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第八章 起きている名前 ⑥ 声のない返事


 テオは。


 起きていた。


***


 目。


 開いている。


 呼吸。


 自分でしている。


 椅子へ。


 背を預けて座る。


***


 父親。


 ラド・エン。


 その隣。


 十二歳。


 高い熱が下がった後。


 言葉が。


 出なくなった。


***


 眠っている者の列へ。


 最初は。


 名前を並べられていた。


***


「眠っていません」


 マレアが。


 改めて言った。


「分かっています」


 ラド。


「目は開いています」


「はい」


「こちらも見ています」


「はい」


「では」


「声が出ない」


***


 テオは。


 父親を見る。


 次。


 マレア。


 朔。


 ユイ。


 順に。


 視線を動かす。


***


「聞こえていますか」


 ラドが尋ねる。


 テオは。


 答えない。


「前は」


 ラド。


「名前を呼べば。振り向きました」


「今は」


「時々。見る」


「呼ばなくても?」


「見ることがあります」


「では」


「分からない」


***


 聞こえている。


 理解している。


 声を出せない。


 答える方法がない。


 意味が分からない。


 身体を動かせない。


 疲れている。


 答えたくない。


***


 同じ沈黙から。


 いくつもの文が。


 作れる。


***


「白い壁へ」


 ラドが言った。


「連れて行けば。声を戻せるかもしれない」


「誰が言いましたか」


 朔。


「相談の列で」


「実際に。声が戻った者は」


「知らない」


「では」


「でも。テオは起きている」


「はい」


「眠っている名前を起こすんじゃなく。起きている名前に。声を戻すなら」


***


 新しい役目。


 起こす者。


 ではなく。


 声を戻す者。


***


「俺に」


 朔は尋ねる。


「何をしてほしいですか」


「テオの名前を。白いところで呼んでほしい」


「テオさんは」


「答えられない」


「希望を聞いたことは」


「前に」


「いつ」


「熱が出る前」


「何について」


***


 ラドは。


 少し考える。


「声が出なくなったらどうする、なんて。話していない」


***


「では」


 朔。


「今の希望は。確認できていません」


「だから」


「ラドさんの希望として。聞きます」


「父親です」


「はい」


「この子を。一番知っています」


「はい」


「何が嫌か。何が好きか。どういう時に黙るか」


「はい」


「なら」


 ラドの声が。


 少し硬くなる。


「俺が分かる」


***


 朔は。


 ゼン・センを思い出す。


 弟のことを。


 誰より多く知っていた兄。


***


「ラドさんが知っていることは」


 朔が言う。


「テオさんへ聞く方法を作るために。必要です」


「なら」


「答えの代わりにはしません」


***


「同じことだろ」


「違います」


「俺が。テオは白い壁へ行きたいと言えば」


「ラドさんが。そう考えた理由を聞きます」


「テオの希望には」


「直接は入れません」


***


 ラドは。


 テオを見る。


「こいつは」


 言葉。


 止まる。


「閉じ込められるのが嫌いだ」


「はい」


「声が出ないまま。ここにいるのも嫌なはずだ」


「可能性はあります」


「なら。戻したい」


「ラドさんが」


「テオもだ」


***


 テオの右手。


 膝の上。


 指。


 少し曲がっている。


 左手。


 椅子の縁。


 親指。


 ゆっくり動く。


***


「動きました」


 ユイが言った。


「何が」


 ラド。


「左の親指」


***


「テオさん」


 マレアが。


 声をかける。


「左手に触れていいですか」


***


 返事。


 なし。


***


「触れません」


 マレア。


「なぜ」


 ラド。


「同意を確認できないから?」


「緊急ではありません」


「身体確認は」


「目で見られる範囲から」


***


 左親指。


 また。


 動く。


 椅子の縁を。


 内側へ。


 一度。


***


「普段」


 マレア。


「この動きをしますか」


「分からない」


「熱の後」


「時々」


「何かを求める時?」


「水を飲ませると。止まることがある」


「毎回?」


「違う」


***


 水。


 痛み。


 姿勢。


 疲れ。


 癖。


 返事。


 どれか。


 分からない。


***


「水を」


 朔が言う。


「二つの場所へ置けますか」


「二つ?」


 ラド。


「水と。何もない器」


***


 マレアが。


 小さな杯を。


 二つ。


 机へ置く。


 左。


 水。


 右。


 空。


***


「選ばせる?」


 ラド。


「最初に」


 マレア。


「左手を。自分で動かせるかを見ます」


***


 杯。


 テオの手が。


 届く距離。


 無理に。


 腕を伸ばさなくてよい位置。


***


「テオさん」


 マレア。


「水がほしければ。水の杯へ。左手を近づけられますか」


***


 手。


 動かない。


***


 十を数える。


 動かない。


***


「分からない?」


 ラド。


「今の一回では」


 マレア。


「選べなかった。動かせなかった。意味が伝わらなかった。選びたくなかった。どれかは分かりません」


***


「水」


 ラドが。


 水の杯を持つ。


「飲むか」


***


 テオの目が。


 杯へ動く。


***


「見た」


 ユイ。


「はい」


 朔。


「飲みたい?」


 ラド。


 杯を。


 口へ近づける。


***


「待ってください」


 マレア。


***


 ラドの手が止まる。


「なぜ」


「視線が。水への選択か。動いた物を見ただけかを分けます」


「喉が渇いていたら」


「長く待たせません」


***


 マレアは。


 空の杯も。


 同じように持ち上げる。


***


 テオの目が。


 空の杯へも。


 動く。


***


「どっちも見た」


 ユイ。


「はい」


「じゃあ」


「動く物を見ている可能性があります」


***


 マレアは。


 杯を置く。


「水分は。身体に必要です」


「はい」


 ラド。


「選択確認とは分けて。少しずつ飲ませます」


***


 触れる前。


「テオさん。身体を支えます」


 ラドが。


 肩。


 背。


 支える。


***


 マレア。


 杯。


 唇。


 少量。


***


 テオは。


 飲み込む。


 咳。


 なし。


***


 もう一口。


 顔が。


 少し横へ向く。


***


「もういらない?」


 ラド。


「そうかもしれません」


 マレア。


「では。止めます」


***


 止める。


***


 テオの顔。


 正面へ戻る。


***


「今のは」


 朔が尋ねる。


「いらないという返事ですか」


「可能性はあります」


 マレア。


「一度だけ」


「はい」


「次も同じなら」


「可能性は高くなります」


「返事と決める?」


「その場で使える反応としては。使うことがあります」


「本人の全ての希望へ」


「広げません」


***


 水を。


 止めるための。


 顔の動き。


***


 白い壁へ行くかを。


 決めるための。


 返事には。


 まだ使えない。


***


「難しい」


 ラド。


「はい」


「でも。時間がかかる」


「はい」


「テオは。このまま」


「声を戻す方法も。原因も。今は分かりません」


「白い壁なら」


「戻るとは確認されていません」


***


 テオの左親指が。


 また。


 椅子を押す。


***


「何か言ってる」


 ラド。


「そう見えます」


 朔。


「何を」


「分かりません」


***


 分からない。


 そのまま。


 置く。


***


 ユイは。


 机の紙を見ていた。


「絵なら?」


「何の」


 ラド。


「水。休む。痛い。続ける」


***


「テオは」


 朔が尋ねる。


「文字を読めますか」


「少し」


「絵」


「前は描いた」


「色」


「分かる」


「左手で」


「普段は右」


***


 右手。


 膝。


 動き。


 少ない。


***


「右手の状態を」


 マレア。


「確認したいです」


「触れる?」


「テオさんが。拒否を示せる方法を先に作ってから」


***


「拒否」


 ラド。


「今も。顔を背けた」


「水を止める反応として」


「それを使う?」


「触れる時にも。同じ反応が出たら止めます」


「同じ意味?」


「同じとは決めません」


***


「では」


「止める理由としては使います」


***


 意味が。


 完全に分からなくても。


 身体が。


 拒む可能性を示した時。


 続けない。


***


「テオさん」


 マレア。


「右手の近くへ。私の手を置きます。触れません」


***


 机。


 マレアの手。


 テオの右手から。


 指三本分。


***


 反応。


 なし。


***


「次に。指一本分まで近づけます」


***


 手。


 近づく。


***


 テオの顔。


 少し。


 右へ向く。


***


「止めます」


***


 マレアの手。


 離れる。


***


「嫌だった?」


 ラド。


「可能性があります」


 マレア。


「右を見ただけかも」


 ユイ。


「はい」


***


「もう一度?」


 朔。


「今はしません」


 マレア。


「なぜ」


「一度。止める反応として扱ったからです」


***


「確認しない?」


「確認のために。拒否かもしれない反応を。すぐ繰り返しません」


***


 テオの右手。


 触れない。


***


「白い壁へ」


 ラドが言う。


「行くかも。これで聞けない」


「今は」


 朔。


「はい」


「別の方法を作ります」


***


 紙。


 厚い。


 四枚。


***


 一枚。


 水の杯。


 絵。


***


 一枚。


 横になる人。


 休む。


***


 一枚。


 手を上げる人。


 続ける。


***


 一枚。


 黒い丸。


 分からない。


***


「分からないも」


 ユイ。


「返事?」


「はい」


 朔。


「選べない?」


「選べないことと。分からないと伝えたいことは。違う可能性があります」


「じゃあ」


「最初は。使えるかを見ます」


***


 絵を。


 二枚。


 置く。


 水。


 休む。


***


「今してほしい方を」


 マレア。


「目で見続けられますか」


***


 テオ。


 水。


 見る。


 次。


 休む。


 見る。


 朔。


 見る。


***


 止まらない。


***


「選択確認できず」


 ネラが。


 記録する。


***


「違うやり方」


 ユイ。


 絵を。


 テオの近くへ。


 一枚ずつ。


 持つ。


***


「水」


 見せる。


 テオ。


 見る。


***


「休む」


 見せる。


 テオ。


 目を閉じる。


***


「休む?」


 ラド。


「待って」


 朔。


***


 テオの目。


 閉じたまま。


 五を数える。


 開く。


***


「眠かっただけかも」


 ユイ。


「はい」


***


「でも」


 ラド。


「休ませよう」


***


「それは」


 マレア。


「身体の疲れと。今、目を閉じたことから。妥当だと思います」


「返事として?」


「断定しません」


「では」


「休む判断は。治療側と家族がします」


「本人は」


「目を閉じたことを。材料にします」


***


 休ませる。


***


 それを。


 白い壁へ行きたくない。


 という返事には。


 しない。


***


 治療室。


 薄い布。


 寝台。


 テオ。


 横になる。


***


 目。


 閉じる。


 眠り。


 かもしれない。


 休んでいる。


 だけかもしれない。


***


「起きてる?」


 ユイが。


 小さな声で尋ねる。


「今は。休んでいます」


 マレア。


「眠っている?」


「呼吸と反応を見ます」


***


 ラドは。


 寝台の横。


 椅子。


***


「俺」


 彼は言う。


「全部。代わりに答えてたか」


「テオさんを。助けるために」


 朔。


「はい」


「でも」


「はい」


***


「俺が答えなかったら」


「何も分からないことがあります」


「なら」


「ラドさんの知っていることは。必要です」


「でも。本人の返事じゃない」


「はい」


***


「どうすればいい」


「テオさんが。これまで何を好み。どう嫌がり。何が変わったかを。ラドさんの言葉として教えてください」


「それで」


「試せる方法を作ります」


「答えは」


「テオさんの反応から。確認できる範囲で」


***


「間違えたら」


「訂正します」


「遅かったら」


「あります」


「白い壁が。先に声を返せたら」


「可能性は。確認されていません」


「でも」


「その希望も。ラドさんの希望として残します」


***


 ラドは。


 テオを見る。


「俺の希望」


「はい」


「小さくしない?」


「しません」


「本人じゃない」


「はい」


「それでも」


「ラドさんが。今。望んでいることです」


***


 午後。


 新しい確認。


***


 テオ。


 目を開ける。


 熱。


 なし。


 呼吸。


 安定。


***


 右手。


 触れない。


 左手。


 椅子。


 親指。


 動く。


***


 ラドが。


 家から。


 二つの物を持ってきた。


***


 一つ。


 木の小さな馬。


***


 一つ。


 丸い石。


 表面。


 白い線。


***


「どちらも」


 朔。


「テオさんの?」


「馬は。小さい頃から」


「石は」


「昨日。道で拾った」


***


「知っている物と」


 マレア。


「知らない可能性のある物」


「はい」


「好きな方?」


「馬は好きだった」


***


 物。


 二つ。


 机。


 同じ距離。


***


「テオさん」


 朔。


「触れたい方があれば。左手を近づけられますか」


***


 長く。


 待つ。


***


 左手。


 動く。


***


 馬ではない。


 石。


***


 指先。


 石へ。


 触れる。


***


「石?」


 ラド。


 驚く。


「馬が好きだった」


***


 テオの指。


 石の白い線を。


 なぞる。


***


「選んだ?」


 ユイ。


「石へ。自分で手を動かしました」


 マレア。


「好き?」


「そこまでは分かりません」


***


「もう一度」


 ラド。


「待ってください」


 朔。


***


「なぜ」


「今の選択を。正しいか確かめるために。すぐ繰り返すと」


「はい」


「父親が馬を選んでほしいことを。テオさんが感じる可能性があります」


***


 ラドは。


 馬を。


 手に取らない。


***


「石」


 朔。


「どうして持ってきたんですか」


「テオが。昨日。ずっと見てた」


「だから拾った?」


「はい」


***


 テオが。


 昨日。


 石を見ていた。


 ラドが。


 気づき。


 持ってきた。


***


 父親の観察。


 本人の選択を。


 作る材料になった。


***


 代わりではない。


 不要でもない。


***


「ラドさん」


 朔。


「テオさんが。石を見ていたことを教えてくれたから。今の選択肢に入れられました」


「はい」


「でも」


「選んだのは。テオさんの左手です」


***


 ラドは。


 石に触れない。


「そうか」


***


 テオの口。


 少し動く。


 音。


 出ない。


***


「何か言った?」


 ラドが。


 顔を近づける。


***


 テオ。


 顔。


 横へ。


 動かす。


***


「止めます」


 ラドは。


 自分で。


 距離を戻す。


***


「今の」


「近づかれることを。止めた可能性があります」


 マレア。


「言いたかったのに」


「可能性はあります」


「では」


「少し離れて待ちます」


***


 待つ。


***


 テオの口。


 もう一度。


 動く。


***


 息。


 擦れる。


 音。


 短い。


***


「い」


 ユイが言う。


「何と聞こえた?」


 マレア。


「い、みたい」


「ラドさん」


「分からない」


「朔さん」


「息の音に聞こえました」


***


 テオ。


 左手。


 石。


 次。


 机の端。


 指。


 二度。


 叩く。


***


「何かの合図?」


 ラド。


「普段」


「二回叩くのは。もう一回って」


「いつ」


「遊び。食べ物。歌」


「全て?」


「違う」


***


「今」


 朔。


「石をもう一度見たい可能性」


「あります」


 マレア。


***


 石を。


 元の位置へ。


 戻す。


***


 馬。


 石。


***


 テオの左手。


 また。


 石へ。


***


 今度は。


 石を掴む。


***


「二回」


 ユイ。


「はい」


***


 選択。


 石。


 二度。


***


 それでも。


 白い壁へ行くか。


 は。


 聞かない。


***


 まず。


 今。


 選べる方法が。


 一つ。


 見つかった。


***


 絵。


 ではなく。


 物。


***


 視線。


 ではなく。


 左手。


***


 全部の質問に。


 使えるとは。


 決めない。


***


「休むか。続けるか」


 マレア。


「物で作れますか」


「何を」


 ラド。


「テオさんが。休む時に使う物」


「布」


「続けたい遊び」


「石」


***


 布。


 石。


 机。


***


「今」


 朔。


「休みたいなら布。続けたいなら石へ。左手を近づけられますか」


***


 テオ。


 石。


 見る。


 布。


 見る。


***


 左手。


 動く。


***


 石。


***


「続ける?」


 ラド。


「そう読む可能性があります」


 マレア。


「一度」


「はい」


***


「続けますか」


 朔が。


 同じ問いを。


 言葉を変えずに。


 もう一度。


***


 石と布の位置を。


 左右。


 入れ替える。


***


 テオの左手。


 前にあった位置へ。


 動きかける。


 止まる。


***


 次。


 反対側。


 石へ。


***


「石」


 ユイ。


「はい」


***


 二度。


 位置を変えて。


 石。


***


「今の確認では」


 マレア。


「石を。続けるとして選んだ可能性が高まりました」


***


 ラド。


 息を吐く。


「返事した」


***


 朔は。


 テオを見る。


「左手で。石を二度選びました」


「返事だろ」


「今の問いへの。返事として使える可能性があります」


「また可能性」


「はい」


***


 ラドは。


 怒らない。


「でも。続ける」


「はい」


***


 次。


 痛み。


***


 痛い。


 絵。


 では。


 選べなかった。


***


 身体の場所。


 左手で。


 触れるか。


***


 テオ。


 右手首へ。


 左手を。


 置く。


***


「右手?」


 マレア。


「触れて確認していいか。聞きます」


***


 石。


 続ける。


 布。


 止める。


***


「右手の近くへ。私の手を置きます。続けてよければ石。止めてほしければ布」


***


 テオ。


 布。


***


 マレア。


「触れません」


***


「痛いかも」


 ラド。


「はい」


「怖いかも」


「はい」


「今は触るな」


「その意味として扱います」


***


「右手を」


 ラド。


「治さなくていい?」


「違います」


 マレア。


「今。私が触れることを止めた可能性として扱います」


「後で」


「方法を変えて聞きます」


「緊急なら」


「身体の危険に必要な範囲を説明して。最小限行う場合があります」


***


 今。


 触れない。


***


 右手を。


 不要にしない。


 治療を。


 永久に拒んだことにも。


 しない。


***


「白い壁」


 ラドが言う。


***


 部屋。


 静かになる。


***


「聞く?」


 ラド。


「今の方法で。複雑な質問を」


 マレア。


「まだ」


 止まる。


「今の方法が。二つの選択に使える可能性を確認しています」


***


「行く。行かない」


「言葉は二つです」


 ラド。


「意味は複雑です」


 朔。


「白い壁が何か。何をする場所か。テオさんが理解しているか確認できません」


「俺が説明する」


「ラドさんの理解も。確定していません」


***


「では」


「側室の絵。治療室の絵。行くという行為。何が起きる可能性。分からないこと。少しずつ伝える必要があります」


「いつまで」


「一度で決めません」


***


 ラド。


 テオ。


 石。


 布。


***


「テオ」


 ラドが言う。


「今日は。白い壁のことは聞かない」


***


 テオの左手。


 石。


 触れたまま。


***


「でも」


 ラド。


「聞けるようにする」


***


 テオ。


 父親を見る。


***


 その視線を。


 同意とは。


 しない。


***


 だが。


 聞いていないとも。


 決めない。


***


 記録。


***


 テオは覚醒状態を保持。発語は確認できず。


 視線のみを選択として確定せず。


 左手を自発的に動かし、配置を変更した後も白線入りの石を二度選択。


***


 石を「続ける」、布を「止める」と説明した後、配置を変更して二度確認。テオは二度とも石を選択。


***


 右手への接触可否について同じ二物を用いた際、布を選択。マレアは接触を行わず。


***


 当該選択方法が、他の質問、将来の意思、側室への移動、治療全般への同意に使用できるとは未確認。


***


「本人の希望」


 グラドが。


 後に尋ねる。


「右手へ触れないこと?」


 マレア。


「当該時点で。当該接触を止める選択として扱いました」


「続けること」


「当該確認を続ける選択として」


「本人の意思確認成功」


 グラドが。


 書こうとする。


 止まる。


***


「成功では」


 自分で言う。


***


 書き直す。


 左手による二物選択を、限定された質問への応答手段として試行。複数回の一貫した選択あり。


***


「限定」


 ラド。


「はい」


「テオは。答えた」


「はい」


 朔。


「でも」


「何に答えたかを。広げません」


***


「声は」


 ラド。


「戻っていない」


「はい」


「返事は」


「ありました」


***


 声が。


 出ないことと。


 返事が。


 ないことは。


 同じではなかった。


***


 翌日。


 意思確認の補助について。


 新しい欄が。


 相談票へ加わる。


***


 音声での応答


 あり。


 なし。


 不明。


***


 その下。


 音声以外で、本人が使用している可能性のある反応


 視線。


 手。


 顔。


 身体の向き。


 文字。


 絵。


 物の選択。


 その他。


***


 普段から使っていた反応か


 現在初めて確認した反応か


 誰がその意味を知っているか


 同じ条件で繰り返したか


 位置や順番を変えて確認したか


***


 次。


 本人の反応と判断した範囲


***


 次。


 その範囲を超えて使用しない事項


***


「長い」


 ミエル。


「はい」


 マレア。


「また紙が増える」


「はい」


「声が出ん人に。紙を増やす?」


***


「紙だけでは」


 朔。


「答えられません」


「では」


「物。絵。身体。家族の知識。治療側の確認。記録。必要なものを使います」


「誰がする」


「一人にしません」


***


 意思確認補助。


 という役目を。


 作るか。


***


「また補助」


 トナ。


「はい」


「通行補助と同じ?」


「違います」


「何をする」


「本人が使える反応を探す。選択肢を作る。質問を短くする。位置を変える。疲れたら止める」


「答えを決める?」


「決めません」


***


「家族は」


 ラド。


「補助者?」


「家族だけを。正式な補助者にしますか」


 グラド。


「しません」


 朔。


「なぜ」


「知っていることが多いから。必要です」


「では」


「同時に。望む答えがある可能性もあります」


***


 ラドは。


 否定しない。


「白い壁へ行きたいって。答えてほしかった」


「はい」


「石を選んだ時も」


「はい」


「続けるなら。次に聞けると思った」


「はい」


***


「だから」


 ラド。


「俺だけじゃ駄目か」


「駄目にはしません」


「では」


「ラドさんの観察を使います。質問を作る時は。ほかの人も入ります」


***


「マレアさん」


「身体と疲労」


「ネラさん」


「記録」


「ユイさん」


「見えた動き」


「朔さん」


 ラドが尋ねる。


「何を」


***


 朔は。


 すぐには答えない。


「言葉を。強くしすぎていないかを見ます」


***


「必要?」


「ほかの人でもできます」


「では」


「俺の名前を。意思確認の方式にはしません」


***


 サク式意思確認


 には。


 しない。


***


 テオの方法。


 とも。


 固定しない。


 テオが。


 いつまでも。


 石と布で答えるとは。


 決めない。


***


 見出し。


 本人ごとの応答方法確認


***


「本人ごと」


 ユイ。


「はい」


「同じ方法を。ほかの人に使わない?」


「試すことはできます」


「同じ意味?」


「確認します」


***


 石。


 続ける。


 布。


 止める。


 それは。


 今。


 テオへ説明し。


 テオが。


 繰り返し選んだ関係。


***


 別の者にとって。


 石が。


 止める。


 かもしれない。


 布が。


 安心。


 かもしれない。


***


「誰が」


 グラド。


「最終的に。本人の意思と認定する」


「一人で認定しません」


 マレア。


「では」


「行為ごとに。必要な確かさを変えます」


***


「水を止める」


「一度の顔の動きでも。止める理由になります」


「白い壁へ行く」


「説明。反復。別の位置。疲労。危険。長く確認します」


「緊急治療」


「本人が答えられなければ。身体危険と以前の希望を分けて判断します」


***


 全ての問いへ。


 同じ大きさの。


 返事を。


 要求しない。


***


 小さな行為。


 杯を止める。


 触れない。


 休む。


 その場の身体。


***


 大きな行為。


 側室。


 白い表示。


 戻せない接触。


 覚醒。


 帰還。


***


 必要な確認。


 同じではない。


***


 午後。


 テオは。


 石を。


 左手で持っていた。


***


 ラド。


 隣。


***


「名前」


 朔が尋ねる。


「今。聞いていいですか」


「テオの?」


 ラド。


「はい」


「自分の名前が。テオでよいか」


***


 ラドが。


 少し緊張する。


「聞ける?」


「今の方法で。名前を選ぶ意味を理解できるかは分かりません」


「では」


「呼びかけに。反応するかを見ます」


***


 部屋。


 三枚の札。


***


 テオ


 ラド


 サク


***


「文字」


 ラド。


「読める」


「熱の前は」


「はい」


***


 札。


 同じ大きさ。


 同じ色。


 並び。


 左。


 テオ。


 中央。


 ラド。


 右。


 サク。


***


「テオさん」


 朔。


「今。自分を呼ぶ時に使っている名前があれば。その札へ左手を近づけられますか」


***


 テオ。


 札を見る。


***


 ラド。


 息。


 止める。


***


 左手。


 動く。


***


 中央。


 ラド。


 その上を。


 通る。


***


 左。


 テオ。


 触れる。


***


 ラドの肩が。


 下がる。


***


「テオ」


 ユイ。


***


「位置を」


 マレア。


「変えます」


***


 サク。


 テオ。


 ラド。


***


「同じ問いです」


 朔。


***


 テオ。


 中央。


 テオ


***


 指。


 置く。


***


「二度」


 ユイ。


「はい」


***


「テオ」


 ラドが。


 呼ぶ。


***


 テオ。


 父親を見る。


***


 口。


 動く。


 音。


 出ない。


***


 それを。


 名前への応答。


 と。


 全ては決めない。


***


 だが。


 札。


 二度。


 自分で。


 テオを選んだ。


***


「今」


 朔が尋ねる。


「テオと呼ばれることを望んでいると。記録していいですか」


***


 質問。


 複雑。


***


 石。


 続ける。


 布。


 止める。


***


 二つ。


 置く。


***


「記録してよければ石。今は記録しないでほしければ布」


***


 テオ。


 石。


 触れる。


***


「一度」


 マレア。


***


 位置。


 変える。


***


 テオ。


 石。


***


 記録。


***


 テオは、自分を呼ぶ名として「テオ」と書かれた札を、配置変更後も二度選択した。


 この選択を現在の呼称として記録することについて、石を「記録してよい」、布を「今は記録しない」と説明した後、配置変更後も二度石を選択した。


***


 現在、テオと呼ばれることを望む意思表示として扱う。今後の呼称を永久に固定するものではない。


***


「本人の名前」


 ラドが言う。


「はい」


 朔。


「俺が言ったんじゃない」


「はい」


「でも。俺が教えた名前」


「はい」


「札を作った」


「はい」


「選んだのは」


「テオさんです」


***


 ラドは。


 テオを見る。


「テオ」


***


 テオ。


 石を。


 机へ。


 二度。


 打つ。


***


「もう一回?」


 ラド。


「可能性があります」


 朔。


***


 ラドは。


 もう一度。


「テオ」


***


 テオの口。


 動く。


***


 音。


 出ない。


***


 それでも。


 左手。


 石。


 持ち上げる。


***


 返事が。


 声でなければならない理由は。


 なかった。


***


 夕方。


 相談入口の前。


 新しい噂が。


 既に。


 歩き始めていた。


***


「白い塔の子が」


 市場の男。


「声の出ない子の心を読んだ」


***


 朔は。


 足を止める。


***


「誰から聞きましたか」


「治療区画の前」


「何があったと」


「石を使って。名前を当てた」


***


「違います」


 朔が言う。


***


「何が」


「俺が。テオさんの心を読んだのではありません」


「でも、テオって選んだ」


「テオさんが。自分の左手で。テオと書かれた札を選びました」


「お前が札を作った」


「はい」


「質問した」


「はい」


「なら」


「答えたのは。テオさんです」


***


「声がないのに」


「声が出ていないことと。返事がないことは同じではありません」


***


 男は。


 すぐには。


 納得しない。


「お前にしか分からなかった」


「マレアさん。ラドさん。ユイさん。記録した人も見ています」


「でも。お前が」


「方法を考えたのも。一人ではありません」


***


 石。


 ラドが持ってきた。


 テオが選んだ。


 ユイが動きを見た。


 マレアが身体を確認した。


 ネラが記録した。


 朔が。


 言葉を強くしすぎないよう見た。


***


「では」


 男。


「何と話せばいい」


「テオさんが。物を選ぶ方法で。限られた問いへ答えた」


「長い」


「はい」


「心を読んだ、の方が」


「短いです」


「伝わる」


「違うことが伝わります」


***


 新しい公示。


***


 サクが、声の出ない者の心や名前を読み取れるとは確認されていません。


 テオは、左手で物や札を選ぶ方法により、限定された問いへ応答しました。


 質問、選択肢、身体状態、家族が知る情報、本人の反応を複数者で確認しました。


 この方法を、ほかの者や別の問いへそのまま使用できるとは限りません。


***


 短い要点。


***


 声が出ないことを、返事がないことにはしません。


 返事をした本人の代わりに、サクが答えたことにもしません。


***


「また」


 ミウ。


「サクの名前が入ってる」


「はい」


 朔。


「外す?」


「噂で。俺が心を読んだことになっているので」


「否定に使う」


「はい」


「でも」


「この公示も。別の話へ短くなる可能性があります」


***


「声のない人の返事を」


 ミウ。


「サクが見つける」


「そうなるかもしれません」


「じゃあ」


「本人ごとの応答方法確認。という相談先を。俺の名前とは別に出します」


***


 見出し。


 話す以外の方法で返事を確認したい人へ


***


 治療区画。


 相談入口。


 市場。


 門。


***


 担当。


 一人ではない。


***


 家族。


 治療。


 記録。


 本人が使える物や動き。


 必要に応じて。


 代筆。


 通行補助。


***


「サクは」


 ユイが尋ねる。


「担当?」


「今は。参加します」


「ずっと?」


「決めません」


「声を戻す人?」


「違います」


「返事を見つける人?」


「一人ではありません」


***


「テオは」


「自分で返事をしました」


***


 その夜。


 ラドは。


 テオの記録を読む。


***


「本人ごとの応答方法」


「はい」


 朔。


「テオ式じゃない」


「はい」


「サク式でも」


「はい」


***


「でも」


 ラド。


「テオが最初?」


「この相談入口では」


「なら。テオが作った?」


「一部を」


***


「何を」


「石と布を。今の問いに使える可能性を。テオさんが示しました」


「左手で」


「はい」


***


 ラドは。


 記録の末尾へ。


 自分の名前を書く。


***


 ラド・エン


 提供した情報。


 テオが。


 白線入りの石を見ていたこと。


 馬が好きだったこと。


 二度机を叩く動きを。


 繰り返しを求める時に使うことがあること。


***


 マレア。


 身体確認。


 接触を止めた判断。


***


 ユイ。


 左親指の動きを。


 最初に報告。


***


 ネラ。


 記録。


***


 朔。


 質問文。


 意味の限定。


***


 テオ。


 本人の反応。


 石。


 布。


 札。


 左手。


***


「テオの名前を」


 ラド。


「最後に置く?」


「本人だから」


 グラド案。


 使わない。


***


 記録の最初。


 テオに関する応答方法確認


***


 最後。


 テオ自身の現在の選択


***


 上にも。


 下にも。


 名前。


***


 中心だから。


 一度だけ。


 とはしない。


***


 同時に。


 ほかの者の名を。


 消さない。


***


「声がない」


 ラドが言う。


「はい」


「でも。名前を選んだ」


「はい」


「俺が代わりに言わなくても」


「はい」


***


 ラドは。


 テオを見る。


「白い壁へ行くかも」


「今後。聞く方法を作れます」


「答えが。行くなら」


「危険や。戻せるか。ほかの条件も確認します」


「行かないなら」


「その時点の選択として扱います」


「俺が。行かせたいと思っていても」


「はい」


***


「怖いな」


「はい」


「何が」


「テオさんが。俺と違う答えを出すこと」


***


 朔は。


 すぐに。


 否定しない。


***


「怖いと思います」


***


「でも」


 ラド。


「聞く?」


「はい」


***


 父親が。


 本人をよく知ることは。


 本人の答えを。


 同じにするためではなかった。


***


 違う答えが出た時も。


 誰の答えかを。


 失わないために。


 そばにいることでもあった。


***


 朔は。


 自分の紙へ書く。


***


 テオさんには発語が確認できなかった。


 それまで、父親や周囲の者が、本人の希望を推測して答えていた。


 父親の観察を使い、本人が自発的に動かせる左手と、本人が注目していた物を用いて、限定された選択方法を試した。


***


 次。


 本人の反応を見つけるために、家族の知識は必要だった。


 家族の知識が必要だったことは、家族が本人の答えになることを意味しない。


***


 次。


 テオさんは、現在使う名前として「テオ」を選んだ。


 その選択を、白い壁への移動、治療、覚醒、その他の同意へ広げない。


***


 最後。


 声が出ないことを、返事がないことにはしない。


 返事を見つけた者が、返事をした者にもならない。


***


 筆。


 止まる。


***


 市場では。


 サクが。


 声のない子の心を読んだ。


 という名前が。


 起き始めている。


***


 その名前を。


 完全には。


 眠らせられない。


***


 だが。


 テオの返事を。


 サクの力には。


 しない。


***


 左手。


 石。


 布。


 札。


***


 動かしたのは。


 テオだった。


***


 翌朝。


 治療室。


 ラド。


 テオ。


***


 朔が入る。


***


「テオさん」


 呼ぶ。


***


 テオ。


 左手。


 石。


 机へ。


 二度。


***


 朔は。


 その動きを。


 自分への返事だとは。


 すぐに決めない。


***


「もう一度。呼んでほしいですか」


***


 石。


 続ける。


 布。


 止める。


***


 テオの左手。


 石へ。


***


 朔は。


 もう一度。


 呼ぶ。


***


「テオさん」


***


 音のない口。


 左手。


 白い線の石。


***


 返事は。


 確かに。


 朔の声ではなかった。

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