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第八章 起きている名前 ④ 本人のいない署名


 朝。


 ルカ・フェンが。


 折り畳んだ紙を持って。


 治療区画へ来た。


***


 右耳。


 銀の輪。


 指先。


 青い染料。


 いつもなら。


 経路灯の札か。


 通行時間の確認を。


 持ってくる。


***


 今日は。


 紙を。


 朔へ渡さなかった。


「確認したいことがあります」


「はい」


「これは。朔さんが出した申請ですか」


***


 机の上。


 紙を開く。


 上部。


 旧観測室側室・一時経路点灯申請


 目的。


 眠り名照会


 希望時間。


 今日。


 午後。


 同行予定者。


 六名。


 持ち込み物。


 名前札。


 髪。


 衣服片。


 故人の記録写し。


***


 申請者。


 黒川朔


***


 下。


 署名。


 黒川朔


***


「俺は」


 朔は言った。


「出していません」


***


「署名も?」


「していません」


「この紙を見たのは」


「今が初めてです」


「申請の内容を」


「聞いていません」


「同行者へ。許可を出しましたか」


「出していません」


***


 リオが。


 紙へ手を伸ばす前に。


「見てもええか」


 と尋ねる。


「はい」


 ルカ。


***


 リオは。


 署名を見る。


 朔が書いた。


 名前の紙。


 胸元。


 出さない。


「似とるか」


 ルカが尋ねる。


「比べてへん」


「筆跡で」


「俺が持っとる紙を。証明の道具にするんか」


 ルカは。


 少し止まる。


「今は。しません」


***


「筆跡が違えば」


 朔が言う。


「俺が書いていない可能性は高くなります」


「はい」


「同じなら」


「本人が書いた可能性」


「同じに見えるよう写した可能性もあります」


「では」


「俺が今。書いていないと申告したことを残してください」


***


「嘘を言っている可能性」


 グラドなら。


 そう尋ねるかもしれない。


 だが。


 ルカは。


「残します」


 と答えた。


***


「経路灯は」


 朔。


「点けましたか」


「いいえ」


「なぜ」


「申請者が。受付へ来ていないからです」


「署名はある」


 リオ。


「あります」


「なら。普通は」


「点灯準備へ進みます」


「今日は」


「申請者欄が朔さんなのに。提出したのが別の人でした」


***


「代理提出」


「記載なし」


「同行者」


「六名」


「提出した人は」


「その中の一人です」


「名前」


「ナサさん」


***


 バド・ウル。


 亡くなった夫の。


 髪を。


 紙袋へ入れていた女性。


 声を。


 もう一度。


 聞きたいと言った。


***


「ナサさんが」


 朔。


「俺の名前を書いた?」


「そこは。まだ確認していません」


「まだ」


 ルカ。


「確認の途中という意味です」


「はい」


***


「私は」


 ルカは言う。


「申請を拒否していません」


「保留?」


「経路を点灯する前に。申請者本人へ確認するため止めました」


「いつまで」


「今。確認できました」


「次は」


「誰が。どのように。あなたの名前を入れたかを確認します」


***


 申請を。


 止めたことと。


 申請内容を。


 不要と判断したことは。


 同じではない。


***


 午後の点灯時間まで。


 四刻。


 ナサたちは。


 外区画の受付で。


 待っている。


***


「会います」


 朔が言った。


「申請を認めるため?」


「違います」


「取り下げさせる?」


「誰の申請かを。確認するためです」


***


 外区画。


 待合室。


 長椅子。


 水差し。


 壁。


 旧紙市場より。


 白い。


***


 ナサ。


 紙袋。


 胸元。


 その隣。


 アロ・センの兄。


 ゼン・セン。


 ほか。


 四人。


***


 一人。


 若い女性。


 カナ・レイ


 と書かれた布を持っている。


 本人は。


 北の道で。


 四か月。


 行方が分からない。


***


 一人。


 老人。


 シーラ


 とだけ書かれた木片。


 妹。


 生きていれば。


 七十を超える。


 戦乱の時に。


 別れた。


 死亡。


 不明。


***


 一人。


 父親。


 テオ


 子ども。


 高熱の後。


 言葉が。


 出なくなった。


 身体は。


 起きている。


***


 一人。


 紙だけ。


 持つ男。


 ミナ・ポル


 本人は。


 治療区画。


 眠りではなく。


 強い痛み止めの後。


 反応が少ない。


***


 六つの名前。


 六つの状態。


 同じ申請。


 眠り名照会


***


「申請者」


 ルカが尋ねる。


「黒川朔と書かれています」


「はい」


 ナサ。


「誰が申請しましたか」


「私たちです」


「朔さんは」


「私たちの名前を聞きました」


***


「聞いたことと」


 朔は言う。


「申請したことは違います」


「でも」


 ナサ。


「あなたが。聞かなかったことにはしないって」


「言いました」


「だから」


「側室へ。名前を持って行くことを認めたとは言っていません」


***


「聞くだけで」


 ナサの手が。


 紙袋を握る。


「何が変わるんですか」


「分かりません」


「記録するだけ」


「はい」


「声は戻らない」


「はい」


「なら。次へ進みたい」


***


「側室へ」


「白い壁へ」


「名前を見せたい?」


「はい」


「髪も」


「はい」


「誰かが。そうすれば声が戻ると言いましたか」


「言っていません」


「では」


「分からないから。確かめたい」


***


 確認したい。


 それ自体は。


 朔にもある。


 成人の手。


 黒川朔。


 K.K.


 白い壁。


 触れたい。


 見たい。


 起こしたい。


***


「俺も」


 朔は言う。


「分からないことを。確かめたいと思っています」


「なら」


「名前や髪を。側室へ持ち込むことで何が起きるかは。確認されていません」


「だから行く」


「戻せるかも。確認されていません」


「何も起きないかもしれない」


「はい」


「それなら」


「何か起きる可能性もあります」


***


「悪いこと?」


「分かりません」


「じゃあ」


「分からないことを。本人の確認なしで。六人分まとめて行いません」


***


「本人は」


 ゼン。


「答えられない」


「はい」


「だから家族が」


「相談者の希望として。残します」


「それじゃ進まない」


「進める行為を。本人の同意に変えません」


***


「アロは」


 ゼンが言う。


「昨日。俺を見た」


「はい」


「水と言った」


「はい」


「生きたいってことだろ」


「可能性はあります」


「それも。本人の希望じゃない?」


「水を求めたことは。本人の言葉として残せます」


「起こしてほしいは」


「そこまでは確認できません」


***


 ゼンは。


 不使用となった。


 サク式の紙を。


 もう持っていない。


 新しい相談票。


 そこには。


 自分の名前がある。


 ゼン・セン


***


「今日は」


 ゼン。


「俺が申請した」


「はい」


「でも。黒川朔が申請者になってる」


「はい」


「俺は。お前の名前を書いてない」


***


「ナサさん」


 ルカ。


「署名を書いたのは」


「私ではありません」


「では」


「受付の人です」


***


 仮受付。


 相談入口ができた後。


 外区画に。


 急いで置かれた机。


 担当者。


 レム・サイ


***


 呼ばれる。


 四十代。


 灰色の髪。


 左目。


 小さな曇り。


 腰。


 鍵束。


 仮受付を。


 二日前から担当している。


***


「私が書きました」


 レムが言った。


***


「申請者欄も」


 ルカ。


「はい」


「署名も」


「はい」


「朔さんの許可は」


「直接は。得ていません」


「直接ではない許可?」


「公示です」


***


「どの文」


 朔。


「起きない人の名前を。聞かなかったことにはしない」


「それを」


「相談を受ける意思と理解しました」


「側室へ持ち込むことも」


「相談の先に。確認が必要だと」


「俺が同行する?」


「黒川朔さんの名に関係する現象です」


「だから」


「申請者として入れました」


***


「署名は」


「公示の下にあった名前を写しました」


***


 黒川朔。


 本人が。


 公示へ書いた署名。


 レムは。


 それを見て。


 別の紙へ。


 写した。


***


「偽ったつもりは」


 レム。


「ありません」


「誰が書いた署名ですか」


 ルカ。


「私です」


「署名欄には」


「黒川朔」


「あなたの名は」


「ありません」


***


「申請者を示す欄だと思いました」


「申請者が。本人の手で書く欄です」


「代筆は許されています」


「本人の依頼がある場合」


「本人は。公示で相談を受けると言っている」


***


「言っていません」


 朔。


「では」


 レムの声が。


 少し硬くなる。


「相談入口は。何のためにあるのですか」


「困っていることを聞いて。行き先を分けるためです」


「この人たちは。側室で確認したい」


「はい」


「なら。確認の申請を出す」


「はい」


「あなたが関係者」


「はい」


「あなたの公示から始まった」


「はい」


「だから申請者」


「違います」


***


「始まったことと」


 朔は言う。


「申請したことは違います」


***


「では」


 レム。


「誰を申請者にするのですか」


「申請した人です」


「六人?」


「はい」


「共同申請欄はありません」


***


 紙。


 申請者。


 一名。


 署名。


 一名。


 連絡先。


 一つ。


***


「代表を決める必要があります」


 レム。


「では。代表者を」


 ルカ。


「誰に」


「相談者の中から」


「故人。行方不明者。応答できない人。子どもの家族」


「本人ではなく?」


「申請する人です」


***


「黒川朔さんは」


 レム。


「全ての件を知っている」


「全ては知りません」


「名前を聞いた」


「一部だけです」


「王都内で通行権がある」


「あります」


「側室へ入った経験」


「あります」


「なら。最も通しやすい」


***


「通しやすいから」


 リオが言う。


「こいつの名前を鍵にしたんか」


 レムは。


「鍵ではありません」


「その紙で。扉が開くんやろ」


「審査に進みます」


「名前がなければ」


「進みません」


***


「ほな」


 リオは。


 申請書を見る。


「鍵や」


***


 名前。


 書式。


 通行。


 経路灯。


 扉。


 朔の名前が。


 噂の中だけではなく。


 実際の道を。


 開きかけていた。


***


「俺の名前がなければ」


 朔が尋ねる。


「この人たちは申請できませんか」


「代表者を一人決めれば」


 レム。


「できます」


「王都内の通行登録」


「外区画の者にはありません」


「では」


「登録者の紹介が必要です」


***


「紹介者欄は」


「ありません」


「申請者へ入れる?」


「通常は。登録者が申請します」


「本人たちの希望は」


「同行者欄へ」


***


 本人のいない申請者。


 希望した者は。


 同行者。


 通行権を持つ名が。


 申請した者。


***


「この書式が」


 ネラが言う。


「誰かの名前を借りさせています」


「借りなければ」


 レム。


「内区画へ。誰でも申請できることになる」


「申請できることと」


 セオ。


「通行を許可することは違います」


「審査が増える」


「はい」


「虚偽申請も」


「増える可能性があります」


「では」


「申請の入口で。通行権を持つ誰かの名を要求する理由にはなりません」


***


「王都の安全は」


 レム。


「誰が責任を持つ」


「審査する者です」


 ルカ。


「申請者では?」


「申請者は。望みと事実を出します」


「登録者の紹介があれば」


「安全になる?」


***


 レムが。


 答えを止める。


***


「黒川朔さんが」


 ルカ。


「本当に署名していても。同行者六人の行為が安全だとは限りません」


「関係者として」


「知っていることと。保証できることは違います」


***


 多く知ることは。


 本人になることではない。


 名前を貸すことも。


 安全を保証することではない。


***


「私は」


 レムが言う。


「通すために。書きました」


「はい」


 朔。


「この人たちは。何日も待っている」


「はい」


「側室へ行きたい」


「はい」


「規則の中で。最も早い方法」


「はい」


「それでも」


「俺が申請したことにはしないでください」


***


「結果として」


 レム。


「経路は開かなかった」


「ルカさんが確認したからです」


「なら。防げた」


「今回は」


***


 もし。


 ルカが。


 申請者本人を。


 確認しなければ。


 経路灯。


 点灯。


 六人。


 名前札。


 髪。


 衣服片。


 旧観測室。


 側室。


***


 何が起きたか。


 分からない。


 何も。


 起きなかったかもしれない。


 白い文字。


 黒い人影。


 別の声。


 別の名前。


 出たかもしれない。


***


「ルカさん」


 朔。


「なぜ。本人確認をしたんですか」


「以前」


 ルカは言う。


「あなたが。経路を使う時は。自分で歩くと決めました」


「はい」


「今回は。申請者が来ていなかった」


「それだけ?」


「署名の線が」


 ルカは。


 紙を見る。


「きれいすぎました」


***


「きれい」


「公示と。同じ形です」


「写したから」


「はい」


「本人が同じ名前を書けば」


「少しずつ違います」


「では。筆跡で」


「それだけでは決めません」


「なぜ」


「私が。疑った理由です。偽署名の証明ではありません」


***


 ルカは。


 申請書の余白へ書く。


 申請者不在。本人による提出・委任・署名を確認できず。経路点灯前に照会。


 次。


 黒川朔本人は、申請・署名・同行許可を否定。


***


「否定」


 朔。


「申請内容そのものを否定したように見えます」


 ルカが。


 書き直す。


 黒川朔本人は、本申請を自身が作成・提出・委任・承認した事実はないと申告。申請目的に対する最終的な賛否は別途未確認。


***


「長い」


 レム。


「はい」


 ルカ。


「ですが。申請していないことと。申請内容へ反対することは違います」


***


「では」


 ナサが尋ねる。


「あなたは。反対ですか」


 朔は。


 六つの名前を見る。


 バド・ウル。


 アロ・セン。


 カナ・レイ。


 シーラ。


 テオ。


 ミナ・ポル。


***


「今。この六件をまとめて側室へ持ち込むことには反対します」


「一件なら」


「状態を確認して。何を確かめたいか。本人の希望。危険。戻せる方法かを分けます」


「いつ」


「申請を。あなたたちの申請として受け付けた後です」


***


「黒川朔の名前なしで?」


 ゼン。


「はい」


「通る?」


 セオが答える。


「申請は受け付けます」


「許可は」


「審査します」


「誰が」


「旧観測室管理。治療。記録。経路。必要なら本人側の代理ではない関係者」


***


「また時間がかかる」


 ゼン。


「はい」


 朔。


「アロの時間は」


「同じではありません」


「それでも」


「一つの紙で。故人と行方不明者と子どもと治療中の人を。同じ方法へ入れません」


***


「バドは」


 ナサ。


「もう身体がない」


「はい」


「危険はない」


「髪。名前。あなたの希望を。白い壁へ持ち込むことで起きることは分かりません」


「死んでいるのに」


「バドさんの身体への危険とは限りません」


「誰の」


「ナサさん。同行者。ユイさん。ネラさん。側室。ほかの記録。分かりません」


***


「怖がってる」


 ナサ。


「はい」


「私が?」


「俺も」


「だから止める」


「怖いことだけが理由ではありません」


「では」


「六つの違う問いを。一つの実験にしないためです」


***


 ナサは。


 紙袋を。


 机へ置かない。


 胸へ持つ。


***


「あなたの名前を」


 彼女は言う。


「借りたつもりはありません」


「はい」


「あなたの言葉を。使った」


「はい」


「違いますか」


「違う部分があります」


「どこが」


「俺の言葉を使ったことと。俺が申請したことは違います」


***


「なら」


「使った人の名前を。横へ置いてください」


「私の?」


「はい」


「レムさんの?」


「はい」


「ほかの人も」


「はい」


***


 申請書。


 訂正。


 元の申請者欄。


 黒川朔。


 消さない。


 上から。


 線を一本。


 完全には。


 読めるまま。


***


 注記。


 本人による申請ではない。公示内容および既存相談票を根拠として、受付担当レム・サイが記入。


***


 新しい欄。


 申請を希望した者


 ナサ。


 ゼン・セン。


 カナ・レイの姉。


 エマ・レイ


 シーラの兄。


 ボウ・ナン


 テオの父。


 ラド・エン


 ミナ・ポルの夫。


 ソウ・ポル


***


 六人。


 自分の名前を。


 書く。


 書けない者は。


 カイ・ノルが。


 代筆する。


 代筆者。


 自分の名も。


 置く。


***


「申請者は」


 レム。


「六名?」


「はい」


 ルカ。


「代表者は」


「連絡を受ける人を決めます」


「申請した人の代表?」


「連絡先です」


「権限は」


「他の五人の希望を。変更できません」


***


「連絡先」


 ナサ。


「私が」


「ほかの人は」


「同意します」


「それぞれ確認」


 一人ずつ。


 聞く。


 同意。


 その時点。


 記録。


***


「黒川朔さんは」


 レム。


「関係者欄へ」


「何を知っている人として?」


 朔。


「公示を出した」


「はい」


「側室へ入った」


「はい」


「白い表示を見た」


「はい」


「申請に賛成」


「していません」


「反対」


「六件一括には反対しました」


***


 新しい欄。


 参照された公示・記録・発言


 黒川朔による現在の申告。


 起きない人の名前を聞かなかったことにはしない。


 ただし。


 本申請への承認を示さない。


***


「名前を」


 レムが言う。


「申請者から外しても。紙には残る」


「はい」


 朔。


「関わったから?」


「俺の言葉が使われました」


「なら」


「どう使われたかを残します」


***


「承認ではない」


「はい」


「保証でも」


「ありません」


「でも。無関係ではない」


「はい」


***


 名前を。


 紙から。


 全部消せば。


 使われなかったことになる。


 申請者のまま残せば。


 本人が出したことになる。


***


 だから。


 使われた位置を。


 変える。


***


 誰の言葉が。


 何の根拠にされたか。


 その本人が。


 何を認め。


 何を認めていないか。


 分ける。


***


「書式を変えます」


 ルカ。


「今日から?」


 レム。


「仮で」


***


 旧。


 申請者


 一名。


 登録者。


 署名。


***


 新。


 この行為を希望している者


 複数可。


 本人。


 家族。


 関係者。


 所属。


 不明。


 それぞれ。


***


 対象となる者・物・記録


 本人の名。


 状態。


 本人の同意。


 直接確認。


 以前の言葉。


 推測。


 確認できず。


***


 参照した他者の発言・公示・記録


 引用。


 要約。


 誰が。


 どう使ったか。


***


 参照された本人の承認


 あり。


 なし。


 求めていない。


 確認できず。


***


 連絡を受ける者


 申請を変更する権限とは。


 分ける。


***


 通行を審査した者


 経路を点灯した者


 現場で中止を決める者


 それぞれ。


 名前。


***


「申請者欄をなくす?」


 グラド。


「一名へ集めない」


 ルカ。


「責任が曖昧になる」


「逆です」


 ネラ。


「今までは。登録者一人の名の後ろへ。複数の希望と判断が隠れました」


***


「誰が責任を」


「希望を出した責任」


「審査した責任」


「通行を許可した責任」


「現場で行った責任」


「別々です」


***


「一枚で」


「索引は作れます」


「また長い」


「短い通行札には」


 ルカ。


「許可された範囲だけを書きます」


***


 通行札。


 目的。


 場所。


 人数。


 持ち込み物。


 禁止事項。


 中止条件。


 時間。


***


 そこに。


 有名な誰かの名前を。


 大きく置かない。


***


「外区画の人も」


 レム。


「申請できる?」


「はい」


 セオ。


「全て通す?」


「いいえ」


「紹介者なし」


「審査します」


「時間が」


「増えます」


「人手」


「必要です」


「費用」


「出ます」


***


「それでも」


 リオ。


「名前盗られるよりましやろ」


 レムが。


 少し顔をしかめる。


「私は。盗んでいません」


***


「そうやな」


 リオ。


「通すために使うた」


「はい」


「でも」


 リオは。


 申請書の。


 黒川朔を見る。


「鍵のない奴が頼めん戸なら。人は誰かの名前を鍵にする」


***


 誰かを。


 罰すれば。


 次の者が。


 別の名前を使う。


 王都の役人。


 勇者候補。


 治療官。


 金のある商人。


 白い塔の子。


***


 扉が。


 権威のある名を。


 要求する限り。


 借りられる名前は。


 なくならない。


***


「私は」


 レムが言う。


「申請を通したかった」


「はい」


 朔。


「規則を破った?」


 グラド。


「本人の依頼なしに署名を代筆しました」


「違反です」


「はい」


「処分」


 朔は。


 口を挟まない。


***


 それは。


 管理側が決めること。


 だが。


 記録へ。


 目的。


 書式の不足。


 通行権の条件。


 申請者本人不在。


 ルカが止めたこと。


 全て。


 残す。


***


「レムさんだけの問題に」


 セオが言う。


「しません」


「違反は」


「違反として扱います」


「書式は」


「変更します」


「人手不足」


「記録します」


「早く通すよう求められた」


「それも」


***


「私が」


 レム。


「悪くないと言う?」


「言いません」


 朔。


「悪い人だと?」


「決めません」


「では」


「俺の名前を。俺が申請した署名として書いたことは。認めません」


「はい」


「この人たちを通したかったことは」


「はい」


「規則が。通行登録者の名前を必要としていたことは」


「はい」


「全部。残してください」


***


 レムは。


 自分の名前を。


 訂正記録へ書く。


 レム・サイ


 手が。


 少し震える。


***


「私が書いた」


「はい」


「黒川朔さんは書いていない」


「はい」


「でも」


 レムは。


 ナサたちを見る。


「申請は。消えない」


「消しません」


 ルカ。


「彼らの申請として。受け付けます」


***


 六件一括。


 そのまま。


 審査しない。


***


 最初に。


 分ける。


***


 バド・ウル。


 死亡確認あり。


 望み。


 声を聞きたい。


 持ち込み。


 髪。


 旧観測室側室の現象との関連。


 未確認。


***


 アロ・セン。


 生存。


 反応。


 変動。


 治療中。


 本人の現在同意。


 確認できず。


 兄の希望。


 白い手様現象を試したい。


***


 カナ・レイ。


 行方不明。


 生死。


 不明。


 捜索記録。


 先に確認。


***


 シーラ。


 長期不在。


 戦乱時。


 記録。


 複数地域。


 照合。


***


 テオ。


 身体は起きている。


 発語。


 なし。


 本人の意思確認。


 別の方法を検討。


 眠り名照会へ入れない。


***


 ミナ・ポル。


 治療のため。


 反応低下。


 薬。


 経過。


 本人の事前希望。


 治療記録。


***


「六件」


 ナサ。


「別々になった」


「はい」


「側室へ行くのは」


「今は。どれも決めていません」


「全部、駄目」


「駄目とは決めていません」


「また。まだ」


 ゼン。


「はい」


 朔。


「でも。六人のまだを。同じ待ち時間にはしません」


***


 アロは。


 今日。


 身体を確認する。


 ミナは。


 薬の影響を。


 治療側が見る。


 テオは。


 言葉以外の意思確認を。


 試す。


 カナ。


 捜索記録。


 シーラ。


 照合。


 バド。


 ナサの望みと。


 記録。


 祈り。


 側室の実験とは。


 分ける。


***


「側室の申請は」


 ナサ。


「私の名前で出せますか」


「はい」


 ルカ。


「黒川朔さんの名前なしで」


「参照した発言としては残ります」


「承認なし」


「はい」


「それで」


「審査します」


***


「通らなかったら」


「理由を残します」


「通ったら」


「許可した者の名前を残します」


「何か起きたら」


「見た者ごとに」


***


 ナサは。


 紙袋を。


 机の上へ置く。


 初めて。


 手を離す。


***


「バド・ウル」


 彼女が言う。


「私の夫です」


「はい」


「声を聞きたいのは」


「ナサさん」


「はい」


「バドさんが。戻りたいと言った?」


「確認できません」


「側室へ髪を持って行きたい?」


「私が」


***


 新しい紙。


 本人の希望。


 確認できず。


 相談者の希望。


 声を聞く可能性を確かめたい。


 持ち込みを希望。


 髪。


 本人との関係。


 夫婦。


 死亡確認。


 あり。


***


 署名。


 ナサ


***


 代筆ではない。


 自分で。


 ゆっくり。


 書く。


***


「私の名前で」


「はい」


「通らないかもしれない」


「はい」


「黒川朔なら」


「通りやすかった可能性があります」


「じゃあ」


「それでも。ナサさんの申請です」


***


 ナサは。


 朔を見る。


「あなたの名前を使えば。早くなると思いました」


「はい」


「早くしたかった」


「はい」


「悪かった?」


 朔は。


 すぐには。


 人を決めない。


「俺が申請したことにされたのは。認めません」


「私の望みは」


「消しません」


***


「謝るべき?」


「俺が決めることではありません」


「あなたに」


 ナサ。


「名前を使ったことを」


 朔は。


 少し考える。


「今。どう使ったかを聞きました」


「怒ってる?」


「少し」


「それでも。申請を残す?」


「はい」


***


「難しい」


「はい」


 ナサは。


 自分の署名を見る。


「でも。これは私が書いた」


「はい」


***


 夕方。


 経路灯は。


 点かなかった。


***


 申請が。


 偽物だったからではない。


 申請者名が。


 訂正されたからでも。


***


 六件を。


 一つの目的で。


 同じ場所へ。


 同じ方法で。


 運ぶ根拠が。


 まだなかった。


***


 申請は。


 消えない。


 一件ずつ。


 別の記録へ。


 進む。


***


 最初の申請書。


 黒川朔。


 二つ。


 申請者。


 署名。


***


 どちらも。


 線で消され。


 読めるまま。


 残る。


***


 その横。


 本人のいない署名。


 受付担当者による転記。


 本人の委任なし。


 と書かれる。


***


 作成者。


 レム・サイ。


 提出者。


 ナサ。


 同行希望者。


 六名。


 経路点灯を保留した者。


 ルカ・フェン。


 訂正に参加した者。


 名前。


 複数。


***


 朔の名も。


 消えない。


***


 だが。


 申請した者としてではなく。


 言葉を参照され。


 承認したことにされた者として。


 位置を変える。


***


 夜。


 リオが。


 朔の名前の紙を。


 胸元から出す。


「同じ名前や」


「はい」


「申請書のやつは」


「俺が書いていません」


「こっちは」


「俺が書きました」


「字が同じでも」


「持ち方が違います」


***


「向こうの紙も」


 リオ。


「お前の名前やろ」


「はい」


「返せって言うか」


 朔は。


 考える。


「紙から消してほしいとは。今は言いません」


「何で」


「俺の名前が使われたことを。なかったことにしたくないからです」


「残したら」


「また使われる?」


「その可能性があります」


「なら」


「使われ方と。誰が使ったかを。隣に残します」


***


「名前を鍵にすんな」


 リオ。


「はい」


「でも。戸は閉じとる」


「はい」


「鍵なしで。全員通す?」


「しません」


「ほな」


「名前ではなく。何をしたいか。誰に関わるか。危険。戻せるかで審査します」


***


「時間かかるぞ」


「はい」


「借りた方が早い」


「はい」


「また借りる」


「あります」


***


 だから。


 借りた者だけを。


 責めるのでは。


 足りない。


***


 名前を借りなければ。


 願いを出すことすらできない扉を。


 変える。


***


 有名な名。


 王都の名。


 勇者の名。


 治療官の名。


 白い塔の子の名。


 そのどれも。


 申請へ入れなくても。


 話を聞く。


***


 聞くことは。


 通すことではない。


 拒むことでもない。


***


 願いを出した者の名で。


 願いを受け取る。


 許可する者は。


 自分の名で。


 許可する。


 止める者も。


 自分の名で。


 止める。


***


 誰かの名の後ろへ。


 判断を隠さない。


***


 朔は。


 自分の紙へ書く。


 俺の名前を署名として使った申請が、旧観測室側室への経路点灯手続きへ進んでいた。


 俺は申請、署名、委任、承認をしていなかった。


***


 次。


 申請を希望した者たちは、俺の公示および発言を、自分たちの希望を進める根拠として使った。


 受付担当者は、通行登録者一名を必要とする書式のため、俺の名を申請者および署名欄へ転記した。


***


 次。


 申請者名の誤りと、申請した者たちの希望は分けて扱った。


 俺の名を申請者から外しても、彼らの申請は消さなかった。


***


 最後。


 本人のいない署名を止めるために、本人の名前を持たない者の願いも受け付ける。


***


 筆を止める。


***


 本人の名前を持たない者。


 という言葉は。


 名前がない者。


 ではない。


***


 扉を開ける力を持つ名を。


 持っていない者。


***


 ナサには。


 ナサの名前がある。


 ゼンには。


 ゼンの名前がある。


 それだけでは。


 内区画への申請を。


 始められなかった。


***


 だから。


 黒川朔を。


 借りた。


***


 本人のいない署名は。


 一人の嘘だけで。


 生まれたのではなかった。


 急ぐ家族。


 短い書式。


 閉じた扉。


 登録された名前。


 通したい受付。


 公示から切り取られた言葉。


***


 それらが。


 一つの欄へ。


 黒川朔と書いた。


***


 名前は。


 噂よりも。


 遠くへ歩ける。


***


 署名になれば。


 灯りが点く。


 道が開く。


 人が動く。


***


 だから。


 借りた名前の隣へ。


 使った者の名を置くだけでは。


 足りない時がある。


***


 名前を借りなければ。


 声を出せない仕組みそのものを。


 変えなければならない。


***


 本人のいない署名で。


 扉を開かせないために。


***


 本人の名前だけでは。


 扉の前から追い返される者を。


 作らないために。

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