第四章 眠りの道 ⑧ 役目を選ぶ
黒い道を調べるための申請は、すぐには出さなかった。
ガウとサナの証言を聞いた翌朝、朔たちは塔下審査室へ集まった。
中央の柱。
低い振動。
円形の机。
第三章で、朔が危険かどうかを話し合った場所だった。
今日は、朔だけのことを決める場ではない。
黒く切れた道へ、誰が、何をするために行くか。
そして、誰が行かないか。
それを決める。
机の上には、サナが描いた内塔経路図があった。
朔には文字を読めない。
だが、線は見える。
塔下区画から内塔へ入り、眠りの区画の横を通り、旧観測室からさらに下へ。
一本の道が、黒い印の前で途切れている。
「最初に、目的を確認します」
セオが言った。
「巡礼路断絶区画の状態を観察する。流れの方向を測定する。黒い人影が現れた場合、可能であれば意思疎通を試みる」
「三つに分けてください」
朔が言う。
セオは頷いた。
「一つ。経路が現在も切れているかを見る」
「はい」
「二つ。奥から塔へ向かう流れが現在も存在するか、切断部の手前から測る」
「はい」
「三つ。人影が現れた場合、こちらから攻撃せず、話せる相手かを確かめる」
「先へ進むことは?」
「今回の目的には含めません」
「道を繋ぎ直すことも?」
サナが答えた。
「行いません」
「向こう側の人を連れ戻すことは?」
部屋が少し静かになる。
六年前に戻らなかった者たち。
ミト。
ラグ。
フィオナ。
「姿を確認しても、今回は越えません」
セオが言った。
「本人が助けを求めても?」
朔が聞く。
セオの答えは遅れた。
「その場合、現地で判断することになります」
「それだと、目的が変わります」
「しかし、見捨てて帰るとは事前に決められません」
「助けるとも決められない」
マレアが言った。
「切断部を越えた時の身体的影響も、戻れるかも分かりません」
「では」
朔は図面を見る。
「助けを求める人を確認した場合、まず名前と状態を聞く。すぐ越える必要がある状態か、マレアさんが見える範囲で判断する。それでも越えるかどうかは、その場で決めない」
「緊急なら?」
「緊急時に決める人を、今決めておく?」
ユイが聞いた。
机の端に座っている。
腰には青い袋。
三十一番床にいた人物の石は、今も外側の紐に結ばれていた。
「一人にはしません」
朔が答える。
「でも、全員の意見を待てないかもしれない」
「その間に死ぬかもしれない」
ユイの声は平らだった。
早くても怖い。
遅くても怖い。
「だから、今回は越えないところまでしか行かない」
マレアが言った。
「越えなければ助けられない者が現れた場合、戻って方法を作る。それが間に合わない可能性も含めて、今回は調査です」
「冷たい判断だと思いますか」
セオがユイへ尋ねる。
「思う人はいる」
「ユイは?」
「分からない道へ全員で入って、全員戻らない方がいいとは思わない」
ユイは黒い印を見る。
「でも、戻ってから遅かったって言わないで」
「何を記録すればいいですか」
「行く前に、助けられないかもしれないって分かってたこと」
セオが書く。
後から、知らなかったことにはしない。
***
「次に、参加する者を決めます」
セオが言った。
「決める前に聞きたいです」
朔は机に並ぶ顔を見る。
セオ。
エリオ。
ノエ。
マレア。
サナ。
ユイ。
外郭待合所にはリオがいる。
伝達管が机の端へ繋がっており、こちらの声を聞いている。
「役目は、誰が決めるんですか」
「必要な能力と権限から、私が案を作りました」
セオが答える。
「案を出しただけ?」
「最終的には、ここで決めます」
「本人が嫌だと言えば?」
「代わりがいるなら替えます」
「いなければ?」
セオは少し考えた。
「調査そのものを行わない選択もあります」
できる者が一人しかいない。
だから、その一人がやらなければならない。
そうはしない。
「それを先に記録してください」
「何をですか」
「必要な人が断った場合、その人を強制するのではなく、調査を延期または中止する」
セオが書く。
「緊急事態を除く、と加えますか」
「今回の調査は、緊急事態ですか」
「現時点では違います」
「では、加えなくていいです」
***
セオが最初の案を読み上げた。
「ノエ・ハーラ。火種の運搬」
ノエが網箱を見る。
「引き受けます」
「理由を聞いても?」
朔が尋ねる。
「これまで、私が運んできたからです」
「それだけですか」
ノエは少し考える。
「封印の状態と、サクさんが火へ近づく時の違いを、今いる職員の中では最も多く見ています」
「途中で持てなくなったら?」
「別の者へ渡します」
「誰に?」
ノエは答えられなかった。
火を運ぶ役目だけが決まっている。
渡す先は決まっていない。
「俺が持ちます」
朔が言うと、ノエは首を横に振った。
「反応が起きた時、サクさん自身の状態も確認する必要があります」
「では、誰が?」
「私が引き継ぎます」
サナが言った。
右腕は厚い布に覆われている。
「片腕でも運べますか」
ノエが聞く。
「網箱の持ち手を替えれば」
「測定具は?」
「その時は置きます」
「流れを測る役目をやめる?」
「火を落とさない方が先です」
サナは言った。
「測定は、戻ってからでもできます」
役目の順番。
何かが起きれば変わる。
「ノエさんが持てなくなった時は、サナさんが引き継ぐ」
セオが書く。
「サナさんも無理なら?」
「調査を中止して戻ります」
ノエが答えた。
火を持つ者がいなくなっても、誰かを無理に火守りへ変えない。
***
「マレア・ソン。参加者の身体状態を確認し、医療上の中止を判断する」
「引き受けます」
マレアが言う。
「マレアさんだけが、戻ると決められる?」
ユイが聞いた。
「いいえ」
「でも、止める人なんでしょ」
「医療上、続けられないと判断した時には止めます」
「私が嫌だって言った時は?」
「私の判断を待つ必要はありません」
マレアは全員を見る。
「誰でも、戻ると言えます」
「理由を言わなくても?」
ユイが聞く。
「言えない時もあります」
「誰か一人が言ったら、全員戻る?」
セオが答える前に、エリオが言った。
「戻るべきです」
「多数決にしない?」
「理由を聞いている間に、状況が変わる可能性があります」
「嘘だったら?」
ユイは問う。
「戻った後に確認します」
エリオは答えた。
「嘘をついた者がいたとしても、現地で疑って進むより安全です」
信じた結果、調査が一度無駄になるかもしれない。
疑った結果、誰かが戻れなくなるかもしれない。
「全員が、中止を求められる」
セオが記録する。
「一人が戻ると発言した場合、理由の確認より先に退路へ移る」
「戻ったあと、理由を言わないといけない?」
ユイが聞く。
「言いたくなければ、本人の意思としては求めません」
マレアが言う。
「ただし、次に同じ場所へ行くためには、分かる範囲の情報が必要です」
「言わないと、次へ行けないかもしれない」
「はい」
「でも、戻る時には言わなくていい」
「はい」
ユイは頷いた。
***
「サナ・リト。流れの方向と強さを、切断部の手前から測定する」
セオが続ける。
「引き受けます」
「測定具を、黒い線へ入れますか」
朔が聞く。
「入れません」
「前回は入れた」
「はい」
サナの右腕。
熱ではない火傷。
「今回は、線の手前に三点置きます」
「三つ置けば安全?」
「安全とは言いません」
「何が違う?」
「流れへ直接入れず、周囲の変化だけを見る」
「道を繋ぐ操作は?」
「しません」
「切断が設備故障に見えても?」
サナは少し黙った。
設備技官。
切れているものを繋ぐのが、自分の仕事だと思っていた人。
「今日は、繋ぎません」
「役目に反するのでは?」
「設備技官としては、復旧が必要だと考えるかもしれません」
「では」
「今日の私は、復旧のために行くのではありません」
サナは自分の図面を畳む。
「測るために行きます」
職業を捨てるわけではない。
だが、職業に次の行動を決めさせない。
「測定結果を見て、繋ぐべきだと思ったら?」
「戻って提案します」
「その場では?」
「しません」
セオが記録した。
***
「エリオ・レイス。内塔扉の開閉、経路灯の確認、先行する身体的危険への対応」
「先行はしません」
エリオが言った。
セオの筆が止まる。
「理由は?」
「黒い人影が、勇者という言葉へ反応した可能性があります」
「だから外れますか」
朔が聞く。
「いいえ」
「では」
「扉は開けます。経路灯も確認します。ただし、切断部へ近づく時は、先頭に立ちません」
「誰が先頭へ?」
「道を知っている者」
エリオがサナを見る。
「切断部までの設備経路は、サナが最も詳しい」
サナは頷く。
「経路灯が消えた後は?」
「私も、正しい道を知りません」
「では、その時は?」
朔が聞く。
「全員で止まります」
分からない道で、誰かを先頭へ押し出さない。
「白い外套は着ますか」
ユイが聞いた。
エリオは自分の肩を見る。
王都の白。
勇者候補を示す銀の縁。
「着ません」
「隠すの?」
「動きにくいから外す。それから、人影が白い外套を勇者の印として見ている可能性を減らす」
「勇者候補だって聞かれたら?」
「隠しません」
「名前は?」
「エリオ・レイスと名乗ります」
「順位は?」
「聞かれなければ言いません」
「役目を捨てる?」
「いいえ」
エリオの答えは静かだった。
「先に置かないだけです」
***
「剣はどうしますか」
朔が聞いた。
六年前。
ラグの剣は、先から黒く消えた。
フィオナは、その剣を持ったことで腕が黒くなった。
「携行します」
エリオが答える。
「抜く?」
「原則として抜きません」
「原則では、抜く時もある」
「誰かが攻撃され、退路がなく、剣以外に止める方法がない時です」
「人影が近づいただけなら?」
「抜きません」
「勇者は来るな、と言われたら?」
「退きます」
エリオは一度、言葉を切る。
「ただし、退く前に、理由を聞く機会があれば問います」
「答えを待って、戻るのが遅れたら?」
「誰かが戻ると言えば、問いを途中でやめます」
聞きたいことより、戻る約束を先にする。
「剣へ封をつけますか」
ノエが聞く。
「抜いた時に分かるように?」
「はい」
「お願いします」
エリオは答えた。
剣を持つことは隠さない。
抜いたかどうかも、後から分かるようにする。
***
「セオ・ラグナ。全行程の記録。判断者と理由の記載。内塔連絡所および外郭への報告」
「引き受けます」
「最後に決める人ですか」
朔が聞く。
「管理局上の責任者ではあります」
「現地での最終決定も?」
「その方が、手続きは明確です」
「一人で決めない、と言いました」
朔は塔下審査室を見回す。
同じ机。
同じ柱。
「では、誰が決めますか」
「内容によります」
「それを先に分けてください」
セオは記録板を閉じた。
「進行を続けるかは、全員が続行可能であることを条件とする」
「一人でも戻ると言えば、戻る」
「はい」
「流れの測定方法は?」
「サナが提案し、マレアが身体的危険を確認する。ほかの参加者にも説明し、異議があれば行わない」
「人影へ話しかけるかは?」
「本人が現れた時に、サクとエリオが提案する。ただし、全員がその場に留まれる状態であること」
「誰かを助けるために越えるかは?」
セオは黙った。
「今回は越えない」
ユイが言った。
「助けてって言われても、戻って決めるって、さっき決めた」
「はい」
セオが頷く。
「私の役目は、決定することではなく、誰が何を理由に決めたかを残し、外へ伝えることとします」
「役目ではなく?」
ユイが問う。
セオは少し考えた。
「今回、私が行うことです」
その言葉に、ユイは頷いた。
***
「ユイは、どうしますか」
朔が聞く。
セオの案では、ユイも切断部まで同行することになっていた。
奥から来る音を感じられる。
眠っている者の変化も知っている。
「私は、眠ってる子のところにいる」
ユイが言った。
「行かない?」
「道が切れた時、眠ってる子がどうなるか見る」
「人影について聞きたいことは?」
「ある」
「それでも?」
「サクたちが道へ行ったら、私は下にいる」
ユイは腰の袋へ触れる。
「前は、道が切れたあと、声が減った。今、近づいたら増えるかもしれない」
「誰と残りますか」
「アナ」
「マレアさんは調査へ行く」
「眠ってる子の治療官が、もう一人いる」
「名前は?」
「トエ・ラン」
ユイは知っていた。
「その人に頼んだんですか」
「まだ」
「では、先に本人へ聞きます」
「うん」
「ユイが変化を感じたら、どう伝えますか」
セオが尋ねる。
「アナが連絡板を使う」
「言葉は?」
「私が言ったことを、そのまま送る」
「アナの判断を加えず?」
「アナが見たことは、別に送る」
ユイの感覚。
アナの観察。
トエの治療上の判断。
混ぜない。
「連絡板が使えなければ?」
「アナが走る」
「それもできなければ?」
ユイは少し考えた。
「決めた時間まで連絡がなかったら、サクたちが戻る」
「変化がなくても?」
「連絡がないことが、変化かもしれない」
朔は頷いた。
報告がない。
だから安全。
そうは読まない。
「ユイが調査へ行かないことを、外されたとは書かないでください」
朔が言う。
「本人が、眠っている者の変化を見る場所を選んだ」
セオが記録する。
「ユイ。眠り区画で変化を観察し、本人の言葉をアナ・セルを通じて調査班へ伝える」
「安定者は?」
ユイが聞く。
「書きません」
セオが答えた。
***
「サクさんは?」
ノエが聞いた。
朔の役割だけが、まだ決まっていない。
「古い巡礼記録では、名を運ぶ者に近いと思います」
セオが言う。
「近いだけです」
「では、何をしますか」
朔は黒い道の図を見る。
人影が現れるかもしれない。
ハルかもしれない。
違うものかもしれない。
「名前を持って行きます」
「誰の?」
「調査に行く人。外で待つ人。眠りの区画に残る人」
「戻らなかった人たちも?」
エリオが聞く。
「名前は覚えています。でも、こちらから呼びません」
「人影は?」
「名前を知りません」
「ハルは?」
朔の手が、腰の青い布へ近づく。
途中で止まる。
「別に持ちます」
「人影に向かって呼びますか」
「呼びません」
「相手がサクの名前を知っていたら?」
ユイが聞いた。
「黒川朔だと答えます」
「K.K.って呼ばれたら?」
「返事をしません」
「ハルの声で呼ばれたら?」
部屋が静かになる。
「今ここにいる人が、俺をサクと呼んでください」
朔は言った。
「声だけではなく、近くから」
「誰が?」
「一人にしません」
ノエ。
マレア。
エリオ。
サナ。
セオ。
「順番を決める?」
「決めません」
「全員が同時に呼んだら?」
「声が増えます」
ユイが言う。
「一番近くにいる人が呼ぶ」
「その人が動けなければ、次に近い人」
エリオが続けた。
「呼ぶだけ?」
「肩には触れないでください」
朔は答える。
「触られている感覚も、偽物かもしれません」
「では、何を確かめる?」
マレアが聞く。
朔は考える。
「今いる場所と、戻る時刻を言ってください」
「名前だけではなく?」
「はい」
声は名前を真似る。
記憶も混ぜる。
だが、今決めた時刻と場所を、向こうが知っているかは分からない。
それでも、絶対ではない。
「合言葉にしますか」
セオが聞く。
「違います」
朔は言った。
「決めたことを互いに確認するだけです」
合言葉も盗まれるかもしれない。
言葉だけを鍵にしない。
「朔は、名前を持つ。相手が現れた場合、最初に名前を押しつけず、本人へ何と呼べばよいかを問う」
セオが記録する。
「問い手、と書きますか」
「書かないでください」
「では」
「することだけで」
***
伝達管から、リオの声がした。
「俺の分がまだや」
部屋にいる全員が、管を見る。
「聞こえていましたか」
朔が尋ねる。
「最初からや」
「何をしますか」
「外で時刻を持つ」
リオは言った。
「それから、名前の紙を持つ」
「報告が途切れたら?」
「決めた時刻を過ぎた時点で、外郭管理へ異常として申告する」
「誰に?」
「担当の名前を先に聞いた」
セオが答える。
「外郭管理官、ベラ・ノウです」
「ベラが動かんかったら?」
「中央審査室へ上げます」
「名前は?」
「当番は、グラド・ウェン」
第三章の審査記録官。
「それでも動かなければ?」
リオの声が少し低くなる。
「塔の外で騒ぐ」
「手続きではありません」
セオが言う。
「手続きが途切れた後の話や」
「何をするつもりですか」
「まだ決めとらん」
「危険な行動は」
「戻ってきたら、やらんで済む」
脅しではない。
外にいる者が、何もしないとは決めないという宣言。
「リオさんの役目は、外で待つこと?」
ユイが伝達管へ聞いた。
「待つだけやない。遅れたことを、遅れてないことにさせん」
「中へ入りたい?」
「入れ言われても、今は入らん」
「どうして」
「外に名前を残す奴がおらんようになる」
中へ行くことだけが、参加ではない。
「分かった」
ユイが答えた。
***
「一つ、確認したいです」
朔は全員を見る。
「今決めたことは、いつ終わりますか」
「調査から戻った時です」
セオが答える。
「記録上も?」
「帰還報告の完了時に、任務終了とします」
「その後も、ノエさんは火を運ぶ人ですか」
「通常業務へ戻ります」
「サナさんは、道を測る人?」
「設備技官に戻ります」
「ユイは、眠っている子を見る人?」
ユイは朔を見る。
「見たい時は見る」
「今日決めたから、毎回しなければならないわけではない」
「うん」
「エリオさんは、扉を開ける人?」
「この調査の間だけです」
「俺は、名前を持って問う人?」
朔は自分で答える。
「戻ったら、外します」
シオ婆の言葉。
必要な時に、必要な場所へ立て。
終わったら動け。
「役目は、人を閉じ込めるための名前ではない」
朔は言った。
「だから聞きます」
机にいる一人ずつを見る。
「終わったら、役目を外せますか」
ノエが最初に答えた。
「外します」
「外しても、火を守ったことは消えない?」
「消えません」
マレア。
「外します」
「次に止めなかったとしても、今回止める判断をしたことは消えない?」
「はい」
サナ。
「外します」
「次に繋ぐ提案をしても、今日は繋がなかったことと矛盾しない?」
「しません」
エリオ。
「外します」
「勇者候補であることは?」
「残ります」
「それでも、今回の行動を全部、勇者候補の行動にはしない?」
「エリオ・レイスの判断として残します」
セオ。
「外します」
「記録を終えた後も、全員をこの役目で呼びませんか」
「呼びません」
ユイ。
「外す」
「眠っている子が心配でも?」
「次に見るかは、次に決める」
最後に、伝達管の向こう。
「リオさんは?」
「お前が戻ったら、時刻を見るのをやめる」
「名前の紙は?」
「それは返せ言われるまで持っとく」
役目が終わっても、関係まで消えるわけではない。
***
セオは、役割表を書き直した。
最初の案には、名詞が並んでいた。
火守り。
治療判断者。
流路測定者。
先導者。
記録責任者。
安定観察者。
交渉対象。
それを一つずつ消した。
新しい紙には、行うことだけを書いた。
ノエ・ハーラ。
火を見える状態で運ぶ。持てなくなればサナへ渡し、渡せなければ戻る。
マレア・ソン。
身体を見る。続行できない変化があれば止める。
サナ・リト。
流れを手前から測る。黒い線へ器具を入れず、繋ぎ直さない。
エリオ・レイス。
扉を開け、経路灯を確認する。人影の前では先頭に立たず、剣を原則として抜かない。
セオ・ラグナ。
誰が何を見て、何を理由に決めたか記録し、外へ伝える。
ユイ。
眠っている者の変化を見る。自分の言葉を、アナ・セルを通して分けて伝える。
黒川朔。
名前を持つ。知らない者へ名前を押しつけず、何と呼べばよいかを問う。K.K.には返事をしない。
リオ。
外で時刻と朔の名前を持つ。報告が途切れたことを、途切れていない記録にさせない。
その下に、全員に共通する一文。
一人でも「戻る」と言った場合、理由の確認より先に帰路へ移る。
「勇者という言葉がありません」
エリオが言った。
「書いた方がいいですか」
朔が聞く。
「いいえ」
エリオは答えた。
「ただ、書かれていなくても、私が勇者候補であることは消えません」
「はい」
「相手が、それだけを見る可能性も」
「あります」
「それでも行きます」
「はい」
選ばれたからではない。
自分で選んだ。
***
最後に、戻る練習をした。
塔下審査室を、黒い道の手前だと仮定する。
ノエが網箱を持つ。
サナは測定具を床へ置く。
エリオは扉の横。
セオは記録板を開く。
マレアは全員の顔を見る。
「誰かが、戻ると言ってください」
セオが言った。
誰もすぐには言わなかった。
練習だと分かっている。
だからこそ、言葉が軽くなる気がした。
「戻る」
ユイが言った。
全員が動く。
ノエは網箱を持ち上げる。
サナは測定具を置いたまま立つ。
「器具は?」
サナが聞く。
「取りに戻りません」
マレアが答える。
エリオが出口を開ける。
セオは記録を途中で閉じる。
朔はユイの近くへ行かない。
先に出口へ向かう。
誰も理由を聞かなかった。
全員が部屋を出た。
廊下まで来てから、セオが尋ねる。
「何がありましたか」
「試した」
ユイが答えた。
「私が言っても、本当に戻るか」
「どうでしたか」
「戻った」
それだけ言って、ユイは審査室へ戻る。
「理由が試すためでも、有効なのですね」
エリオが言った。
「現地で試すために言われると困ります」
ノエが答える。
「だから、今試した」
ユイは自分の椅子へ座った。
必要な確認を、安全な場所で先に済ませる。
***
調査は、翌朝に決まった。
ユイは眠りの区画へ。
リオは外郭待合所へ。
朔たちは、黒い道の手前まで。
誰が何をするかは決まった。
だが、それは人を新しい欄へ入れるためではない。
終われば外す。
できなくなれば替える。
替えられなければ戻る。
朔は、役割表を一度だけ読み上げてもらった。
古い巡礼者と同じ名前は、一つもなかった。
それでも、少し似ていた。
火を運ぶ。
身体を見る。
流れを測る。
扉を開ける。
記録を外へ渡す。
眠っている者の変化を見る。
名前を持って問う。
外で時刻を持つ。
誰も、勇者とは書かれていない。
誰も、一人では道を渡らない。
役目を選ぶことは、役目に選ばれることではなかった。
朔たちは自分の名前を先に置き、その下へ、明日することだけを書いた。




