第八章 起きている名前 ④ 本人のいない署名
朝。
ルカ・フェンが。
折り畳んだ紙を持って。
治療区画へ来た。
***
右耳。
銀の輪。
指先。
青い染料。
いつもなら。
経路灯の札か。
通行時間の確認を。
持ってくる。
***
今日は。
紙を。
朔へ渡さなかった。
「確認したいことがあります」
「はい」
「これは。朔さんが出した申請ですか」
***
机の上。
紙を開く。
上部。
旧観測室側室・一時経路点灯申請
目的。
眠り名照会
希望時間。
今日。
午後。
同行予定者。
六名。
持ち込み物。
名前札。
髪。
衣服片。
故人の記録写し。
***
申請者。
黒川朔
***
下。
署名。
黒川朔
***
「俺は」
朔は言った。
「出していません」
***
「署名も?」
「していません」
「この紙を見たのは」
「今が初めてです」
「申請の内容を」
「聞いていません」
「同行者へ。許可を出しましたか」
「出していません」
***
リオが。
紙へ手を伸ばす前に。
「見てもええか」
と尋ねる。
「はい」
ルカ。
***
リオは。
署名を見る。
朔が書いた。
名前の紙。
胸元。
出さない。
「似とるか」
ルカが尋ねる。
「比べてへん」
「筆跡で」
「俺が持っとる紙を。証明の道具にするんか」
ルカは。
少し止まる。
「今は。しません」
***
「筆跡が違えば」
朔が言う。
「俺が書いていない可能性は高くなります」
「はい」
「同じなら」
「本人が書いた可能性」
「同じに見えるよう写した可能性もあります」
「では」
「俺が今。書いていないと申告したことを残してください」
***
「嘘を言っている可能性」
グラドなら。
そう尋ねるかもしれない。
だが。
ルカは。
「残します」
と答えた。
***
「経路灯は」
朔。
「点けましたか」
「いいえ」
「なぜ」
「申請者が。受付へ来ていないからです」
「署名はある」
リオ。
「あります」
「なら。普通は」
「点灯準備へ進みます」
「今日は」
「申請者欄が朔さんなのに。提出したのが別の人でした」
***
「代理提出」
「記載なし」
「同行者」
「六名」
「提出した人は」
「その中の一人です」
「名前」
「ナサさん」
***
バド・ウル。
亡くなった夫の。
髪を。
紙袋へ入れていた女性。
声を。
もう一度。
聞きたいと言った。
***
「ナサさんが」
朔。
「俺の名前を書いた?」
「そこは。まだ確認していません」
「まだ」
ルカ。
「確認の途中という意味です」
「はい」
***
「私は」
ルカは言う。
「申請を拒否していません」
「保留?」
「経路を点灯する前に。申請者本人へ確認するため止めました」
「いつまで」
「今。確認できました」
「次は」
「誰が。どのように。あなたの名前を入れたかを確認します」
***
申請を。
止めたことと。
申請内容を。
不要と判断したことは。
同じではない。
***
午後の点灯時間まで。
四刻。
ナサたちは。
外区画の受付で。
待っている。
***
「会います」
朔が言った。
「申請を認めるため?」
「違います」
「取り下げさせる?」
「誰の申請かを。確認するためです」
***
外区画。
待合室。
長椅子。
水差し。
壁。
旧紙市場より。
白い。
***
ナサ。
紙袋。
胸元。
その隣。
アロ・センの兄。
ゼン・セン。
ほか。
四人。
***
一人。
若い女性。
カナ・レイ
と書かれた布を持っている。
本人は。
北の道で。
四か月。
行方が分からない。
***
一人。
老人。
シーラ
とだけ書かれた木片。
妹。
生きていれば。
七十を超える。
戦乱の時に。
別れた。
死亡。
不明。
***
一人。
父親。
テオ
子ども。
高熱の後。
言葉が。
出なくなった。
身体は。
起きている。
***
一人。
紙だけ。
持つ男。
ミナ・ポル
本人は。
治療区画。
眠りではなく。
強い痛み止めの後。
反応が少ない。
***
六つの名前。
六つの状態。
同じ申請。
眠り名照会
***
「申請者」
ルカが尋ねる。
「黒川朔と書かれています」
「はい」
ナサ。
「誰が申請しましたか」
「私たちです」
「朔さんは」
「私たちの名前を聞きました」
***
「聞いたことと」
朔は言う。
「申請したことは違います」
「でも」
ナサ。
「あなたが。聞かなかったことにはしないって」
「言いました」
「だから」
「側室へ。名前を持って行くことを認めたとは言っていません」
***
「聞くだけで」
ナサの手が。
紙袋を握る。
「何が変わるんですか」
「分かりません」
「記録するだけ」
「はい」
「声は戻らない」
「はい」
「なら。次へ進みたい」
***
「側室へ」
「白い壁へ」
「名前を見せたい?」
「はい」
「髪も」
「はい」
「誰かが。そうすれば声が戻ると言いましたか」
「言っていません」
「では」
「分からないから。確かめたい」
***
確認したい。
それ自体は。
朔にもある。
成人の手。
黒川朔。
K.K.
白い壁。
触れたい。
見たい。
起こしたい。
***
「俺も」
朔は言う。
「分からないことを。確かめたいと思っています」
「なら」
「名前や髪を。側室へ持ち込むことで何が起きるかは。確認されていません」
「だから行く」
「戻せるかも。確認されていません」
「何も起きないかもしれない」
「はい」
「それなら」
「何か起きる可能性もあります」
***
「悪いこと?」
「分かりません」
「じゃあ」
「分からないことを。本人の確認なしで。六人分まとめて行いません」
***
「本人は」
ゼン。
「答えられない」
「はい」
「だから家族が」
「相談者の希望として。残します」
「それじゃ進まない」
「進める行為を。本人の同意に変えません」
***
「アロは」
ゼンが言う。
「昨日。俺を見た」
「はい」
「水と言った」
「はい」
「生きたいってことだろ」
「可能性はあります」
「それも。本人の希望じゃない?」
「水を求めたことは。本人の言葉として残せます」
「起こしてほしいは」
「そこまでは確認できません」
***
ゼンは。
不使用となった。
サク式の紙を。
もう持っていない。
新しい相談票。
そこには。
自分の名前がある。
ゼン・セン
***
「今日は」
ゼン。
「俺が申請した」
「はい」
「でも。黒川朔が申請者になってる」
「はい」
「俺は。お前の名前を書いてない」
***
「ナサさん」
ルカ。
「署名を書いたのは」
「私ではありません」
「では」
「受付の人です」
***
仮受付。
相談入口ができた後。
外区画に。
急いで置かれた机。
担当者。
レム・サイ
***
呼ばれる。
四十代。
灰色の髪。
左目。
小さな曇り。
腰。
鍵束。
仮受付を。
二日前から担当している。
***
「私が書きました」
レムが言った。
***
「申請者欄も」
ルカ。
「はい」
「署名も」
「はい」
「朔さんの許可は」
「直接は。得ていません」
「直接ではない許可?」
「公示です」
***
「どの文」
朔。
「起きない人の名前を。聞かなかったことにはしない」
「それを」
「相談を受ける意思と理解しました」
「側室へ持ち込むことも」
「相談の先に。確認が必要だと」
「俺が同行する?」
「黒川朔さんの名に関係する現象です」
「だから」
「申請者として入れました」
***
「署名は」
「公示の下にあった名前を写しました」
***
黒川朔。
本人が。
公示へ書いた署名。
レムは。
それを見て。
別の紙へ。
写した。
***
「偽ったつもりは」
レム。
「ありません」
「誰が書いた署名ですか」
ルカ。
「私です」
「署名欄には」
「黒川朔」
「あなたの名は」
「ありません」
***
「申請者を示す欄だと思いました」
「申請者が。本人の手で書く欄です」
「代筆は許されています」
「本人の依頼がある場合」
「本人は。公示で相談を受けると言っている」
***
「言っていません」
朔。
「では」
レムの声が。
少し硬くなる。
「相談入口は。何のためにあるのですか」
「困っていることを聞いて。行き先を分けるためです」
「この人たちは。側室で確認したい」
「はい」
「なら。確認の申請を出す」
「はい」
「あなたが関係者」
「はい」
「あなたの公示から始まった」
「はい」
「だから申請者」
「違います」
***
「始まったことと」
朔は言う。
「申請したことは違います」
***
「では」
レム。
「誰を申請者にするのですか」
「申請した人です」
「六人?」
「はい」
「共同申請欄はありません」
***
紙。
申請者。
一名。
署名。
一名。
連絡先。
一つ。
***
「代表を決める必要があります」
レム。
「では。代表者を」
ルカ。
「誰に」
「相談者の中から」
「故人。行方不明者。応答できない人。子どもの家族」
「本人ではなく?」
「申請する人です」
***
「黒川朔さんは」
レム。
「全ての件を知っている」
「全ては知りません」
「名前を聞いた」
「一部だけです」
「王都内で通行権がある」
「あります」
「側室へ入った経験」
「あります」
「なら。最も通しやすい」
***
「通しやすいから」
リオが言う。
「こいつの名前を鍵にしたんか」
レムは。
「鍵ではありません」
「その紙で。扉が開くんやろ」
「審査に進みます」
「名前がなければ」
「進みません」
***
「ほな」
リオは。
申請書を見る。
「鍵や」
***
名前。
書式。
通行。
経路灯。
扉。
朔の名前が。
噂の中だけではなく。
実際の道を。
開きかけていた。
***
「俺の名前がなければ」
朔が尋ねる。
「この人たちは申請できませんか」
「代表者を一人決めれば」
レム。
「できます」
「王都内の通行登録」
「外区画の者にはありません」
「では」
「登録者の紹介が必要です」
***
「紹介者欄は」
「ありません」
「申請者へ入れる?」
「通常は。登録者が申請します」
「本人たちの希望は」
「同行者欄へ」
***
本人のいない申請者。
希望した者は。
同行者。
通行権を持つ名が。
申請した者。
***
「この書式が」
ネラが言う。
「誰かの名前を借りさせています」
「借りなければ」
レム。
「内区画へ。誰でも申請できることになる」
「申請できることと」
セオ。
「通行を許可することは違います」
「審査が増える」
「はい」
「虚偽申請も」
「増える可能性があります」
「では」
「申請の入口で。通行権を持つ誰かの名を要求する理由にはなりません」
***
「王都の安全は」
レム。
「誰が責任を持つ」
「審査する者です」
ルカ。
「申請者では?」
「申請者は。望みと事実を出します」
「登録者の紹介があれば」
「安全になる?」
***
レムが。
答えを止める。
***
「黒川朔さんが」
ルカ。
「本当に署名していても。同行者六人の行為が安全だとは限りません」
「関係者として」
「知っていることと。保証できることは違います」
***
多く知ることは。
本人になることではない。
名前を貸すことも。
安全を保証することではない。
***
「私は」
レムが言う。
「通すために。書きました」
「はい」
朔。
「この人たちは。何日も待っている」
「はい」
「側室へ行きたい」
「はい」
「規則の中で。最も早い方法」
「はい」
「それでも」
「俺が申請したことにはしないでください」
***
「結果として」
レム。
「経路は開かなかった」
「ルカさんが確認したからです」
「なら。防げた」
「今回は」
***
もし。
ルカが。
申請者本人を。
確認しなければ。
経路灯。
点灯。
六人。
名前札。
髪。
衣服片。
旧観測室。
側室。
***
何が起きたか。
分からない。
何も。
起きなかったかもしれない。
白い文字。
黒い人影。
別の声。
別の名前。
出たかもしれない。
***
「ルカさん」
朔。
「なぜ。本人確認をしたんですか」
「以前」
ルカは言う。
「あなたが。経路を使う時は。自分で歩くと決めました」
「はい」
「今回は。申請者が来ていなかった」
「それだけ?」
「署名の線が」
ルカは。
紙を見る。
「きれいすぎました」
***
「きれい」
「公示と。同じ形です」
「写したから」
「はい」
「本人が同じ名前を書けば」
「少しずつ違います」
「では。筆跡で」
「それだけでは決めません」
「なぜ」
「私が。疑った理由です。偽署名の証明ではありません」
***
ルカは。
申請書の余白へ書く。
申請者不在。本人による提出・委任・署名を確認できず。経路点灯前に照会。
次。
黒川朔本人は、申請・署名・同行許可を否定。
***
「否定」
朔。
「申請内容そのものを否定したように見えます」
ルカが。
書き直す。
黒川朔本人は、本申請を自身が作成・提出・委任・承認した事実はないと申告。申請目的に対する最終的な賛否は別途未確認。
***
「長い」
レム。
「はい」
ルカ。
「ですが。申請していないことと。申請内容へ反対することは違います」
***
「では」
ナサが尋ねる。
「あなたは。反対ですか」
朔は。
六つの名前を見る。
バド・ウル。
アロ・セン。
カナ・レイ。
シーラ。
テオ。
ミナ・ポル。
***
「今。この六件をまとめて側室へ持ち込むことには反対します」
「一件なら」
「状態を確認して。何を確かめたいか。本人の希望。危険。戻せる方法かを分けます」
「いつ」
「申請を。あなたたちの申請として受け付けた後です」
***
「黒川朔の名前なしで?」
ゼン。
「はい」
「通る?」
セオが答える。
「申請は受け付けます」
「許可は」
「審査します」
「誰が」
「旧観測室管理。治療。記録。経路。必要なら本人側の代理ではない関係者」
***
「また時間がかかる」
ゼン。
「はい」
朔。
「アロの時間は」
「同じではありません」
「それでも」
「一つの紙で。故人と行方不明者と子どもと治療中の人を。同じ方法へ入れません」
***
「バドは」
ナサ。
「もう身体がない」
「はい」
「危険はない」
「髪。名前。あなたの希望を。白い壁へ持ち込むことで起きることは分かりません」
「死んでいるのに」
「バドさんの身体への危険とは限りません」
「誰の」
「ナサさん。同行者。ユイさん。ネラさん。側室。ほかの記録。分かりません」
***
「怖がってる」
ナサ。
「はい」
「私が?」
「俺も」
「だから止める」
「怖いことだけが理由ではありません」
「では」
「六つの違う問いを。一つの実験にしないためです」
***
ナサは。
紙袋を。
机へ置かない。
胸へ持つ。
***
「あなたの名前を」
彼女は言う。
「借りたつもりはありません」
「はい」
「あなたの言葉を。使った」
「はい」
「違いますか」
「違う部分があります」
「どこが」
「俺の言葉を使ったことと。俺が申請したことは違います」
***
「なら」
「使った人の名前を。横へ置いてください」
「私の?」
「はい」
「レムさんの?」
「はい」
「ほかの人も」
「はい」
***
申請書。
訂正。
元の申請者欄。
黒川朔。
消さない。
上から。
線を一本。
完全には。
読めるまま。
***
注記。
本人による申請ではない。公示内容および既存相談票を根拠として、受付担当レム・サイが記入。
***
新しい欄。
申請を希望した者
ナサ。
ゼン・セン。
カナ・レイの姉。
エマ・レイ
シーラの兄。
ボウ・ナン
テオの父。
ラド・エン
ミナ・ポルの夫。
ソウ・ポル
***
六人。
自分の名前を。
書く。
書けない者は。
カイ・ノルが。
代筆する。
代筆者。
自分の名も。
置く。
***
「申請者は」
レム。
「六名?」
「はい」
ルカ。
「代表者は」
「連絡を受ける人を決めます」
「申請した人の代表?」
「連絡先です」
「権限は」
「他の五人の希望を。変更できません」
***
「連絡先」
ナサ。
「私が」
「ほかの人は」
「同意します」
「それぞれ確認」
一人ずつ。
聞く。
同意。
その時点。
記録。
***
「黒川朔さんは」
レム。
「関係者欄へ」
「何を知っている人として?」
朔。
「公示を出した」
「はい」
「側室へ入った」
「はい」
「白い表示を見た」
「はい」
「申請に賛成」
「していません」
「反対」
「六件一括には反対しました」
***
新しい欄。
参照された公示・記録・発言
黒川朔による現在の申告。
起きない人の名前を聞かなかったことにはしない。
ただし。
本申請への承認を示さない。
***
「名前を」
レムが言う。
「申請者から外しても。紙には残る」
「はい」
朔。
「関わったから?」
「俺の言葉が使われました」
「なら」
「どう使われたかを残します」
***
「承認ではない」
「はい」
「保証でも」
「ありません」
「でも。無関係ではない」
「はい」
***
名前を。
紙から。
全部消せば。
使われなかったことになる。
申請者のまま残せば。
本人が出したことになる。
***
だから。
使われた位置を。
変える。
***
誰の言葉が。
何の根拠にされたか。
その本人が。
何を認め。
何を認めていないか。
分ける。
***
「書式を変えます」
ルカ。
「今日から?」
レム。
「仮で」
***
旧。
申請者
一名。
登録者。
署名。
***
新。
この行為を希望している者
複数可。
本人。
家族。
関係者。
所属。
不明。
それぞれ。
***
対象となる者・物・記録
本人の名。
状態。
本人の同意。
直接確認。
以前の言葉。
推測。
確認できず。
***
参照した他者の発言・公示・記録
引用。
要約。
誰が。
どう使ったか。
***
参照された本人の承認
あり。
なし。
求めていない。
確認できず。
***
連絡を受ける者
申請を変更する権限とは。
分ける。
***
通行を審査した者
経路を点灯した者
現場で中止を決める者
それぞれ。
名前。
***
「申請者欄をなくす?」
グラド。
「一名へ集めない」
ルカ。
「責任が曖昧になる」
「逆です」
ネラ。
「今までは。登録者一人の名の後ろへ。複数の希望と判断が隠れました」
***
「誰が責任を」
「希望を出した責任」
「審査した責任」
「通行を許可した責任」
「現場で行った責任」
「別々です」
***
「一枚で」
「索引は作れます」
「また長い」
「短い通行札には」
ルカ。
「許可された範囲だけを書きます」
***
通行札。
目的。
場所。
人数。
持ち込み物。
禁止事項。
中止条件。
時間。
***
そこに。
有名な誰かの名前を。
大きく置かない。
***
「外区画の人も」
レム。
「申請できる?」
「はい」
セオ。
「全て通す?」
「いいえ」
「紹介者なし」
「審査します」
「時間が」
「増えます」
「人手」
「必要です」
「費用」
「出ます」
***
「それでも」
リオ。
「名前盗られるよりましやろ」
レムが。
少し顔をしかめる。
「私は。盗んでいません」
***
「そうやな」
リオ。
「通すために使うた」
「はい」
「でも」
リオは。
申請書の。
黒川朔を見る。
「鍵のない奴が頼めん戸なら。人は誰かの名前を鍵にする」
***
誰かを。
罰すれば。
次の者が。
別の名前を使う。
王都の役人。
勇者候補。
治療官。
金のある商人。
白い塔の子。
***
扉が。
権威のある名を。
要求する限り。
借りられる名前は。
なくならない。
***
「私は」
レムが言う。
「申請を通したかった」
「はい」
朔。
「規則を破った?」
グラド。
「本人の依頼なしに署名を代筆しました」
「違反です」
「はい」
「処分」
朔は。
口を挟まない。
***
それは。
管理側が決めること。
だが。
記録へ。
目的。
書式の不足。
通行権の条件。
申請者本人不在。
ルカが止めたこと。
全て。
残す。
***
「レムさんだけの問題に」
セオが言う。
「しません」
「違反は」
「違反として扱います」
「書式は」
「変更します」
「人手不足」
「記録します」
「早く通すよう求められた」
「それも」
***
「私が」
レム。
「悪くないと言う?」
「言いません」
朔。
「悪い人だと?」
「決めません」
「では」
「俺の名前を。俺が申請した署名として書いたことは。認めません」
「はい」
「この人たちを通したかったことは」
「はい」
「規則が。通行登録者の名前を必要としていたことは」
「はい」
「全部。残してください」
***
レムは。
自分の名前を。
訂正記録へ書く。
レム・サイ
手が。
少し震える。
***
「私が書いた」
「はい」
「黒川朔さんは書いていない」
「はい」
「でも」
レムは。
ナサたちを見る。
「申請は。消えない」
「消しません」
ルカ。
「彼らの申請として。受け付けます」
***
六件一括。
そのまま。
審査しない。
***
最初に。
分ける。
***
バド・ウル。
死亡確認あり。
望み。
声を聞きたい。
持ち込み。
髪。
旧観測室側室の現象との関連。
未確認。
***
アロ・セン。
生存。
反応。
変動。
治療中。
本人の現在同意。
確認できず。
兄の希望。
白い手様現象を試したい。
***
カナ・レイ。
行方不明。
生死。
不明。
捜索記録。
先に確認。
***
シーラ。
長期不在。
戦乱時。
記録。
複数地域。
照合。
***
テオ。
身体は起きている。
発語。
なし。
本人の意思確認。
別の方法を検討。
眠り名照会へ入れない。
***
ミナ・ポル。
治療のため。
反応低下。
薬。
経過。
本人の事前希望。
治療記録。
***
「六件」
ナサ。
「別々になった」
「はい」
「側室へ行くのは」
「今は。どれも決めていません」
「全部、駄目」
「駄目とは決めていません」
「また。まだ」
ゼン。
「はい」
朔。
「でも。六人のまだを。同じ待ち時間にはしません」
***
アロは。
今日。
身体を確認する。
ミナは。
薬の影響を。
治療側が見る。
テオは。
言葉以外の意思確認を。
試す。
カナ。
捜索記録。
シーラ。
照合。
バド。
ナサの望みと。
記録。
祈り。
側室の実験とは。
分ける。
***
「側室の申請は」
ナサ。
「私の名前で出せますか」
「はい」
ルカ。
「黒川朔さんの名前なしで」
「参照した発言としては残ります」
「承認なし」
「はい」
「それで」
「審査します」
***
「通らなかったら」
「理由を残します」
「通ったら」
「許可した者の名前を残します」
「何か起きたら」
「見た者ごとに」
***
ナサは。
紙袋を。
机の上へ置く。
初めて。
手を離す。
***
「バド・ウル」
彼女が言う。
「私の夫です」
「はい」
「声を聞きたいのは」
「ナサさん」
「はい」
「バドさんが。戻りたいと言った?」
「確認できません」
「側室へ髪を持って行きたい?」
「私が」
***
新しい紙。
本人の希望。
確認できず。
相談者の希望。
声を聞く可能性を確かめたい。
持ち込みを希望。
髪。
本人との関係。
夫婦。
死亡確認。
あり。
***
署名。
ナサ
***
代筆ではない。
自分で。
ゆっくり。
書く。
***
「私の名前で」
「はい」
「通らないかもしれない」
「はい」
「黒川朔なら」
「通りやすかった可能性があります」
「じゃあ」
「それでも。ナサさんの申請です」
***
ナサは。
朔を見る。
「あなたの名前を使えば。早くなると思いました」
「はい」
「早くしたかった」
「はい」
「悪かった?」
朔は。
すぐには。
人を決めない。
「俺が申請したことにされたのは。認めません」
「私の望みは」
「消しません」
***
「謝るべき?」
「俺が決めることではありません」
「あなたに」
ナサ。
「名前を使ったことを」
朔は。
少し考える。
「今。どう使ったかを聞きました」
「怒ってる?」
「少し」
「それでも。申請を残す?」
「はい」
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「難しい」
「はい」
ナサは。
自分の署名を見る。
「でも。これは私が書いた」
「はい」
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夕方。
経路灯は。
点かなかった。
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申請が。
偽物だったからではない。
申請者名が。
訂正されたからでも。
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六件を。
一つの目的で。
同じ場所へ。
同じ方法で。
運ぶ根拠が。
まだなかった。
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申請は。
消えない。
一件ずつ。
別の記録へ。
進む。
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最初の申請書。
黒川朔。
二つ。
申請者。
署名。
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どちらも。
線で消され。
読めるまま。
残る。
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その横。
本人のいない署名。
受付担当者による転記。
本人の委任なし。
と書かれる。
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作成者。
レム・サイ。
提出者。
ナサ。
同行希望者。
六名。
経路点灯を保留した者。
ルカ・フェン。
訂正に参加した者。
名前。
複数。
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朔の名も。
消えない。
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だが。
申請した者としてではなく。
言葉を参照され。
承認したことにされた者として。
位置を変える。
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夜。
リオが。
朔の名前の紙を。
胸元から出す。
「同じ名前や」
「はい」
「申請書のやつは」
「俺が書いていません」
「こっちは」
「俺が書きました」
「字が同じでも」
「持ち方が違います」
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「向こうの紙も」
リオ。
「お前の名前やろ」
「はい」
「返せって言うか」
朔は。
考える。
「紙から消してほしいとは。今は言いません」
「何で」
「俺の名前が使われたことを。なかったことにしたくないからです」
「残したら」
「また使われる?」
「その可能性があります」
「なら」
「使われ方と。誰が使ったかを。隣に残します」
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「名前を鍵にすんな」
リオ。
「はい」
「でも。戸は閉じとる」
「はい」
「鍵なしで。全員通す?」
「しません」
「ほな」
「名前ではなく。何をしたいか。誰に関わるか。危険。戻せるかで審査します」
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「時間かかるぞ」
「はい」
「借りた方が早い」
「はい」
「また借りる」
「あります」
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だから。
借りた者だけを。
責めるのでは。
足りない。
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名前を借りなければ。
願いを出すことすらできない扉を。
変える。
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有名な名。
王都の名。
勇者の名。
治療官の名。
白い塔の子の名。
そのどれも。
申請へ入れなくても。
話を聞く。
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聞くことは。
通すことではない。
拒むことでもない。
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願いを出した者の名で。
願いを受け取る。
許可する者は。
自分の名で。
許可する。
止める者も。
自分の名で。
止める。
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誰かの名の後ろへ。
判断を隠さない。
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朔は。
自分の紙へ書く。
俺の名前を署名として使った申請が、旧観測室側室への経路点灯手続きへ進んでいた。
俺は申請、署名、委任、承認をしていなかった。
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次。
申請を希望した者たちは、俺の公示および発言を、自分たちの希望を進める根拠として使った。
受付担当者は、通行登録者一名を必要とする書式のため、俺の名を申請者および署名欄へ転記した。
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次。
申請者名の誤りと、申請した者たちの希望は分けて扱った。
俺の名を申請者から外しても、彼らの申請は消さなかった。
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最後。
本人のいない署名を止めるために、本人の名前を持たない者の願いも受け付ける。
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筆を止める。
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本人の名前を持たない者。
という言葉は。
名前がない者。
ではない。
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扉を開ける力を持つ名を。
持っていない者。
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ナサには。
ナサの名前がある。
ゼンには。
ゼンの名前がある。
それだけでは。
内区画への申請を。
始められなかった。
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だから。
黒川朔を。
借りた。
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本人のいない署名は。
一人の嘘だけで。
生まれたのではなかった。
急ぐ家族。
短い書式。
閉じた扉。
登録された名前。
通したい受付。
公示から切り取られた言葉。
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それらが。
一つの欄へ。
黒川朔と書いた。
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名前は。
噂よりも。
遠くへ歩ける。
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署名になれば。
灯りが点く。
道が開く。
人が動く。
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だから。
借りた名前の隣へ。
使った者の名を置くだけでは。
足りない時がある。
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名前を借りなければ。
声を出せない仕組みそのものを。
変えなければならない。
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本人のいない署名で。
扉を開かせないために。
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本人の名前だけでは。
扉の前から追い返される者を。
作らないために。




