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第四章 眠りの道 ④ 眠り番


 眠っている者の区画へ入る条件は、ユイが決めた。


 強い灯りを持ち込まない。


 寝台へ勝手に触れない。


 名前を知っていても、ユイが先に呼ぶまで呼ばない。


 番号では呼ばない。


 祈らない。


「祈らないのは、どうしてですか」


 朔が聞く。


「起きる子がいるから」


「祈りの内容に関係なく?」


「分からない」


 ユイは答えた。


「優しい祈りでも、呼ばれたと思う子がいる」


 助けるための言葉でも、受け取る側には呼び声になる。


「分かりました」


 朔は条件を復唱した。


 セオが記録する。


 マレアは治療上の緊急時のみ、必要な範囲で身体へ触れる。

 ノエは火種入れを見える状態で運ぶ。

 エリオは区画の入口を開き、内部では先頭に立たない。


「先頭は誰ですか」


 エリオが聞く。


「私」


 ユイが答えた。


「道を知っているから?」


「誰がどこにいるか知ってる」


 道順だけではない。


 その先にいる人を知っている者が、前を歩く。


***


 ユイは、昨日作っていた薄い青の袋を腰へ下げていた。


 袋は二つに分かれている。


 片方には、小さな石が入っていた。


 歩くたび、かすかに触れ合う。


「何を入れたんですか」


「数えるもの」


「人を?」


「見た場所を」


 人を石へ置き換えるのではないらしい。


「同じですか」


 朔が聞く。


「違う」


 ユイは即座に答えた。


「人を数えると、いなくなっても数だけ合うことがある」


 十人のうち一人が移され、別の一人が入る。


 数は十のまま。


 だが、そこにいた人は変わっている。


「石は、寝台の場所ですか」


「うん。見たら、こっちへ移す」


 ユイは空の方の袋を叩いた。


「全部移ったら、見てない場所がない」


「名前を知っている人も、知らない人も?」


「同じように見る」


 名前を知らないから、数えなくていいわけではない。


***


 眠りの区画へ下る階段は、内塔の灯よりさらに暗かった。


 壁の下に、細い緑の光がある。


 足元だけを照らす。


「この光は誰の銀札に反応していますか」


 朔が聞く。


「今はアナ・セルです」


 セオが答える。


 面会調整を担当していたアナも、今日は後ろを歩いている。


「ユイの札では?」


「生活区画内の扉は開けられますが、下層への移動権限はありません」


「毎回、誰かに開けてもらう?」


 ユイが頷く。


「一人では行けない」


「行きたい時に?」


「決まった時間だけ」


「今日の時間を決めたのは?」


「私が行くって言って、アナが空いてる時間を調べた」


 ユイだけが決めたわけではない。


 アナだけが決めたわけでもない。


 行きたい時刻と、開けられる時刻を重ねた結果だった。


***


 階段の下には、横に長い部屋があった。


 扉はない。


 代わりに、薄い灰色の布が入口から何枚も垂れている。


 布と布の間から、淡い光が漏れていた。


 音は少ない。


 塔の低い振動。


 水の落ちる音。


 ゆっくりした呼吸。


 一人分ではない。


 重なっている。


 ユイが最初の布を持ち上げた。


「ここから、声を小さくして」


 誰も返事をしなかった。


 頷くだけにする。


 声で答えること自体が、眠っている者への呼びかけになるかもしれない。


***


 寝台は、壁に沿って並んでいた。


 石の台。


 薄い敷布。


 身体の上には、白ではなく灰色の掛け布。


 それぞれの枕元に、小さな板がある。


 王都の文字と、数字。


 名前のある板は見当たらない。


 最初の寝台には、小さな少年が眠っていた。


 目を閉じている。


 髪は短く、左の額に古い傷がある。


 手首から、細い光が床へ伸びていた。


 紐ではない。


 触れているようにも、浮いているようにも見える。


 ユイは寝台から腕一本分離れた場所で止まった。


 呼吸を見る。


 胸の動き。


 指先。


 それから、小さく言った。


「ミア」


 少年は動かない。


 朔はユイを見る。


 ミア。


 名前から、女の子だと勝手に考えそうになった。


 目の前で眠っているのは少年に見える。


 だが、本人がどう名乗ったかは知らない。


 今は、ユイが呼んだ名前だけを受け取る。


「返事は、いらない」


 ユイが小さく言った。


 朔へ説明したのか。


 眠るミアへ伝えたのか。


 分からなかった。


 ユイは袋から一つ石を取り出し、空だった方へ移した。


***


 二つ目の寝台。


 眠っているのは、朔より少し大きな少女。


 髪を片側だけ短く切られている。


 ユイは呼吸を見た。


 手を触れないまま、掌を指先の近くへ置く。


 温度を確かめているらしい。


「カイ」


 少女のまぶたが、わずかに動いた。


 エリオの身体が反応する。


 一歩出そうになり、止まる。


 マレアも近づかない。


 まずユイを見る。


 ユイは待った。


 少女の唇が動く。


「……かあ、さん」


 小さな声。


 朔の喉が動いた。


 返事をしたくなる。


 ここにいる。

 大丈夫。


 意味のある言葉を返したくなる。


 ユイが首を横に振った。


「今の私たちに言ったとは限らない」


 声を抑えて言う。


「本当の言葉でも?」


 朔が聞く。


「本当に、お母さんを呼んだのかもしれない」


 ユイはカイの呼吸を見続ける。


「でも、今ここにいる私に、母親になってって言ったわけじゃない」


 本当の言葉。


 だからこそ、勝手に答えてはいけない。


 マレアが寝台の反対側へ回る。


「呼吸に変化はありません」


 触れずに確認する。


「目覚めの反応ではなく、睡眠中の発声と見ます。ただし、断定はしません」


 ユイが石を移した。


 カイは、もう何も言わなかった。


***


 三つ目の寝台には、名前がなかった。


 ユイは何も呼ばない。


 枕元の板には、二十二と書かれているらしい。


「この人の名前は?」


 朔は、区画を出てから聞こうと思った。


 だが、ユイが先に言った。


「知らない」


 小さな声。


「管理局にも?」


 セオが板を見る。


 答えようとするが、ユイが首を振る。


「今は、聞かない」


 眠っている本人の前で、記録の有無を確認しない。


 名前がない人として話を進めないためなのかもしれない。


 ユイは呼吸と手を見る。


 石を一つ移す。


 名前は呼ばない。


 それでも、見た。


***


 四つ目。


 五つ目。


 ユイは、知っている名前だけを一度ずつ呼んだ。


 呼び方は同じだった。


 起きろとも、戻れとも言わない。


 返事も求めない。


 名を置き、呼吸を見て、石を移す。


「起こすために呼ぶんじゃないんですね」


 朔が囁く。


「うん」


「では、何のために?」


「いなくなってないか、確かめるため」


「目で見れば、分かりませんか」


「身体があっても、名前がなくなることがある」


 ユイは次の寝台を見る。


「名前だけ残って、身体がいないこともある」


 Y.I.


 記録に残った識別符。


 移されたあと、状態の分からなかったユイ。


「両方を一緒に確かめる?」


「うん」


 身体を見る。


 名前を呼ぶ。


 どちらか一方だけで、その人がいると決めない。


***


 六つ目の布を持ち上げた時、ユイが止まった。


 寝台が空だった。


 掛け布は畳まれている。


 枕元の板だけが残っている。


 数字は消されていない。


 ユイの手が、腰の袋へ触れる。


 石はまだ一つ、元の側に残っていた。


「どこへ行ったの」


 声は大きくない。


 だが、初めてはっきりとアナへ向けられた。


 アナが板を確認する。


「今朝、治療区画へ移されています」


「聞いてない」


「呼吸が浅くなったため、緊急移送が――」


「生きてる?」


「移送時には」


「今は?」


 アナは答えられなかった。


「私は、現在の治療記録を持っていません」


「名前は?」


「管理記録では、三十一番床です」


「それは名前じゃない」


「はい」


 アナは言い直さなかった。


「どの治療区画ですか」


「第五治療室」


「戻る?」


「分かりません」


「分からないなら、分からないって、先に言って」


 ユイは空の寝台を見る。


「ここにいないのを、私が見つけるまで待たないで」


***


 朔は口を挟まなかった。


 ユイが問うている。


 ユイ自身の言葉がある。


 代わりに怒れば、その言葉を奪う。


 セオも、すぐには記録しない。


「ユイ」


 アナが言う。


「移送を伝えなかったのは、私の判断ではありません」


「誰の判断?」


「緊急時は、治療を優先し、生活区画への連絡は後に行う手順です」


「後って、いつ」


「本来は、治療区画へ到着した時点で」


「届いてない」


「確認します」


「確認する人の名前は?」


「私、アナ・セルです」


「いつまでに?」


 アナが壁の砂時計を見る。


「四分の一刻以内に、現在の状態と、連絡が止まった場所を確認します」


「私にも言う?」


「はい」


「サクたちが帰ったあとでも?」


「ユイへ直接伝えます」


 ユイは空の寝台を見たまま、頷いた。


***


「記録していい?」


 セオがユイへ聞いた。


 ユイが振り返る。


「何を」


「三十一番床の人物が治療区画へ移送されたが、ユイへの連絡が届いていなかったこと。今後、移送時の状態、行き先、現在の状態、帰室予定の有無を伝えるよう求めたこと」


「名前を知らないことも」


「記録します」


「番号しかない人、って書かないで」


 セオの筆が止まる。


「では、どのように」


「私が名前を知らない人」


 番号しか持たない人ではない。


 名前が存在しないと決まったわけではない。


 ユイが知らない。


 管理局の記録にない。


 それだけ。


「ユイが名前を知らない、三十一番床にいた人物」


「うん」


「移送時には生存。現在の状態は未確認」


「うん」


「確認担当は、アナ・セル」


 アナが頷く。


 空の寝台にも、誰かがいた。


 名前を知らなくても、移されたことは消えない。


***


 ユイは、残っていた最後の石を握った。


 空の寝台を見た。


「これは、移していいのかな」


 袋の反対側へ入れるか迷っている。


「見た場所なら、移す?」


 朔が聞く。


「人を見てない」


「でも、いないことを見た」


 ユイは考えた。


 石をどちらにも入れなかった。


 掌に持ったままにする。


「今は、ここ」


「なぜ?」


「見てないのに、見た方へ入れたくない。知らないまま、見てない方に戻すのも違う」


 どちらにも入らない石。


 空白。


 だが、忘れたわけではない。


 ユイの手の中にある。


「状態が分かったら決める?」


「うん」


 朔は、その石を覚えた。


***


 区画のさらに奥には、まだ寝台があった。


 名前を知っている者。


 名前を知らない者。


 呼吸の深い者。


 指先だけが時々動く者。


 ユイは全員を同じ方法では見なかった。


 胸の動きが分かりにくい者には、口元へ薄い布を近づける。


 指先が冷えやすい者には、触れずに掌を近づける。


 声を出しやすい者の前では、長く待つ。


「どうして違うんですか」


 朔が聞く。


「違う人だから」


 短い答えだった。


「管理局の確認方法は?」


 マレアが答える。


「基本項目は同じです。呼吸、脈、体温、流れの変化」


「それだけ?」


「最低限としては」


「ユイのやり方は、記録にありますか」


 セオが板を見る。


「一部はあります。個別の観察上の注意として」


「誰が書いた?」


「ユイから聞き取った職員です」


「名前は?」


「複数います。閲覧後に一覧を示します」


 ユイの知っている違いが、すべて数字に消されたわけではない。


 だが、誰がどこまで聞いたのかは、まだ分からない。


***


 最後の寝台の前で、ユイは名前を呼ばなかった。


 枕元の板には、文字が多い。


 数字も二つある。


「この人も、名前を知らない?」


 朔は区画を出てから聞くつもりだった。


 ユイが、小さく答える。


「名前は知ってる」


「呼ばないんですか」


「今日は、呼ばない方がいい日」


「日によって違う?」


「昨日、声が多かったから」


 眠る人物の顔は、灰色の布で半分隠れている。


 年齢も分からない。


「名前を呼ぶと、反応する?」


「強く返る時がある」


「起きる?」


「途中まで」


「では、名前を呼ばないことが、守ることになる」


「今日は」


 いつもではない。


 今、この状態では。


 名前を呼ぶことが尊重になる時もある。


 呼ばないことが保護になる時もある。


 方法を規則へ固めれば、また人を閉じ込める。


 ユイは名前を声にしないまま、呼吸を見た。


 石を移した。


***


 すべての寝台を回り終えた。


 片方の袋は空になった。


 もう片方には、石が移っている。


 一つだけ、ユイの掌に残ったまま。


 空の寝台の石。


「終わり?」


 朔が聞く。


「まだ」


 ユイは入口へ戻らない。


 部屋の中央に立つ。


 目を閉じる。


 呼吸を聞いているように見えた。


 塔の低い振動。


 水の音。


 眠る者たちの息。


 しばらくして、ユイが目を開く。


「増えてない」


「何が?」


「起きようとする音」


 朔には、違いが分からない。


「俺には聞こえません」


「聞こえない方がいい時もある」


 オル爺。


 呼ばれても行かなかった人。


 聞こえないことが、欠けているとは限らない。


「分からないのに、ここにいていいですか」


 朔が聞く。


「分からないって分かってるなら」


 ユイは答えた。


***


 区画を出る前に、マレアが一人ずつ身体状態を確認した。


 眠る者ではない。


 ユイ。

 朔。

 ノエ。

 エリオ。


 長く声と流れの近くにいた者たち。


「ユイ、頭痛は」


「少し」


「入る前は?」


「なかった」


「視界」


「白くない」


「返りが流れている感じは?」


 ユイは目を閉じる。


「いつもと同じ」


「いつもの状態が安全だとは決めません」


「うん」


「今日は、窓のある部屋への移動試行を行いません」


 ユイの目が開く。


「どうして」


「今、頭痛が出たからです」


「少しだけ」


「少しでも、変化は変化です」


「ここへ来たからかもしれない」


「はい」


「窓へ行くのが危ないとは限らない」


「はい」


 マレアはどちらも認める。


「だから今日は、原因を混ぜません。眠りの区画へ来た後の変化と、窓のある部屋へ移った後の変化を、同じ日に重ねたくありません」


 目的を混ぜない。


 検査だけではない。


 身体の変化も。


「明日は?」


「頭痛が戻り、本人が希望すれば、条件を確認します」


「戻らなかったら?」


「誰と判断するかを、改めて決めます」


 ユイは不満そうだった。


 だが、拒絶はしなかった。


「今日できないって、記録する?」


「はい」


「私が怖がったからじゃない」


「眠りの区画訪問後に、新しい頭痛が確認されたため」


「分かった」


***


 入口の布を抜けると、朔は息を深く吸った。


 中でも呼吸はしていた。


 それでも、外へ出た身体が勝手に空気を求めた。


 ユイは腰の袋へ手を置く。


 掌にあった石は、まだどちらの袋にも入れていない。


「アナさんから連絡が来るまで、持っているんですか」


「うん」


「重くない?」


「小さい」


 石は小さい。


 だが、そこにいた誰かの状態が分からないことは、小さくない。


「名前を知っている五人のことを、俺も持った方がいいですか」


 朔が聞く。


「今日は、ミアとカイだけ」


「ほかの名前は?」


「まだ渡してない」


 眠っている人の名前も、見たからといって持って帰ってよいわけではない。


「分かりました」


「ミアとカイも、誰に言うの」


「今ここにいる人だけ」


「リオには?」


「まだ言いません」


 ユイが頷いた。


「次に持っていく時は、本人から預かれって言った人でしょ」


「はい」


「眠ってるから、今は聞けない」


「はい」


「じゃあ、私が預ける」


 ユイは言った。


「起こすためじゃなく、ここにいるって覚えておくため」


「預かります」


 朔は、二つの名前を一緒にしなかった。


 ミア。


 カイ。


 一人ずつ、胸の中へ置いた。


***


 内塔連絡所へ戻る途中で、アナの銀札が淡く光った。


 連絡が届いた。


 全員が足を止める。


 アナが文字を読む。


「三十一番床にいた人物について」


 ユイの手が袋へ向く。


「第五治療室で呼吸処置を受けています。現在、生存。意識状態に変化なし。元の寝台へ戻る時刻は未定」


「名前は?」


 ユイが聞く。


「記録にはありません」


「本人が話せる時は?」


「確認するよう、依頼を加えます」


「今は、何て書くの」


 セオが答える。


「ユイが名前を知らない、三十一番床にいた人物。現在、第五治療室で生存確認。帰室時刻は不明」


 ユイは掌の石を見る。


 それから、見た側の袋へは入れなかった。


 もう片方へも戻さない。


 袋の外側にある、小さな紐へ結びつけた。


「そこに置くんですか」


 朔が聞く。


「ここにはいない。でも、いなくなったわけじゃない」


 中でもない。

 外でもない。


 移動している人のための場所。


 袋には、最初からその場所がなかった。


 だからユイは、自分で作った。


***


 帰路の途中、朔はユイへ聞いた。


「毎日、一人で見ていたんですか」


「一人の時もある」


「できない日は?」


「アナが数える。治療官が身体を見る」


「名前は?」


「あとで私が聞く」


「ユイしか知らない名前もある?」


「ある」


 眠り番。


 古い巡礼記録の言葉が浮かんだ。


 だが、朔は口にしなかった。


 ユイをその役目へ置くための名前にしたくない。


「誰かに名前を預けたいですか」


 代わりに聞く。


 ユイは少し考えた。


「全部は、まだ嫌」


「一人ずつ?」


「うん」


「できない日には?」


「その日に呼ばなくても、いなくならない」


 ユイは言った。


「でも、ずっと誰も呼ばなかったら、番号だけになる」


 毎日、必ず呼ばなければ消えるわけではない。


 ユイが一度休めば、見捨てたことになるわけでもない。


 だが、誰も名前を持たなければ、いつか記録の番号だけが残る。


「今日は、二人預かりました」


「うん」


「ユイができない日に、俺が代わりに呼びますか」


「駄目」


 答えは早かった。


「どうして?」


「ここにいないから」


 名前を持つことと、同じことができることは違う。


「忘れないで。呼ぶのは、ここにいる人が決める」


「分かりました」


***


 面会区画へ戻る前に、ユイは立ち止まった。


 暗い廊下の先。


 眠りの区画とは逆の方向に、白い光が細く漏れている。


 扉の縁からだった。


 内塔では珍しい、上からの強い光。


「その先は?」


 朔が聞く。


 アナが答える。


「旧観測室です」


 セオの視線が動いた。


「現在も使われていますか」


「一部だけ」


「誰を観測する?」


「内塔下層の流れと、眠っている者の反応です」


 ユイは白い光を見なかった。


 床へ視線を落としている。


「ユイは入ったことがありますか」


 朔が聞く。


「ある」


「返りが消えた時?」


 少し間があった。


「二回目は、あそこ」


 白い部屋。


 朔が内側からしか見たことのない場所。


 その扉が、今は外側から見えている。


 聞きたいことが増えた。


 だが、今日は眠っている人を見る日だった。


「次に聞いてもいいですか」


「今日は聞かない?」


「はい」


 ユイは小さく頷いた。


 白い光の扉を通り過ぎる。


 朔は場所だけを覚えた。


 眠らせることは、見捨てることではなかった。


 名前を呼ばない日があることも、忘れたことではない。


 見て、待ち、変化があれば伝える。


 そして、自分ができない時のために、名前を一人ずつ渡していく。


 眠りを守るのは、一人の役目ではない。


 そうできる形へ変えることまでが、見守ることなのだと、朔は思った。

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