返せ、
なら、命令になる。
主語も。
対象も。
向きも。
欠けたままだった。
***
その日、誰も剣を持ち帰らなかった。
だから、ラグの家族へ返せた物はない。
代わりに、見えた形。
確認できなかった部分。
次に決めること。
それらを持って帰った。
小さすぎる答えだった。
待っている者にとっては、また時間を増やすだけの答えでもあった。
それでも、朔たちは黒い剣へラグの名前を付けなかった。
剣を、人の代わりに戻さなかった。
そしてジェンも、剣の前で六年前へ進まなかった。
今いる四人を見て。
自分の足で、同じ入口へ戻った。
剣を返す場所が、本当に何を返すのか。
まだ、誰にも分からないまま。




