第四章 眠りの道 ⑥ K.K.
その日は、内塔へ入らなかった。
旧観測室から戻った翌朝、マレアは朔の身体を確かめ、変化なしと記録した。
頭痛はない。
白い視界もない。
男の声も聞こえない。
壁や食器を見ても、文字は現れなかった。
「今日は休むべきですか」
朔が聞く。
「身体だけを見れば、入塔を禁止する理由はありません」
マレアは答えた。
「ですが、昨日得た情報を整理する前に、次の情報を重ねない方がよいと思います」
「治療官として?」
「一人の意見としてです」
医学的な中止判断ではない。
だから、決定として言わなかった。
「俺も、今日は入らない方がいいと思います」
朔は答えた。
白い部屋。
DO NOT WAKE。
三門に似た声。
近くに答えがあるように感じる時ほど、一度離れる。
その日は、薄いスープを飲み、窓の向こうの中庭を見た。
白い髪は現れなかった。
ユイも、眠っている者の確認と、窓のある部屋への移動試行について話し合っている。
朔のために、いつでも会えるわけではない。
それでよかった。
***
午後、外郭からリオの伝言が届いた。
「三門という名前を急いで追うな。王都で聞けるのは、今ここで白い部屋を見とった人間の方や。遠い奴より、近い奴から聞け」
朔は二度読んでもらった。
三門は、朔のいた世界にいる。
少なくとも、最後に見た時には。
今、白い塔で問える相手ではない。
旧観測室を使った人。
記録を書いた人。
設備が止まったと確認した人。
その名前から先に探す。
「旧観測室で働いていた人に会えますか」
朔はセオへ聞いた。
「Y.I.の接続検査に関わった者ですか」
「それも知りたいです。でも、先にK.K.を記録した人を探したいです」
「昨日の表示について?」
「昨日だけではありません」
K.K.は、白い場所で何度も現れた。
朔の近くに。
SUBJECTという文字と一緒に。
だが、黒川朔の名前とは一致しない。
「最初にK.K.が記録されたのは、いつですか」
セオはすぐには答えられなかった。
「照合記録を確認します」
「誰が確認しますか」
「私と、旧観測記録の保管担当です」
「名前を教えてください」
「確認後に」
知らない名前を、知っているようには言わなかった。
***
返答が来たのは、その日の夕方だった。
「最初の記録ではありません」
セオが観察室へ入るなり言った。
「何がですか」
「あなたが見たK.K.は、少なくとも管理局に残る範囲では、最初の出現ではありません」
朔は椅子から立った。
「いつからありますか」
「十二年前です」
ツヅリ村で目覚めるより前。
王都へ来るより前。
この子どもの身体で目を開けるより、ずっと前。
「誰の記録ですか」
「分かりません」
「人ではない?」
「それも分かりません」
セオは古い記録板の写しを机へ置いた。
「原記録の保管担当が、明日の閲覧に同席します。名前は、ネラ・ヴォス」
「当時の観測者ですか」
「はい」
「本人に会える?」
「本人が同意しました」
「何と伝えましたか」
「K.K.という表示について、現在それを知覚した子どもが、当時の記録を確認したいと求めている、と」
「俺がK.K.だとは?」
「伝えていません」
「ありがとうございます」
セオは、机の上の写しを見る。
「礼は、明日の話を聞いてからにしてください」
「流行っていますね」
「誰に聞いたのですか、その言い方を」
「何人かです」
***
翌朝、朔は外郭寄りの記録閲覧室へ案内された。
内塔には入らない。
白い塔の下ではあるが、窓がある。
窓は高く、空しか見えない。
棚には、灰色の板と紙の束。
机の角は丸く擦れていた。
部屋の隅には、小さな湯沸かし器がある。
乾いた茶葉の匂い。
記録を読む人も、水を飲み、腹が減る。
机の向こうに、一人の女性が座っていた。
灰色の髪を短く切っている。
年齢は、シオ婆より若く、セオよりかなり上に見えた。
右手の人差し指と中指が、少し曲がっている。
爪の際には、黒い染料が残っていた。
「ネラ・ヴォスです」
女性が言う。
「現在は、破損記録の修復と照合をしています。十二年前は、旧観測室の記録補助員でした」
「黒川朔です。ツヅリ村では、サクと呼ばれています」
「どちらで呼べば?」
「今は、サクで」
「分かりました」
同席者は、セオとエリオ。
ノエは、火種入れを見える箱で入口近くに置いた。
マレアは閲覧開始前の身体状態だけを確認し、隣室で待つ。
今日の目的は、検査ではない。
K.K.の記録を読むこと。
***
「最初に確認します」
ネラが言った。
「私は、あなたをK.K.だと考えていません」
「考えていない理由は?」
「あなたに会ったばかりだからです」
朔は少しだけ息を吐いた。
「記録でそう呼ばれているから、ではなく?」
「記録が何を指しているか、私には分かりません」
ネラは古い板へ手を置く。
「分からないのに、長い間、対象識別符として使われてきました」
「人につける印として?」
「そう整理されています」
「最初から?」
ネラの指が止まる。
「いいえ」
***
最初の板は、端が欠けていた。
文字も一部薄れている。
ネラが読み上げる。
「旧観測室、夜間停止確認。室内無人。接続台未使用。観測板への供給なし」
「誰も中にいなかった?」
「はい」
「動いていなかった?」
「設備記録上は」
「続けてください」
「二刻目の見回り時、黒色観測板に淡い表示を確認」
ネラは一度、朔を見る。
「K.K.」
部屋は静かだった。
「誰が見たんですか」
「私です」
「ほかの人は?」
「設備担当者が一人いました。彼には文字は見えませんでした」
第①話と同じ。
朔には見える。
同行者には見えない。
「光の変化は?」
「彼も、観測板の端が一度明るくなったことは見ています」
共有されなかった文字。
共有された光。
「文字は、どれくらい残りましたか」
「数呼吸ほどです」
「ほかには?」
ネラは次の行を読む。
「下部に、旧塔記号と思われる線。形状は、経路を示す印に類似」
「PATHという文字は?」
「記録していません」
「見えなかった?」
「その言葉を知りません」
ネラには、朔の世界の文字を読む知識がない。
KとKの形だけを写した。
「なぜ記録したんですか」
「見たからです」
「一人にしか見えなくても?」
「一人にしか見えなかったから、記録しました」
ネラは淡々と言った。
「二人に見えたなら、設備異常として処理されたでしょう。一人にだけ見えたなら、見た者の状態も含めて残す必要があると思いました」
「疲れていましたか」
「夜勤の二刻目でした」
「眠かった?」
「少し」
「頭痛や声は?」
「ありません」
「以前にも見たことは?」
「その時が初めてです」
見た条件。
見なかった者。
身体状態。
十二年前にも、それらは書かれていた。
***
「その記録が、どうして対象識別符になったんですか」
朔が聞いた。
ネラは二枚目の板を出した。
最初のものより新しい。
文字が整っている。
「三年後、旧観測記録を現在の分類形式へ移す作業が行われました」
「写し直した?」
「はい」
「誰が?」
ネラは板の下部を見る。
「整理官、アデル・ロウ」
新しい名前。
「今もいますか」
「六年前に退職しています。現在地は分かりません」
「本人に聞かず、悪いことをしたと決めません」
朔は言った。
「何をしたかだけ教えてください」
ネラが板を読む。
「原記録の『壁面表示』欄にあったK.K.が、新形式では『対象符』の欄へ移されています」
「なぜ?」
「新しい形式に、出所不明の表示を記録する欄がなかったからです」
「なかったから、人につけた?」
「人とは限りません」
セオが補う。
「対象符は、人だけでなく、殻、設備、経路にも使用されます」
「でも、今の俺の記録では、SUBJECTの後ろに出た」
「あなたの知覚では」
「はい」
朔は言い直す。
「俺には、対象という意味の言葉の後ろに見えました」
人の名前とは書かれていない。
観測される何か。
それが、人か、道か、流れかは分からない。
「原記録では、K.K.は何に付いていましたか」
朔が聞く。
「何にも」
ネラが答えた。
「ただ、黒い板に見えた文字として書かれていました」
「二枚目で、対象の欄に置かれた」
「はい」
「意味が増えた」
写しただけではない。
空いている欄へ移したことで、K.K.は何かを指す印になった。
「アデルさんは、意味を変えたつもりでしたか」
「分かりません」
ネラは言った。
「当時の作業記録には、『分類不能記号を最も近い項目へ転記』とあります」
「最も近い」
「捨てるより、残す方がよいと考えたのでしょう」
悪意ではない。
消さないために、場所を与えた。
だが、その場所が意味を変えた。
***
「ネラさんは、止めなかったんですか」
朔が聞いた。
「止めませんでした」
「気づいていた?」
「対象符ではない、とまでは思いませんでした」
「では?」
「私が見たものより、整理官の方が分類を知っていると思いました」
専門家。
記録を整える人。
「今は、どう思いますか」
「分からないものを、欄がないからという理由で近い欄へ入れるべきではなかった」
ネラは、自分を守る言葉を足さなかった。
「でも、当時の私が今と同じ判断をできたとは言いません」
「なぜですか」
「この十二年で、近い欄へ入れられたものが、元からそこにあったものとして扱われるのを何度も見たからです」
写し。
分類。
教本。
繰り返されるうちに、最初の空白が消える。
「エリオさん」
朔が呼ぶ。
「はい」
「K.K.は、何だと教わりましたか」
エリオは少し黙った。
「特定不能対象に付される古い識別符」
「最初の記録が、無人の部屋だったことは?」
「知りませんでした」
「見た人が一人だけだったことも?」
「知りません」
「対象の欄へ移されたのが、三年後だということも?」
「知りませんでした」
教本には、整えられた結果だけが載っている。
変更された経緯はない。
「私も、最初から対象符だったと考えていました」
エリオは言った。
「記録すれば忘れないと思っていた」
朔が言う。
「はい」
「変更の理由が消えれば、違うことを覚える場合もある」
エリオは古い二枚の板を見る。
「はい」
短い答えだった。
***
「K.K.が、十二年前からあるなら」
朔は言った。
「少なくとも、黒川朔という名前の頭文字ではありません」
「あなたが十二年前から、この塔と関連していた可能性は?」
セオが聞く。
朔はすぐに否定しなかった。
現代での自分の年齢。
ORPHESを受けた時期。
この世界の十二年前と、現代の十二年前が同じ時間とは限らない。
「ないとは言えません」
「では、あなたと無関係とも決められない」
「はい」
K.K.が朔より前からある。
それだけで、無関係とはならない。
時間の流れさえ、同じか分からない。
「でも、俺の名前だとする根拠は弱くなりました」
「そうですね」
「俺の近くに出ることと、俺を指すことは同じではない」
「はい」
道標が、人の横に立っているからといって、その人の名札とは限らない。
***
「ほかにK.K.が出た記録はありますか」
朔が聞く。
ネラは三枚目を出した。
「確認できたものは、あと二件です」
「人がいた?」
「一件目は、旧観測室に誰もいない時です」
「また?」
「最初の記録から五年後。観測板の端に、K.K.と思われる二文字。見たのは修復担当者一名。同行者には光の揺れだけが見えた」
「その人の名前は?」
「ボル・ナーダ」
「会えますか」
「三年前に亡くなっています」
死んだ人からは聞けない。
残るのは、記録だけ。
「身体状態は書いてありますか」
「発熱なし。睡眠不足の申告あり」
「見間違いと処理された?」
「備考に、疲労による視覚異常の可能性とあります」
「可能性」
「断定はされていません」
「もう一件は?」
ネラは最後の板を開く。
「Y.I.の接続検査の七日前」
ユイの検査より前。
「誰がいましたか」
「観測台に、北方から保護された別の人物がいました」
「名前は?」
「記録上、本人名は確認できていません」
「子ども?」
「推定成人です」
「K.K.と表示された?」
「観測者一名が見たと申告しています。ただし、観測板にはY.I.も、ほかの識別符も記録されていません」
「その人はどうなりましたか」
ネラは記録を追う。
「接続は途中で中止。身体状態は回復。その後、外郭治療区画へ移送」
「現在は?」
「この板にはありません」
「調べられますか」
セオが答える。
「本人の記録に関わります。あなたとの関連性を示した上で、開示申請が必要です」
「今は申請しません」
朔は言った。
「今日は、K.K.がいつからあるかを聞く日です」
知らない人の人生を、記号の意味を知るためだけに開かない。
必要になった時、理由を分けて問う。
***
「Y.I.は、最初から対象符の欄に入れられましたか」
朔が聞く。
セオとネラが、同時に板を見る。
ネラが先に答えた。
「はい」
「K.K.の形式を使った?」
「当時の記録様式では、観測板に現れた識別不能記号を、対象符欄へ入れることになっていました」
K.K.の転記が、後の規則になった。
一度の整理が、次の人の扱われ方を決めた。
「だからユイは、Y.I.という人として記録された」
「完全には違います」
セオが言う。
「本人名としてユイも記録されています」
「でも、照合ではY.I.が先に使われた」
「はい」
「管理の流れでは、名前より符号の方が強かった」
セオは否定しなかった。
「ユイが、自分の名前ではないと判断した理由を、少しだけ理解できます」
エリオが言った。
「記録が、本人より先に識別符へ応答していた」
「それも推測です」
朔が言う。
「はい」
エリオは頷く。
「ユイ本人が話していない部分を、記録だけで埋めるべきではありません」
学んだ言葉を、すぐに使っている。
***
「最初の記録を、今の照合記録へ戻せますか」
朔はセオに聞いた。
「消されたわけではありません」
「でも、普段は二枚目だけを見る?」
「はい」
「では、K.K.を検索した時に、最初の板も一緒に出るようにしてください」
「技術上は可能です」
「誰が変更しますか」
「記録照合担当の承認が必要です」
「名前は?」
「現在の担当は、ネラ・ヴォスです」
朔はネラを見る。
「できますか」
「できます」
「何と書きますか」
ネラは、すぐに筆を取らなかった。
「先に、あなたが必要だと思う内容を聞きます」
朔は二枚の板を見る。
最初の記録。
無人の旧観測室。
一人にだけ見えたK.K.。
同行者が確認した光の変化。
三年後の写し。
分類不能の記号。
対象符欄への転記。
「K.K.は、十二年前の無人の旧観測室で、観測補助員ネラ・ヴォスにより知覚された」
「はい」
「同行者には文字は見えず、光の変化だけが確認された」
「はい」
「当時、K.K.が人、設備、経路、流れのどれを指すかは確認されていない」
「はい」
「三年後、記録様式の変更時に、分類上もっとも近いと判断された対象符欄へ移された」
「はい」
「それ以降、対象識別符として扱われてきた。でも、最初からそうだったと確認されたわけではない」
ネラが筆を取る。
「そのように記します」
「俺のことも」
「何を?」
「黒川朔が、自身の近くにK.K.を知覚している。ただし、自身の名前とは一致せず、歴史上の出現も本人の王都到着以前にあるため、本人識別符であるかは不明」
セオが言う。
「王都到着以前では弱いでしょう。この世界での覚醒以前、としますか」
朔は少し考えた。
十二年前に、自分がどこにいたのかは分からない。
「俺がツヅリ村で目覚めたと認識している時点より前」
「本人の認識として」
「はい」
自分が知らない時間まで、なかったことにはしない。
***
「訂正前の記録は残します」
ネラが言った。
「なぜですか」
朔は分かっていたが、あえて聞いた。
「対象符として扱われてきた経緯を消さないためです」
「間違いだったと決めますか」
「いいえ」
「では」
「最初から確定していたものではない、と加えます」
対象符である可能性は残る。
道を示す符号かもしれない。
流れの名前かもしれない。
過去の誰かかもしれない。
朔と何らかの関係があるかもしれない。
どれも、まだ消さない。
「教本も変わりますか」
エリオが聞く。
「照合記録の修正だけでは変わりません」
ネラが答える。
「教育資料の改訂申請が必要です」
「誰が出せますか」
「管理局所属者です」
「私が出します」
エリオは言った。
「勇者候補として?」
「エリオ・レイスとしてです」
「所属上の資格は必要です」
ネラが言う。
「申請者名を先に置き、資格欄に勇者候補と記します」
肩書きを捨てるのではない。
必要な扉を開くために使う。
だが、名前の前へは置かない。
「順位への影響は?」
朔が聞く。
「教育資料への異議だけでは、通常はありません」
「通常は?」
「既存の教本が不正確だと主張するため、審査は受けます」
「出します」
エリオは答えた。
***
閲覧を終える前に、ネラが湯を注いだ。
「飲みますか」
乾いた茶葉の匂いが強くなる。
「同じものを飲みますか」
朔が聞く。
「私も飲みます」
「では、少し」
茶は苦かった。
シオ婆の店で飲んだものより薄く、それでも水より味がある。
ネラは自分の杯へ口をつける。
「十二年前、K.K.を見た時」
朔は聞いた。
「怖かったですか」
「自分がおかしくなったと思いました」
「記録したあとも?」
「記録したから、少しだけ怖くなくなりました」
「紙が証明してくれた?」
「いいえ」
ネラは首を横に振る。
「自分が見たと書いたことだけは、あとで誰かに別の記憶へ変えられないと思いました」
その記録も、後で別の欄へ移された。
「変えられましたね」
「はい」
ネラは苦い茶を飲む。
「だから、今日は戻します」
「元の形へ?」
「完全には戻せません」
十二年が経っている。
対象符として使われた判断も、そこから作られた教本も、人々の記憶もある。
「ただ、どこで意味が増えたかを見えるようにします」
間違えた時、どこまで戻ればいいか。
逃げ道と同じだった。
***
部屋を出る前に、朔は古い板をもう一度見た。
文字は読めない。
だが、ネラが指した位置は覚えた。
最初のK.K.
誰もいない白い部屋。
動いていないと記録された黒い板。
それを見た一人の人。
「K.K.って呼ばれても、返事しない方がいい」
ユイの声が蘇る。
K.K.が朔の名ではないと、証明されたわけではない。
だが、少なくとも、朔がそう呼ばれる理由はさらに分からなくなった。
分からないものに、名前を返さない。
それでよかった。
***
外郭へ送る報告に、朔は一つ加えた。
「K.K.は、俺が来る前からあった」
ルカが言葉を確認する。
「王都へ来る前?」
「違います」
「では」
「俺がツヅリ村で目覚めたと認識している時より前から、王都の記録にあった」
「あなたと無関係だと?」
「そこまでは言いません」
「あなたの名前ではない?」
「それも、まだ決めません」
ルカが少し困った顔をする。
「では、何が分かったのですか」
朔は答えた。
「俺の近くに出る印でも、俺のものとは限らない」
そのまま、送ってもらった。
リオからの返事は短かった。
「道端の札を見つけるたび、自分の名札やと思う奴はおらん。誰が立てたか、どっちを向いとるか見ろ」
K.K.は、朔から少し離れた。
だが、消えたわけではない。
朔の胸につけられかけていた名札から剥がれ、まだ誰のものとも決められない印として、白い塔の道の上に残った。




