第129話 クラリス参謀総長の苦悩(その1) ー重圧ー
クラリス参謀総長は今日もワスイ帝国との戦争に備えて、彼女の個室(第59話)で作戦会議を開いていた。
ワスイ帝国との戦争の作戦会議を、クラリス参謀総長の個室において、開いたのは意味があった。
そもそも、オウゴウヌ王国軍の中でも、選りすぐられた者しか、参謀本部に配属されることはない。
いわば、参謀本部はオウゴウヌ王国軍のエリート集団なのだ。
ワスイ帝国の脅威がオウゴウヌ王国に迫っていることは、その参謀本部ですら、この時点では限られた者しか公開されていなかった。
参謀本部以外の制服組でワスイ帝国の脅威を知らされているのは、大将であるレオ近衛師団長と、旧エリーゼ分隊の仲間、ダグ騎兵連隊長とウオーレン魔法兵連隊長とヒラリー後方支援連隊長だけであった。
背広組では、フランクリン軍事相とキース軍事次官だけである。
まだ、参謀本部はワスイ帝国の脅威を知る者は、『比較的』多い状況だった。
それでも、この時点では、『参謀本部でもワスイ帝国の脅威を知る者は限られた者』しか知らなかった。
よって、クラリス参謀総長の個室で、ワスイ帝国の脅威を知った限られた者だけで、作戦会議を開いたというわけだ。
さきほど、『選りすぐられた者しか、参謀本部に配属されることはない』と言った。
参謀本部への配属は、中尉または大尉で、かつ分隊長以上になった者しか、志願することができない。
その上で、選抜試験を通過しなければならないのだ。
無事、選抜試験を通過し、参謀本部に配属されても、最初は雑用係である。
参謀本部の正式メンバーになるのは佐官以上だ。
中尉も大尉も最初は副官として勤務する。
第58話で僕とドーラの分隊は、クラリス参謀総長と共に、練兵場から王城に戻った。
ルイス少尉が運転した軽トラには、クラリス参謀総長の副官が同乗した。
その副官は実は大尉で、中尉のドーラより階級は上だったというわけだ。
参謀本部はオウゴウヌ王国軍ではエリート集団だ。
その中で勝ち残り、出世するのは至難の業だ。
参謀本部の上層部は、配属された将校達に多くの指令を与える。
配属された将校達は、それをこなさなければならない。
こなさなければ出世はない。
それどころか、参謀として落第点を出され、参謀本部から転属させられる。
クラリス参謀総長は、そんな厳しい出世競争を生き延び、参謀本部のトップに立ったというわけだ。
参謀本部の将校達がこなさなければならない司令は数多くあるが、一つは定期的に外国に潜入し、諜報活動に行くことだ。
外国の状況を把握していなければ、作戦など立てられないからだ。
当然、クラリス参謀総長は、何度も外国に潜入し、諜報活動を行った。
だから、クラリス参謀総長は外国の状況をよく知っていた。
外国への諜報活動は、ときに諜報員自身が身の危険にさらされることもある。
オウゴウヌ王国は表立って、その諜報員のサポートはできない。
よって、諜報活動に行く前に、参謀本部の職員は様々なスキルを身につけさせる。
その中には『暗殺者』のスキルがある。
オウゴウヌ王国軍で最強の戦士はダグ騎兵連隊長だと言われている。
(第69話)
そのダグ騎兵連隊長をして、クラリス参謀総長をこう評し、『相手にしたくない』と言っている。
「クラリスだけは相手にしたくない。
そりゃ、まともに戦えば、俺(=ダグ騎兵連隊長)が勝つだろう。
だが、クラリスは何をしてくるか、予測できない。」
(第69話)
ダグ騎兵連隊長が、クラリス参謀総長を『相手にしたくない』ほどの腕の持ち主であるのは、彼女が『暗殺者』のスキルをもっているからだ。
参謀が外国に諜報活動に行くとき、それは長期にわたる。
大抵は王室調査室に出向し、王室調査室の工作員と共に、外国に潜入する。
だから、クラリス参謀総長は王室調査室に出向した経歴があり、王室調査室には知人が多い。
彼等からも外国の情報を適宜入手していた。
特に、ワスイ帝国の脅威が迫っていることを聞かされた国防秘密会議以降(第59話、第60話)、頻繁に王室調査室と連絡を取り合っていた。
ちなみに、、、
クラリス参謀総長は何度も外国に長期にわたる諜報活動を行っていた。。。
だから、家を留守にすることが多かった。。。
ちょうどそのころ、彼女の娘であるルイス少尉は、多感な時期を迎えていた。
たまにクラリス参謀総長が家に帰ると、多感な時期を迎えていたルイス少尉は、母親であるクラリス参謀総長に諜報活動のスキルを教えてくれとねだった。
で、、、クラリス参謀総長は留守にして娘に寂しい思いをさせた罪悪感から、、、
ルイス少尉にねだられた諜報活動のスキルの一部を、ついつい教えてしまったらしい。。。
その中に鍵のこじ開け方があるってわけ。。。
(第92話)
(あきれた笑い)ははは。。。
話がだいぶ逸れてしまったので、話を戻そうと思う。
その参謀本部でも、ワスイ帝国の脅威について知らされていたのは将官以上の数名であった。
その数名の将官以上の参謀達と連日、ワスイ帝国との戦争の作戦を練っていた。
クラリス参謀総長は、ジャック・パーシー外相から、最大約4倍の兵をワスイ帝国が率いて、オウゴウヌ王国を攻める可能性があると聞かされていた。
(第104話)
そして、その予測は参謀本部・王室調査室・外務省の合同会議でも、同じ結論が出ていた。
約200年前、大陸諸国連合30万の兵に対し、オウゴウヌ王国軍5万の兵で打ち破った奇跡を演じた。
(第27話)
しかし、第104話で述べたように、この奇跡の要因の一つとして、当時の国際情勢がオウゴウヌ王国に味方した。
今の国際情勢では当てはまらないのだ。
つまり、約200年前、6倍の兵に勝てたからと言って、今、4倍の兵に勝てるとは限らないのだ。
先ほど言ったように、クラリス参謀総長は外国へ何度も諜報活動を行った。
だから、彼女は冷静にオウゴウヌ王国と他国との軍事力の比較が可能だった。
約200年前、大陸諸国連合30万の兵に対し、オウゴウヌ王国はたった5万の兵で打ち破った。
その勝因は、、、実はいくつかある。
1つは当時の国際情勢だ。
もう1つは、軍の装備の差だ。
今でも兵士全員に鉄の武器と鉄の鎧を身に着けることができるのはオウゴウヌ王国だけだ。
(第26話)
当時も同じだ。
しかも、製鉄技術がオウゴウヌ王国は、他国と比べて優れていた。
つまり、量と質ともに断然に優れた装備を、兵士全員が身に着けていた。
そして、その装備の差は、もう他国がオウゴウヌ王国に追いつくのは不可能なレベルまで、開いている。
なぜなら、約200年前の戦争の後、ガエリヤ教皇国がアシエシア大陸諸国へ、オウゴウヌ王国からの知識や技術の流入を禁じていた。
(第27話)
一方で、オウゴウヌ王国は異世界の知識や技術を吸収し、ますます発展した。
当然、オウゴウヌ王国の製鉄技術も約200年前から大きく発展していた。
他国は約200年前でさえ、製鉄技術ではオウゴウヌ王国に劣っていたのだ。
今では、もう、どうしようもないほど、製鉄技術では差が開いていた。
実際、クラリス参謀総長が外国の諜報活動を行った際、全ての国の装備を調べていた。
その結果、装備の面では、オウゴウヌ王国は他国を圧倒していた。
もし、練度や兵員数が一緒なら、オウゴウヌ王国が負ける要素はないと言ってよかった。
しかし、オウゴウヌ王国は約200年間、戦闘を経験していない。
(第27話)
どんなに訓練を重ねても、実戦経験の有無の差は、いかんともしがたい。
しかも、兵力差は4倍なのだ。
(第104話)
作戦会議でクラリス参謀総長は思う。
『せめて戦力差が2倍であったなら』と。。。
装備の差で、実戦経験の差があったとしても、戦力差が2倍程度なら勝てる絶対的な自信が彼女にはあった。
だが、兵力差は4倍なのだ。
しかも、4倍以上の兵力差になる可能性が高かった。
約200年前の戦争で、兵力差が6倍になったのは、一部貴族が反乱を起こしたり、出兵を拒んだりしたためだ。
(第36話)
今回も一部貴族が反乱を起こしたり、出兵を拒むかもしれない。
つまり、4倍以上の兵力差を考慮しなければならなかった。
加えて、何度も言うが、実戦経験の差があるのだ。
今回は200年前の戦争と違って、国際情勢はオウゴウヌ王国の味方ではないのだ。
クラリス参謀総長は作戦上の全責任を負っていた。
夜眠れない日々が続いていた。
『勝てるのか?』、そればかり思い悩んでいた。
だが、クラリス参謀総長は参謀本部のトップである。
弱気な姿を誰にも見せるわけにはいかなかった。
悩んでいる姿を誰にも見せるわけにはいかなかった。
彼女の部下がいる参謀本部だけではない、、、
レオ近衛師団長を始めとした旧エリーゼ分隊の仲間にも、、、
ルイス少尉を始めとした家族にも。。。
誰にも、弱気で悩んでいる姿を、見せるわけにはいかなかった。。。
だから、、、クラリス参謀総長は、、、無性に一人になりたかった。。。
不意に一人になりたくて、クラリス参謀総長は、参謀本部の屋上からパラグライダーで首都レワヅワの上空を飛び出すことが増えた。
空を飛んでいるときは、一人になれるからだ。
一人なって、上空から首都レワヅワを眺めながら、考えをめぐらすことができるからだ。
王城の窓から、クラリス参謀総長がパラグライダーで上空へと飛び出したり、逆に着陸するのが見える。
当初、アン女王は怒った。
「余が住まう王城にあんなもの(=パラグライダー)で、
上空を飛んだり、着陸するとは!
しかも、、、娘のルイスだけでなく(第99話)、
母親のクラリスまで行うとは!
どういう、母娘だ!
クラリスを呼べ!」
だが、それをアン女王の夫のレオ近衛師団長がとりなした。
「アン、、、
クラリスは僕の代わりに作戦立案の全責任を負っているんだ。。。
(第93話)
彼女は、今、トンデモナイ重圧に晒されているんだ。。。
見逃してやってくれないか?」
第93話で述べたように、ワスイ帝国との戦争となれば、レオ近衛師団長は総司令官になり、オウゴウヌ王国軍全軍を指揮する。
しかし、それは元老院において、アン女王に非常大権付与を可決しなければならない。
(第39話)
それまではレオ近衛師団長は政治的に微妙な立場にある。
レオ近衛師団長は自分は前面に出ず、フランクリン軍事相やクラリス参謀総長のサポートに徹していた。
アン女王は、レオ近衛師団長に顔を向け、ため息をついて、うなずいた。
「仕方がないの~。」
後にクラリス参謀総長は、人づてに、レオ近衛師団長が、クラリス参謀総長の空の散歩を、アン女王に黙認させたことを知る。
大変申し訳なかった。
この日もクラリス参謀総長は、パラグライダーで首都レワヅワの上空を飛んでいた。
彼女はふと思いつき、つぶやいた。
「今日は練兵場まで飛んでいくか。。。」
(次話に続く)
次話は2026/6/19 0時に更新します。




