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第五章 勇者の名前 ⑦ 剣を持たない隊



 朔が最初に書いた案の見出しは、


 剣を持たない隊


 だった。


 イサラは、本文を読む前に、その六文字を指した。


「これは誰が付けましたか」


「俺です」


「正式な名称にするつもりですか」


「分かりやすいと思って」


「何が分かりますか」


「剣を持って行かないことが」


「それだけですか」


 朔は紙を見る。


「それだけです」


「なら、隊の名前にしない方がいい」


「なぜ?」


「剣を持たないこと自体が、目的に見えるからです」


 黒い道へ何を確かめに行くのか。


 誰に何を問うのか。


 何をしないのか。


 見出しが先に物語を作れば、その下の条件は読まれなくなる。


「街に出れば、『剣を捨てた勇者の隊』になるかもしれません」


 イサラが言う。


「『ヴァルハへ降伏する隊』とも」


「まだ外へ出していません」


「出さなくても、会議室の外で誰かが呼びます」


 第五章に入ってから、何度も起きたことだった。


 長い説明より、短い名前が先に歩く。


「では、見出しは後で決めます」


 朔は六文字の上へ、一本の線を引いた。


 読めなくなるほど強くは消さない。


 最初に何と呼ぼうとしたかは、残した。


***


 会議の目的は、黒い人影に会うことではなかった。


 最初の案を、セオが読み上げる。


「黒い線の手前において、勇者を示す装備、武器、旗、称号の宣言を行わない場合の経路反応を確認する」


「人影が現れるかを試す?」


 グラドが尋ねた。


「呼び出す行為はしません」


 朔が答える。


「名前を呼ばない。黒い線へ触れない。火を開けない。外側の流れを繋がない」


「では、人影が現れなければ?」


「現れなかったことを持ち帰ります」


「現れた場合は?」


「こちらから名前を求めません」


「話もしない?」


「向こうから声を掛けられた場合は、聞こえたことを確認します」


「返答は?」


「必要な範囲だけ」


 イサラが問う。


「必要とは、誰が決めますか」


「その場で全員が」


「全員で話し合う時間がない場合は?」


 朔は答えられなかった。


「最初に、返してよい内容を決めます」


 セオが言った。


「名前。現在地。線を越えないこと。戻る時刻」


「肩書きは?」


 イサラの視線がエリオへ向く。


***


 エリオは白い外套を着ていなかった。


 銀環もない。


 剣も装備室に置いている。


 前回の会議と同じ青と白の長衣。


「私から、勇者候補だとは言いません」


 エリオが答えた。


「隠すのですか」


 イサラが問う。


「名前を先に言います」


「勇者かと聞かれたら?」


「勇者候補です、と答えます」


「向こうは前回、あなたを見ています」


「はい」


「肩書きを言わなくても、勇者と認識している可能性がある」


「あります」


「なら、外套と剣を置くことに、何の意味がありますか」


 エリオは少し考えた。


「戦う形で近づかないことです」


「形だけ?」


「形も、です」


***


「身分を隠して近づく欺瞞ではありませんか」


 イサラは朔へ尋ねた。


 責める声ではない。


 何をしようとしているのか、曖昧にさせない問いだった。


「隠すのではありません」


 朔は答えた。


「最初から、相手が拒んでいる形で近づかないだけです」


「相手が拒んだのは、剣ですか」


「勇者です」


「では、エリオを連れていかない方が正確では?」


「勇者を示す物を外した時にも、エリオさんを勇者と見るかもしれません」


「それを確かめるために、エリオを使う?」


「その危険があります」


「本人が同意すればよい?」


「同行者も危険になります」


「では」


「エリオさんが必要な目的かを先に決めます」


 前回の会議で出した結論。


「今回、必要ですか」


 イサラが問う。


 朔は、目的を書いた紙を見る。


 勇者を示す装備を持たない時の反応。


 エリオがいなければ、勇者候補本人と装備の違いを分けられない。


「必要だと思います」


「なぜ?」


「人影が、外套や剣ではなく、エリオさん本人へ反応しているかもしれないからです」


「それを知る価値が、危険を上回る?」


「まだ分かりません」


「分からないまま参加させる?」


「だから、今決めています」


***


 イサラは壁際に置かれた剣を見る。


 今日は自分の剣も外していた。


 会議へ持ち込む必要がなかったから。


「剣を鞘に入れても、持っていないことにはなりません」


「はい」


「封をしても同じです」


「はい」


「装備室へ置けば、その場には持っていない」


「はい」


「でも、塔に剣がないわけではない」


「はい」


「扉の向こうに衛兵もいる」


「います」


「剣を持たない者だけで来た、と向こうへ言えば、嘘になりますか」


 朔は考える。


「黒い線の手前にいる人は、持っていません」


「塔全体にはある」


「あります」


「襲われた場合、衛兵を呼びますか」


「呼ぶ可能性があります」


「なら、武力を捨てた隊ではない」


「はい」


 イサラは頷いた。


「そこを混ぜないでください」


***


「剣を持たないことは、善意の証明ではありません」


 イサラが言った。


「分かっています」


「本当に?」


 朔は、自分の手を見る。


 元の身体ではない。


 それでも、間合い。


 角度。


 重心。


 相手の関節が動かない方向。


 倒すために覚えたものは、この身体にも残っている。


「俺は、剣がなくても人を傷つけられます」


「はい」


「エリオも?」


「訓練を受けています」


 エリオが答えた。


「ノエの網箱も、振れば武器になる」


 ノエは自分の前に置いた網箱を見る。


「はい」


「サナの測定棒も」


「先端を外しても、打てます」


 サナが答えた。


「マレアの医療具にも刃がある」


「あります」


「では、剣だけを置けば、無害な者になる?」


「なりません」


 朔は答えた。


「なら、何を示すんですか」


「最初から傷つけるために用意した物を、持ち込まないことです」


「それは相手に伝わりますか」


「分かりません」


「では」


「少なくとも、俺たち自身が剣を最初の答えにしにくくなります」


 相手へ見せるためだけではない。


 自分たちの行動を制限するためでもある。


***


 持ち物を、一つずつ机へ並べた。


 エリオの剣。


 白い外套。


 銀環。


 イサラの剣。


 ノエの網箱。


 サナの測定具。


 マレアの治療袋。


 セオの記録板。


 朔の腰には、ミナトの短刀があった。


「それは?」


 イサラが尋ねた。


 朔は柄へ触れる。


「ツヅリ村を出る時に持ってきたものです」


「武器ですか」


「道具でもあります」


「人を切れますか」


「はい」


「持っていきますか」


 すぐには答えられなかった。


 火。


 青い布。


 名前。


 短刀。


 ツヅリから持ってきた物の一つだった。


「持っていないふりをして、服の下へ隠すつもりはありません」


「では」


「置きます」


「誰へ?」


 朔は考える。


 装備室へ預けることはできる。


 だが、管理局の備品と同じ棚へ入れる気にはならなかった。


「リオさんに預けます」


「なぜ、リオさん?」


「俺の名前の紙を持っているから、ではありません」


 先に分ける。


「大切なものを預けても、勝手に意味を変えない人だからです」


***


 マレアが治療袋を開いた。


 小さな刃。


 針。


 硬い金属の挟み具。


「すべて置きますか」


 グラドが尋ねる。


「出血や衣服の絡まりが起きた場合、切断具が必要になる可能性があります」


「では、持ち込む?」


「医療目的の刃を、武器ではないと言い切ることはできません」


 マレアは刃を一枚取り出した。


「封をします」


「封を開ける条件は?」


「身体を守るため、切らなければ処置できない場合」


「攻撃への防御には?」


「使いません」


「開けた場合は?」


「調査を終了します」


 治療を続けながら、観察も続けることはしない。


「誰が開けますか」


「私です」


「本人の名前で?」


「マレア・ソンの医療判断として」


 刃は小さな木箱へ入れられた。


 赤い糸。


 蝋。


 開けば分かる。


***


 サナの測定棒には、細い金属の先端が付いていた。


「黒い線へ入れないなら、先端は不要です」


 サナが自分で外す。


「棒自体は?」


「前回と同じ距離を確認するために使います」


「人へ向けない?」


「向けません」


「襲われたら?」


「置いて戻ります」


「持って逃げない?」


「帰路を塞ぐなら置きます」


 道具を守るために、人を遅らせない。


***


 ノエの網箱は外せなかった。


 ツヅリの火を、見える状態で運ぶ。


 黒い道の反応に関係している可能性がある。


 それでも、火を持ち込まない条件も考える必要がある。


「今回は持っていくんですか」


 イサラが尋ねた。


「前回までの条件との差を減らすためです」


 ノエが答えた。


「火と装備を同時に変えれば、何に反応したか分かりにくくなります」


「網箱を武器に使わないと、どう保証しますか」


「保証できません」


 ノエは言った。


「ですが、両手で身体の前に持ちます。人影へ近づけません。防御のためにも振りません」


「危険が来たら?」


「床へ置かず、持ったまま戻ります」


「持てない時は?」


「戻ると言います」


 前と同じ。


 限界の前に、役目を外す。


***


 セオの記録板には、金属の留め具がある。


 小さな刃のようにも見える。


「紙を切るためです」


「外せますか」


「紐へ替えられます」


 セオはその場で留め具を外した。


「記録のために必要な物と、いつも使っている物は同じではありません」


 板。


 紙。


 炭筆。


 それだけを残す。


***


「私の剣は、どこへ置きますか」


 エリオが尋ねた。


「装備室では駄目ですか」


 グラドが答える。


「黒い道までの途中で、取り戻せる位置です」


 イサラが言った。


「それが問題ですか」


「調査中に怖くなった時、取りに戻って続ける選択が残ります」


「剣を取り戻した時点で調査を終えれば?」


「なら、最初から記録してください」


 セオが書く。


 参加者が武器を回収した場合、その時点で条件確認を終了する。武器を持った状態で黒い線へ戻らない。


「剣を取ること自体を罰にはしません」


 イサラが言う。


「必要だと思って戻ったなら、戻った理由を記録する」


「臆病とは書かない?」


「書きません」


「勇者失格とも?」


「書きません」


***


 次に、隊列を決めた。


「誰が先頭ですか」


 グラドが尋ねる。


「俺が」


 朔が答えた。


「なぜ?」


「人影が、俺をサクと呼びました」


「それは、先頭に立つ理由ですか」


 イサラが問い返す。


「話しかけられる可能性が高い」


「攻撃される可能性も」


「あります」


「なら、危険を一人へ集める」


 朔は黙った。


 前へ立つことを、自分の責任だと思いかけていた。


 だが、責任と、標的になることは同じではない。


「先頭を一人にしません」


 マレアが言った。


「黒い線の手前で、朔とエリオが同じ距離に立つ」


「エリオさんを前へ?」


 ノエが聞く。


「発言の対象になった二人です」


「危険が高い二人を並べる?」


「後ろに置けば、前の者を越えて動く可能性があります」


 イサラが言う。


「それも危険です」


「では、どうする?」


「黒い線へ近づく者を二人だけにしない」


 床に簡単な図を描く。


 朔とエリオ。


 半歩後ろにノエ。


 反対側にマレア。


 さらに後ろにサナとセオ。


「全員が相手の視界へ入る?」


 朔が尋ねる。


「見えているかは分かりません」


「でも、隠れない」


「はい」


「誰かが武器を持って、扉の陰で待つことは?」


「行いません」


 イサラが答えた。


「通常の衛兵配置は変えませんが、この調査のための伏兵は置かない」


「襲われたら?」


「退く」


「退けなければ?」


「そこで初めて、身体を使う判断が生じます」


***


「俺が止めます」


 朔が言った。


「何を?」


「人影が誰かへ掴みかかった場合、腕や身体の向きを変えます」


「殴りますか」


「必要がなければ」


「必要なら?」


「命を守るためなら」


「それは戦闘ですか」


「はい」


 剣を持たないから、戦わないとは限らない。


「記録には、無抵抗と書かないでください」


 朔が言う。


「では」


「専用の武器を持ち込まない。攻撃を目的に進まない。退路を優先する。生命への差し迫った危険があり、退けない場合は、身体による防御を行う可能性がある」


 セオが書く。


「身体による防御の範囲は?」


 イサラが問う。


「相手を追わない。黒い線の向こうへ入らない。倒れた相手へ追加で攻撃しない」


「頭や首は?」


「ほかに止める方法がない場合だけ」


「誰が判断しますか」


「動く俺が」


 剣を抜く瞬間は、最後には一人。


 イサラが言ったことと同じだった。


「だから、先に止める人を決めます」


 朔は続けた。


「誰が?」


 ノエが答える。


「私が、サクさんの名前と現在地を言います」


「止まらなければ?」


「マレアさんが戻ると言います」


「それでも?」


 イサラが問う。


「俺を引いてください」


「誰が」


「エリオさん」


 エリオが頷く。


「分かりました」


 強い者が前へ出るためではない。


 強い者を戻すために、別の強い者を置く。


***


「私が動いた場合は?」


 エリオが尋ねた。


「誰が止めますか」


「朔」


 イサラが答えた。


「剣はありません」


「だから止められるとは限らない」


「はい」


「ノエ一人へ負わせない」


「はい」


 役割を一方向にしない。


 朔がエリオを止める。


 エリオが朔を止める。


 どちらも止まらなければ、マレアが全員を戻す。


 理由の確認より先に。


***


 名乗り方を決める。


「人影が現れた時、誰から話しますか」


 セオが尋ねた。


「俺から」


「なぜ?」


「前回、サクと呼ばれたからです」


「何と言いますか」


 朔は考える。


「黒川朔です。ツヅリ村では、サクと呼ばれています」


「二つとも?」


「はい」


「今いる場所は?」


「白い塔の内塔。黒い線の手前です」


「目的は?」


「線を越えず、道の状態を見るために来ました」


「人影を探しに来たとは?」


「言いません」


「本当ではない?」


「現れる可能性は考えています」


「では、隠していませんか」


 イサラが言った。


 朔は言葉を変える。


「あなたが現れる可能性も考えて来ました。でも、呼び出すためではありません」


「長いですね」


 グラドが言う。


「短くして意味が変わるよりは」


***


「エリオは?」


 イサラが問う。


「エリオ・レイスです」


 エリオが答える。


「今日は剣を持たず、線を越えません」


「勇者候補であることは?」


「最初には言いません」


「向こうが『勇者』と呼んだら?」


「否定しません」


「『勇者か』と聞かれたら?」


「王都の勇者候補です、と答えます」


「なぜ、最初から言わない?」


 朔が答えた。


「最初に、相手が拒んでいる言葉をこちらから投げないためです」


「それは配慮ですか」


「はい」


「都合の悪い情報を後ろへ置くことにもなる」


「はい」


 イサラの異議は消えない。


「だから、問われた時に遅らせず答える」


「それで欺瞞ではないと?」


「完全にそう見えないとは言えません」


 朔は答えた。


「相手が、先に言わなかったことを隠したと受け取る可能性はあります」


「それでも?」


「名乗りの最初に、相手が拒んだ肩書きを置くよりは」


 どちらにも危険がある。


 選んだ理由を残す。


***


「私なら、先に言います」


 イサラが言った。


「勇者候補第一位、イサラ・ベルンと」


「だから、今回は来ない?」


「私が必要な目的ではないからです」


「怖いからでは?」


「怖いです」


「それでも、必要なら?」


「行きます」


「剣は?」


 イサラは壁の剣を見る。


「置くかもしれません」


「かもしれない?」


「剣を置くことが、ほかの者へ危険を押しつけるだけなら置きません」


「では」


「誰が、どの危険を引き受けるかを見て決めます」


 剣を置くことを、勇敢さにも平和にも使わない。


***


 仮の確認を、使われていない訓練廊下で行った。


 床へ黒い紐を一本置く。


 その向こうに、イサラが立つ。


 黒い人影の役をするとは言わなかった。


 相手の反応を想像しすぎれば、また物語を作る。


 イサラは、決められた言葉だけを読む。


「勇者は、来るな」


 エリオの肩がわずかに動く。


 前へは出ない。


「エリオ・レイスです」


 名前。


「今日は剣を持たず、線を越えません」


「勇者か」


 イサラが続ける。


「王都の勇者候補です」


「帰れ」


 決めていなかった言葉。


 エリオは朔を見る。


 問い返さない。


「戻ります」


 自分で言った。


 全員が帰路へ向く。


***


「なぜ、すぐ戻ったんですか」


 グラドが尋ねた。


「相手が、帰れと言いました」


 エリオが答える。


「確認したいことが残っていても?」


「はい」


「人影が、何かを守るために退去を求めているだけかもしれません」


「はい」


「罠かもしれない」


「はい」


「それでも?」


「今回は、接触を続けることが目的ではありません」


 目的を混ぜない。


***


 二度目。


 イサラは言葉を変えた。


「勇者は、来るな」


 エリオが名乗る。


 朔も名乗る。


 イサラが床の向こうから、一歩だけ近づいた。


 武器はない。


 手も上げていない。


 朔の右足が、反射的に前へ出かける。


「サク」


 ノエが呼ぶ。


「訓練廊下。黒い紐の手前です」


 朔は足を止める。


「今、何をしようとしましたか」


 イサラが尋ねた。


「間合いへ入ろうとしました」


「攻撃された?」


「いいえ」


「近づいただけ?」


「はい」


「剣を持っていなくても、先に動きましたね」


「はい」


 持っているのは刃だけではない。


 恐れ。


 訓練。


 先に止めようとする癖。


「次は?」


「動きの方向を見るまで、足を出しません」


「誰かへ手を伸ばした場合は?」


「触れる前に、戻ると言います」


「間に合わなければ?」


「その時に動きます」


 先に決めすぎない。


 だが、何も決めないままにも行かない。


***


 三度目。


 まだ何も起きていない時に、マレアが言った。


「戻る」


 全員が動く。


 朔は理由を聞かなかった。


 エリオも。


 ノエは火の入っていない空の網箱を持ち、向きを変える。


 サナは測定棒を床へ置く。


 セオは記録板を閉じる。


 帰路の印まで戻ってから、マレアが説明した。


「誰かが異常を見つけた時だけ戻る規則になっていないか、確認しました」


「異常は?」


「ありません」


「理由がなくても、戻ると言える?」


「言えます」


「実地でも?」


「言った者が理由を説明できない状態かもしれません」


 言葉が出るうちに戻る。


***


 確認を終えたあと、正式な記録見出しを決めた。


 グラドが案を読む。


「非武装接触班による黒色人影反応確認」


「接触を目的にしていません」


 朔が言う。


「では、非武装経路確認班」


「非武装ではありません」


 イサラが言った。


「医療用の刃があります。身体による防御も否定していません。塔内の通常警備も残る」


「剣を持たない経路確認班」


「それも、剣を持たないことが目的に見えます」


「では」


 セオが新しい紙へ書いた。


 黒い線手前における接近条件確認


「隊の名前は?」


 グラドが尋ねる。


「付けません」


 朔が答えた。


「現場では何と呼びますか」


「調査参加者」


「長いですね」


「名前で呼びます」


***


 参加者は確定ではなく、条件付きで記された。


 黒川朔。


 現地目撃者として、黒い線の手前で自身の名前、現在地、目的を伝える。


 エリオ・レイス。


 勇者候補であることを偽らない。勇者候補としての権限を行使せず、白い外套、銀環、剣を持ち込まない。線を越えない。


 ノエ・ハーラ。


 封を開けず、見える状態で火を持つ。網箱を防御へ使用しない。持てなくなる前に戻る。


 マレア・ソン。


 身体を確認し、誰よりも先に戻ると言える。封をした医療用切断具を持つ。開封した時点で調査を終了する。


 サナ・リト。


 金属先端を外した測定具で、線の手前だけを確認する。測定具を人へ向けない。


 セオ・ラグナ。


 発言、動き、知覚した者を分けて記録する。帰路移動中は記録せず、前を見る。


 リオ。


 塔外で帰還時刻と朔の名前を持つ。


 イサラの名前は、参加者欄にはなかった。


 別の欄。


 調査条件の事前確認。帰還後の危険判断。


「外で剣を持って待ちますか」


 朔が聞いた。


「通常任務の装備は持ちます」


「調査の救援隊として?」


「いいえ」


「では」


「戻らなかった場合、別の判断を行う者として」


 助けに入るとは決めていない。


 討伐するとも。


 扉を閉じるとも。


 その時の情報を見て決める。


***


 会議のあと、朔は外郭の待機所へ行った。


 リオは、古い紙を机へ広げていた。


 巡礼路の写し。


 ツヅリ村。


 火。


 手。


 名。


「決まったか」


「条件だけ」


「いつ行く」


「まだです」


「誰が行く」


「俺と、エリオさんたち」


「第一位は?」


「今回は行きません」


「剣は?」


「持っていきません」


 リオは顔を上げる。


「お前のもか」


 朔は腰から短刀を外した。


 鞘ごと、机へ置く。


「預かってください」


「ミナトのやろ」


「はい」


「置いていったら、あの爺さんを置いていくことになるんか」


「なりません」


「なら、持っとらん間も忘れるな」


「はい」


 リオは短刀をすぐには取らなかった。


「刃を預かるのと、ミナトの名前を預かるのは違うぞ」


「分かっています」


「名前の紙と一緒に包むなよ」


「はい」


 別の布。


 別の場所。


 意味を重ねない。


***


「剣を置けば、向こうが信用すると思っとるんか」


 リオが尋ねた。


「思っていません」


「なら、何のためや」


「剣を持っていないことだけは、本当にするためです」


「善人に見せるためやなく?」


「はい」


「自分の手まで、きれいになったつもりになるなよ」


 朔は自分の指を見る。


「なりません」


「エリオは?」


「剣がなくても戦えます」


「お前もや」


「はい」


「なら、剣を持たん隊やなく、剣から始めん連中やな」


 朔は、消した見出しを思い出す。


「その呼び方も、紙には入れません」


「入れんでええ」


 リオは短刀を布へ包む。


「でも、戻った時に、何から始めたかは聞く」


***


 翌朝、内塔連絡所へ新しい紙が貼られた。


 見出しは長い。


 黒い線手前における接近条件確認――目的、参加条件、持込物、撤退条件の事前協議中。実施日は未定。


 ヴァルハという言葉はない。


 討伐も。


 勇者遠征も。


 剣を持たない隊という名も。


 それでも、紙を見た若い職員が隣の者へ言った。


「例の、剣を持たない隊の話ですね」


 朔は声を掛けた。


「その名前ではありません」


「でも、剣を持たないんでしょう?」


「はい」


「では、間違っていない」


「剣を持たないことだけが目的ではありません」


「何が違うんですか」


 朔は紙の下を示す。


「ここに書いてあります」


 職員は長い文章を見る。


 すべてを読む時間はなさそうだった。


「では、何と呼べば?」


「そこに行く人の名前で」


「全員分?」


「必要な人だけ」


 職員は困った顔をした。


 短い名前がなければ、不便になる。


 その不便は消えない。


***


 エリオが、参加条件の紙の前へ立つ。


 自分の名前。


 勇者候補であること。


 権限を使わないこと。


 装備を置くこと。


 問われれば偽らないこと。


「剣を持たない勇者と呼ばれるかもしれません」


 朔が言った。


「はい」


「降伏した勇者とも」


「はい」


「怖くない勇者とも」


「それは違います」


「訂正しますか」


「言える相手には」


「全員には?」


「できません」


 エリオは、自分の名前の下にある文章を見る。


「ですが、現地では自分で言います」


「何を?」


「エリオ・レイスです」


「そのあとに?」


「今日は剣を持たず、線を越えません」


「勇者候補であることは?」


「問われたら、答えます」


 イサラの異議は残っている。


 それでも、選んだ順番には理由がある。


***


 剣を持たないから、敵ではなくなるわけではなかった。


 剣を持たないから、傷つけられなくなるわけでもない。


 剣を持たない姿が、相手に誠実だと伝わる保証もなかった。


 ただ、剣を抜かないという約束より、剣をそこへ持ち込まない方が、一つだけ選択肢を減らせる。


 恐れた時。


 怒った時。


 答えを急いだ時。


 手が柄へ伸びる、その一歩をなくせる。


 朔たちは、無害な者として近づくのではない。


 傷つけることのできる身体を持ったまま、何を持ち込まないかを選んだ。


 勇者であることを消さず。


 剣を置いたことを善意の証明にせず。


 相手が拒んだ形を、最初の言葉にはしないために。

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