第八章 起きている名前 ⑩ 届いていない返事
トウマへの返書が。
南の道を出て。
二日目。
***
旧搬入口の。
定期確認日が来た。
***
トウマの手紙は。
白い塔にある。
***
保管箱。
ハル・ミナト宛て
その中。
開封済み。
青い糸。
小さな封筒。
***
持ち出し。
しない。
***
写し。
持たない。
***
内容。
確認の質問へ。
使わない。
***
青い布も。
リオが持つ。
旧搬入口へ。
持って行かない。
***
「確認の目的」
ノエ・ハーラが読む。
***
旧搬入口石枠および返路側標識の状態を確認する。
前回確認時からの構造変化、黒色化、流れの逆転、通行阻害の有無を記録する。
黒色人影様輪郭との接触、呼名、手紙・布その他の提示を目的としない。
***
「人影が現れた場合」
マレア。
「呼びかけない」
「はい」
朔。
「近づかない」
「はい」
「手を伸ばさない」
「はい」
「名前を言われても」
朔は。
少し止まる。
「返事をしません」
***
「サクと呼ばれても?」
「はい」
「ハルと」
「返事をしません」
「トウマ」
朔の指が。
膝の上で。
少し動く。
「返事をしません」
***
「記録者」
セオ・ラグナ。
「私です」
「同行」
ノエ。
「朔さん。マレアさん。セオさん。私」
***
「リオさんは」
朔。
「石枠の外」
「手紙」
「塔の保管棚」
「青い布」
「持っていますが。石枠の確認区画へは入りません」
***
「なぜ持つ」
グラドが尋ねる。
「いつも持っとるからや」
リオ。
「今日のために持ってきた?」
「違う」
「確認」
「朔が頼んだ紙と。布を持つのが。今の俺の普段や」
***
「では」
ネラ。
「本日の持ち込み物には含めず。石枠外のリオさんが通常所持している物として記録します」
***
物が。
近くにあること。
提示したこと。
同じではない。
***
だが。
近くにあることが。
何も関係しないとも。
決めない。
***
記録する。
***
旧搬入口。
午前。
***
市場の古紙倉。
棚。
移動。
床。
石枠。
***
ミエル。
ミウ。
ファナ。
ガド。
入口まで。
***
「今日は」
ミエルが言う。
「市場を閉めない」
「はい」
ノエ。
「奥の通路だけを止めます」
「何か出たら」
「外へ知らせます」
「客」
「奥へ入れません」
***
荷物。
別の棚へ。
避難経路。
確保。
***
いつもの市場。
声。
値段。
紙。
布。
木箱。
***
その奥。
古い道。
***
白い塔の秘密だけが。
別の世界にあるわけではない。
***
商売の。
床の下。
人が働く場所の。
続きにある。
***
石枠。
閉じていない。
***
前回。
三歩。
越えた。
***
今日は。
越えない。
***
枠。
外側から。
見る。
***
右下。
手形様の窪み。
***
内側。
返路。
ヴァルハ。
保持。
閉じる。
まだ。
***
別々の位置。
別々の向き。
***
今日。
新しい文字。
なし。
***
「構造」
ガド。
「上部。変化なし」
「右」
「石粉。少し」
「剥離?」
「表面だけに見える」
「触る?」
「外側から。細い棒で」
***
石粉。
白。
黒ではない。
***
採取。
小袋。
位置。
時刻。
採取者。
ガド・ネン。
***
「流れ」
ノエ。
「灯りの揺れで確認します」
***
小さな灯。
石枠の手前。
***
炎。
まっすぐ。
***
少し。
奥へ傾く。
***
「前回」
セオ。
「同程度」
「逆向き」
「確認せず」
***
「音」
マレア。
石枠の前。
手を叩かない。
***
小石。
床。
一つ。
落とす。
***
音。
近い。
***
反響。
遅い。
***
「朔さん」
「俺には。奥で一度。右で一度」
「ノエさん」
「奥で一度」
「マレアさん」
「足元と。奥」
「セオさん」
「反響位置は特定できません」
***
同じ音。
別の距離。
***
「記録」
セオ。
「はい」
***
今日の目的。
終わりに近づく。
***
「戻ります」
ノエ。
***
全員。
石枠へ。
背を向ける前。
帰る方向。
確認。
***
市場側。
棚。
リオ。
少し遠い。
***
朔。
一歩。
戻る。
***
石枠の奥。
音。
***
布を。
床へ。
引きずるような。
低い音。
***
「停止」
ノエ。
***
止まる。
***
振り返らない。
***
「音を確認した者」
セオ。
「はい」
朔。
「はい」
ノエ。
「聞きました」
マレア。
「低い擦過音様」
セオ。
***
「戻ります」
ノエ。
***
もう一歩。
***
朔の背中へ。
声。
***
「トウマ」
***
朔の足。
止まる。
***
返事をしない。
***
振り返らない。
***
呼吸。
吸う。
吐く。
***
「継続」
ノエの声。
「戻ります」
***
歩く。
***
次。
音。
***
「待っていない」
***
朔には。
そう聞こえた。
***
トウマは。
待っていない。
***
手紙。
***
待っているとも書きません。
毎日ずっと待っているわけじゃないからです。
***
朔の中で。
文字。
声。
繋がる。
***
「サクさん」
マレア。
「歩けますか」
「はい」
「現在地」
「旧搬入口。石枠の外側。市場へ戻る途中」
「目的」
「定期確認。接触しない」
「続けます」
「はい」
***
一歩。
***
声。
もう一度。
***
今度は。
短い。
***
「見ている」
***
朔には。
そう聞こえた。
***
誰が。
誰を。
***
分からない。
***
振り返らない。
***
市場側。
境界線。
越える。
***
「全員」
ノエ。
「外」
***
ガド。
棚を戻さない。
***
ファナ。
仮板。
石枠の手前。
立てる。
***
閉鎖。
ではない。
***
人が。
誤って入らないため。
***
朔は。
椅子へ座る。
***
「身体」
マレア。
「頭痛」
「少し」
「吐き気」
「なし」
「右手」
「動きます」
「呼吸」
「速い」
***
脈。
速い。
***
皮膚。
冷たい。
***
「名前を聞いていいですか」
「はい」
「今。何と呼ばれたい?」
「サク」
***
「場所」
「旧紙市場。旧搬入口の外」
「人」
「マレアさん。ノエさん。セオさん。リオさん。ガドさん。ファナさん。ミエルさん。ミウさん」
***
「何が聞こえましたか」
マレア。
***
「最初」
朔。
「トウマ」
「次」
「待っていない」
「最後」
「見ている」
***
「一つの声?」
「そう感じました」
「同じ位置?」
「石枠の奥」
「同じ話者」
「決めません」
***
「返事に聞こえた?」
リオが尋ねる。
***
朔は。
すぐには答えない。
***
「トウマさんの手紙に」
朔。
「返事をしたように。思いました」
「事実は」
「手紙を。持って行っていません」
「読んだのは」
「俺です」
「人影は」
「見ていません」
「声だけ」
「はい」
***
「ノエさん」
セオ。
「聞こえた内容」
***
「最初」
ノエ。
「ト。あるいは、トウ」
「トウマ?」
「後から。そう聞いたため。今は分けられません」
「その時」
「ト、から始まる二音か三音」
「次」
「待って。あるいは、待て」
「いない」
「そこまでは。最初には聞き取っていません」
「最後」
「見て。あるいは、見ろ」
***
「マレアさん」
「最初は。人の名に近い音」
「何の名」
「その時点では特定できませんでした」
「次」
「待って、に近い」
「最後」
「短い一語。聞き取れず」
***
「セオさん」
「最初。二音から四音。末尾が、マに聞こえる可能性」
「次」
「ま、た、あるいは、て、に近い断続音」
「最後」
「二音。内容不明」
***
「全員」
セオ。
「黒色人影様輪郭を視認せず」
「はい」
***
「擦過音」
「全員」
「声の位置」
「朔さんは石枠奥」
「ほか」
「方向は奥側に感じましたが。距離は一致しません」
***
「俺が」
朔。
「最初に内容を言いましたか」
「市場へ出た後です」
ノエ。
「石枠内では」
「誰も内容を復唱していません」
***
「トウマさんの手紙を」
マレア。
「読んだ者」
***
朔。
リオ。
ユイ。
ネラ。
アナ。
グラド。
セオ。
ノエ。
マレア。
***
「全員?」
朔。
「全文ではありません」
ノエ。
「私は。提示条件と。待っていると書かないという部分を。会議で聞きました」
「マレアさん」
「全文を読みました」
「セオさん」
「保管記録に必要な範囲。全文ではありません」
***
「今日の同行者」
セオ。
「全員が。トウマという宛名と。待っているとは書かないという内容を。事前に知っていました」
***
朔の胸。
少し。
重くなる。
***
「なら」
朔。
「俺たちの知識が。聞こえ方に影響した可能性があります」
「はい」
マレア。
***
「声が」
リオ。
「トウマの手紙へ返事したんやなく」
「俺が。返事に聞こえるよう。声を読んだ可能性」
「ある」
「はい」
***
「全員が」
グラド。
後から来て。
「トウマに関する知識を持つなら。接触条件として不適切です」
「接触を目的にしていません」
ノエ。
「しかし」
「定期確認でした」
「知識を持つ者が入った」
「はい」
「では」
「現象が起きた時の知覚条件として記録します」
***
「今後」
グラド。
「内容を知らない者を入れる?」
「それは」
朔。
「人を確認道具にします」
「本人の同意を得る」
「何を知らされずに入るかを。理解できません」
「詳細を伏せるだけ」
「詳細が。知覚へ影響するかを調べるためだと知らせれば」
「目的が分かります」
「なら」
「知らない状態ではなくなります」
***
知らない者。
偏りのない者。
何も持たない者。
***
そういう人を。
作ることはできない。
***
部屋。
道。
同行者。
目的。
恐れ。
全て。
知覚へ。
関係する可能性がある。
***
「手紙を」
朔。
「確認します」
***
白い塔。
保管棚。
***
移動。
記録。
***
その間。
旧搬入口。
仮板。
監視。
人影。
確認せず。
***
箱。
ハル・ミナト宛て
***
封。
開封済み。
***
青い糸。
位置。
前回記録。
同じ。
***
紙。
折り目。
枚数。
変化。
見える範囲では。
なし。
***
「誰かが」
グラド。
「内容を持ち出した可能性」
「あります」
ネラ。
「写し」
「許可なし。確認されず」
「口頭」
「全員を確認する必要があります」
「俺も」
朔。
「はい」
***
知っている者。
一人ずつ。
***
誰に。
どこで。
どの部分を。
話したか。
***
朔。
リオ。
ユイ。
***
三人。
外で。
全文を。
話していない。
***
ネラ。
アナ。
グラド。
セオ。
ノエ。
マレア。
***
業務上の説明。
保管。
提示条件。
宛先分類。
***
「待っているとは書かない」という一節は。
会議の中で。
複数人へ。
共有された。
***
「誰かが」
グラド。
「市場で話した可能性」
「否定できません」
アナ。
「しかし」
「漏洩があれば。現象の説明になる?」
「一つの可能性です」
***
「人影が」
ユイ。
「市場の話を聞いた?」
「分かりません」
朔。
「石枠の向こうに。市場の音が届く?」
「確認できていません」
「サクの中を見た?」
「可能性はあります」
「手紙を」
「白い塔から見た?」
「分かりません」
***
「トウマの手紙と」
ユイ。
「同じところから。声が来た?」
「可能性はあります」
「同じところ」
「分かりません」
***
可能性。
***
誰かが。
内容を漏らした。
***
市場の噂が。
旧搬入口へ届いた。
***
旧搬入口の現象が。
白い塔の記録を見た。
***
現象が。
朔の記憶へ反応した。
***
朔が。
不明瞭な音を。
読んだ手紙の言葉へ。
当てはめた。
***
手紙と。
現象が。
別の共通するものから。
同じ言葉を出した。
***
偶然。
***
どれも。
確認できない。
***
「返事」
グラド。
「と呼ぶのは早い」
「はい」
朔。
「ですが。トウマという名へ反応した可能性は」
「手紙を提示していません」
「名前は。同行者が知っていた」
「はい」
「人影が。その知識へ反応したなら」
「それも。手紙への返事ではありません」
***
「では」
見出し。
グラド。
トウマ宛て手紙に対する黒色人影様輪郭の音声返答
***
「使いません」
朔。
「なぜ」
「手紙が届いたこと。音声が人影によること。返答であること。三つとも確認されていません」
***
書き直し。
***
旧搬入口定期確認時における「トウマ」および「待っていない」等に近い音声様知覚
***
「近い」
ノエ。
「朔さんだけが。完全な語として知覚しました」
「では」
セオ。
***
旧搬入口定期確認時における複数参加者の音声様知覚、および朔による「トウマ」「待っていない」「見ている」との解釈
***
「解釈」
朔。
「聞こえた内容として報告しました」
「解釈だけ?」
「知覚内容です」
「では」
***
朔は「トウマ」「待っていない」「見ている」と聞こえたと報告。
他参加者は、各語の一部に近い音を知覚したが、内容は一致せず。
***
「人影」
「視認せず」
「話者」
「未確認」
「手紙」
「現場へ持ち込まず」
「青い布」
「石枠外のリオさんが通常所持。提示せず」
「呼名」
「実施せず」
「質問」
「実施せず」
「応答」
「実施せず」
***
「返答」
グラド。
「少なくとも。音声は参加者へ向けられた可能性」
「向き」
マレア。
「確認できません」
「名前を言った」
「トウマと聞こえたのは朔さんです」
***
「なら」
「返答、呼びかけ、独語、残響、知覚内の構成。いずれも未確認」
***
記録。
長い。
***
それでも。
返事。
という一語へ。
短くしない。
***
「トウマさんへ」
アナ。
「知らせますか」
***
朔は。
手紙を見る。
***
トウマ。
自分の名前を。
言ってほしい。
と書いた。
***
もし会えたら。
俺の名前を言ってください。
***
でも。
トウマと言えたから。
ハルだとは決めないでください。
***
「俺たちは」
朔。
「ハルさんへ会ったとは確認していません」
「はい」
「人影も見ていません」
「はい」
「でも」
「トウマに近い音があった」
「はい」
***
「知らせなければ」
リオ。
「後で。隠したことになるかもしれん」
「知らせれば」
「ハルが返事したって。思うかもしれん」
***
「トウマさんは」
ユイ。
「決めないでって書いた」
「はい」
「でも。子ども」
「はい」
「怖くなる?」
「可能性があります」
「うれしくも」
「はい」
***
「だから」
ユイ。
「大人が決める?」
「違います」
朔。
「では」
「分からないことを含めて。知らせてよいかを。トウマさんに聞きます」
***
「先に聞く?」
「今回のことは。聞く前に起きました」
「じゃあ」
「今回。何があったかを。できるだけ分けて伝えます」
***
「全部?」
マレア。
「何を聞いたか」
「はい」
「ほかの人の聞こえ方」
「はい」
「手紙を持って行っていないこと」
「はい」
「手紙の内容を知る者が同行したこと」
「はい」
「朔さんが。返事のように感じたこと」
朔は。
少し止まる。
「それも書きます」
***
「なぜ」
「事実の列だけなら。俺がどのように受け取ったかが消えます」
「では」
「俺が返事のように感じたことと。返事だと確認していないことを分けます」
***
返書。
***
宛先。
トウマ
ツヅリ村・ダン気付
***
最初。
***
前の手紙への返事が届く前に、追加で知らせたいことが起きました。
***
止まる。
***
「前の手紙への返事」
ネラ。
「朔さんが出した質問への返答」
「はい」
「今回の音声と混ざる可能性」
***
書き直す。
***
あなたへ送った確認の手紙が、まだ白い塔へ戻っていない時点で、追加で知らせたいことが起きました。
***
次。
***
旧搬入口の定期確認へ行きました。あなたの手紙と青い布は、石枠の向こうへ持って行っていません。
***
黒い人影は見ていません。
***
戻る途中、俺には「トウマ」「待っていない」「見ている」と聞こえる音がありました。
***
次。
***
同行者には、「ト」または「トウ」、「待って」または「待て」、「見て」に近い一部の音が聞こえました。全員の聞こえ方は一致していません。
***
同行者は、あなたの名前と、あなたが「待っているとは書かない」と手紙に書いたことを事前に知っていました。
***
次。
***
俺は、最初に聞いた時、あなたの手紙への返事のように感じました。
筆。
止まる。
***
そのまま。
残す。
***
ただし、手紙が届いたこと、音の話者がハルさんであること、音が返事であることは確認できていません。
***
俺が、あなたの手紙を読んでいたため、不明瞭な音を手紙の言葉へ近づけて聞いた可能性もあります。
***
「子どもへ」
グラド。
「複雑すぎます」
「短くすると」
朔。
「ハルさんが返事をした。になります」
「では」
「ダンさんか。リーネさんに。説明を助けてもらいます」
***
次。
***
このような、確認できないことも、今後あなたへ知らせてよいですか。
***
知らせてほしい。
確認できたことだけ知らせてほしい。
今は知らせないでほしい。
そのほか。
***
「選択肢」
マレア。
「これだけ?」
「トウマさんが。別の答えを書ける欄を作ります」
「いつまで」
「期限を決めません」
「返事がない時」
「次の未確認情報を。自動で送りません」
***
「ダンさんが」
ユイ。
「知らせてほしいって言ったら」
「トウマさんへ聞きます」
「リーネさんが」
「同じです」
***
「怖くて選べなかったら」
「選べないと書いてもらいます」
「それも返事?」
「はい」
***
最後。
***
あなたの名前に近い音を聞いたことを、隠したくありませんでした。
同時に、その音をハルさんの返事として渡したくもありませんでした。
***
今、俺が確認できるのは、旧搬入口で音があり、俺にはあなたの名前と手紙の一部に近い言葉として聞こえたことです。
***
署名。
黒川朔
その下。
現在はサクと呼ばれています。
***
「送る?」
リオ。
「はい」
「後悔するか」
「するかもしれません」
「何を」
「知らせたことも。知らせなかった方がよかったかもしれないことも」
「ほな」
「今は。トウマさんへ、自分で今後を選べるように知らせます」
***
「今は」
西河岸のサクの。
声が。
朔の中へ。
少し戻る。
***
それ。
どの今や。
***
「今回の出来事を」
朔。
「どう伝えるかについての。現在の判断です」
***
封。
閉じる。
***
配達記録。
アナ。
***
南の道。
次の便。
***
出発。
翌朝。
***
だが。
手紙を出す前に。
噂が。
市場へ着いた。
***
「ハルが」
古紙市場の入口。
男が言う。
「トウマへ返事した」
***
朔は。
足を止める。
***
「誰から聞きましたか」
「搬入口の警備」
「名前」
「知らん」
「何と」
「黒い奴が。トウマは待ってないって言った」
***
「黒い人影は」
朔。
「確認されていません」
「声がした」
「音声様知覚がありました」
「お前が聞いた」
「はい」
「トウマって」
「俺には。そう聞こえました」
「なら」
「ほかの人の聞こえ方は一致していません」
***
「でも」
男。
「手紙の返事やろ」
「手紙は持って行っていません」
「名前は知っとった」
「同行者は知っていました」
「黒い奴も」
「分かりません」
***
「じゃあ」
「返事とは確認していません」
「お前は」
男が。
少し笑う。
「何でも確認してへんな」
「はい」
***
男は。
次の人へ。
話す。
***
言葉。
短くなる。
***
ハルが。
トウマへ返事した。
***
トウマは待っていない。
***
黒い勇者が。
子どもの手紙を読んだ。
***
白い塔が。
返事を隠している。
***
どれも。
歩き始める。
***
午後。
ハル宛ての手紙。
増える。
***
三通。
***
一通。
私の名前も呼んでください。
***
一通。
返事をください。
***
一通。
トウマに返事ができるなら、私の娘にも。
***
娘。
行方不明。
名前。
メル・メナ
***
ガル・メナ。
差出人。
***
「返事を」
アナ。
「誰に求めていますか」
「ハル。ヴァルハ。黒い奴。誰でもいい」
ガル。
「誰でも?」
「娘の場所を知ってるなら」
***
「トウマさんへ返事があったと」
朔。
「聞きましたか」
「市場で」
「確認されていません」
「でも。名前を言った」
「俺には。そう聞こえました」
「なら」
「それがハルさんだとは確認していません」
「ハルじゃなくても」
「はい」
「黒い道にいるなら。娘を見たかもしれない」
***
ガルの希望。
娘。
見つけたい。
***
相手。
誰でもいい。
***
答えが。
ほしい。
***
「手紙を」
朔。
「どこへ届けたいですか」
「黒い道」
「旧搬入口の向こう?」
「そこしか知らん」
「誰へ」
「見ている奴へ」
***
最後に聞こえた。
見ている
***
朔には。
そう聞こえた。
***
「その言葉も」
ガル。
「聞いた」
「誰から」
「市場」
「俺には。そう聞こえました」
「見てるなら」
「何を見ているか。分かりません」
「娘かもしれない」
「可能性はあります」
***
「なら」
「今。手紙を石枠の向こうへ置くことはしません」
「なぜ」
「返事があったという噂だけで。宛先を作らないためです」
「宛先がないから。そこへ送る」
「はい」
「同じやろ」
「違います」
***
「娘が」
ガル。
「四か月や」
「はい」
「お前は。トウマの名前を聞いた」
「はい」
「俺の娘の名も。向こうへ言え」
「今はしません」
***
「また」
ガルの声。
低い。
「名前を聞かんのか」
「メル・メナさん」
朔。
「行方不明。四か月。以前。王都の保護対象だった可能性を調べている。M.E.様符号との関係は未確認」
***
「覚えとる」
「はい」
「なら」
「名前を呼ぶことと。捜索することを同じにしません」
「呼ぶだけや」
「呼ぶことで何が起きるか。確認されていません」
「何も起きんかったら」
「何も起きなかったと。決められるとも限りません」
***
「トウマには」
「俺たちは呼びませんでした」
「向こうが言った」
「そう聞こえました」
***
ガルは。
手紙を。
朔へ出さない。
***
「お前」
彼は言う。
「返事を独り占めするんか」
***
部屋。
静か。
***
「独り占め」
朔。
「俺だけが。完全な言葉として聞きました」
「なら」
「だから。俺の聞こえ方を。全員の返事にはしません」
「俺にも聞かせろ」
「場所へ連れて行く?」
「はい」
***
「ガルさんが」
マレア。
「音を聞けるとは限りません」
「それでも」
「危険」
「娘がおらん方が危険や」
***
比較。
できない。
***
ガルの身体。
旧搬入口の危険。
メルの不在。
時間。
四か月。
***
「申請を」
朔。
「ガルさんの名前で出せます」
「通る?」
「審査します」
「お前は賛成?」
「今の目的では反対です」
***
「なぜ」
「返事があると確認されていない場所へ。娘さんの名を答えさせるために行くからです」
「何なら」
「石枠の構造確認。記録された現象の確認。危険条件。戻れる手順」
「娘は」
「捜索記録を。先に進めます」
***
「先に」
ガル。
「もう四か月や」
「はい」
「お前の先は。いつ来る」
***
朔は。
答えられない。
***
「分かりません」
***
ガルは。
手紙を。
胸元へ戻す。
「なら」
「はい」
「俺は。別の道を探す」
***
「旧搬入口へ」
「決めてへん」
「誰かが。勝手に連れて行く可能性」
「知らん」
「危険です」
「娘を探すんも。危険や」
***
ガルは。
去る。
***
止めない。
***
だが。
見なかったことには。
しない。
***
ガル・メナ。
旧搬入口への接触希望。
目的。
娘メル・メナに関する情報を得る。
手紙。
所持。
別経路を探すと発言。
***
警備。
市場。
通行補助。
共有。
***
「監視する?」
ノエ。
「はい」
グラド。
「本人へ知らせず?」
朔。
「危険があります」
「では」
「ガルさんへ。どの範囲を確認するか伝えてください」
「逃げる」
「可能性があります」
「なら」
「隠れて追うことを。安全だけで正当化しません」
***
「でも」
ノエ。
「石枠へ一人で入れば」
「はい」
「止めます」
「はい」
「その前」
「ガルさんへ。通行を制限する理由と。代わりに進める捜索を伝えます」
***
「納得しない」
「はい」
「それでも」
「はい」
***
夕方。
メル・メナの。
行方不明記録。
再確認。
***
最後に見た場所。
東外壁。
保護対象。
ではない。
***
一時保護相談
申請。
未完了。
***
M.E.様符号。
別の記録。
旧観測設備。
関係。
未確認。
***
「姉が」
ガル。
戻ってきている。
「塔へ来た記録は」
ネラ。
「ありません」
「消した?」
「削除記録も確認します」
「白い部屋」
「M.E.様は。名前とは確認されていません」
「でも」
「関係を調べます」
***
「いつ」
「最初の照合結果を。明日の昼までに」
「全部?」
「全部とは言いません」
「明日」
「はい」
***
「旧搬入口」
「明日の結果を見るまで。行かないでほしいです」
「命令?」
「お願いです」
「断ったら」
ノエ。
「閉鎖区画へ無断で入れば。止めます」
***
「結局」
ガル。
「止める」
「はい」
「娘を」
「探します」
「名前を呼ばず」
「はい」
***
ガルは。
手紙を。
机へ置く。
***
「預けん」
すぐに。
持ち直す。
「はい」
朔。
***
「俺の手紙や」
「はい」
「娘への?」
「誰宛てですか」
ガルは。
表を見る。
***
見ている者へ
***
「分からん」
「はい」
「でも。俺が持つ」
「はい」
***
その夜。
旧搬入口の記録。
閲覧制限。
***
見出し。
市場へ漏れている。
***
変更。
***
旧搬入口定期確認記録・音声様現象あり
***
「これでも」
グラド。
「音声があったと分かる」
「隠しますか」
アナ。
「完全非公開?」
***
「隠すと」
朔。
「返事があったという噂だけが残ります」
「詳細を出す?」
「個人名があります」
「トウマ」
「本人の許可なく。公示へ出しません」
***
「では」
セオ。
「音声様現象があったこと。複数者の知覚が一致しないこと。手紙を提示していないこと。返答とは確認されていないこと」
***
公示。
***
旧搬入口の定期確認中、複数参加者が音声様現象を知覚しました。知覚内容は一致していません。
手紙、名前札、青い布その他の確認物は、石枠へ提示していません。
当該現象が、特定の手紙・人物・名前への返答であることは確認されていません。
***
「名前」
載せない。
***
「隠している」
言われる。
***
だから。
非公開部分。
理由。
***
知覚された可能性のある個人名および私的な手紙の内容を含むため、本人・差出人の許可なく公開しない。
***
再確認日。
設定。
***
トウマの返答が。
届いた後。
***
「本人」
グラド。
「トウマさん?」
「はい」
「ハルさんでは」
「受取人は確認できていません」
***
返事が。
あった。
***
そういう噂だけが。
街を。
歩く。
***
だが。
返事をした者。
確認できない。
***
手紙を。
読んだ者。
朔。
***
音を。
聞いた者。
四人。
***
名前を。
言われたかもしれない者。
トウマ。
***
手紙の宛先。
ハル。
***
黒い道にいるかもしれない者。
人影。
***
一つの出来事へ。
複数の名前。
***
それを。
一人の返事へ。
まとめない。
***
夜。
朔は。
自分の紙へ書く。
***
トウマさんの手紙を旧搬入口へ提示していない状態で、俺には「トウマ」「待っていない」「見ている」と聞こえる音声様知覚があった。
***
同行者は各語の一部に近い音を知覚したが、聞こえ方は一致しなかった。黒色人影様輪郭は視認されなかった。
***
次。
***
俺は、トウマさんの手紙への返事のように感じた。
***
書いて。
消さない。
***
次。
***
返事のように感じたことは、返事であることの確認ではない。
***
俺が手紙を読んでいたこと、同行者が内容の一部を知っていたことが、知覚へ影響した可能性がある。
***
次。
***
手紙の内容が人影または石枠の向こうへ届いた経路は確認されていない。届いたこと自体も確認されていない。
***
次。
***
それでも、トウマさんの名前に近い音を聞いたことを、本人へ隠さないことを選んだ。
***
最後。
***
未確認の情報を今後どこまで受け取りたいかを、トウマさん本人へ尋ねる。
***
筆。
止まる。
***
トウマの手紙。
届いていない。
***
少なくとも。
ハル本人へ。
渡ったとは。
確認できない。
***
それでも。
返事のようなものが。
先に。
現れた。
***
人は。
答えを待つ。
***
待っていないと。
書いた者も。
名前を呼ばれれば。
その音を。
返事として。
受け取りたくなるかもしれない。
***
朔も。
そうだった。
***
トウマ。
と。
聞こえた瞬間。
***
ハルが。
手紙を読んだ。
***
そう。
思いたかった。
***
その欲求を。
なかったことにはしない。
***
だが。
欲しかった答えを。
届いた返事には。
しない。
***
誰かが。
トウマという名を。
使った。
***
声か。
場所か。
朔の記憶か。
黒い人影か。
別の何かか。
***
まだ。
分からない。
***
翌朝。
トウマへの手紙が。
南の道へ出る。
***
封。
閉じている。
***
宛先。
トウマ。
***
差出人。
黒川朔。
***
今度は。
誰へ向けた手紙か。
分かっている。
***
それでも。
届くかは。
まだ分からない。
***
旧搬入口で。
返事をしたように聞こえた名前は。
自分の名を。
言わなかった。
***
だから。
届いていない手紙へ。
誰が返事をしたのかを。
返事の内容より先に。
決めなかった。




