第八章 起きている名前 ⑧ 元の名ではない
朝。
ユイの食事札から。
ユイが消えていた。
***
白い札。
寝台。
七区。
朝食。
その下。
Y.I.
***
小さな文字。
旧称:ユイ
***
ユイは。
札を持ったまま。
食事を受け取らなかった。
***
「どうしたの」
イナが尋ねる。
七区の世話係。
湯気の立つ器。
粥。
薄い野菜。
小さなパン。
***
「これ」
ユイ。
「私?」
***
イナが札を見る。
「寝台は合ってる」
「名前」
「Y.I.」
「それで呼ぶ?」
イナは。
すぐに答えなかった。
「私は。ユイって呼ぶ」
「札は」
「昨日まで。ユイだった」
***
配膳を記録する職員が。
帳面を見る。
「名称記録が統合されています」
「誰が」
イナ。
「記録整理です」
「本人へ確認した?」
「統合済みの記録です」
「だから」
「旧記録を主記録とする処理になっています」
***
「主記録」
ユイ。
「どっち」
「Y.I.です」
「ユイは」
「現使用名から。旧称へ移されています」
***
ユイは。
札を見る。
もう一度。
旧称:ユイ
***
「旧い?」
ユイが尋ねる。
「記録上は」
「昨日まで呼んでた」
「はい」
「今日から。前の名前?」
***
職員は。
帳面を見る。
「原名へ統合されたためです」
***
「原名」
ユイ。
「元の名前?」
「そのように処理されています」
***
ユイの指。
札の端。
強く持つ。
***
「私」
小さな声。
「Y.I.に返事してない」
***
職員は。
顔を上げる。
「本人確認が記録されています」
「してない」
「ですが」
「見えたって言った」
「はい」
「私の名前って。言ってない」
***
食事。
湯気。
少しずつ。
弱くなる。
***
「食事は」
イナが言う。
「先に渡します」
「記録名が」
「この子は。七区のこの寝台で。昨日も食べた」
「二重配膳の確認が」
「もう一人のY.I.が。ここへ食べに来てる?」
「確認されていません」
「なら」
***
職員は。
規則票を見る。
「主記録との照合が終わるまで。保留する規定です」
***
「名前が変わっただけで」
ユイが尋ねる。
「朝ごはん。止まる?」
***
誰も。
すぐには答えない。
***
イナが。
器を。
自分の配膳台から下ろす。
「これは」
職員。
「予備食ですか」
「はい」
「誰へ」
「今。ここにいる子へ」
「記録は」
「後で書きます」
***
「名前」
「ユイ」
イナ。
「本人が。そう呼ばれたいと言っている」
***
ユイは。
器を受け取らない。
「Y.I.で食べたことになる?」
「しない」
イナ。
「ユイとして?」
「今。ユイが食べる」
***
「それ」
職員。
「記録と不一致になります」
「不一致を残してください」
イナ。
「食べさせなかったことにはしません」
***
ユイは。
ようやく。
器を受け取る。
***
温かい。
***
だが。
食べ始める前。
「サクを呼んで」
と言った。
***
朔が来た時。
粥は。
半分。
残っていた。
***
「ユイさん」
「うん」
「今。そう呼んでいい?」
「うん」
***
ユイは。
食事札を。
机へ置く。
***
Y.I.
旧称:ユイ
***
「俺は」
朔が言う。
「この変更を知りませんでした」
「サクが決めた?」
「決めていません」
「塔が?」
「何が変わったか。確認します」
***
「Y.I.は」
ユイ。
「私の元の名前?」
***
朔は。
すぐに。
違う。
とは言わない。
***
「今までに確認できたことは」
「うん」
「ユイさんが。Y.I.に近い白い表示を見たこと」
「うん」
「その時。返事をしなかったこと」
「うん」
「今は。ユイと呼ばれたいと答えたこと」
「うん」
***
「Y.I.が」
朔。
「ユイさんの元の名前だとは。確認していません」
***
「じゃあ」
「なぜ。そう書かれたかを調べます」
「ユイ。使っていい?」
「俺は。ユイさんと呼びます」
「塔は」
「俺が代わりに決めません」
***
「でも」
ユイは。
旧称。
指す。
「今日。前の名前にされた」
「はい」
「戻せる?」
「戻す、という言葉が正しいかも。確認します」
***
「昨日へ戻すんじゃない?」
「昨日の札は。ユイでした」
「うん」
「でも。ユイさんは。札が変わる前からユイです」
「うん」
「札を昨日の形へ戻すことと。名前を戻すことは。同じではありません」
***
ユイは。
少し考える。
「紙を直す?」
「はい」
「私を直すんじゃない?」
「はい」
***
記録室。
午前。
***
アナ・セル。
ルカ・フェン。
グラド・ウェン。
ネラ・ヴォス。
マレア。
イナ。
ユイ。
朔。
***
机。
三枚の記録。
***
一枚。
第七章。
側室での知覚記録。
***
ユイ本人が、Y.I.様白色表示を知覚したと申告。
当該表示を自身の名前として使用すること、および返答することを選択せず。
現在希望する呼称:ユイ。
***
二枚目。
索引。
***
Y.I.様表示
本人確認:ユイ
***
三枚目。
名称統合票。
***
原名:Y.I.
現使用名:ユイ
同一人物:確認済
旧記録を主記録とする
***
「ここです」
ネラが言った。
「最初の記録では」
指。
ユイ本人が、Y.I.様白色表示を知覚した。
「索引では」
次。
Y.I.様表示 本人確認:ユイ
***
「本人確認」
グラド。
「ユイ本人が確認した」
「何を?」
朔。
「表示を」
「では」
「Y.I.の本人がユイだと確認した、とも読めます」
***
「そう読まれました」
アナ。
「名称統合を行った者は。索引を参照しています」
「本文は」
「閲覧していません」
「なぜ」
「同名者整理と名称統合が。短期間に集中したためです」
***
二人のサク。
同じ名。
賃金。
記録照合。
***
サク式。
代理。
署名。
公示。
***
名前に関する記録が。
増えた。
***
「重複を減らすため」
アナが言う。
「複数の名称が。同一人物へ関係している可能性のある記録を整理しました」
「誰が」
グラド。
「記録整理班です」
「責任者」
「私です」
***
アナは。
自分の名前を。
先に書く。
***
アナ・セル
***
「私は」
彼女が言う。
「全件の本文を確認するよう。指示しませんでした」
「なぜ」
「数が多かったためです」
「期限」
「居住札と配給札の更新前」
「急いだ?」
「はい」
***
「目的」
ネラ。
「一人へ複数の食事や寝台が。割り当てられることを防ぐ」
「行方不明記録の重複」
「はい」
「治療記録の分散」
「はい」
「名前を変えて処分を避けること」
「それも」
***
必要な目的。
ある。
***
同じ人。
二つの名前。
別々の治療。
薬。
重なる。
***
一人。
二つの配給。
別の者へ。
届かない。
***
犯罪。
債務。
処分。
名前を変え。
別人になる。
可能性。
***
「統合は」
アナ。
「必要だと考えました」
「はい」
朔。
「でも」
「ユイさんの記録を。誤って統合しました」
***
「誤って?」
グラド。
「Y.I.とユイが。同一人物である可能性は高まっています」
「可能性」
ネラ。
「はい」
「確認済では」
「ありません」
***
「原名」
朔。
「なぜ。Y.I.を先に?」
「記録日が古いからです」
アナ。
「古い?」
「Y.I.様表記に関する記録の方が。王都の保護記録上、先に存在します」
「ユイという呼び名は」
「村で付けられたと」
「その村の記録は」
「王都記録より後に受領しました」
***
「使い始めた時は」
「確認していません」
***
西河岸のサク。
名前を使い始めて。
二十八年。
王都の登録は。
後。
***
登録が先。
名前が先。
同じではない。
***
「Y.I.が」
朔。
「名前だと確認されていますか」
「表示です」
「原名欄へ入れた」
「名称様表記として」
「様、が消えています」
***
Y.I.様。
Y.I.
***
表示。
名前。
***
似ている。
同じではない。
***
「ユイさんが」
マレア。
「Y.I.と呼ばれていた記録はありますか」
「ありません」
「本人が名乗った?」
「ありません」
「呼びかけへ応答した?」
「返答しないと選びました」
「なら」
「原名とする根拠は不足しています」
***
「でも」
グラド。
「同一人物の可能性を。記録上繋げなければ」
「繋げることと」
朔。
「一つを元の名にすることは違います」
***
「二つの記録を」
グラド。
「別人として残す?」
「別人とも決めません」
「同じ?」
「同じとも確定しません」
「では」
「関係する可能性があると繋げます」
***
「主記録」
アナ。
「必要です」
「何のため」
「食事。寝台。治療。居住。通行」
「今のユイさんが使う記録を」
「主にする?」
「現在の本人へ聞いてください」
***
全員。
ユイを見る。
***
「ユイさん」
アナが言う。
「今。使用する名前として。何を望みますか」
「ユイ」
「Y.I.は」
「今は使わない」
「削除してほしい?」
***
ユイは。
少し考える。
「消したら」
「はい」
「向こうにY.I.がいた時。いなかったことになる?」
「可能性があります」
ネラ。
「記録から。完全に削除すれば」
***
「じゃあ」
ユイ。
「消さない」
「現在の名前にする?」
「しない」
「以前の名前?」
「分からない」
「別名?」
「使ってない」
「誤記?」
「違うかもしれない」
***
名称統合票。
欄。
***
原名。
現使用名。
別名。
誤記。
***
どこにも。
入らない。
***
「欄がない」
ユイが言った。
***
「はい」
ネラ。
***
「だから」
ユイ。
「元の名前にした?」
***
アナは。
答える前に。
名称統合票を見る。
「この書式では。関係する表記を残しながら。名前であることを確定しない欄がありません」
***
「書けないから」
ユイ。
「決めた?」
「結果として」
「はい」
***
ユイは。
食事札を。
机へ置く。
「私を二人にしないために」
小さな声。
「ユイを消した?」
***
「消したつもりは」
アナ。
「旧称として残しました」
「今。呼ばれてる」
「はい」
「なのに。旧い?」
***
「誤りです」
アナが言った。
***
すぐに。
制度が悪い。
だけにしない。
***
「私は」
アナ。
「本人への再確認を行わず。記録日が古い表記を原名とする運用を認めました」
「はい」
「索引の『本人確認』を。同一人物の確認として扱いました」
「はい」
「食事札と居住札の更新へ。使用しました」
「はい」
***
「名前が違うだけで」
ユイ。
「朝ごはん。止まった」
「止まりかけました」
マレア。
「イナさんが。予備食を渡しました」
「止めた人は」
「規則に従いました」
「悪くない?」
「悪くないとは決めません」
朔。
「規則に従ったことと。食事を止めかけたことを。両方残します」
***
配膳職員。
呼ばれる。
メナ・オル
***
「私は」
メナ。
「二重配膳を防ぐために。保留しました」
「ユイさんを」
イナ。
「知っていますか」
「顔は」
「昨日も食事を渡した?」
「はい」
「なら」
「札の名称が変わっていた」
***
「本人へ聞いた?」
朔。
「記録が統合済みだったため」
「聞かなかった?」
「はい」
「もし聞いて」
「ユイと言われても。主記録との不一致を確認する必要があります」
「その間」
「配膳を保留する規則です」
***
「二重に食べる人がいた?」
ユイ。
「過去に」
メナ。
「同じ寝台番号の札が。二枚作られたことがあります」
「二人?」
「一人が二回受け取ろうとしました」
「名前」
「違いました」
***
「だから」
ユイ。
「名前が違ったら止める?」
「はい」
「同じ名前なら」
「通します」
「別の人でも?」
***
メナが。
止まる。
***
「札と寝台番号を確認します」
「顔は」
「確認することもあります」
「誰か分からなかったら」
「担当者へ」
***
「名前だけでは」
朔。
「二重配膳を防げません」
「では」
「現在の寝台。配膳時刻。受け取った印。本人が使う呼称。必要なら世話係の確認」
***
「項目が増える」
メナ。
「はい」
「朝。全員に?」
「全員へ同じ確認は必要ありません」
マレア。
「不一致があった時も。食事を止める前に、今いる本人と寝台を確認する」
***
「他の者の分が減る」
「予備食」
イナ。
「数が少ない」
「では」
「不一致時の一食分を。確認中配膳として出す」
「二重だったら」
「後で記録する」
「悪用」
「繰り返す者へ。別の対応」
***
名前が違う。
それだけで。
食べさせない。
にはしない。
***
同じ名前。
それだけで。
同じ者。
にも。
しない。
***
「治療記録は」
グラド。
「より危険です」
「はい」
マレア。
「別名の記録が。分かれれば薬が重なる」
「だから統合」
「必要な場合があります」
「では」
「統合と。名前の優先を分けます」
***
「一人の身体へ」
ネラ。
「複数の記録が関係している可能性がある」
「はい」
「それを繋げる」
「はい」
「どの名前が本来か」
「本人へ聞く」
「本人も分からない」
「分からないと残す」
***
「Y.I.は」
グラド。
「符号として残す?」
「はい」
ユイ。
「名前じゃなく?」
「今は。名前として使わない」
「本人との関係」
「あるかもしれない」
「同一性」
「分からない」
***
「では」
新しい紙。
***
見出し。
同一人物に関係する可能性のある複数名称・符号様表記の整理
「長い」
グラド。
「短くして」
ネラ。
「また同じ意味を作らないようにします」
***
最初。
現在、本人が使用を望む名前・呼称
ユイ。
***
次。
本人が過去に使用したと確認できる名前・呼称
ユイ。
村で呼ばれていた。
現在も使用。
***
「過去に使用」
ユイ。
「今も」
「欄を分けます」
***
現在使用
ユイ。
***
過去に使用したことが確認され、現在使用していないもの
なし。
***
本人と関係する可能性があるが、名前・呼称であることを確認できない表記
Y.I.様。
***
出典。
側室での白色表示様知覚。
知覚者。
ユイ。
ほかの知覚。
一致せず。
***
本人の反応。
表示を知覚。
返答せず。
現在の呼称として使用しない。
削除も希望せず。
***
関係。
ユイ本人またはユイに関係する記録・状態・別の存在等との関連可能性あり。同一性未確認。
***
「長い」
ユイ。
「はい」
朔。
「でも」
「元の名前にはしていません」
「うん」
***
「主記録」
アナ。
「現在の居住・配給・治療で使う表示」
「ユイ」
本人。
答える。
***
「Y.I.は」
「関連記録から。必要な時だけ見る」
「食事札」
「載せない」
「治療札」
「現在呼称はユイ。関連情報の索引は別」
「誰でも見られる?」
「いいえ」
***
Y.I.
白い表示。
王都の記録。
ユイの過去に。
関係する可能性。
***
市場。
配膳。
寝台。
すべてへ。
広げない。
***
「名前を隠す?」
グラド。
「Y.I.を」
「名前であることが未確認の表記を。日常の札へ公開しません」
セオ。
「隠蔽と言われる可能性」
「あります」
「理由」
「本人の現在呼称ではなく。関係も未確認。個人に関わる情報だからです」
***
「ユイさんが」
朔。
「今後。公に使いたいと言った場合は」
「更新します」
「Y.I.と呼ばれたい?」
ユイ。
「その時に」
「聞く?」
「はい」
***
「今は」
ユイ。
「ユイ」
「はい」
***
グラドは。
名称統合票を。
見る。
***
原名:Y.I.
現使用名:ユイ
***
「不使用」
と書く。
***
理由。
***
Y.I.様表記が本人の名前または原名であることを確認せず、記録日の早さを名称使用開始の早さとして扱ったため。
***
「ユイ本人がY.I.様表示を知覚した」という記録を、「Y.I.の本人がユイであると確認した」と読める索引へ短縮したため。
***
現在使用されているユイを旧称とし、本人への再確認なく配給・居住記録へ反映したため。
***
作成責任者。
アナ・セル。
***
索引作成。
担当者。
複数。
名前。
残す。
***
「全員」
アナ。
「処分?」
グラド。
「調査します」
「私は」
「責任者です」
「はい」
***
「でも」
朔。
「索引の形式。統合票の欄。更新期限。人手も残してください」
「私の責任が薄くなる?」
「薄くしません」
「では」
「アナさん一人の名だけで。次も同じことが起きる理由を隠さないでください」
***
アナは。
自分の名前の横へ。
書く。
***
本文確認を省略できる運用を承認。
***
次。
原名・現使用名・別名・誤記以外の関係を記載できない書式を継続使用。
***
次。
配給札更新期限を優先。本人確認を更新前の必須手順にしなかった。
***
「私がした」
「はい」
朔。
「書式だけではない」
「はい」
「でも。私だけでもない」
「はい」
***
食事札。
その日のうちに。
新しくなる。
***
ユイ
寝台。
七区。
朝食。
***
旧称。
なし。
Y.I.
なし。
***
「消えた?」
ユイが尋ねる。
「この札からは」
ネラ。
「記録からは」
「消えていません」
***
「私」
ユイ。
「二人分のご飯をもらえる?」
「もらえません」
イナ。
「どうやって分ける?」
「ユイが。今。食べたか」
「名前じゃなく?」
「寝台と。配膳の印と。私も見る」
***
「Y.I.が来たら」
イナは。
すぐには答えない。
***
「Y.I.と名乗る別の子が来たら」
朔。
「その子の状態と。何を望むかを聞きます」
「私?」
「先に。ユイさんだと決めません」
「別の子?」
「可能性があります」
「同じ?」
「それも」
***
「ご飯」
ユイ。
「その子にも?」
「必要なら」
イナ。
「ユイの分を取る?」
「取らない方法を探す」
***
食事は。
名前一つ分。
ではない。
***
今。
ここにいて。
食べる必要がある者へ。
必要な量。
***
配給には。
限りがある。
だから。
身体と。
時間と。
受け取った事実を。
見る。
***
名前の重複だけで。
人を増やさない。
名前の違いだけで。
人を消さない。
***
午後。
名称整理の対象になった記録を。
再確認する。
***
二人のサク。
統合しない。
***
一人。
二つの名を。
実際に使ってきた商人。
本人へ聞く。
どちらも使う。
場面が違う。
***
結婚前の家名と。
現在の家名。
本人は。
両方を記録へ残したい。
日常では。
現在名。
***
幼い頃の名を。
今は呼ばれたくない者。
過去記録には残す。
現在の札へ。
載せない。
***
役目名だけで。
個人名が分からない者。
本人を探すため。
役目名を索引へ残す。
個人名へは。
しない。
***
名前ではない符号。
名称欄へ。
入れない。
***
「一人に」
グラド。
「何枚も紙が必要になる」
「はい」
ネラ。
「探しにくい」
「索引で繋げます」
「統合しない?」
「記録を繋げます」
「同じでは」
「一枚へ潰さない」
***
一人。
複数の名前。
複数の時期。
複数の場面。
複数の記録。
***
一つの主記録へ。
すべてを。
従わせない。
***
今。
治療に必要な情報。
今。
本人が呼ばれたい名。
過去の記録を探すための表記。
公開してよいもの。
限られた者だけが見るもの。
***
役目が違う。
***
「不便」
グラド。
「はい」
朔。
「照合漏れ」
「あります」
「薬の重複」
「防ぐ必要があります」
「なら」
「身体。治療経過。本人確認。関係記録の索引を使います」
「名前を主にしない?」
「名前だけを。主にしません」
***
「名前は」
ユイが尋ねる。
「何に使う?」
***
朔は。
すぐには答えない。
***
「呼ぶため」
「うん」
「誰について話しているか。見失わないため」
「うん」
「本人が。今。どう呼ばれたいかを尊重するため」
「記録は」
「過去の記録を探すためにも使います」
「じゃあ」
「一つの名前に。全部の役目を持たせません」
***
「Y.I.は」
「今は。過去や別の場所に関係する可能性を探す表記です」
「ユイは」
「今。ユイさんを呼ぶ名前」
***
「元の名前は」
ユイ。
「ない?」
「あるかもしれません」
「Y.I.?」
「分かりません」
「村で付いたユイは。後?」
「付けられた時は。Y.I.の記録より後かもしれません」
「じゃあ遅い名前?」
「違います」
***
「どうして」
「後から選び直したからです」
***
ユイは。
新しい食事札を。
両手で持つ。
***
ユイ
***
「最初」
ユイ。
「村の人が付けた」
「はい」
「私が付けたんじゃない」
「はい」
「でも」
「今は」
「私が使うって決めた」
***
「はい」
***
「じゃあ」
ユイ。
「後から。私の名前になった?」
***
朔は。
少し考える。
「今。ユイさんが使う名前として。選ばれています」
「私に?」
「ユイさんに」
***
名前を。
付けた者。
最初に書いた者。
登録した者。
呼び始めた者。
***
その者たちだけが。
名前を。
持ち続けるわけではない。
***
呼ばれ。
答え。
拒み。
選び直す。
***
その人も。
名前との関係を。
変える。
***
「Y.I.は」
ユイ。
「誰が書いた?」
「分かりません」
「誰が呼んだ?」
「確認できていません」
「誰が答えた?」
「確認できていません」
「じゃあ」
「名前かどうかも。まだ分かりません」
***
「私の前に」
「記録には。先にあった可能性があります」
「私より?」
朔は。
すぐには答えない。
「ユイさんが生き始めた時より先にあったかは。分かりません」
***
記録日。
本人の始まり。
同じではない。
***
白い表示。
ユイの身体。
どちらが。
先。
分からない。
***
「先に書いたから」
ユイ。
「元の名前じゃない?」
「はい」
「先に呼んだから」
「それだけでも。今の名前を決めません」
「私が選んだら」
「今の呼び名になります」
***
「変えたくなったら」
「また聞きます」
「Y.I.に?」
「そう望むなら」
「別の名前」
「それも」
***
「ユイのまま」
「はい」
***
ユイは。
食事札を。
胸へ当てる。
***
その動きを。
名前を所有した証拠には。
しない。
***
ただ。
今。
ユイが。
ユイと書かれた札を。
持った。
***
夕食。
***
メナ・オル。
配膳。
***
「名前」
彼女が言う。
「ユイ」
***
「はい」
ユイ。
***
「寝台」
「七区」
「今日は朝食を」
「食べた」
「イナさん」
「確認しています」
***
夕食。
渡される。
***
名前が合ったから。
だけではない。
***
今いる者。
寝台。
朝の配膳。
世話係。
本人の返事。
***
いくつかを。
合わせる。
***
「Y.I.だったら」
メナが尋ねる。
「返事しない」
ユイ。
「今は?」
「うん」
***
「では」
メナは。
帳面へ書く。
***
現在呼称:ユイ
***
その横。
本人へ確認
***
確認者。
メナ・オル
***
「私の名前も」
メナ。
「いる?」
「はい」
ユイ。
「何で」
「誰が聞いたか。後で分かる」
***
メナは。
少し笑う。
「分かった」
***
夜。
ユイは。
二枚の紙を。
机へ置く。
***
一枚。
ユイ
***
一枚。
Y.I.様
***
線。
引かない。
***
ただ。
紙の間へ。
小さな札。
***
関係する可能性。まだ分からない。
***
「前と同じ?」
朔。
「前は」
ユイ。
「別々に置いただけ」
「はい」
「今は」
「関係するかもしれないって。書いた」
***
「変わった?」
「うん」
「同じと決めた?」
「決めてない」
「違うと」
「決めてない」
***
「Y.I.を」
朔。
「元の名前とは」
「書かない」
「ユイを」
「別名にも。旧称にもしない」
***
「今は」
「ユイ」
***
ユイは。
自分で。
ユイの紙を。
少し手前へ置く。
***
Y.I.を。
遠くへ捨てない。
***
同じ場所へ。
重ねない。
***
自分の前。
今。
呼ばれる名を。
置く。
***
朔は。
自分の記録を書く。
***
ユイさんが知覚したY.I.様表示について、「本人確認:ユイ」という索引が作られた。
この索引は、「ユイ本人が表示を確認した」という行為を、「Y.I.の本人がユイであると確認した」と読める形へ変えた。
***
次。
古い記録日を名称使用の開始時期とし、Y.I.を原名、ユイを旧称とする統合が行われた。
ユイさんは、Y.I.を名前として使用したこと、返答したこと、元の名として認めたことを確認していない。
***
次。
統合により、ユイさんの食事札が変更され、配膳が保留されかけた。
食事は、イナさんが現在の本人と寝台を確認し、予備食として渡した。
***
次。
記録を繋げることと、名前を一つにすることを分けた。
現在使用する名は、ユイさん本人へ確認し、ユイとした。
Y.I.様表記は削除せず、名前・符号・別の存在等のどれであるか未確認の関連表記として残した。
***
最後。
先に書かれた表記が、本人の元の名になるとは限らない。
後から選んだ名が、遅い名前になるわけでもない。
***
筆。
止まる。
***
ユイは。
眠っていない。
***
Y.I.と呼ばれる何かが。
眠っているか。
起きているか。
存在するか。
分からない。
***
それでも。
古い紙にあった表記を。
今いる子どもの。
前へ置かない。
***
現在の名を。
過去の表記の。
仮の呼び方にも。
しない。
***
Y.I.を。
消さない。
***
ユイから。
ユイを奪わない。
***
先に記録されたものが。
元の名ではなかった。
***
まだ。
本人との関係を。
本人へ問う前に。
答えへ変えてはいけない。
表記だった。
***
「ユイ」
朔が呼ぶ。
***
「うん」
ユイが答える。
***
先に書かれたからではなく。
今。
その名で呼ばれ。
今。
その名へ。
本人が返事をした。




